青春18きっぷをポケットに、フィルムカメラを肩から下げて、列車の窓から景色を眺める。 なんとアナログな旅だろうか。 いまの時代、旅の手段なんていくらでもある…
若草山のシカ 若草山の麓のゲートで雨が降り出した。 あらかじめ天気予報で雨の覚悟はしていたが、さて、これから山頂へ登るべきか否か——。雨を確認するとき誰もがそ…
日本光学のニコマート 大阪の地下街にある、とあるレンタルボックス店の片隅で、鈍い輝きを放つ金属の塊を見つけた。ボックスにところ狭しと並べられたカメラやレンズ群の…
兵庫県出身のぼくが大阪へ移り住んでよかったことは、京都が近くなったことである。 「いやそこは大阪の魅力を語らんかい!」 と全大阪府民から盛大なツッコミが飛ん…
島前内航船「いそかぜ」が、海を飛ぶように走る。 西ノ島別府港から中ノ島(海士町)菱浦港に到着したのは、午後5時前のことだった。港から歩いてすぐ、まるで現代ア…
国賀海岸への最後の坂道を登り切ると、視界を遮るものがなくなった。 辺り一面の海、そして、隠岐をジオパークたらしめる景観が、どこまでも続いている。巨大な大地が…
着陸の瞬間、機内から、島に放牧される牛や馬の姿が見えた。海を望む隠岐世界ジオパーク空港からは、水平線がどこまでも広がっている。水平線を眺めるのは何年ぶりのこと…
港町はゆっくりと、夕暮れの光に包まれてゆく。 いつも山ばかり歩いているぼくにとって、海面に降り注ぐ温かな光と、港に漂う潮の香りはとても新鮮だ。波の音色にまじ…
「川口さん、ホタルはよかったですね。いやぁ、よかった」 一夜明け、トレイルを再び歩き出してもY内青年はホタルの感動をしきりに口にしました。ぼくだって、野生のホ…
山の家はせがわから美しい林道を歩き、京見山荘に着くころには午後2時を回っていました。そろそろ今日の幕営地を考えなければなりません。この先にある沢ノ池か、さらに…
今、京都一周トレイル®を歩いています。 まだ6月の梅雨時だというのに、いったいこの暑さはどうしたことでしょう。気温30度を超える中、樹林帯のトレイルは暑さと湿…
アジサイの咲く道をマス釣り場へと進み、摂津峡大橋を渡る。渓谷に足を踏み入れると、沢と岩が織りなす涼やかな世界が広がっていた。 うだるような暑さの中、木陰に入…
びわ湖バレーでのにぎわいが嘘のようだった。人の気配はすっかり消え去り、またひとりきりの旅が始まった。スキー場の斜面を北へ下り、キャンプ場の跡地から木戸峠へ。峠…
そのバス停で下車したのは、ぼくひとりだけだった。 どういう訳か、ぼくの選ぶコースはいつも人気がないらしい。もっとも、ひと気より獣の気配が濃厚な山がぼくの好み…
青春18きっぷをポケットに、フィルムカメラを肩から下げて、列車の窓から景色を眺める。 なんとアナログな旅だろうか。 いまの時代、旅の手段なんていくらでもあるのに、よりによって時間と労力と手間をかけて旅をしようなんて、ぼくは我ながら酔狂な男である。 持ち物はひと組の着替えと洗面用具、文庫本、水筒、筆記具、36枚撮りフィルム1本。スマートフォンも念のために携帯はするが、出番はない。 新大阪駅の改札をくぐり、東海道本線で西へ向かう。通勤ラッシュもとおに終わり、乗降
若草山のシカ 若草山の麓のゲートで雨が降り出した。 あらかじめ天気予報で雨の覚悟はしていたが、さて、これから山頂へ登るべきか否か——。雨を確認するとき誰もがそうするように、手のひらを天に向け腕を上げてみる。見上げた空はどんよりと暗い。しかしそんなことはおかまいなしに、山の草原では数十頭のシカがせっせと芝をむさぼっていた。 標高342m、面積33万㎡、芝生に覆われた三段重ねの山は、別名「三笠山」とも呼ばれる。奈良公園の山並みの中で、ひときわ美しい稜線を描いている。奈良の
日本光学のニコマート 大阪の地下街にある、とあるレンタルボックス店の片隅で、鈍い輝きを放つ金属の塊を見つけた。ボックスにところ狭しと並べられたカメラやレンズ群の中から、「Nikomat(ニコマート)」のロゴがキラリと光るのを感じたのだ。 あっ、コンビニじゃありませんよ、念のため。 1965(昭和40)年に、日本光学工業(現・ニコン)から発売された、中級機マニュアルフォーカス一眼レフである。 タグを見ると〈動作○、モルト交換済み、露出計1段アンダー|2,980円〉と
兵庫県出身のぼくが大阪へ移り住んでよかったことは、京都が近くなったことである。 「いやそこは大阪の魅力を語らんかい!」 と全大阪府民から盛大なツッコミが飛んできそうだが、まぁとにかく、最寄りの新大阪駅から京都駅まで24分、新幹線ならたったの13分と、アクセスのよさから京都に出かける回数が増えたのは間違いない。 いつもなら京都の山に出かけるのだが、電車を乗り継ぎてくてく歩き、今日は出町柳にやってきた。京都の人気カフェを巡って、好物のサンドイッチにはさまれてみようとい
島前内航船「いそかぜ」が、海を飛ぶように走る。 西ノ島別府港から中ノ島(海士町)菱浦港に到着したのは、午後5時前のことだった。港から歩いてすぐ、まるで現代アートの美術館のようなホテルが目の前に現れた。 Entô(遠島)。遠く離れた島、島流しを意味する言葉だ。隠岐は古くから遠流の地でしたね。ここは結婚5周年の旅の、メインの目的地といってよい。ちょっと良いお宿に泊まって美味しい食事を食べて、ささやかなお祝いをしようというものだ。 1971年開業の、国民宿舎「緑水園」
国賀海岸への最後の坂道を登り切ると、視界を遮るものがなくなった。 辺り一面の海、そして、隠岐をジオパークたらしめる景観が、どこまでも続いている。巨大な大地が風や波に削られて、荒々しい姿を惜しげもなくさらし出していた。 国賀海岸駐車上に自転車を置く。休憩所がひとつと、お手洗いの横には自動販売機がある。トレッキングコース案内板を確認すると、駐車場から頂上のように見えているのは途中の通天橋で、摩天崖はさらにその奥だ。ここから海抜0mまでいったん下り、標高差約250mを登っ
着陸の瞬間、機内から、島に放牧される牛や馬の姿が見えた。海を望む隠岐世界ジオパーク空港からは、水平線がどこまでも広がっている。水平線を眺めるのは何年ぶりのことだろう。島のカラッと乾いた風を受けると、まるで映画のシーンが変わるように、人生の新しいシーンが始まったかのような心持ちになった。 島根半島から北に約60km。 隠岐諸島は日本海に浮かぶ。 島後(隠岐の島町)、中ノ島(海士町)、西ノ島(西ノ島町)、知夫里島(知夫村)の4つの有人島を中心に、大小180余りの島々
港町はゆっくりと、夕暮れの光に包まれてゆく。 いつも山ばかり歩いているぼくにとって、海面に降り注ぐ温かな光と、港に漂う潮の香りはとても新鮮だ。波の音色にまじる、時々行き交う車やバイクのエンジン音、それに船の汽笛の他には、何もない。静かなものだ。 八尾川沿いの、汐待ち通りにそって漁船がいくつも並んでいる。漁船の甲板には屋台の骨組みのようなフレームがあり、そこに大きな裸の電球がいくつか備えられている。湾内の穏やかな波のリズムに合わせて、電球も揺られていた。フィラメントを
「川口さん、ホタルはよかったですね。いやぁ、よかった」 一夜明け、トレイルを再び歩き出してもY内青年はホタルの感動をしきりに口にしました。ぼくだって、野生のホタルを目にしたのは子供の頃以来のこと。それに、ホタルをお目当てにしていたわけではありません。ほんの偶然に巡り会えたのですから、やはり感動はひとしおだったのです。 今日も嵐山を目指して京都一周トレイル®を歩きます。トレイル標識の94番で、ついに北山西部を歩き切りました。ここから先は最後のルート、西山コースを歩きます
山の家はせがわから美しい林道を歩き、京見山荘に着くころには午後2時を回っていました。そろそろ今日の幕営地を考えなければなりません。この先にある沢ノ池か、さらに先の高雄までゆくか、悩ましいところです。 が、見上げると西の空が曇に覆われ見通しが利きません。どんよりとした曇の合間から、雷の音が聞こえてきました。 まずい、ひと雨くるぞ。 気圧低下を知らせるアラートが、登山時計からしきりに鳴ります。 どこかで雨具を用意しようか、と立ち止まったそのとき、轟音とともに大き
今、京都一周トレイル®を歩いています。 まだ6月の梅雨時だというのに、いったいこの暑さはどうしたことでしょう。気温30度を超える中、樹林帯のトレイルは暑さと湿気でまるで蒸し風呂のような環境です。 叡山電車二ノ瀬駅を出発し、夜泣峠を経て最初の山、向山へ到着しました。すでに速乾ウエアの機能が追いつかないほどの汗をかいています。ここが本当のサウナなら大汗をかいても冷たいシャワーやビールの楽しみがあるのですが、そんなものがあるはずもありません。まったく、この先の旅程が思いや
アジサイの咲く道をマス釣り場へと進み、摂津峡大橋を渡る。渓谷に足を踏み入れると、沢と岩が織りなす涼やかな世界が広がっていた。 うだるような暑さの中、木陰に入るとすっと汗が和らぐ。沢の水は冷たくて、地上を吹く生暖かい風も、渓谷を吹き抜けるころには爽やかな風へと変わってゆく。あたりには沢のせせらぎしか聞こえない。 摂津峡は大阪府高槻市に流れる芥川の、中上流域に位置する。江戸時代から摂津峡と呼ばれ、アユやカジカが生息するこの美しい渓谷は、大阪・北摂エリアの景勝地として古く
びわ湖バレーでのにぎわいが嘘のようだった。人の気配はすっかり消え去り、またひとりきりの旅が始まった。スキー場の斜面を北へ下り、キャンプ場の跡地から木戸峠へ。峠のお地蔵様に手を合わせて、比良岳、鳥谷山へと進んでゆく。 鳥谷山から南を望むと、打見山や蓬莱山がよく見える。あぁ、あんなに遠くからはるばる歩いてきたのだと、山歩きの愛好家なら誰しも経験するであろう思いを胸に、しばし眺めを楽しんだ。そして再び歩きだす。 15時をまわり、疲労がじわりとぼくに襲いかかる。ひたすら樹林
そのバス停で下車したのは、ぼくひとりだけだった。 どういう訳か、ぼくの選ぶコースはいつも人気がないらしい。もっとも、ひと気より獣の気配が濃厚な山がぼくの好みではある。静かに歩けるコースを、探し求めてはいるのだが。それにしたって日曜の、登山日和の好天の中、誰もいないバス停に降り立ったぼくはよぼどの物好きなのかもしれなかった。 今回選んだのは滋賀県・比良山系の名峰、蓬莱山(1174.3m)だ。 比良山系は琵琶湖の西にある、南北約25kmにわたる山塊だ。ちょうど比良山