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遊歩と野宿

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関西近郊の山々を中心に、歩いて旅した遊歩の記録。
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小野アルプス

 冬の空気に注がれる、日の光が暖かだった。  自転車を鴨池公園駐車場にとめ、男池、女池をぐるりとまわる。獣よけのゲートをくぐり紅山と惣山の谷間をゆくと、その先が登山口だ。休日ながら人の気配は感じない。木々の隙間から光が差し、森が爽やかに照らされていた。  アルプスと名付けられてこそいるが、兵庫県小野市に連なる小野アルプスは、日本一低いアルプスとして知られている。最高峰の惣山、通称”小野富士”でさえ、標高はわずか198.9mだ。白雲谷温泉ゆぴかから福甸峠までの約8kmの間に

勝尾寺南山

 静かな山の中は、落葉を踏みしめる音と野鳥の鳴き声しか聞こえなかった。  この日、今季一番の寒さを記録し、トレイルもすっかり冬めいてきた。低山のベストシーズンの到来である。肌をなでる風は冷たく、しかし登り坂をゆく体の芯はホカホカと温かかった。  白島から水神社へ、そこから谷山尾根で勝尾寺南山を目指す。観光客がゆきかう箕面大滝周辺と違い、谷山尾根は静かなものだ。地図にはないルートもあり、ちょっとした冒険気分を味わえる、ぼくのお気に入りのトレイルだ。  トレイル標識〈みのお

紅葉の京都一周トレイル

 ひんやりとした、秋の爽涼な空気を感じながら、栂ノ尾バス停を出発した。  雨上がりのトレイル。  ぬかるんだ地面にできた水たまりに、1枚の色づいた紅葉が浮かんでいる。昨夜の雨の影響だろうか。清滝川を流れる水が、青白くにごっていた。  栂尾・槙尾・高雄は三尾と呼ばれる、京都を代表する紅葉の名所である。高雄から清滝川沿いに広がる錦雲渓は、清流に映える紅葉が美しい。今日は錦雲渓を伝う京都一周トレイルを、栂ノ尾から嵐山までつなぐ。  水をたっぷりと吸ったコケの緑が目に鮮やかで

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緑の稜線

京都一周トレイル®をゆく #5|拝啓、歩く旅を愛する全ての人へ

「川口さん、ホタルはよかったですね。いやぁ、よかった」  一夜明け、トレイルを再び歩き出してもY内青年はホタルの感動をしきりに口にしました。ぼくだって、野生のホタルを目にしたのは子供の頃以来のこと。それに、ホタルをお目当てにしていたわけではありません。ほんの偶然に巡り会えたのですから、やはり感動はひとしおだったのです。  今日も嵐山を目指して京都一周トレイル®を歩きます。トレイル標識の94番で、ついに北山西部を歩き切りました。ここから先は最後のルート、西山コースを歩きます

京都一周トレイル®をゆく #4|拝啓、歩く旅を愛する全ての人へ

 山の家はせがわから美しい林道を歩き、京見山荘に着くころには午後2時を回っていました。そろそろ今日の幕営地を考えなければなりません。この先にある沢ノ池か、さらに先の高雄までゆくか、悩ましいところです。  が、見上げると西の空が曇に覆われ見通しが利きません。どんよりとした曇の合間から、雷の音が聞こえてきました。  まずい、ひと雨くるぞ。  気圧低下を知らせるアラートが、登山時計からしきりに鳴ります。  どこかで雨具を用意しようか、と立ち止まったそのとき、轟音とともに大き

京都一周トレイル®をゆく #3|拝啓、歩く旅を愛する全ての人へ

 今、京都一周トレイル®を歩いています。  まだ6月の梅雨時だというのに、いったいこの暑さはどうしたことでしょう。気温30度を超える中、樹林帯のトレイルは暑さと湿気でまるで蒸し風呂のような環境です。  叡山電車二ノ瀬駅を出発し、夜泣峠を経て最初の山、向山へ到着しました。すでに速乾ウエアの機能が追いつかないほどの汗をかいています。ここが本当のサウナなら大汗をかいても冷たいシャワーやビールの楽しみがあるのですが、そんなものがあるはずもありません。まったく、この先の旅程が思いや

摂津峡|大阪北摂エリアの、古くから親しまれる景勝地

 アジサイの咲く道をマス釣り場へと進み、摂津峡大橋を渡る。渓谷に足を踏み入れると、沢と岩が織りなす涼やかな世界が広がっていた。  うだるような暑さの中、木陰に入るとすっと汗が和らぐ。沢の水は冷たくて、地上を吹く生暖かい風も、渓谷を吹き抜けるころには爽やかな風へと変わってゆく。あたりには沢のせせらぎしか聞こえない。  摂津峡は大阪府高槻市に流れる芥川の、中上流域に位置する。江戸時代から摂津峡と呼ばれ、アユやカジカが生息するこの美しい渓谷は、大阪・北摂エリアの景勝地として古く

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涼を求めて。赤目四十八滝

滋賀の山。比良山系・蓬莱山、展望の稜線をゆく#2

 びわ湖バレーでのにぎわいが嘘のようだった。人の気配はすっかり消え去り、またひとりきりの旅が始まった。スキー場の斜面を北へ下り、キャンプ場の跡地から木戸峠へ。峠のお地蔵様に手を合わせて、比良岳、鳥谷山へと進んでゆく。  鳥谷山から南を望むと、打見山や蓬莱山がよく見える。あぁ、あんなに遠くからはるばる歩いてきたのだと、山歩きの愛好家なら誰しも経験するであろう思いを胸に、しばし眺めを楽しんだ。そして再び歩きだす。  15時をまわり、疲労がじわりとぼくに襲いかかる。ひたすら樹林

滋賀の山。比良山系・蓬莱山、展望の稜線をゆく#1

 そのバス停で下車したのは、ぼくひとりだけだった。  どういう訳か、ぼくの選ぶコースはいつも人気がないらしい。もっとも、ひと気より獣の気配が濃厚な山がぼくの好みではある。静かに歩けるコースを、探し求めてはいるのだが。それにしたって日曜の、登山日和の好天の中、誰もいないバス停に降り立ったぼくはよぼどの物好きなのかもしれなかった。  今回選んだのは滋賀県・比良山系の名峰、蓬莱山(1174.3m)だ。  比良山系は琵琶湖の西にある、南北約25kmにわたる山塊だ。ちょうど比良山

京都一周トレイル®をゆく #2|比叡山〜二ノ瀬

 朝の冷え切った空気の中で目が覚めた。  午前4時30分。昨日の真夏日がうそのように寒い。  寝袋を出て、ダウンジャケットを羽織る。  すでに太陽が昇りはじめ、テントの生地が透過光で照らされていた。  ナッツをつまみながら撤収し、5時20分にスタート。今日は比叡山から二ノ瀬までの、約20kmの道のりを歩く。6時過ぎには東山の最後の標識74番を通過し、北山東部コースに入った。  比叡山ケーブル駅から京都を眺めると、街や山が朝日に照らされてオレンジ色に輝く姿がとてもきれ

京都一周トレイル®をゆく #1|伏見稲荷〜比叡山

 東山山頂公園から景色を眺めると、京都を囲う山々がどこまでも連なっていた。  例えば槍ヶ岳や剣岳のような、登山の対象としてのスター選手はいないけれど、信仰や生活に寄りそう素朴な山々が京都にはある。歴史の香る街道を歩き、寺社仏閣の裏山をゆく。青々とした田園風景に出合い、時には山岳修行のための険しい山道を歩く。麓に下りたら地元の名物に舌鼓を打ち、補給を終えて、また、80km以上の道のりをつないでゆく——。  これが、京都一周トレイル®の魅力だ。  公園内を進むと「こんにちは

大阪府箕面の森|役行者が眠る天上ヶ岳へ

 箕面駅の改札をくぐると、数羽のツバメが忙しそうに飛び交っていた。  今年も箕面駅前に、いくつかツバメの巣ができている。  ホームがふたつの決して大きな駅ではないが、駅前にはバスのロータリーやちょっとした広場があり、コンビニやパン屋、銀行ATM、それに土産物屋が並ぶ。改札を出て目線を広場の上にある白い柱に向けると、かわいらしいツバメの巣が並んでいるのだ。その下には、段ボールでしつらえた糞の受け皿が取り付けられている。  そっと中をのぞくと、かえったばかりと思わしきヒナが