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【ダイバーシティ】「異」と共に成長する①(山本他、2022)

今回は、書籍内容のレビューです。異文化をどう理解し、どう向き合うかについて、学術的知見をふんだんに盛り込みながらも、読みやすいトーンで書かれた書籍です。

山本志都、石黒武人、Milton Bennett、岡部大祐『異文化コミュニケーショントレーニング』~「異」と共に成長する~ 三修社、2022


どんな書籍?

異文化コミュニケーション教育に携わる著者たちが、「異」というテーマに関して様々な角度から分析・整理し、成長につなげるための考え方や調整法を提供する書籍です。

「異文化」というと、国同士の文化の違いをイメージしますが、著者らは、「異」という考え方で捉えると、見え方が変わると説明します。

はっきり言って、ダイバーシティに関わる人全員にお勧めしたい良書です!

どの章も、学術的見地による説得力と、事例によるわかりやすさがほどよくバランスされています。かなり重厚で読みごたえがありますが、「異」を捉える上でかなり幅広く抑えてありますし、参考書としても活用できそうです。

目次を見ていただくと、かなり包括的かつ深い内容ということが想像いただけるのではないかと思います。(序章入れて全19章)

序章
・パラダイムの変遷/知覚構成主義/構成主義的な異文化コミュニケーションに向けて/知覚構成主義によるリフレーム

<Ⅰ 異はつくられる>
第一章 現実感の構成 世界を見る目、現実を感じる心は、つくられている!
世界の見方には定番がある/対話の時間/何が現実的かはそのつど変わる/世界の中心で現実を叫ぶ/「異」と「異文化」/「もやもや」を大事にする

第二章 知覚と現実 見え方や聞こえ方の違いによって経験は変わる!
見たこと聞いたことが何かをどうやって知っているのか?/形のないところに、形を作り出している/言語があるから知覚する/知覚されたイメージの違いを可視化する

第三章 情報処理の多様性 文化の多様性も、神経回路の多様性も、異なる情報処理をもたらす!
文化の多様性がもたらす情報処理/文化的な感覚をどう身に着けている?/神経回路の多様性がもたらす情報処理/感覚を開いて、神経回路の反応を変える

第四章 構成主義 人はいつも何かを構成している!
世界の創造主は神でなく私たち?/構成主義/社会構成主義/心理構成主義における「経験」/心理構成主義における「適応」

第五章 カテゴリーと操作 カテゴリーとの上手なつき合いかた!
カテゴリーで分ける効果、グラデーションにしてぼやかす効果/カテゴリーを分ける感覚とつなぐ感覚/ステレオタイプ化させないカテゴリーの利用法/観測カテゴリーを使って相互作用を分析してみよう/カテゴリーとの付き合い方

<Ⅱ 異と出会う>
第六章 エポケーとエンパシー 判断を止めると、新しい世界が見えてくる!
他者のつくる秩序に寄り添えるか?/食のバリエーションに正当性を見出せるか?/他者の構成する世界への、参加の始まり/エポケーと聴くこと/対話でエポケーを活用する/ともに構成する世界のはじまり

第七章 コンテクスト コミュニケーションはコンテクスト抜きには語れない!
いろいろなコンテクストにアクセスするには?/ギャップでもやもやしたことない?/コンテクストは「上書き」される?

第八章 未発の異と異対面 見えなくなっているところの異に気付く!
「見ること」は「見ない」こと/過去の学習と経験で、予測してみている/何がコンテクスト化するかは立場によって異なる/未発の異と可視化/異に出会うと見えるようになる

第九章 異文化と異分化 一様なものを多様にする!
「普通」と「普通でない」の境界線/「普通でない」から生まれる価値/「異文化」と「異分化」/マジョリティとマイノリティ/二項対立の解除法/発想を変えて「予言」すれば、現実が変わる

第十章 コンテクスト・シフティング 視点を移動させながらつながろう!
メディアが提供したコンテクストなのに?/想像力を働かせて、別視点へワープ/異文化アライアンス/気付いていたいけれど、限界がある

<Ⅲ 異と生きる>
→長くなり過ぎたので割愛。次回以降へ回します

(書き写すだけでも一苦労でした)

心理構成主義と認知的複雑性

この書籍は、大事なエッセンスがたくさん詰まっているので、何回かに分けてレビューしたいと思うのですが、その中でも、インクルーシブ・リーダーシップに関連するところとして、第四章の一部をご紹介します。

1.心理構成主義

心理構成主義は、アメリカの心理学者であるジョージ・ケリー(認知臨床心理学の父と呼ばれる)や、スイスの心理学者ジャン・ピアジェが代表的な提唱者です。ケリーは、人と環境の相互作用が「経験」として構成されていると説明します。

構成主義的な経験とは、何かをしたことがあるとか、何かの出来事に遭遇したことがあるという意味ではなく、出来事についての連続的な「解釈」、つまり、「意味を生成する」ことが必要で、ただその場に居合わせただけでは経験したことにならないようです。

ものごとを浅くて一面的な理解でしか解釈できない、つまり経験できない状態は、異文化に対面するとよく起こります。

例えば、新しい会社(=異)に転職したときなどは、何がどういう理屈や秩序で動いているかわからない。しかし、ある程度時がたつと、システムや暗黙のルール、仕事の仕方など、その会社でのリアリティがどう構成されているかわかり、メンバーとしての感覚が育ちます。

学習の側面から見ると、「正統的周辺参加」と呼ばれ、コミュニティの文化の中で学びが起こっていくと言えます。こうして、人と環境における相互作用を通じて、経験としての意味形成が起こっていくプロセスを経て、自分の見方という主観的に現実を構成するレンズが養われる、と説明されます。

これまでとは異なる文化に飛び込むときには、新しい文化でのリアリティを学び、意味を見出していくことで経験となり、異文化の視点を得ていく(異文化の文脈によるカテゴリー化)、という言い方が出来るかと思います。


2.認知的複雑性

筆者は、「異」や異文化に触れると、まずは大まかなイメージやカテゴリーで捉えようとするものの、それでは物事を単純にしか理解できず、ステレオタイプやイメージの固定化が起こりやすい、と説明します。(例えば、インド人は皆カレーを食っている、など)

そこで、認知的複雑性が重要になるようです。

認知的複雑性とは、同時に複数の解釈枠組みを利用できることを指します。例えば、他者を表現するとき、「背が高いー低い」、「積極的ー消極的」「高学歴ー低学歴」「日本人ー外国人」等の軸で捉えます。人によっては、学歴の軸で見る発想のない人もいれば、学歴でしか見ない人もいます。

他者や物事を見る際に、さまざまな軸を利用し、一つの見方にとらわれずに様々な切り口からの解釈と再解釈を繰り返し、多面的で複雑な経験ができるとき、認知的複雑性が高い、と表現します。

逆に、認知的複雑性が低いと、なじみのある限られた軸でしかものを見ることが出来ず、他者にとってもそれが現実のすべて、といった自文化中心的な発想になりやすい、という状況に陥るようです。

このように、認知が現実を構成する、という立場こそ、心理構成主義です。だからこそ、認知的複雑性を高めることで、ステレオタイプに陥らず、他者を多様な観点で見られるようになる、とのこと。

*****

ちなみに、Randel et al.(2018)によると、認知的複雑性は、インクルーシブ・リーダーシップに影響を与える要因(規定要因)と言われます。認知的複雑性が高いと、インクルーシブ・リーダーシップも高い、ということです。

Randelらは、その理由を上述の認知的複雑性の説明から論じています。すなわち、認知的複雑性が高いと、さまざまな人の多様な側面を捉えて、その人を理解することが出来る。そうすると、他者をインクルードする際の観点がより多様になるので(=強み、専門性、特徴などから、他者を承認したり、尊重できる)インクルーシブ・リーダーシップがより発揮されやすい、とのことです。

(ここで、自分の研究領域とつながります!)

感じたこと

この書籍を読むまでは、認知的複雑性の理解が浅く、「複雑なことを認知できる力」と捉えていたのですが、この本に出会うことで、認知的多様性とは、多様性を理解し、受け止め、尊重するための重要な特質であり、インクルーシブ・リーダーシップの発揮に欠かせない要素だと理解できました。

心理構成主義や認知的複雑性が、ダイバーシティ・マネジメントの文脈でも重要だと感じます。以下、該当箇所を引用します。

マイノリティの立場に注意を向けて知覚しているマジョリティの人たちは、マイノリティの存在を自らの世界の一部として構成した現実を生きている。このような人たちは、職場におけるダイバーシティ研修を増やし、従来のままでは居心地の悪い人々にも働きやすい制度設計をするなど、積極的な調整を図ることが出来る。しかし、これまでなじんできた世界のバランスが崩れることへの葛藤(Conflict)に痛みが出ると、もがいたり、喪失感や郷愁の念にかられたりして、それが抵抗や自己防衛を招く場合もある。要するに、私たちは自らの構成する世界(または現実)のバランスを崩壊させないように、かつ、環境との矛盾やギャップを解消するべく、再構成・再組織化して世界(または現実)の構造を整えている。(中略)私たちの主観的な経験を新たに秩序立てる再構成をしながら、同時に、社会を最適化する構造化にも私たちは関わっている。

P98-100

言い換えると、認知的複雑性をもってマイノリティをとらえ、ダイバーシティ促進の取り組みをしている人や、その大事さをわかる人でも、自分のこれまで生きてきた現実との葛藤が生じると抵抗する、と言えます。

ダイバーシティ・マネジメントにおいては、常にこうした主観的な認知による世界観のぶつかり合いが起こる、という理解が大事だと感じました。

さらに言えば、インクルージョンが実現されるためには、認知的複雑性をもって多様性をしっかり理解し、その重要性や意味を形成できる人を増やしていかなくては、結局、世界観の衝突によりうまく行かない、という壁にぶち当たってしまうのだろうと思います。

問題の構造を一段深く理解できた(ような)気がします。







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