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冬の心

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1993年に日本で公開されたフランス映画『愛を弾く女』についてのマガジンです。同名のノベライズもこの映画の公開に合わせて出版されました。ノベライズを書くにあたって苦労したこと、刺…
月に2本ほどのペースで更新しますが、全10本以上になる予定ですのでマガジンで購読したほうがお得です。
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#冬の心

冬の心(その8)——破綻。

冬の心(その8)——破綻。

 カミーユの心は暴走する。
 私の生涯のパートナーはステファンだ。マネージャーのレジーヌでも、恋人のマクシムでもない。ステファンがいなければ生きていけない。私のヴァイオリンは、彼がいなければ鳴ってくれない。
 ステファンは危険を感じる。彼女の情熱に、ではなく、激しく彼女のほうに傾いていく自分の心に。彼はかろうじて踏みとどまり、カミーユとの間に距離を置こうとする。

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冬の心(その6)——ピアノ三重奏曲、あるいは「郷愁」。

冬の心(その6)——ピアノ三重奏曲、あるいは「郷愁」。

 これはステファンが、カミーユ愛用のヴァイオリンを調整し直した直後に彼女が弾くピアノ三重奏曲の冒頭の描写です。ビデオを探し求めて——あるいは買い求めて——この場面を確認するのはむずかしいでしょうが、さまざまな音楽専門のプラットフォームがありますから、この曲をストリーミングして聴くのはそんなにむずかしいことではないでしょう。
 これを書いている今、わが家のオーディオで鳴っているのもこの曲です(ストリ

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冬の心(その5)——ラヴェルのヴァイオリン・ソナタ。

冬の心(その5)——ラヴェルのヴァイオリン・ソナタ。

 カミーユから修理を託されたヴァイオリンを前にして、ステファンの頭で鳴る曲の描写。しかし、今、自分で書いたものを読み直し、あらためてラヴェルのヴァイオリン・ソナタについて調べていくと、自分がとんでもない勘違い、あるいは確信犯的ともいえるアクロバット的な小説化をやってのけていることがわかる。冒頭の引用は次のように続く。

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冬の心(その4)——ラショーム先生

冬の心(その4)——ラショーム先生

 場面は転換し、パリ中心部の少し光のくすんだアトリエや活気のあるレストランの内部から、鬱蒼とした森に包まれたラショーム先生の自宅へと移る。この場所を「ヴェルサイユに近いサン=マルタンの森」に設定した根拠は何かと問われると、もう明快には答えられない。考えられることはまず、ヴェルサイユという地名がシテ島と同じように、たとえフランスやパリに行ったことのない日本人にも馴染みのある地名だということがあるだろ

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