(8) One world
国後島の視察を終えて、ヘリに乗り込む。
玲子とカフェの話でもしたのだろう、打ち解けた感じで娘同士で話をしていた。モリは他のアイヌの方々と話をしていた。
「子供たちの授業の面倒を見ていただけるそうで、大変感謝しております」
この言葉の意味を理解するのは、洞爺湖に着いてからの話だ。「何の事?」と、顔面蒼白になっていたかもしれない。この3名は白老町の方々で、国が建設したウポポイで勤務されている。博物館説明員、手芸担当、歌い手さんだと言う。交流会で歌を披露するかもしれないと聞いていたのだが、相手にその準備が無かったようだと、少し残念そうに笑った。
「島の印象を把握したくて、ヘリで島全体をゆっくりと飛んで貰ったのです。特に、アイヌの方々に島の自然がどう見えるのか、伺いたかったものですから」 ヘリでの移動を選んだ理由を話すと、喜んでくれた。
開発が進んでいない自然が残っているのが重要だった。択捉、国後島であれば鮭が遡上する川もある。熊もいる。まだまだ原風景が残されているので、皆、喜ぶのではないかと仰る。
天然の鮭を馳走とし、熊を神の使いと崇めるアイヌの人々の原風景が島にあることが重要だった。北海道では知床半島や湖周辺位しか、残っていないのではないか・・
「択捉島にあったミサイルを撤去するそうですが、いつ頃ですか?」
「年内には撤去する約束になっています。武器があると世界遺産登録に支障が出ますからね」
3人が頷く。知床半島に追加認定されれば、開発は制限される。合わせて民族保護という観点からも文化遺産として認められるはずだ。歯舞にアイヌモシリ建設は限定的なものとして受け入れられるだろう。文化伝承として、来訪者用のホテルに酒作りも、拡大解釈的に実現してしまいましょう、と。
「どうして酒や養殖という発想になったのですか?」
「単純に北部だからです。まず同緯度にある諸島国家の一次産業、加工食品を調べました。ニュージーランド、パタゴニア、北欧、イギリス北部での海洋産業を議員たちで手分けして調べたのです。NZで言えばマオリ、パタゴニアではヤーガン族にも注目しました。どういった政策をNZとチリ、アルゼンチンが取っているのかというのも含めて。NZとノルウェー、チリはサーモンの養殖ですね。NZはキングサーモンになります。スコットランドとアイルランドのウィスキー、イギリスのパブを夢想したのは、すみません、私です。
紅鮭の養殖は2年前から根室の漁協さんが試験飼育をしています。これが成功すればいいのですが、まずは三陸で養殖している銀鮭が対象でしょうか。ウィスキーは余市でいいモルトが取れてますし、ビールはクラッシックがありますし、北海道はホップも麦も取れますから、地ビール製造も行けるかなと。要は、観光目的です。養殖や酒がブランド化すれば、それだけで人は集まってきます。NZとノルウェーの養殖は、おかしなモノを食べさせていないので、ブランド化しました。ウィスキーもJapan Wiskeyクラスまで昇華できれば、それだけでもビジネスになるかと思ったのです」
「なるほど。アイヌは従来 商業という概念に乏しい民族です。皆さんもご存知のように家畜や養殖という概念は無く、自然の恵みを採取してきました。時代も変わり、今は完全に貨幣経済に慣れ親しんでいます。あの子達がカフェで勤めさせていただくように、私達も文化振興以外に、商売を考えないと行けないのでしょうね。この先のアイヌの未来を考える上でも・・」
これ以上、貨幣の話になってもまだタラレバになると思い、以降は教育の話をしていた。
そこで、オンライン授業の話をされたので理解した。鮎か蛍がコマ割りに入れようとしたのだろう。学長とかに勝手に祭り上げて・・
暫く話をしていると、玲子が2人のお嬢さんを連れてきた。ヘリの中なので失礼しますと断って、3人が座っていた方へ移動する。
「先生、裕子さんと美玲さんです。函館店のスタッフさんです」
宜しくと再び頭を下げて、訊ねる。「2人共、学生さんですか?」
「はい、五稜郭のそばに公立のITの大学がありまして、2人共4年生でそこに通っています」裕子さんが言う。・・玲子と同じ学年か・・
「ITの公立大学とは、知りませんでした。申し訳ない」
「仕方がありません。まだ20年しか経ってない新設校なんです」
「2人共、就職は決まってるんですか?」
「私はNPO法人の代表もやってるので、そのまま続けようと思ってるのですが、美玲はまだ・・」・・コロナと、偏見の2重苦だろうか・・
「HookLikeで勤め続けようって思っています」 美玲は朗らかに笑う。
「そうですか・・あの、学校のHPを見てもいいですか?」
「どうぞどうぞ」 スマホで検索する。確かにまだ設立したばかりの大学だった。函館には他にも大学が幾つもある。ピンときた。プルシアンブルーの北海道の拠点は、コッチではないかと。港の先に漁業の研究施設もあって、そこに大学のサテライトも入っている。いいかもしれない。公立なので、与党としても組みやすい。インフラ整備も整っている。しかもITの大学だなんて・・いい事だらけではないか。
「突然なんだけど、明日、明後日って学校はやってますか?」
「ええ・・どうしたんですか?」
「アポを取らなければいけないけど、学長に会いに行こうと思いまして。合わせて授業風景も見たい」 坂田さんを見ると、分かりましたと頷き。OKサインをする。ヘリが着いたらアポを取ってくれるだろう。
「それなら私がご案内します。4年生で金曜しか学校に行ってないんです」
「就職活動はいいの?私が居るからいいよ・・」裕子が美玲に言う。
「大丈夫。きっと、こっちの方が大事だもの」・・大事って、大袈裟な・・
そう言ってる側から、ヘリは洞爺湖に降下し始めた。
ーーーー
ホテルのバスに乗って、ウポポイの方々は登別経由で白老町まで帰っていった。裕子と美玲は玲子が函館まで送っていった。片道100km近くあるので、北海道とは言えども、帰りは遅くなるだろう。
各自、部屋で少し休んで、各国毎に集まって意見のすり合わせをしてから、3カ国会談を始める。明日午前中が予備会談となっているが、そこまで費やさずとも済みそうだった。
会談が終わり、夕飯まで自由となる。残念なことに中国外相が寄ってくる
「ロシアとの漁業権の話で思いついたんだがね・・」「尖閣ですか?」
「グレーゾーン地帯にして、共同管理としたら君はどう思う」正直、参ったなと思う。日本政府は今回のアンタッチャブル案件に加えていたからだ。
「申し訳ありません。2カ国だけの問題では済みません。今までの日本政府の刷込みがあるので、必ずアメリカが口を挟んでくるでしょうし・・」
「台湾だね・・」
「ええ、その通りです」・・外相、大和堆での違法操業もあるのだよ・・
「首相に相談しても同じだろうか?」
「すみません、実は今回の事前の内部検討では、尖閣については触れないとしています。和平ムードに水を刺すような事になるといけませんから」
「なるほど。では、継続して相談していくことでいいかな?」
「はい、宜しくお願いします・・」外相が青いカードを取り出した。
「梁から聞いたんだが、アリpayと君のこのカードを連携させて、海外からの観光客に使えるようにするにはどうしたらいいんだろう?
「カードではなく、スマートフォンにアプリをダウンロードした方がいいかもしれません。残念ながら、そのアプリはまだ出来ていませんが・・」
「なるほど、それでカードだったのか・・」 ここでゆっくりと頷く。
「実は、システムとしてまさか今回使っているとは、私も思っていなかったのです。ここへ来て、驚きました。管理が出来ておらず失礼しました。仕方がなく記者会見で話してしまいましたが・・」
「スタッフの一人が天才だと褒めていたよ。いい技術者を抱えているね」
「ありがとうございます。上司の了解を取らずに勝手にやる奴等ですが・・」敢えて複数形にした。サミアを引き抜かれたらと、咄嗟に思った。
「しかし、その人達お陰で、君たちはデジタル円に一番近づいたんだが、それは分かっているんだよね?」
「ええ、ですから地域限定にしたのです。しかし、諸々について考えている間に世に出してしまいました。これは私の責任でもあります・・」
中国がア・ババと揉めている時だけに、首を突っ込んで来たのだと推測して、先に謝る事にした。
「いや、私は個人的に言っている。これは中南海の意見では無いので安心してほしい、私個人の意見だからね。先程、アメリカの記者から聞いたのだが、アメリカの最大手のカード会社がプルシアンブルーに接触を求めているようだ。佳境にあったカード会社が、プルシアンブルーと組んだらどうなると思う?それこそ、世界通貨の誕生に最も前進する。世界中の通貨の両替をプルシアンブルーバンクが勝手にやってくれるんだからね」
サミア、やり過ぎだよ・・と思った。同時に、外相が嬉しそうなので驚いた。ひょっとして、外相が体制に不満を抱いているのでは?と思った。
「カード会社との協業は、当面認可を出しません。世に出るようなら、G20で財務大臣に協議してもらわねばならない案件となります。各国の通貨、取り分け途上国の経済を左右しかねませんので」
「潰された、FBのリブラと同じだね。変更した名前は忘れたが・・」
「仰る通りです・・」
「しかし、アリPayと組んだら、世界の1/6の人口が所有する仕組みとなる。そうなれば一歩ゴールに近づくよ、世界通貨にね」 外相が微笑みながら去っていった。
この時、確信した。彼は主席の座を狙っているのかもしれない、と。
ーーーー
翌朝は3カ国の合同記者会見となった。
定期的なネットカンファレンスを開催し、各国のそれぞれの事業の進捗管理をしていく等、3カ国経済同盟の推進が随時話し合われると説明があった。
中国の主席は、ここで驚愕の発言をする。当然ながらロシアも日本も承知の上だが。
「我々3カ国は、アメリカ合衆国の参加を求めていきます。我々の事業に関して、組めるものがあれば組んで行きたい。まずは話し合いを重ねていきましょう。我々の願いは、このアジア市場でアメリカ企業に限らず、あらゆる国の企業に成功して頂きたいと言うことです。その為に、私達中国はTPP加入に前向きに検討していきますし、同時に、アメリカの参加も切望するものです。バ・デン大統領、お会い出来る日を心より楽しみにしております」
大統領も首相も、この主席の発言によって自分達の功績が霞むのは承知の上だった。主席のスピーチが終わると、両側から大統領と首相が寄り、主席の腕が2人の肩に乗った。大きな拍手が記者席から上がった。
3人の笑顔が、この首脳会談のクライマックスとなった。
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その場に居ようものなら、また「黒幕」とか言われてしまうので、仕事を口実に、函館の公立大学に居た。真新しいキャンパスで気分がいい。
立地も申し分なかった。学長に面会して直訴したら、喜んでくれた。提携する企業があれば、大学も広告になる。例えば、電気自動車のプログラム開発の授業をプルシアンブルーのエンジニアが請負って、ゴーカートを自動運転で動かして見るのは如何でしょう?自動車会社への就職にもプラスになるのでは?と言えば、飛びついてくるのも当然だった。
プルシアンブルーとしても、高速ネットワークが使えて、システム保守管理で学生をバイトとして雇える。何よりも、優秀な学生を採用する事が出来る。また、北前新党の北海道支部も函館に構え、拠点としていく。そもそも青函トンネルがあるので、本州へ新幹線へも気軽に移動でき、函館には空港もあれば、本州へのフェリーもある。交通面では北海道最強都市でもある。
故に、ほぼ確定事項として継続協議させていただくことになった。
それに歴史的な港町だ。ボストン、シスコ、神戸、横浜にも似た風を感じる。イメージカラーの青色にも合う。
美玲が「こっちの方が重要だ」と言ったのはこの事だろうか、まさか、人の心が読めるわけではないだろうが。2人は提携話に大はしゃぎで喜んでいる。昨日、3年生の時の成績を持ってくるように伝えたら、2人は嫌がらなかった。それもそのはずで、2人は学年のトップ、1番と2番だった。学長もよく知っている学生さん だった。これなら文句なしと、プルシアンブルーで勤めてもOKと、内定をだそうと考えていた。
校内の図書館やオープンスペースを歩いていれば、大臣とクイズ王の玲子が居るので,ちょっとした騒ぎになる。しかし、案内している2人には誰も目を掛けず、声もかけない事に玲子も気がついていたようだ。目で会話して頷き合っていた。
カフェテラスで薄すぎるコーヒーを飲みながら、触れるべきか悩んでいた。美玲が就職内定が出なかったのは、コロナで採用枠が限られているのもあるのだろうが、出自も影響しているのかもしれないと考えていた。しかし、結果的に優秀な学生を採用出来る。人物評価としても申し分なかった。日本企業の採用担当者の目の節穴っぷりに感謝するしかない・・
「さて、ここでお二人にお話しがあります。プルシアンブルーでエンジニアとして働いてみませんか?」涙目になりながら2人で抱き合っている。裕子にも、NPO代表は勤務しながらでも続けられるだろうと伝える。
玲子も貰い泣きしている。そう言えば、この娘は大学院でいいんだよな?と心配になった。
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2人と別れて、2台の車はフェリーに積んだ。
玲子と、宮城の石巻市まで運転をして行くことになった。
どれだけこの車に思い入れがあるのか、という話だろう。途中で高速を降りて、どこか美味しい食事が出来る街に泊まろうと話をしていた。
青森へ向かうフェリーの甲板で風に吹かれて、離れていく函館を見ていた。
北海道が次第に小さくなり、進行方向に向き合って、欄干に背を持たれていたら、玲子が寄り添ってきた。
「寒いから、中に入りませんか?」そう言われて、そのまま腕を肩に乗せて引き寄せると、デッキ内へ入っていった。
石巻の家に車がやってきて、翔子と里子が驚く顔が、早く見たかった。
(つづく)
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