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(2) 月面と、 砂漠と、 ツンドラ地帯と 。


 何かしらの成果を得たり、実際に事象を目撃すると、人の感情は高揚するようだ。その一方で「事件だ、快挙だ」とマスコミが騒ぎ、記事を読み、発表された研究論文を見るだけで留まり、たまたまニュース映像を見なかった。もしくは見る機会を逸し、文字情報だけで終わった場合、自分の知識や理解と符合しなければ、理解への探求を安々と諦める・・ヒトは多かれ少なかれ、そんな生物になってゆくのだろうと見ていた。
モリには理解が出来ない永遠の謎になりつつあるが、世界中で文字離れが進行し、電子書籍を含めて売上が減少している。IT屋が悪いのか、AIが普及したが故なのか、個々のヒトに知識がなくとも、何かしらの電子機器さえあれば、情報の検索ができ、不自由なく生活できてしまう時代だからと形容されている。
「物事をもっと理解したい」「真実を知りたい」とヒトが判断すると、個別に情報を検索し、それでも理解が出来なければ、映像・動画付きの情報にアクセスして、何かしらのイメージを掴む・・。
ここで問題が生じる可能性を考える。検索した情報が、果たして正しいものなのか?と。作為的に改ざんされている情報も多数ある。欧米のAIが選んできた情報なら、尚更だ。内容は兎も角として、情報の信憑性のジャッジをしないまま玉石混交の状態になっているのが今の状態だ。そんな有象無象のデータを抱え込んだシステムが30年近くも続いているのだがから脅威だ。  米国大手、中国大手がこのデータを持ち続ける限り、日本のAIの未来にとっては敵が永遠に現れないので安泰なのだが、世界の未来を考えると、必ずしも喜んでばかりもいられない。様々な思想と思惑を抱えた人々が自由に情報を書き込む状態が続くのは世界にとってマイナスでしかない。残念ながら情報の正誤の見極めが出来ない人々は、間違えたまま行動し、同じ意見を持っている人達を仲間と認識して、近づいてゆく。
それぞれの勝手な「思い込み」を新しい仲間たちが賛同し、常に支持してくれるので、彼らの「誤った思い込み」は彼らの中では「正論」となる。結果、世界中で人々が幾つかのブロックに分かれ、それぞれが歩み寄る気配もないままでいる。世界中で分断が起きているのは、それぞれの主張にそれぞれの支持者と仲間が居るので、永久に双方の、もしくは三方、四方で言い合いを続けあう状態となっている。ある一方が「バカバカしい、こんな低レベル野郎に付き合っていられるか!」と匙を投げると、相手をしていた側は「論破した!」と勝利宣言して、身内の中だけで盛り上がる。
こうした永遠に続くお粗末な構図に「新たな指標」を提示するとどうなるのだろう?と、検証してみた。

「火星に基地が出来た」「月面で作業にあたっているのは火星のロボットだ」この情報が公表されると、メディアはジャックされたように宇宙一色となり、人々は「一時的に」熱狂した。しかし題材が宇宙なので、情報を伝える側の判断が複雑な方に向かったケースが散見された。
視聴者が理解しやすいように、分かりやすくニュースを伝えたいとまずは考える。火星や宇宙の分野の解説が出来るであろう知識人に、テレビやラジオ局から番組出演のオファーが届く。テレビ局のリストにあるのは元宇宙飛行士や科学者達だ。その道のエキスパートであり、リストにある人物なので普通に依頼をする。ニュースを伝えたあとで、専門家のコメントを映像で伝えたり、キャスターが専門家に質問して、意見を求めたりする。しかし、質問に対する返答が専門的すぎて、番組が盛り上がらない。知識を振りかざす理由は本人達に聞かなければならないが、それこそ何年ぶりかでテレビに出た人々ばかりだった。2030年に宇宙ステーション自体の寿命によって海洋投棄された後、パッタリと宇宙開発が止まっていた。「宇宙旅行」と称して金持ちが辿り着くのは、精々地球の高度10万メートルだったりする。観光客は人工衛星と同じ視点で、碧い地球を見て、背後の広大な宇宙空間と星々の輝きを見る位で、宇宙の研究自体は、あまり先には進んでいなかった。
つまり、専門家に意見を求める機会すら、極めて少なくなっていたのだろう。専門家達は「これはチャンスだ」と思い、つい 欲を出してしまったのかもしれない。専門的な話をひけらかして、今回、自分が目立つ事に成功すれば「宇宙に関してはあの人にコメントを貰おう」的なポジションが欲しかったのかもしれない。未知の新型ウィルスが蔓延した際も、売名行為目的の評論家や学者が現れては、消えていった。あれに近いものをモリは感じていた。
「今後、宇宙開発はどうなると思いますか?」という質問に対して、いきなり講義を始めるかの勢いで滔々と自論を述べ始める。それこそ、専門的な用語を散りばめながら。当然、視聴者はついていけない。質問したキャスターも困り顔だった。また、「宇宙に行けるのは、金持ちと専門的な知識がある人だけ、宇宙なんて自分には関係ない世界だ」という刷り込みも、人々にはあるのかもしれない。一時は熱狂しても「やはり自分には難解だ。宇宙なんて、そもそも関係がない」と覚めてしまうのかもしれない。

 次の検証は前回よりも具体的だ。今回は「成果」が伴う。
「火星で5年間滞在したロボットが20体が一度に帰ってきて、火星で採掘した金塊を100トン投下した。火星には地球と同じ鉱物があって、必要に応じて掘り出せる。地表には、海も、建物なんて何もないからだ。しかも地球と月を往復するシャトルを10機作って、毎週のように5機編隊が往復し、火星からは1ヶ月に一度、3隻の輸送船が到着する」という情報から、

「50人以上が毎週月に行って、帰ってくる時代になるらしい」
「石油やガスを除いて、資源高という言葉が地上から無くなるかもしれない。ベネズエラは掘ってきた金塊100トン分の費用を、暫定的に「世界共有口座」を世界銀行に作って貰い、その口座にキャッシュで振り込んだ」
「ベネズエラは中南米軍の兵士を月面基地と火星基地に配備して、宇宙空間での軍事研究を行うので、いよいよ地球防衛軍を人類は持つかもしれない」
と、具体的な動きをイメージできるようになると、そこで始めて、今後「変化」を考え始めるようになる。「火星製造物、地球搬入へ」「火星資源、地球へ投下」「火星で5年生活したロボット」の3点は、別に専門家のコメントの必要はなかったようだ。
つまり、宇宙という環境が現実世界に影響を及ぼす時代になる、と人類全体が考え始めると、分断の構図にどんな変化が出るか?考察してみよう。

分断の構造分析は一旦おいて、まず、日本で生じた変化を比較してみる。
2034年の火星出発時の日経平均株価は一時的に4万円まで上がった。即座に日銀と財務省が介入して3万5千円まで下げた。今回の「5年ぶりの帰還」のニュースは、月面基地建設が急ピッチで進んでいる事もあって、5万5千円の史上最高値を付け、5万1千円台で高止まりを見せて、急速な円高が進んでいる。
つまり、同じ火星が対象となっても「これから始まる」のと「帰還による成果と今後」では、人々の関心度が大きく変わったと推測される。

火星進出の具体的な成果を認識し、世界に益をもたらすと考えた人々が大幅に増えたのは間違いない。中南米諸国連合証券取引所のあるパナマ市場でも、今回の帰還騒動の成果が賞賛されて、5年前以上に高騰した。
ここで、日本とベネズエラが今回取った行動が、他国には羨ましがられたので、両国が実際に何をしたのか押さえておこう。要はお互いが得た資金で、相手国の株と債権を買いまくったのだ。円高対策には、ベネズエラ・ペソ、北朝鮮・ウォンを買った。信じられる通貨がこれしかないので仕方が無い。日銀は公定歩合を上げに上げ、国債を売りまくって金を得ると、トチ狂ったようにベネズエラ国債、中南米諸国国債、中南米企業の株を買いまくっていた。ベネズエラも同じように、日本の国債、日本・北朝鮮の株を買いまくっていた。
「バブル状態にあるという認識でおります。あらゆる対策を講じます」  阪本首相はあちこちで同じ発言を繰り返していた。
日本とベネズエラのバブルが他国と大きく異なるのは、地価は絶対に高騰しない。事実、20年間地価上昇を抑えてきた実績がある。
日本は住宅建設費が安く、人口減少で土地は余剰状態にある。金融機関も国内の不動産で投機的な動きが出来ないので、海外の不動産を買って、個人の別荘や企業の海外拠点、不動産資産としての売買を繰り返していた。
プルシアンブルー社、GrayEquipment社、Pleiades社は株価急騰で得た資金で、地価の安い日本国内の倒産した企業の土地や、撤退した工場跡地を、買いまくっていた。ロボットがモノづくりをする製造拠点は幾つあっても構わないからだ。

世界中の注目を一手に集めながらも、日本の議会では「自衛隊を廃止すべきか、否か」と議論を繰り返していた。既に月面基地建設費用は楽に回収出来、火星事業へのこれまでの投資の回収に移っていた。自衛隊問題をお題にして論じている間は、新型ロボットと新型モビルスーツの開発、次期ITシステム開発を特別予算を議会承認を要請すると、直ぐに承認される。
防衛省もベネズエラから購入するモビルスーツ200体の臨時予算の承認を要請した。自衛隊存続となっても、中南米軍になったとしても、そのまま使えるからだ。そんな追加予算を次々と組んで、それでも尚、国庫の蓄えも増やし続けていた。

宇宙への進出だけで2カ国だけが潤い、自分達は国内派閥で言い合いを続けあっている。この先にどんな未来が待っているのだろう?と真剣に考えた人々から、世界は変わってゆくのかもしれない、いや、そうでなければ世界が一番困るのだ。

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月面基地に参加を表明したスカンジナビア3カ国の一つ、ノルウェー人記者は、火星からの帰還劇を「20 ”人”の英雄達、火星から帰還!」と題して記事を書いた。
彼はこれまで1年間日本に滞在し、日本各地で勢力的な取材を重ねていた。「北欧人の見た日本」という視点が比較文化論的な要素も含んでおり、好評の日本特集記事となっていた。記者自身の知名度も上がり、阪本首相への単独インタビューも実現していた。

「感動的で、厳かな時間だった。結論から言えば物凄い成果だ。ロボットが火星で5年間滞在し、火星の工業化を実現して、火星で製造されたシャトルに乗って、地球に帰ってきたのだ。偉業と呼ぶに値するのも当然で、人類のこれまでの宇宙開発を全て押しのけてしまう程の飛躍を成し遂げた。
当初の計画は片道切符だった。「朽ち果てるまで、火星で過ごす」そんな嫌な役割をロボット達は担い、地球から飛び立って行った。「ロボットとは言え、冷酷すぎるのではないか?」そんな批判的な意見も少なくなかった。
しかし、地上のスタッフ達は火星に居るロボットとの通信を介して、ロボットを「仲間、同士」と認識するようになっていった。健気にも、数多の成果を挙げ、世界の研究者の手足となって火星上で活躍、活動し続けた。

ここへ来て月面基地計画が浮上して、状況が一変する。「最初の組に帰還して貰おう」と、古参のロボットが戻ってくる方針に転じた。品質管理の担当者からすれば、古参のロボットに現場に残って欲しいと考えるのが普通だ。この先の耐久性を見極められるからだ。
しかし、全員の幹部たちが方針を切り替えた。「安全記録の更新を優先しよう」と、システムトラブルの可能性の高くなってゆくロボット100体を、地球に戻し、最新のロボットを送りだす決定をした。
プルシアンブルー社のサミア会長は、宇宙はまだまだ未知なる空間だと不安を滲ませている。だからこそ、少しでもベターな策を講じて、安全な状態を維持して、不測の事態に挑めるようにしようと、各部門の様々な意見を、束ねてみせていた。

日本がAIを使ったサービスの提供を始めて20年経った。そのAIの最高峰に位置するのが、ロボットだ。
大気圏突入の前段階で、大型ロボットが機体を押したり、スローイングのポーズを取るのは一見アナログ的な動きに見えて親近感を覚えたものだが、その大型ロボットを操作しているのもまた、人型ロボットなのだ。
今回の成果は全てAIとITが実現した。これは人類史上に残る大きな一歩であり、宇宙開発を加速させた大事件と言える。サミア会長の方針変更からも明らかだが、今や日本のAIは様々な場面で使われ、社会インフラの一部として浸透している。だからこそ、障害や暴走などあってはならない。「インフラを担っている」という責任感が、尋常ではない次元に達している。

年内中と言われているが、日本は帰還したシャトルを宇宙空間までカタパルト発射する、初の実験を行う。火星では既に実現している技術だが、地球の重力は火星の3倍なので、打ち上げのパワーは火星の比ではない。「ロケットで打ち上げるよりは安い」シャトルを少しでも数多く打ち上げたい日本は、ロケット以外の方法を試そうとしている。
その建設現場には残念ながら訪問許可が降りなかった。その地は原発の事故で30年経っても未だに放射能で汚染されている福島だからというのが理由だった。日本は敢えてこの汚染地域に、ロボットが集う研究都市を作ろうと考えている。月面基地、火星基地との通信基地、宇宙への離発着地にしようとしている。火星や月面でロボットが宇宙服を纏わず、活動後はエアシャワーを浴びて入館するだけで済む。放射線への耐久性を備えているからだ。

阪本首相は「ロボット達に福島を救ってもらう。最先端のテクノロジーを育てながら、除染作業という単調な仕事も担ってもらう。いつの日にか、人間がロボット達に加わって、共同研究が出来る場になればいいのですが」と彼女は目を細めた。

負の遺産ばかりを抱えた日本の現政権が成し遂げたのは、世界に強固なITインフラを提供し、様々な分野で数多くの改善を実現した事に尽きる。
生活圏に危険物施設を建設し、安全を連呼しておきながら、結局は生活圏を破壊した先人達の大失態を諦めずに転換しようと考え、トライを始める。常に選択肢を掲げて、ベターと判断した策を取る・・そんな課題探しや生活向上を、国会議員や州政府が常に探している。
今の日本を支えているのは、飽くなき挑戦を続ける姿勢であり、貪欲なまでの好奇心なのではないかと、記者は考えるようになった。

過去の日本を支えた軍需産業の末裔は、古の政治家達と共に、日本から消え去ろうとしている。自衛隊も不要ではないかと議論を続けている。新たなものを見つけ出せば、不要なものを自然に淘汰してゆく。日本の経済を支えているのは、火星から帰ってきたロボットに涙を流して「お帰りなさい」と口にできる技術者であり、彼らを纏め上げる経営者達だった。
日本もご多分に漏れず、少子高齢化社会の波に晒されている。しかし、その波を物ともせず、日本の若者たちは荒野を目指そうと競争に挑もうとしている。これまでの20年間、政府は最高の教育を用意し、企業は最先端の仕事を用意してきた。産業を更に活性化しようと、起業に対する支援策も手厚く施されている。日本の若者ばかりではない、嘗て福祉大国と言われた北欧よりも税金が安いのに、福祉のレベルは北欧並だ。北欧を始め、世界の若者が日本の大学を目指すのも、日本で生活するほうが生活費も抑えられ、その上高給だ。日本で学び、居住したいというトレンドが今や生まれつつある。

記者は暫定的に「日本モデル」と呼んでいるが、この波がベネズエラが発信源となって中南米、アフリカ、イタリア地中海、そして中国を除くアジア全域に浸透しつつあると捉えている。米中が嘗てない苦境下にあっても、世界経済が傾かないのは、この「日本モデル」が経済的な成功以外に、世界に安心感を齎せているからではないかと考えている。

最後に阪本首相にどうしても聞きたい事があった。日本には八百万神として、万物に神が宿ると言われてきた。ところがあなたの政党は、神国日本と自称した過去の日本を好ましくないものと距離を置いている。神に関する話題にも触れようとしない。右傾化クリスチャンは、コミュニストというレッテルを貼り付けかねないが、宗教に関して明確に発言された方がプラスなのではないか?とインタビューを終えて、一言申し上げた。
すると、彼女はこう答えた。

「レッテル貼りをされるのは仕方がありません。政治家でいる時は宗教から避けているのは事実です。しかし、私も日本人です。お正月には近所の神社に初詣に行きますし、神社の夏祭り、盆踊りというのが日本にはありますが毎年参加しています。とは言え休日の話ですし、警備で周りをあまり混乱させたくはないので、首相動向には載せていません。
一方で私はある考察をしています。人類が宇宙環境に出た時、人々は地球上の神々をどう扱うのだろう。宗教的なルールはどう変化するのだろうと考えるのです。
キリスト教が天動説・地動説の論争が起きた時に異を唱えたように、様々な箇所で宗教理論が破綻する可能性が出てきます。日本の若者で、あらゆるものに神が宿ると信じている人なんて、居ません。電子顕微鏡を覗いても、そこにあるのは原子の羅列であって、神の居場所など無いのですから。
そんな辻褄が合わない宗教であっても、例えば異星人が襲来でもすれば、人々は神に祈るしか術がなく、宗教は人類の滅亡の局面で最高に輝くかもしれません。異星人襲来は想像もしたくありませんが、今後宇宙開発が進んで、もし宗教が勢いを失う事態になると、カソリックとプロテスタント、スンニ派とシーア派といった同じ宗教内のそれぞれの派はどう変化するのでしょう?気が付いた時には、宇宙教のような新興宗教が突然出てくるか、宇宙の概念に即した現行宗教の新派閥が出て来るのだろうかとか、今後、宗教はどうなるのか、私は強い関心を持っています。
月面基地に多くの人が出るようになると、その重力対策でスペースコロニー的な人工重力施設、食料生産基地が必要になり、それこそ宇宙環境で人が暮らし、出産と死が起きてくるでしょう。今の火星基地の能力を考えると、小規模コロニーの建設まで、さほど時間は掛からないと見ています。つまり、宇宙空間が身近になった時に、人類の生活様式にどんな変化が齎されるのか、その時宗教はどうなっているのか、まだ、推測や憶測しているに過ぎませんが、地球上の人達が一斉に私と同じ視点で考えるようになるのです。 産業革命以来の人類思想の大転換が生じるに違いありません。

さて、そこで私が神頼みしている姿が映像に残ってしまってですよ「嘗て、日本の総理大臣は、年初に神社に行って初詣という行為をし、夏は神社の境内で盆踊りを踊っていた」なんて映像が流れたら、それはちょっと嫌だなって思ったんです」と阪本首相は笑った。

「なるほど。確かにアニメで言うところのオールドタイプに位置づけられてしまいますね・・」

「オールドタイプ!それは駄目・・コミュニストよりも嫌なレッテルです。出来れば、先駆者となった首相って、呼ばれたいです!」

その場は2人で大笑いしたが、いつ何時ドラスティックな変化が起こっても仕方が無い、そんな時代を日本連合が作り出しているという自負を、首相は持っている。恐らく首相だけでなく、日本の国会議員全員も同様に考えているのだろう。宇宙進出による変化変革が、今後社会をどう変えてゆくのか、日本政府は かなり先を見据えていると記者は実感した」

ノルウェーのイーデス記者の一文は、欧米の人々の日本の政治家のイメージを改めてゆく。彼らは政治家特有の小手先の対応で済ますのではなく、近未来を見据えて、執務に当たっているのだと。

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アルジェリア入りした、エジプト暫定政府のドラガン・ボクシッチ特使はアルジェリア大統領と五輪について協議した後で、ベネゼエラのPleiades社の海水浄化プラント施設の建設現場を訪れていた。日中の炎天下を物ともせず、ロボットが重機を運転し、両肩から砲身を外したMS-03、3体がプラント装置を運び、設置していた。これは早いとドラガンは納得した。

月面基地、火星基地で使われているものと同じ大きさの栽培ハウスが並べられ、海水浄化施設で水が出来上がり次第、水耕栽培を始める準備をしていた。居住区も月面基地に準じた空間を、このサハラ砂漠に展開してゆく。 砂漠の砂を慣らして巨大な面を作り、そこに巨大なチタン合金の5階建て程の高さがある倉庫状の箱を並べる。屋根と側面にはソーラーパネルを付けてオール電化として、室内全体の温度と湿度を朝昼晩と変えて調節する。電力だけに頼らず、浄化した水を側面のパイプに流すことで温度上昇を下げる装置までついている。これは水の少ない月面では無理だろう。しかし、温度と湿度では、外界に比べて倉庫内の方が大幅に快適なものとなる。
まず床に上下水道管を張り巡らせると、砂漠の砂を敷き詰める。遊歩道をサハラセメントで舗装し、倉庫内に3階建ての集合住宅を建てる。
月面と異なるのは、月では水道は各戸に引かず、各戸毎に給水タンクが備えられる。月では水は貴重品だ。その為に下水の扱いも地上とは異なる。下水は処理場に送られ、濾過されて再生水となった水は、植物栽培棟で使われる所までは、月も地上も同じだ。地球では、有機物は当面は破棄されるが、戸数が多くなるとバイオプラント施設を建設し、発電の材料として使われる。月では日中110度の直射日光で瞬間乾燥、殺菌させてから、生ゴミと共にミミズや微生物の居るバイオプラントに投入し、ミミズや微生物の餌となる。何度も繰り返すと土となり、植物栽培棟の土とローテーションしてゆく。植物栽培棟の蒸発水は屋根、壁伝いに集約されて、再生水となる。月では土壌と水は貴重品だが、これで循環社会が備わる。

月面では倉庫自体の強度と密封性を高める必要があるが、集合住宅自体は地上と同じような住居を建設しようとしている。
この倉庫自体を「コロニー」と、Pleiades社は暫定的に呼んでいるが、月面コロニー内では重しの付いた靴で歩行する以外は、地上と変わらない。コロニー内では宇宙服とヘルメットを着用する必要はない。コロニー外の作業は、全てロボットに担ってもらう。このコロニーを廊下状の連結部で繋げて、街を大きなものとしてゆく。月でも砂漠でも、砂嵐の日はコロニー内に篭もるのだ。

地上の施設では、クルド人、パレスチナ人、ウイグル人家族の入居を促してゆく。コロニーの外に室内駐車場を作り、バス停を儲けて、最寄りの集落と周辺施設をバスが循環する。砂漠での生計を立てる為に、サハラの砂を使った、石英ガラス工場とコンクリート用の砂製造、服飾、紡績などの工場を作る。また、緑地化計画を並行して進めてゆく。
海水浄化した水を使って、オアシスを少しづつ増やしてゆく。同時に砂漠の拡大を抑える為に砂漠の地下の水脈の上流部にパイプラインで浄水や生活再生水を流して、地下水脈の流れを作る。ナイル川上流域も同様だ。月日の進捗ごとに変化の状況を見極めながら、砂漠緑化の計画を見直してゆく。

ドラガンは想像する。コロニーの中の方が快適なので、街に住んでいる人々も移転し始めるかもしれない。住宅価格がコロニーの方が高くなるなど、従来の生活様式に変化が生じる可能性があるかもしれないと、考えた。
ドイツやフランスなど、欧州で中東移民流入で困っている国から、コロニー建設費用を貰って、砂漠開発を促進するにもいいかもしれない。アルジェリアでの「コロニー計画」を目の当たりにして、月面基地建設と砂漠緑化計画の相通じるコンセプトを立案した「影」に恐れすら感じる。砂漠だけではない。「厳冬化のツンドラ地帯の方が楽なんだよ、月の夜のマイナス170度なんて環境に比べればね」と笑っていたのを思い出し、身震いした。

ーーーー

夕刻に近づいてくる時刻だが、日中の陽射しで焼かれた砂は熱を帯び、輻射熱となって気温を下げるのを拒んでいた。「この砂をビジネスに繋げる」画面越しに瓶に入った砂を見せて、モリが笑った時に、変わらないな、と夫と喜んだ日を思い出し、屈んで砂を手に取った。タニヤに割り振られたジュリア2体が、タニヤから離れて立っている。ロボット自体が熱源なので、気を使って寄ってこない。「後で、この砂のサンプルを何箇所かで取っておいてくれる?」「了解しました」といつもより大きい声で帰ってきた。
タニアのジュリアは劇中のオビワン・ケノービのように布を頭から纏い、フード状にして顔だけ出し、ウエストを腰紐で縛っている。ジュリアの左右の腰には銃とアーミーナイフが、背中にはショットガンを背負っている。2体なので20人は纏めて相手出来るという。

タニヤ・ボクシッチは中南米軍のサハラ砂漠演習の視察を行っていた。中東・アフリカ方面部隊が配備したタンク型ロボットMS-02、その2本足両手モデルMS-03を実際に見るのが目的だった。MS-02の操縦席に入る。スイッチ以外は何もないMS-01の空間とは異なり、航空機の様に左右に2座席並んでおり、操縦担当と砲術担当と2人で操舵と攻撃を行う。タニヤは操舵も砲術も可能と聞いて、頬が緩んだ。

「どうぞ、実際に動かしてください。あまり大きな動きは出来ませんが」と言われて席に座る。過剰な動きをすると、AIがコントロールを始める「初心者モード」に設定にするので大丈夫だとも言われる。ハンドルも円周ではないが、自動車同様の操作で動かせる。フットペダルも自動車と同じ配置だ。2本足に両手は、この操舵方法では確かに扱えないと実感する・・

「日本車みたい、扱いやすい・・」キャタピラなのにスムーズに動く。建機や重機の開発で慣れているのだろうか。操縦席も高い位置にあるので遠くまで見渡せる。

「ミセス タニヤ、付属のマーカーユニットを発進させますので、上部モニターも御覧ください」 砲術席にいるロボットが応えた。スイッチも何も押さないのに、背後から音がすると、ステルス形状の飛行物がMS-02を追い越してゆく。上部の左右のワイドモニターに飛行物からの視界が投影される。

「最大7機のユニットを操る事ができますが、搭載しているのは2機です。専用輸送機の方で残り5機のユニットを管理します。今は、左右のモニターに2機それぞれの映像が投影されています。7機になると、攻撃対象を特定できたユニットの情報から順番に並べて表示します。我々ロボットは、7台のユニットの映像を同時に脳内認識しているとご理解下さい。敵ターゲットと確認次第、ミサイルやレーザー砲を打ち込みます。周辺に戦闘機が居れば、ユニットが迎撃に向かいます。この飛行ユニットは潜水空母i400に搭載しているものと同じです」砲術席のジュリアが、タニヤに説明する。

「凄い・・戦車や装甲車では、直ぐにやられてしまうわね・・」 各国の高速砲術車両の比ではない。発想はタンクではなく、まさに陸上の迎撃艦だ・・MS-02、10台で・・ユニットが70機・・そこにMS-01の機動力とMS-03の破壊力が重なる。まさに陸地の大艦隊ではないか・・。

「我が軍がエジプト以外で投入を予定しているのが、チベット国境警備、そしてメキシコ国境警備です」マーブルズ大佐がモニター越しに明かす。

「米中には脅威でしょうね、可哀想に・・」 タニヤが応えるとモニターの大佐は笑った。

「このマーカーユニットはステルス機能もありますので、アメリカ、中国国境を毎日のように偵察飛行することになるでしょう。飛行ユニットの試作機を試しにとばしていますが、まだ一度もバレていないそうです」

「では、エジプトでも早速飛ばしましょう。ガザ沿岸と隣国リビアをこっそり領空侵犯しましょう。プロペラ機の領空外の偵察は続けてください。飛んでいると認識されるのも大事ですからね。パイロットの練度も落としたくないですし」

「了解です。早速、配備致します」マーブルズ大佐は、新兵器の能力を判断できるタニヤの就任を、改めて歓迎していた。

「大佐、例えばだけど、イスラエル軍と模擬戦が出来るとしたら、あなたはどう思う?」

「イスラエルとですか・・それは・・正直に申し上げれば、個人的にはやってみたいですね。新兵器の力量を知ることが出来ます。但し懸念も幾つかあります。まず、MSシリーズのレールガン砲は模擬戦には使えません。通常の砲塔でペイント弾、ペイントミサイルに依存しますので、実際の戦闘性能よりかなり落ちます。もう一つは相手に手の内を晒す事になります。特使は、敢えて見せることで抑止力になるとお考えなのかもしれませんが・・」
そう言いながら、大佐の顔は笑っていた。

「最大の特徴を用いなくても、イスラエルを圧倒できると思うのよね・・。大佐、ペイント弾で戦術シュミレーションして下さいませんか。イスラエルはロックオン方式で買った負けたをカウントするはずだから、あっちは特徴を最大限出せるはず。それでも、中南米軍には飛車角兵器があるので、行けるでしょう・・両者それぞれの条件で比較をして、模擬戦をやって、抑止力に該当する成果が得られるのなら、是非やってみたい」         合同演習をやろうと持ち出せば、きっと相手も乗ってくるに違いない・・

「分かりました。早速取り掛かります」
マーブルズ大佐も、すっかりその気になっていた。

(つづく)

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