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(7)シリコンアイランド構想と、対になるもの (2024.1改)

プルシアンブルー社の工場が立ち並ぶ一角に、円形のドーム型屋内施設がある。
同社の農業試験場施設となっており、サッカー場と同じ大きさで、農業試験場の役割を終えれば芝を植えて室内競技場としても使える。サッカー好きなゴードンとモリの発想で、日本のクラブチームのキャンプ地としての利用を考えていた。

現在はボルネオ島が雨季なので屋根を開放して、僅かな時間の降雨を受け入れる状態としている。サッカー目的以前に施設を建設した理由は、ボルネオ/カリマンタン島の地質・土壌が周囲の東南アジア諸国と異なるために試験場を用意した。

前回のボルネオ島来訪時に研究者とエンジニアのチームが島内各所の農業用地を視察し、栽培中の農作物を調べ、土壌等の調査を行った。
東南アジアで土壌として最良とされるタイ北部の土壌より、酸性値が強いのが判明した。また、砂地が表面を覆っている土地も多く、耕作には不向きな土壌と言える。堆肥等を加えて土壌改良を行う必要があるのだが、その改良作業が結実するまで相応の年月を要する。
そこで熱帯気候を活用した室内環境での促成栽培を先行事業として始めた。
換金率の高い作物であるイチゴとメロン・スイカ等を広い室内で栽培し、工場周囲のスペースでは葡萄・桃・みかん等の木を植えた。九州地方で実績のある種や苗・苗木を日本から運び込んだ。

日本からやって来た女性陣が労働者に加わって、イチゴの苗をプランターに植え替えている最中だった。この気候であれば数ヶ月で実がなり、収穫が可能となる。イチゴは苗で容易に増やせるので、日本でもいたる地域で栽培している。市場規模に応じて増産減産のコントロールがしやすく、プランター栽培でも収量が確保できるのが特徴だ。
東南アジア産のイチゴは昔懐かしい酸味が強いものだが、品種改良された日本種を投入して、アジア市場の反応を見極めようと考えた。

中等部で園芸部を興した2人の手際の良さが、周囲との間でとりわけ光っていた。同校OBの大学生2人と高等部4人が何とか中学生に追いつこうと必死になって植えている。
普段土いじりしている者と、慣れていない者の差が出る。
「ただ消費するだけの多数層が存在するからこそ、農耕者の生計が成り立つ」と蛍は手を動かしながら、時折娘たちを見て考えていた。

「皆さん、休憩にしましょう!」この日チームリーダーの蛍が日本語とマレー語で言い、ブレイクとなる。
ママ友6人は、いそいそと茶菓子35人分を用意し始める。「いちご大福」を中が見えるように半分にカットしたものと、日本のケーキチェーン店の小さくスクエアカットされたイチゴのショートケーキをお茶と共に並べてゆく。イチゴをあしらった菓子の登場に、マレー人女性雇用者達が拍手している。
調理士・栄養士でもある源 翔子のアイディアだった。収穫後の作物がどう使われ、加工されるのか実際に従業員にイメージして貰うのだが、理解するには舌で覚える方が圧倒的に早い。
大学生エンジニアの村井 幸と妹の彩乃がテーブル席にpcを並べて、ケーキ工場、菓子工場の生産ラインの映像を見せる。食べている物が工場で作られるものだと理解してもらう。
イチゴを「製造部品の重要な1パーツ」なのだと元CAの4人がマレー語で説明してゆくと、次第に目の色が変わってくる。

休憩終了後、あゆみと彩乃はイチゴの苗から伸びたツル(ランナー)から、苗の増やし方を実際にやって見せてから、従業員一人一人にイチゴの苗をプレゼントする。
「家でも育ててみて下さい」と第5王女から習っているマレー語で元園芸部の中学生が伝える。

新顔の3家族のママ友、女子高生の計8人もマレー人従業員たちと同じ様に理解する。それと同時に自分たちが加わった手慣れた集団の力量に感心していた。プルシアンブルー社の社員達のマインドやモチベーションが何処にあるのかを、徐々に認識するようになっていた。

***

ブルネイ首相官邸の一室を割り当てられたモリは玲子と杏を伴って、資料作り・動画編集に取り掛かっていた。

手掛けていたのはボルネオ/カリマンタン島に移住政策を推進中のインドネシア政府への説明資料で、なぜ農民達の移住が上手く行っていないのか、日本とインドネシアの研究者チームが纏めた内容をブラッシュアップしていた。
この内容はインドネシア政府だけでなく、ボルネオ/カリマンタン島を共有するブルネイとマレーシア政府にも提出される。島内の問題や事情は共有する必要があるからだ。

要点を纏めておくと、インドネシア国民の6割が集中しているジャワ島は火山島であるが故に火山性土壌が広く分布している。その為、ボルネオ/カリマンタン島に比べて土壌内の有機物が多く、土壌酸性レベルも低い。ボルネオ/カリマンタン島の無機質な黄色系土壌とは異なるので、ジャワ島から移民してきた農民が同じように耕作を始めても、農作物が上手く育たずに失敗を繰り返すだけとなる。
他地域との「土壌の違い」に関して各国政府に理解して貰い、プルシアンブルー社のブルネイでの取り組みをアピールしてゆく。甘いいちごやメロンが急増したら、他の東南アジア諸国や日本をはじめとする東アジア/南アジアの菓子メーカーに提供すれば良い。
「ボルネオ島でコーヒー農園とか、茶畑ってないのかな?」
杏が思い出した様に言う。

「スマトラ島、スラウェシ島のコーヒー、ジャワ島の紅茶は有名だけど、ボルネオ/カリマンタンには特産品が無いのはなぜだっけ?」
動画編集作業中の杏に、資料を手に持って「コレを見ろ」と目で知らせる。編集者が押さえて置かねばならない、重要なポイントでもある。

「そか、土壌が違うんだったね。ゴメンゴメン」
と片目を閉じてテヘペロの仕草をして見せるので「カワイイ・・」と思い、つい視線を固定して見とれてしまう。両者の間に漂う空気を察した玲子が、ここぞとばかり介入してくる。「直ぐに先生に聞くし、先生も何でも応える、杏にはいっつも甘ちゃんの大甘だし・・」

「何も答えてないんだけどなぁ・・」

「玲ちゃん、拗ねてるのね、私達の愛の必殺技・以心伝心にヤキモチ焼いてるぅ〜」

「ちょっと!何よ、以心伝心って。先生が回答を示したでしょ、こうして書類取り上げて」

「「愛してるよ杏、これを見てご覧」「ありがとう、あなた」って一連の流れね」
「んな訳あるかぁ、ふざけんな」
「ヒス女はシワが増えるだけだぞ〜」
「コイツ・・」
「きゃー、ダディ、玲ちゃんがイジメるの〜、助けて〜」

呆れるしかない。立ち上がってコーヒーのドリップを始める。
マグカップを配布し終えると、第721次 世界大戦も平和理に収束しており、ボルネオ/カリマンタン島について推察混じりのディスカッションをコーヒーを飲みながら始める。

1980年代、世界で3番目に大きな島ボルネオ/カリマンタンの総面積75%が熱帯雨林に覆われていた。
ところが現在の森林面積は40%を切ってしまっている。日本の製紙会社や住宅建材メーカーも含めて進出して伐採し、最悪な焼き畑農業も含めた開拓が進んで減少した。
森林消失が降水量にどう関連しているか調査すると、森林が15%以上失われたエリアでは、降水量も比例するかのように15%以上減少しているのが確認されている。
森林面積の減少に伴って、気温が30℃を超えるような高温月の発生頻度がボルネオ島内でも恒常的になり、森林の熱耐性限界を超える状態にあるため、島の熱帯雨林が消失する可能性も指摘されている。
熱帯雨林の地表では微生物による分解が活発だが、有機物を豊富に含んでいる「腐植土」の層は極めて薄い。土壌の表面をうっすらと覆っているに過ぎない脆い層なので、森林が無ければ強い日差しによる土壌乾燥と、雨季の大雨による土壌流出で河川に流れ出て、あっという間に腐植土は地表から取り除かれてしまう。「酸素排出機能停止、二酸化炭素増大」で終わりではない。影響の範囲は地上だけに留まらない。
日本の東北では牡蠣やホタテの養殖の生産数の減少を防ぐために豊かな森を維持する努力を続けているが、同じ様な努力をこの巨大な島でもしなければ、良質な栄養素が海に到達せずにプランクトンが育たない。海洋の生態系を維持する栄養塩の供給が止まるからだ。
栄養塩が無ければ東南アジアの島嶼部を中心に海洋生態系の崩壊が加速度的に進む。世界3位の面積を誇るボルネオ/カリマンタン島で最悪の連鎖が続くと、オーストラリアから東南アジアにかけて広がるサンゴ礁に生息するすべての生き物と生態系に影響が及ぶ・・。       

「本格的な植林活動と養殖を含めた水産資源管理を絡めて、環境問題を克服しようと掲げた御仁が居るのよ」    
「あら素敵じゃない、是非その方紹介してよ」
「どうしよっかなぁ・・、でも内緒にしとけよって、彼から言われたしなぁ〜」
「もういいから。そん位にして、黙って仕事しなさい!」

「あらやだ。冗談が通じないのね〜 嫌になっちゃうわ」
「あんたねぇ〜」
玲子が立ち上がるのに先んじてスックと立ち上がり、騒乱を避ける為にトイレへ向かった。

****

来年から分社化するプルシアンブルー・エイジア社の幹部社員となる4人が、ブルネイの海上保安庁の巡視船に乗って、海底油田のプラント施設に隣接する総面積20haの同社製の海上太陽光パネルが浮かぶ地点に居た。

吉田 圭と悠木 碧が「ドルフィン・ドローン」を放つと、2機のイルカ型潜水艇が20haパネル下部の生け簀内の養殖魚の状況の映像を撮影し始める。生簀の中のサバ、シマアジ等のサイズをAIが画像解析し、生簀内の頭数をカウントしてゆく。
4人と共に乗船している漁協の皆さんが、PCに表示された魚のカウント数と成育状況に喜んでいる。
餌の種類や日々の投入量をAIの指示に従っているのだが、順調に成長している状態が確認出来た。

巨大な生簀で養殖されているだけのことはあって、天然のサバと比較するようにして養殖サバを食べて貰うが栄養状態が良いので、天然サバと同じ様に身がしまっており、味の変化を感じない。また、天然の魚の採取方法も大きく変化した。同社製の広域魚群探知機でブルネイ沖の魚種ごとの数を把握出来るようになり、事前に各漁業組合の漁船別に魚種と水揚げ量を分配するようになった。魚の居るポイントが常に特定できているので、漁に出てもボウズで帰港する事が皆無となり、燃料を無駄に消費する事が無くなった。

漁業組合にとってもプラスとなる。水揚げ量が事前に判明しているので、セリ単価で魚の価格の変化は多少あれども、売上と収益の予測が予め出来るようになったからだ。
魚種と魚影数を常時把握出来るので、もし魚の種類や数が減少していれば、森林再生にウェイトを掛けて、且つ漁船による捕獲数を制限する必要がある。
良好な漁場に戻るまでの穴埋め対策として、養殖魚を市場に提供して補う等、状況に応じて柔軟に計画を変更出来る、そんな仕様となった。

また、ブルネイは燃料にも電力にも困らない国だが、海上ソーラーシステムによって生み出された電力は漁業組合の収益と定めた。国は漁業組合から売電された電力に応じて、発電所での発電量を抑える。
漁業組合は電力収益の3割を植林事業財団に寄贈し、植林活動を支える。

漁業組合と各漁船は「無駄」が解消された漁と養殖と電力による収益で大幅に収入増となり、ギャンブル的な要素のあった漁業が田畑の大きさで収穫量が事前に予測できる農業と同じ様な状況になった。

同じボルネオ/カリマンタン島内のマレーシアやインドネシアに比べれば、ブルネイ国内の森林は維持されている方だが、マレーシアとインドネシア領内ではブルネイ以上の規模で実践し、周辺海域の海洋環境の維持だけでなく、4割以下となった島内の森林割合を少しづつ上昇させるのが目標だった。

プルシアンブルー・エイジア社の事業骨格は東南アジア内のスーパー事業、衣料事業となるが、ミッションとして環境事業も行なう。
環境事業の主な業務は、システム提供先の漁協、農協と協力して生産者、漁業関係者と定期的にコンタクトして、海洋・大気中の環境数値などの情報を提供してディスカッションを行う。プルシアンブルー社にレポートを提出し、問題が発覚すれば対応策を組織全体で練り上げる・・そんな生産者目線の流通会社になろうとしていた。

その上、自社工場周辺での農作物管理も行うので、来年から人員を集って、組織を東南アジアで立ち上げてゆこうとしていた。

(つづく)


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