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(9)Reincarnation or、 Devolution?

 自衛隊からベネズエラ軍、中南米軍へと転じてきて7年ぶりに、中南米軍専用の新型主力戦闘機「ZERO」のお披露目発表会がベネズエラ、カラカスにあるミランダ空軍基地で行われていた。 昨日日曜日に、モリのイーグルワン専用機がワシントンに強行着陸し、衆目には公開された格好になっていた。空軍と海軍の両司令も、互いにバツが悪い顔をしながら、マスコミからの質問や追求に答えていた。               

「昨日のワシントンに於ける、元大統領の領空侵犯行為に関しては、我が軍でも苦々しく受け止めております。アメリカ軍、アメリカ政府に多大なるご迷惑をお掛けし、改めてお詫び申し上げます。本件に関しましては、本日の官房長官の定例会見の場で改めて、ベネズエラ政府としてご説明させていただく予定と伺っております。本来ならば新型機が配備されて、晴れやかな場となる予定でしたが、本日のテスト飛行は中止とさせていただきます。 HP上のニュースリリースにも掲載致しましたが、当機の仕様とカリブ海方面艦隊、空母赤城に配備した映像のロングバージョンをご覧いただきます。 それでは開発に当たりました将校に、説明を変わります」       

 講堂の大スクリーンに投影され、スクリーンの傍らに技術将校が立って説明を始める。先に平壌港と、フィリピン・スービック港にそれぞれ配備されたカラカス級空母には、電磁カタパルトが付いていないが、既存の加賀級空母10隻に付けられていた電磁カタパルトは、新型機の配備が進むに連れ、順次 外されるという。ZEROの動力ユニットである高出力の核熱エンジンにより、カタパルト無しでも飛び立てるようになる。中南米軍の空母艦載機はZEROとプロペラ機・紫電改、偵察機の零式戦闘機と隼、それに哨戒機の5機が対象となる。                    加賀級空母に付けられていた電磁カタパルト10式は、来年2040年から配備されるペガサス級強襲揚陸艦に、従来のA-1.SA-1戦闘機と共に搭載される。空母から電磁カタパルトを外した代わりに、そのカタパルトの動力源を活用して、レールガン砲が加賀級空母に設置される。映像の空母赤城の後部には、確かにレールガン砲2門が装着されていた。                   新型機ZEROは海軍空母だけでなく、各空軍基地にも配備され、トップガン達の訓練機としての役割も担う。「ZEROの操縦で優れた能力を発揮したパイロットが、太陽系方面部隊月面基地に勤務し、宇宙空間飛行技術習得の権利を得る」と将校が説明すると、講堂の記者たちからどよめきが起こった。別の映像に切り替わり、昨夜日本の福島・いずもレールで打ち上げたZERO5機が、地球の上空に待機していたノア型輸送船に着艦し、月面基地に運ばれていく映像が流れた。今日この場に来た記者達はラッキーだった。月面基地の建設中の状態が確認できたからだ。月面には既に滑走路が建造されており、輸送船から飛び立ったZEROが、月面滑走路に次々と着陸していった。これから毎晩のように、5機づつZEROを打上げ、45機のZEROを月面基地に配備するという。中南米軍の50名のパイロットが常時勤務する計画が説明される。中南米、アジア、中東の各国のパイロット300名から、50名が選出されると聞くと、パイロット達は目の色が変わっただろうと、誰もが察した。4チーム制で1ヶ月おきに交代するので、パイロット200名が選ばれる。パイロット選考のハードルが、予想以上に緩やかなものになった。    また、今回のZEROの打上げに、装着されていたブースター装置には核熱エンジンが4基搭載されているが、5機分計20基の核熱エンジンが、1隻のノア型輸送船に月面基地で増設されるという。このエンジン増設により、火星まで3ヶ月掛かる移動期間が半分に短縮される。火星基地と月面基地の移動時間が短縮される。月面基地ドッグでは、早速ブースターユニットからエンジンの取り外し作業が始まっていた。            

この日の一連の映像の短縮版が、明日から中南米軍のHP上で公開される。今後定期的に、月面基地が着工してゆく映像をUPしてゆくと言う。世界中の人々がアクセスして、トレンドとなっていくだろう。                   月曜の朝から、ネーミング好きなメディアが、今回のモリのアメリカ入りを含めて「ベネズエラ・ショック」と呼び、ニュースにし、記事として載せた。「NAGURIKOMI」「UTIIRI」という日本語が何故か浸透しており、「キューバ危機を上回る困惑をアメリカに齎した、ベネズエラの圧倒的なまでの技術力。その引き立て役に自らがなってしまう、自業自得とも言えるアメリカの凋落劇」とまで書き立てる社も現れる。        

モリがホワイトハウスに滞在したのは僅か2時間だった。「そろそろ昼食の時間ですね・・」と席を立ち、去って行ったと言う。 大西洋方面艦隊の旗艦、武蔵がいつの間にか沖合に停泊しており、後部甲板のヘリがホワイトハウスに迎えに来た。「武蔵」と漢字でロゴが入ったヘリに乗り込む、モリの姿を各メディアが伝えていた。   

月曜の朝にベネズエラ政府のパメラ官房長官が午前の定例会見の場で、元大統領の単独行動だと言及する。「エジプトからグァテマラ基地に向かい、「新型機を試す」と言って、周囲には黙ってワシントンに向かいました。前日の土曜日に、潜水空母5隻、潜水艦2隻、そして戦艦武蔵とミサイル巡洋艦の配備指示を自身で下しておりました。機密作戦コードが掛けられていたために、軍の幹部達も作戦内容の把握ができませんでした。今後の再発防止の為に、中南米軍の組織形態の制度見直しを致します。ベネズエラ政府としても、中南米軍としても、本件を甚だ遺憾な事件だと捉えております。アメリカ領空を侵犯をしたのは何よりも許容できるものではありません。元大統領の帰国後、彼には厳重な処罰を与えます。ベネズエラ政府としても、アメリカ合衆国に伏してお詫びしたい。ワシントンの日本大使館経由で、火星で採掘した金塊200億ペソ分を届けるので、軍事衛星の打上げ資金にして頂きたい。誠に申し訳ありませんでした」パメラが深々と頭を下げた。 

2時間弱のホワイトハウス滞在で200億円という内容に、金の先物取引価格と、レアメタルの市場価格が軒並み下がった。今回、ノア型輸送艦からパナマ沖に大量に投下されたレアメタルが価格相場に影響した。景気の良い日本連合と中南米諸国が他国から鉱物資源を買わなくなったので、資源がダブ付き始めていた。日本と北朝鮮企業は北朝鮮産の資源を利用し、中南米諸国は火星からの資源を使い始めたからだ。この資源大消費国の状況により、最もダメージを受けたのはレアメタルの最大の産出国中国だった。レアメタル価格が軒並み下がり、想定していた収益が得られなくなった。中国から仕入れる周辺国だけが恩恵を受けた格好となる。「ベネズエラ・ショック」は今後も世界に影響を与え続ける事になる。     

週明けになっても、アメリカ政府は会見を開かずに協議を続けていた。野党民主党の幹部達が大統領の弾劾を求める発言をし、民主党側で掌握した内容として、共産党政権の数々の問題が公表された。マスコミ各社は、今後のアメリカの政局を予測していたが、まるで確定しているかのように大統領が辞任して、副大統領がスライドして大統領就任、新しい副大統領指名までの時間軸を示し、来年の大統領選で当選確実となった、民主党候補者の最終選考が今後は白熱したものになると、既に民主党政権になるかのように、民主党候補者の紹介を延々と伝えるような番組が放映された。 一方でウイグル人の収容所が2箇所存在した事実が、アメリカからの報道で伝えられると、「存在しない」と言い続けていた報道官は会見場に出てこなくなり、代わりの報道官が「事実関係を調査中だが、何らかの処分が下されるのは間違いないので、合せて報告すると伝えた。フランスでは大統領が辞任の意向を表明すると、大統領選挙のスケジュールの調整が始まった。一方で、辞任を明確に否定した英国首相に対して、与野党議員が一丸となって、議会で首相の辞任を求める決議をしようと動き出していた。「ベネズエラ・ショック」と命名した英国放送局の記者は、自身のネーミングセンスに満足し微笑んでいた。それが、自身が命名したと証明する術もなければ、命名者に別に有名になるものでもない。極めて、ありきたりな名称に過ぎないのに。      

ーーーー                     小さな記事でしかなかったが、日曜のうちにワシントンを去ったモリは、火曜日にウィーン入りする。一旦、中南米軍大西洋艦隊旗艦・武蔵の幹部用執務室に入り、国連と国連難民高等弁務官事務所と連絡を取る。アメリカの了解は取り付けたと伝えて、予定通りに進めようとしたのだが、「モリがウィーンを直々に現れた」という実績が欲しいと幹部達から要請される。  それだけ、「アメリカの意向」に怯える組織になってしまっていた。誰もが「モリの指示に従った」体を装って、責任から逃れたいのだ。「火曜日に到着する」と述べると、艦橋に居るジュリア達にスペイン沖まで向かって貰うように指示を出すと、艦長室に入って寝てしまった。移動につく移動で、十分な睡眠を取っていなかったからだ。       

モリの就寝中に、CIA長官の辞任決定が下される。一身上の都合による辞任とされたが、ウィグル絡みの失態劇と、誰もが信じていた。     

ーーーー                     「ウイグル人数名を工作員として訓練。新疆ウィグル自治区で、共産党を非難する組織を設立し、組織ごと解散し、逮捕されるように仕向けた。ICチップを工作員の体内に埋め込み、工作員が何処に連れられてゆくのかを追いかけて、収容所の場所が特定する。チベットにいる全ての軍が新疆ウィグル自治区へ進行。収容施設のミサイル攻撃が合図だ」

アメリカのこの作戦には許容できない点が数多くあった。チップが体内に内蔵された状態では、常に電波を発信し続けるので、何処かの国の工作員であると悟られる可能性がある。当時、チベットに駐留を始めた米軍が、この収容所をミサイルで破壊し、工作員ごと闇に葬り「ウイグル人収容所で爆発を感知した」と騒いで、そのままチベットの米軍駐留部隊が国境を越えて介入する作戦を実施しようとしていた。「チベットに引き続き、ウイグルも開放へ導いた」と「成果」を得るのが目的だった。結果だけを見れば、悪くはない。しかし、証拠隠滅するかのように工作員を亡きものとして、挙句、他の収容者でも死傷者が出るのは仕方が無いと判断を下した。日本として、このアメリカ政府の判断を許容する訳にはいかなかった。ウイグルでの作戦ありきのチベット駐留で、侵攻目的の人員と兵器しか持っていなかった米軍。チベット防衛、駐留など最初から軽視していた。レーダー網は小さく、国境警備能力は著しく劣っていた。もし、中国が攻め込めば、チベットは再び墜ちる・・チベットと取り交わした防衛協定を反故にした陣容にしたのも、余計な金を使いたくなかったからだ。ウイグル解放に成功すれば、中国によるウイグル人への迫害が晒され、中国政府は国際世論から非難を浴びる。そうなれば、チベット、ウィグル侵攻など出来無いと見込んでいた。

アメリカの計画を盗聴して、この作戦の阻止を決めた日本とベネズエラは、アメリカの計画の前日の夜間に、チベット駐在の自衛隊に作戦指示を出した。収容者の就寝時刻と同時に、誰も居ないはずの食堂に爆弾を落として、収容者の救出作戦を実施する。爆弾も日本製であるのが悟られぬよう、全ての部品が他国製で特別に製造されたハイテク弾だった。爆薬は搭載していないので、建物の損壊までには至らない。食堂だけが大破する、錯乱目的の弾道弾だった。食堂が爆音と振動と共に破壊されるのと同時に、自衛隊の特殊部隊が収容所に突入し、収容者全員を救出する。 救出した収容者にはチップが無かったが、工作員は新疆ウィグル自治区内のウイグル人協力者が提供してくれた地下室に押し込んで、電波が漏れないように施した。後に、米国のウイグル人工作員に、あなたは殺される前提だったので、前日に日本が介入したと説明し、米国側の計画を音声つきで紹介し、工作員から泣いて感謝される。先日、本人は「国連に救出された」とカメラの前で伝えたが、国連の難民弁務官は「自衛隊ではなく、ウイグル人組織によって救出された」と周知徹底する事にした。                  

「米国の動きを察知して、先行して動き、中国の施設を破壊した」本来ならば、先制攻撃の出来ない自衛隊の越権行為が露呈すれば、具合が悪くなるのを承知の上での苦肉の策だった。明確な憲法違反であり、国内国外から非難されて然るべき内容だった。また、日本と自衛隊の情報収集能力を証す事にもなり、対中、対米への反論材料になりうる可能性もあったので、まずは自衛隊の関与をベールで覆い隠した。5年後に本件の情報公開に踏み切ったのも、全ての裏付けが確認でき、CIA工作員だったウイグル人の安全確保体制が整い、何よりも、中南米軍という堅牢な体制が整っている。情報が洩れた場合はベネズエラ政府の独断で行ったと貫き通す。「日本の自衛隊」では、どうしても無理がある。ボクシッチが国連難民高等弁務官事務所を上手く纏めて、自衛隊暗躍の情報を伏せてくれたお陰もあって、証拠が揃った今ならば、「人命救助最優先で已む無く自衛隊が動いた」と公開できる。当日チベットに到着し滞在していたモリの専攻独断で指揮を取った、と一手に責任を負う。「「クーデター男」の異名を持つヤツだ、十分あり得る」と思われるのが肝要だ。今ならアメリカに殴り込みを掛けた実績も出来た。

嘗て、国連の事務総長時代にボクシッチ夫妻を、槍と盾として2役を担ってもらった。事務総長自身が「槍の穂先」を担う訳にはいかないからだ。しかし、今は違う。モリが槍となり剣となり、切り込んでゆく。暴走老人、クーデター男と紛争好きな役割を、中南米軍の総司令の肩書で行う。日本と北朝鮮、ベネズエラの各政府が盾の役割を果たして、日本の平和憲法と国体を護る。この使い分けで場面場面をコントロールする・・10年に渡る国連勤務で身についた、世界を乗り越えるの操縦術とも言える。        

ーーーー                     滞在先のチベットから、3人組が帰ってきた。祖父が急用の為にフィリピンのリゾートに来れないとなると、妻達が全てキャンセルにしてしまった。祖父が居ないと楽しみが半減するのだという。「どうせ、大人の事情なんでしょう・・」茜がニヤニヤとイヤらしく笑っていた。    

中止の知らせを受けとったあとで、状況が大きく変わった。3人に取っては、幸いだったのかもしれない。とにかく密度の濃いチベット滞在となった。ラサに到着すると、女性と男性の自衛官・・後で特殊部隊隊員だと分かった・・が、3人の護衛として現れて、移動に終始付き添った。唯一、護衛から開放されたのは最終日だった。3人はポタラ宮に招待され、招待主であるチベット首相とチベット仏教の高僧との会食に臨んだ。何故、大学生と高校生にチベットの要人が会いたがったのか、最初は理解に苦しんだが、後半に向かうに連れて腑に落ちてゆく。植物学者としての3人に「成すべきこと」が、しっかりと求められていた。                  

 まず、唐突に、故ダライ・ラマ14世と祖父の関係が明かされ、衝撃を受ける。14世は観音様の生まれ変わりとチベット仏教では言われているが、占星術を極めた有能な数学者でもあると初めて聞かされる。これを知っているのは、世界広しと言えども国外の人物では祖父と孫である貴方たち3人だけだと。14世と祖父の馴れ初めは国連事務総長になってからだと思っていた3人は驚いた。 きっかけは14世からだったという。3人が生まれる前、金森鮎が富山県知事選に立候補した際に、選挙参謀だった祖父に宛てて14世が長い手紙を書いた。その手紙の骨子が、「イランを援助し、力をつけ、その力を持って、北朝鮮へ挑め。擦れば、北朝鮮とロシアとの問題が劇的に改善するだろう」という内容で、その手紙のコピーを首相から見せられた・・。  

「お祖父様は、偉く驚かれたそうです。それはそうでしょう。極東の島国のあった事もない人物にチベットのダライ・ラマから手紙が届くのですから。しかも内容は指南書のような手紙だったのです。国際問題は本来なら県には関係が無い話です。しかし、お祖父様にはピーンときた。符号のようなものを感じたと後で会った時におっしゃっていました。猊下も、金森さんが知事になる前まで、まだお祖父様を特定してはいなかった。お祖父様は夢で見られたのか、ある日、天啓のように思いついたのかもしれません。お祖父様は若い頃からノートに認めて、様々な国と日本との関わりについて、考えを練られていた。奇しくもチベット開放についても策を幾つか考えておられた。猊下は、2度の手紙のやり取りを経て、初めてネット会談を行った際に、お祖父様をパンチェン・ラマ14世だと認めました。14世であることは、お祖父様には一言も伝えていませんし、チベット政府も黙秘を貫いています。それをお孫さんであるあなた方には、どうしても伝えたかったのです」 

3人の孫は驚いた。全く想像もしていない発言が出てきたからだ・・    

「ちょっと待ってください。14世の方は、後に中国で一般の社会人になったんですよね・・」遥が言う。

「そうです。中国に出掛けて、中国政府に半ば監禁され、後継となるパンテェンラマ15世が中国政府によって選ばれた。後に国連事務総長になられたお祖父様は15世に面会して、偽物だと難なく見抜かれた。それはそうでしょう、ご自分が「正式な」14世に転生されたのですから。偽物の真偽の見極めなど、容易かったでしょうね」    

「祖父がパンチェン・ラマって・・日本人なのに?」茜もフラウも顔を合わせて首を傾げた。 

「日本人がパンチェン・ラマとなるのは、猊下自身も当初は疑問に思っていました。まず、多民族が選ばれた前例がありませんからね。それでも、新たな政治家として世に出てくるというキーワードに猊下は惹かれていました。日本の政治家、しかも革新的な存在として世に出てくると認識していたようです。しかし、同時に、新たな政治家が生まれるとは当時の日本の政界からは全く想像もできませんでした。日本の政治は病んでいましたが、与党に取って代わるような政党は見当たらなかったからです。その一方、猊下は2019年に世界に不吉な影が訪れるのを想定していました。その影が一体何なのか分からなかった。戦争なのか、多くの人が倒れてゆくイメージを持たれていました。後に新型コロナウイルスだったと分かるのですが、このコロナが14世であるお祖父様の発見、誕生に繋がります。高騰した小麦の先行仕入れで、その商才と嗅覚の良さが知られるようになり、金森知事の政策秘書であったお祖父様の名前があちこちで書かれるようになりました。猊下は「小麦」というキーワードから、やはり彼ではないかと半ば確信して、2通目の手紙を認めました。金森知事の秘書として、お祖父様が初めての国政選挙活動を始めていた頃にあたります。パンデミックの規模と範囲、期間、終息期について猊下は、お祖父様に伝えたのです。それがこの手紙です。あなた方はインドの少年が、このコロナウィルスの進捗を予測していたのをご存知ですか?少年は1年未満先の情報を解析していたようですが・・」    

「どこかで聞いたかもしれませんが、まだ生まれていなかったもので・・」茜が正直に答えた。本当は知っていたらしいのだが、茜も半信半疑だったので、バカ正直に構えるのを避けたと後で言った。            

「少年が予測を導いたのもインドの占星術でした。猊下の見立てと同じでしたので、彼は本物だろうと我々も認めていました。お祖父様は、猊下から得た情報を元に、感染症対策を講じて、日本を災厄から守ってゆきました。北の地にお祖父様助けとなる人物が居る伝えると、その人物がコシヤマ大統領だと後で判明します。猊下は先の少年よりも、もう少し長い先と、少しだけ具体的に次の動きを見通す事が出来ました。 具体的だというと猊下は、そう言われるのを嫌って否定されました。私は預言者でも、エスパーでもない。概念的な一般論に私自身が導かれたに過ぎないのだと。その概念的な一般論であっても、お祖父様には十分だったようです。例えば、死期を迎えた最後の見解はこんな内容でした。丁度国連で2期目になった頃でした。 「モリはこのまま日本以外の国で仕事に就くだろう。苦しく困難が伴うだろうが、決して自分を見失うなと、どうか伝えて欲しい。そして彼は力を得るだろう。そこで、君達はモリに助けを求めなさい。どうかチベット開放に力を貸して欲しいとね。アイツは私にとって・・、いやチベットにとって、最後の希望なのだ」と、カメラに向かっておっしゃって直に旅立たれたのです・・。今はこうして、お祖父様を始めとして日本の方々の支援を得て、チベットが国家として存続しています。お祖父様はパンチェン・ラマなのだと、私たちは確信しています」 首相はそう言うと、眼を閉じて両手を合わせると頭を下げた。               

首相の隣で黙っていた僧侶が、日本のロボット、エレンに通訳を頼んで話しだした。首相は米国の大学を出ていたので、話は全て英語だったが、僧侶は流石に無理だったのだろう。しかし、英語を理解していなければ、この話の流れは分からないのでは?と遥は思った。 「貴方達は、お祖父様から2つの植物の生態を調べ、チベットの他にも栽培できる環境を見出すように言われて、やってこられた。違いますかな?」        

「はい。仰る通りです。冬虫夏草とプロポリスです・・」        

「猊下は、その2つのチベットの植物と言うか食品を、お祖父様に定期的に送りました。他の素材も含めたレシピと共に。私も猊下も、この歳まで生きることが出来ました。食品を送ったのもお祖父様にも、ご家族にも長生きして頂きたいと考えたからです」 僧侶は110歳とはとても見えなかった。若いとは言えないがパッと見ても80歳位の印象だ・・あっ、おばあちゃん か!と遥は察した。

「私は、こうしてあなた方にお会いする日が来るのを待っていました。これで、心置きなくあの世へ行けます。猊下を随分と待たせてしまった。あなた方にお会いしたと伝えたら、きっと、喜んでくれるでしょう・・」    

「私達を待っていられたとおっしゃいましたが」

「新種の綿花と小麦、そして植物の隔年結果・・違いと俗に言われている現象ですね・・これらの発見を、お祖父様のご息女が手掛けるだろうと、猊下が生前おっしゃっていました。お子達が世界の救世主になるだろう、とも・・。この長寿薬の原料栽培の手段を確立していただければ、より大勢の人々の為になると。どうか、ご内密に、しかし、慌てずに確実に実現していただきたい。細かな打ち合わせに関しては、我々の首相との間で詰めて頂ければ幸いです。とにかく、計画が何処から漏れて、原料の密猟者が増えないようにしていただきたい。私からのお願いはそれだけなのです」    

「あの・・、私から一つだけ質問させて頂いても宜しいですか?」フラウが意を決したように真面目な顔をすると、僧侶が微笑んでから言った。 

「その話も何れ、首相からお伝えします。あなたはまだ若い。この話を耳にするのは、もう少し後の方がいいでしょう。今は口にするのもお控えになられた方がいい。あなたにとってはとてもデリケートな問題ですからね。いかがでしたかな、私の想像したモノは、あなたのご質問とは違いましたかな?」フラウは息を呑んだ。何も言っていないのに、何を聞こうとしたのか、悟られてしまった・・・                 

「フラウ、大丈夫?顔が真っ青よ・・」遥に顔を覗き込まれて、フラウは辛うじて頷いた。  

「折角ですから、もう一つだけ私からお伝えしておきましょうか。ダライ・ラマにしても、パンチェン・ラマにしても、リインカネーション、転生という形で世代を重ねて参りました。僧侶の身ですから、子を成すことができません。一方でお祖父様は、チベット仏教どころか、全ての宗教と無縁の生活をなさっています。猊下はお祖父様にこっそりと耳打ちされました。一人でも多く、子を多く成しなさいと。その意味が分かる時が何れ来るだろう。しかし、チベットの秘薬を飲み始める年になったら、子は決して作ってはならぬとキツく言明されました。恐らく、お祖父様は最近になって飲み始めたように見受けられます。子作りもおやめになられたのでしょう。今まではプロポリスと冬虫夏草だけを接収されていましたが、アメリカでのお姿を見ると、効果が出ているように思います。猊下は理由までおっしゃいませんでしたが、何故、多産をお祖父様に奨励されたのか、私なりに考えました。それはチベットだ、日本だと、国ごとで区分けされる時代が早晩終わることを、猊下は見越していたのではないかと想像したのです。多くの子を成すのも、もはや僧侶が伝承者になる訳ではないと言うことなのでしょう。自分の子供達の中から、継承者が生まれるようになるのかもしれません。しかし、お祖父様のご自分の継承者や、ダライ・ラマの継承者が誰なのかが分かるのは、この地球上には、お祖父様お一人しか居ないのです。 チベット政府は便宜的に、後継者を発表してゆくようになりますが、残念ながら、それは本物ではありません。ダライ・ラマ15世は、現世にまだ現れていないようですので、パンチェン・ラマ14世だけが、今は頼りなのです。首相がお祖父様に告げるタイミングも、今ではない。まだ、暫く先になるでしょう」

僧侶がフラウに向かって微笑んだ時に、不思議と全て理解した。やはり弟達は祖父の子なのだと。でも、ダライ・ラマ15世はまだ現れていない・・

ーーーー                     翌朝、フラウは筑波の寮の自室で目を覚ました。あの僧侶が夢に出てきた。何を語るでもなく、優しげな微笑みを浮かべて立っていた。「後光が指す」とよく聞くが、明るい部屋なのでその光は確認できなかった。僧侶に向かって、無意識の内に手を合わせていたら、言葉が頭の中に入ってきた・・

「どうか、お母様を許してあげて下さい。こうなるのは必然だったのです」と・・

御坊様、私は弟達が居る事にただ感謝しております。母を諌めるつもりは毛頭ありません・・

ふと、そう思うと僧侶は消えていた。そこで、フラウは目を覚ます。まさか、他界されたのか?と思っていたら、翌日、僧侶が旅路に着かれたとチベット政府のHPに掲載されていた・・   

同時に、後継者はこれから生を受ける子だと念で感じた。彼らを皆で支えて欲しい、と。

その日、不思議な「感覚」に捕らわれたのはフラウだけでは無かった。夢の中に微笑みを浮かべた僧侶が現れる。日本人はまだ良いのだが、ベネズエラとイタリアに居るクリスチャンの子供たちには、チベット仏教の僧侶の登場は、強く記憶される事になる。 法衣の色がえんじ色なので、ベネズエラの子供達はサッカー代表のユニフォームとの相関関係を考え始めていた。      

富山に居る、あゆみは起きるや否や、ノートを手にとって忘れないように認めた。アフリカにいた3男の歩も、ノートに浮かんだ新事業のプランを書き込んでいた。 ドイツで練習中だった5男の圭吾は、イタリアからドイツへ転じて、食習慣の違いにキレ始めていた。姉のあゆみに会社を起こそうと相談メールを送ると、姉が似たようなビジネスを思い立ったと知って驚いた。イタリアに居る次男の火垂、四男の海斗、そして零士、一志、柳井ハサウェイは昼食を食べながら、思いついたアイディアを相談しあっていた。   

スペインに居る6男以降の陸、桃李、零の3人が、共同出資事業を始めようとマドリードの市役所庁舎に入っていった。         

 長男の柳井太朗官房長官は、決断する。自衛隊は残す、但し、防衛費はGDPの1%の枠内に留めて、費用の大半は月面方面部隊費用としようと。電話の受話器を手に取ると、「防衛大臣に繋いで欲しい」と告げた。            

ウィーンの国連難民高等弁務官事務所へ向かう車の中で、久々に感ずる感覚がやってきた。体が温かな「何か」に包まれる。「法師、これはあなたの仕業なのですか・・まさか・・」後部座席の隣に居るモリが日本語で呟くので、ドラガンには分からなかったが、声を掛けては行けないと察した。モリが顔を手で覆って、嗚咽していた。  

(つづく)  

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