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5章:南米諸国連合(1)鉄道路線、縦断計画


エクアドルで政権交代が起こり、ペルーでは大統領が再選された。
南米諸国連合はコロンビア、パナマに続いて、2カ国を準加盟国として参入を認めた。
この発表に合わせるかのように、ベネズエラ政府はエクアドルとペルーに融資を行なうと表明した。両国の首都リマ、キトを結び、コロンビアの首都ボゴダ経由でベネズエラまで繋がる鉄道路線の建設資金を提供するという内容だった。ボリビアも首都ラパスからペルー・リマまで繋がる路線建設に着手し、パナマもベネズエラ・メリダへ接続する路線を延伸するという。最終的に、アルゼンチンまで鉄路を繋ぎ、南米諸国連合内を高速鉄道が行き交うという構想に誰もが驚いた。鉄路はベネズエラ国内以外は高架ではなく、地上を複々線化し、道路との交錯部では道路を陸橋化するか、地中を這わせるようにし、鉄路を優先するという。

その発表に合わせるかのように、サンクリストバルーメリダーバルキシメトーバレンシアーカラカス区間、総延長660Kmのベネズエラ国内を走る高速鉄道路線が完成した。ベネズエラ国内では高速鉄道は高架上を走り、高架下を在来線が走る。
高架化建設に際して、途中からAIロボット達が高架橋ユニットの工場生産を24時間体制で行う事で建設作業が進んだ。ユニットを繋げてゆくだけなので作業はスムーズに行われた。
660Kmを全て高架ユニットで繋ぎ、停車5駅を高架駅に作り直し、総工費は8兆円に及んだ。ベネズエラ国営銀行による全額融資となり、コロンビア、エクアドル、ペルーへの建設融資も合わせると、ベネズエラの2033年の国家収益10年分の巨額なものとなる。

 車庫から出発した高速鉄道ボリバル03号がカラカスの高架駅に向かってスロープのような坂をゆっくりと登っていく。車両の頭上には電線が無い。水素発電列車なので、パンタグラフも不要だ。この日はマスコミへの公開日だった。各国で既に走っている水素発電列車で、最速走行しているのがシベリア鉄道の210kmだが、車両的にはまだ加速できる能力がある。高速鉄道専用線を走るのは、ベネズエラが世界初となる。どの程度の速度が出るのか、日本の車両メーカーも、ベネズエラ政府も「最速をご覧いただきます」と言って、伏せていた。

カラカス高架駅のホームに車両が入線してくると、ホームに台湾総統とベネズエラ大統領とカラカス市長が居た。台湾、日本、ベネズエラ、ボリビア、アルゼンチンのメディアが一斉に撮影を始める。車両開発・製造にあたった日本の重工メーカーのアルゼンチン工場長、バッテリー製造会社のボリビア工場長と、同アルゼンチン工場・ボリビア工場の幹部達が居た。南米諸国連合の鉄道車両の記念すべき第一号製品なので、総出のお出迎え、乗車となる。既に試験走行は何度か実施しており、既に安全の確認は取れており、明朝から運行開始となる。

マスコミも含め、全員が車両に乗り込む。最後尾の車両には、モリの家族達もちゃっかりと乗り込んでいる。このまま、サンクリストバルの私邸で全員で過ごす。
大統領と総統は並んで座った。総統に窓側の席を譲る。車両が出発する際、ホームに流れた音楽は中華民国国歌の電子音だった。
総統が驚いた顔をする「すいません、今日だけです」大統領が北京語で言って笑った。「フォン」と軽く出発の汽笛を上げるのと同時に、すーっと車体が動き出す。全車両の全車輪が同じ回転をするので、牽引される際の「ガタン」という連結車両が引っ張られるような振動が無い。ここは総統も台湾新幹線で慣れ親しんだ感覚でもある。スルスルっとスピードが上がってゆく。風切音も新幹線と殆ど一緒だ。最初のバレンシア市までは距離もないので、平均250キロ走行で20分程で到着する。

バレンシア駅に止まると、今度はバレンシア市長が乗ってきて、台湾総統や企業のお偉いさんと挨拶してカラカス市長の隣に座った。こうして停車ごとに各市の市長が乗ってくる。
次の停車駅までは距離があるので最高速区間となる。スルスルっと300キロに到達すると、記者達が歓喜している。新幹線を知らないのだから仕方がない。大統領と総統はそれを見て笑っている。更に速度が上がり始めると、歓喜はどよめきに変わった。総統も今度は驚いた顔をしている。350キロでピタリと止まった。記者達は大喜びだ。一同が落ち着いたのか静かになったタイミングを見極めて大統領が立ち上がる。「各国の代表メディアは私達と来てください。これから運転席に参ります。残りの皆さんは、私達が席に戻ってから取材なさって下さい」 総統に「参りましょう」と言って、先頭の1両目の車両に向かうと、そこに車掌AIロボが飲み物やお菓子の積まれたトレー車と共にいた。「いらっしゃいませ」と北京語で言ってお辞儀をした。
総統がそこで驚く。「ロボットが接客の対応をするのですか?」

「はい、ベネズエラでは彼らに活躍の場を幾つか提供しているのです」そういって運転席に行くと総統がまた驚く。ロボットが運転席に居るからだ。モリが鍵を出して運転席の扉を開いた。「アンナ、総統にご挨拶なさい」

ロボットが運転席から立ち上がったので「キャッ」と総統が驚く。
「失礼しました。今は自動運転中です。大丈夫です」と大統領が笑う。

「ようこそボリバル3号へ、ご搭乗、誠に有難うございます」と総統の声で言う。総統は大喜びで会話を始める。どっちがどっちだか分からない。

そんなこんなで終点のサンクリストバルまで2時間掛からずに到着する。サンクリストバル駅にはコロンビア、エクアドル、ペルー、そしてボリビアの鉄道総裁や関連議員達が集まっており、そこでカラカスから来たメンバーと挨拶を交わして、カラカス行きの高速鉄道に乗り込んだ。記者と市長達もそのまま高速鉄道で帰っていったが、モリは台湾総統ご一行様を私邸に案内する。酒造工場の幾つかを見学して貰う。「内緒ですよ」と言って中へ入って驚かれる。ロボット達がお辞儀をして、一行を出迎えた。
「彼らには、気温の変化に伴って空調を調整して貰ったり、衛生面を日々ケアして貰ったり、軽作業を任せています。酒の仕込みなど、人間で無ければ出来ない作業はまだ無理ですので」

「なるほどですね・・」全員が頷いてくれるので、助かる。

出来たてのビールを飲んだあとは、来客用の家の2階へ招き入れる。そこには手料理が並べられていた。アマンダと杏に先に飛行機でやってきて貰い、準備をしていた。

「ご覧ください」とベランダに向かうと、アンデスの峰々が見えてくる。

「素晴しい・・」そこで杏がアルゼンチン産シャンパンの入ったグラスを総統へ渡す。

「こちらで食事を取って頂いた後で、皆様をホテルへご案内します」
そこでアジア人同士の、畳に座った宴会が始まった。

遅くまで台湾首脳陣と飲んで、翌日の帰路は飛行機でカラカスへ戻る。台湾からの御一行様は里子外相と杏に、大統領の別荘へ連れて行って貰う。カラカスに戻ってからは、会談と晩餐会後、迎賓館で宿泊頂き、日本政府専用機の音速旅客機で台北までお帰りいただく。
今回の台湾政府の接待費は全て日本政府持ちとなる。高速鉄道を輸出するのが日本なのだから、当然だ。

次回はアメリカの交通運輸局とAmtrak社をカラカスへ招待し、高速鉄道の試乗をして貰う。アメリカ内でも高速鉄道が走るようになるかもしれない。

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高速鉄道開通のニュースが流れると、各国が驚いた。あの車両が350キロも出るのかと、そんな能力があるとは知らなかった。シベリア鉄道やマレー鉄道では190キロ平均で走行していたからだ。

「次期台湾新幹線は、これで決まりです。維持コストも値段も従来の新幹線よりも圧倒的に安いですからね」台湾総統が断言すると、KH/社の株が急上昇した。

サンクリストバルまで来たのだからと、コロンビアは首都ボゴタまでの延伸工事を早め、その隣のエクアドルもペルーもボリビアも、それぞれの首都から工事を始める計画を打ち出した。計画では7年後にはアルゼンチン・ブエノスアイレスからベネズエラ・カラカスまでの区間で鉄道が繋がる、一大プロジェクトだ。
ボリビアとアルゼンチン区間内の建設費用の半分は両国が負担するというが、それ以外は全てベネズエラが負担するというのだから、誰もが驚いた。
その融資分の見返りはきっちりと担保しているのだが、そこは目出度いタイミングなので公表はしていない。

サンクリストバルーカラカス間の運賃は100ペソ、約1万円となる。ベネズエラ人は優待価格で60ペソで乗車でき、チケット購入時はパスポートかIDが必要となる。660Kmの距離でこの値段は安すぎると言われたが、それでもベネズエラ人の平均給与からすれば、十分高額だ。当面は6両客室編成+冷蔵、冷凍貨物車両を1両づつで計8両編成で1時間に一便、需要に応じて客車を増設し、本数を増やす。

CIAとMI6が驚嘆したのは、モリが着任して1年も立たずして、ベネズエラを横断する区間の高速鉄道が完成に至った点だ。総工費は8兆円と公表されたが、その費用はどこから出てきたのか?また、コロンビア、エクアドル、ペルーの鉄道建設費用も負担すると言うが、大丈夫なのか?と誰もが疑問に思った。1年前はインフレに喘いでいた国家が、国家プロジェクト規模の予算を捻出するというのだから。
予算だけでなく、建設期間も驚異的なものだ。確かに、在来線がほぼ真っ直ぐに各都市を結んでいる。高架にしてすれば用地の取得をしないで済むいう背景があるにせよ、それでも余りにも早かった。中国企業が建設に携わっているのではないか?とまことしやかに噂にはなっていたが、各国の諜報員は、昼夜に渡る作業内容を逐一確認していた。確かに間違いはなかった。ただ、5ヶ月前から、急に高架部材が数多く持ち運ばれるようになり、急ピッチで繋がっていったのは諜報員全員が目撃していた。

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ベネズエラは南米諸国連合との取引は「Simon」を、北米、欧州、日本経済圏国家との取引では「飛鳥」を使って、関税を掛けずに輸出入を続けている。一時的に下がっていたドルも少しづつ持ち直し、米国株式も少しづつ上がり始めていた。
通貨で言えば、ベネズエラ1ペソが、98円、0.82USドルという状況で、EUを始めとする他国の通貨から見れば、ベネズエラペソを始めた1年前よりも3割上昇した格好となる。

つまり、ベネズエラ国民の給与が3割上昇したのと同じ状況にある。この恩恵は輸入品で実感して貰うしかなく、北米やEUから食料品を調達し「ペソ高還元キャンペーン」として、安い商品や食料品を国内で流通させた。
南米諸国連合内でも同じように、それぞれの国内向けに通貨高還元キャンペーンなるものを打ち出していった。ベネズエラの人々の中では、近場の海外へ出掛けて、ベネズエラ通貨ペソの強さを体感するケースも増えている。トリニダードドバコ、アルバ、キュラソー、グレナダの船で行けるカリブ海の島々だ。その4カ国も、ベネズエラの国民をターゲットに観光政策を打ち出していた。
この状況での賃上げは、プチバブルが発生しかねない。その為、通貨変動や国内金利変化等を、慎重に見極めていた。

そうは言っても北米や欧州からすれば南米諸国連合の物価はまだ安い。観光客はペルー、エクアドルが順加盟国に加わったことで、行動範囲を伸ばしてゆく。また、カリブ海の海洋リゾートも多様化し、ベネズエラの諸島部に拘らず、トリニダードドバコ、アルバ、キュラソー、グレナダに出向く観光客も増えてきた。ベネズエラが、南米諸国連合とカリブ海諸国のゲートウェイのような使われ方をしている傾向が顕著になってきたと、大統領府の観光庁は分析していた。

「観光収入的には横ばい傾向ですが、これで十分だと思います」
経産大臣の志乃が言うと、閣僚の皆さんが頷く。

「私もゲートウェイで良いと思います。周辺国が総じて潤うようになればいい。その分、一日でも多くベネズエラに留まって欲しいと、人々は考え始めるでしょうから」里子外相が言うと、一同が頷いた。

カラカス空港の周囲に、アメリカ資本のレンタカー会社が増えてきた。モリはレンタカーの需要に懐疑的だったが、レンタカー各社がニーズがあると言うので参入を認めた。車だけでなく、バイクも取り扱っていた。
これが、長期滞在者向けにウケた。若者達はバイクでペルーを経由してアルゼンチンのパタゴニアを目指し、シニアのカップルは車で街から街へと移動していった。それを見て、ベネズエラの富裕層がレンタカー、レンタルバイク業界へ参入してゆく。
この変化はなんだろうと考えると、一つにはインカ帝国の観光資産を持つ、ペルーが加わった事が大きい。マチュピチュ、クスコ等は誰しもが訪れてたいと考えるし、ペルー国内の道路はアメリカンハイウェイと呼ばれ、道路状況も良かった。一度ボリビアへ出れば、やはりインディオの暮らしやペルーとはまた違うインカの末裔を感じつつ、アルゼンチンの広大な大自然の中を疾走してゆく醍醐味がある。欧米人にはアルゼンチンの食事は理解しやすい部分もある。ベネズエラで借りて、アルゼンチンでレンタカーやレンタルバイクを返却しても、海外資本の会社にはお手の物だ。
そのまま飛行機でベネズエラに一旦戻るか、そのまま国へ帰ってゆく人々が増えだした。

「確かにこのコースは魅力的かも・・」
杏が真剣な顔をしてネットを見ている。仕事なのか、ネットサーフィン中なのか、判断に迷うところだ。
「玲子と2人で行ってくればいいじゃない」翔子が里子をけしかけるが、玲子にはその気があるようには見えなかった。「私はみんなで行ける所がいいな」玲子がこちらをチラチラ見ながら言うので、母親たちが笑う。
正月以来、どこにも行っていない・・子どもたちの入学前にでも出掛けようか?と思いながらも、この場は流すことにした。

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日本人の渡航者数がこの10年間で年々増加し、行き先も多様化していた。今年からPB Airlineが就航したので、最も時間の掛かる南北アメリカへの遠距離への移動も苦ではなくなった。
日本人が大好きなハワイには、僅か数時間で行けるようになり、ハワイに拠点を持とうと考える人々も増えていた。アメリカ経済が次第に持ち直しつつあるので、土地の値段が上がる前に確保しておこうと、日本の金融機関や不動産会社が投機目的で買い込んでいた。
日本国内でバブルを起こせなかった分、ハワイ、グアム、アジアのリゾート地を買い漁っていた。日本円が他国通貨より強くなっている背景もあった。

嘗てのバブル期のように、ジャパンマネーが海外で幅を利かせ始めていた。投資対象となった地域の人々からすれば、歓迎すべき状況だ。観光産業、経済にもプラスとなる。
日本の旅行会社も今では多様化し、現地の旅行会社を買収してその土地に特化したサービスを日本人向けに提供する企業も数多く現れている。
PB Airlineは、増便と路線増に追われていた。思った以上に、音速旅客機の需要があった。これは一社では到底カバー出来ないので、PB Air社に相談を持ちかけて、日本の航空会社2社に音速旅客機とマッハ1.3のPBJ旅客機を提供するように要請した。もはや独占している状況ではないと判断するしかない。PB Air社は日本の航空会社だけでなく、タイ航空、ビルマ航空、ベトナム航空、中華航空、キャセイ航空、ガルーダ航空、マレーシア航空、シンガポール航空など、同盟国のフラッグキャリアにもPB-oneと最新のPBJの販売を始めてゆく。

日本人旅行者が増えつつある中でも、日本の投資や日本企業の参入を拒む地域があった。それが南米諸国連合だった。工業以外の日本企業参入を認めようとしないので、世界中の人々が好奇の目で見ていた。そこまで徹底するのかと。南米諸国連合は、とにかく環境保全と各国の賃金体系の維持を優先していた。賃金は上昇しても微増を続ける範囲に留めていた。
唯一、経済特区としてパナマの首都パナマシティとパナマ運河大西洋側のコロンの2都市が定められ、その2都市に金融をはじめとして各社が拠点を構えて、南米諸国連合各国へのゲートウェイとするとのは認めた。また、自然特区なるものを南米諸国連合内で取り決め、一定の開発を認めないよう各国で定めた。取り分けベネズエラ、パナマ、コロンビアの3カ国では自然特区のエリアだらけとなり、その特区内へは参入する余地さえ無かった。

企業の参入には一定の制限を掛けながらも、旅行者は拒まずに受け入れる。
旅行者が落としていく外貨は欲しかったので。南米諸国連合では観光業が成長産業となりつつある。ベネズエラの国営ホテルであるRedStar Hotel は南米諸国連合内に次々とホテルを建設し、新築のホテルは宿泊価格を世界の有名ホテル並の値段に据え始めた。
また、大統領府のスタッフが関与する飲食店では2重価格を導入した。海外旅行者向けプライスと、南米諸国連合プライスのメニューを2つ作って、客によって使い分けた。大統領府の店舗がこの2プライス制を使い始めると、各店舗も追随する。そうやって収益を上げていった。
ベネズエラが観光客プライス制度を取り入れて、収益を上げていると各国に通達すると、他の南米諸国連合も真似ていった。

こうして儲ける人々が出てくると、観光客向けに事業を始める人々が増えていく。外貨を手っ取り早く得て稼ごうとする人々が増えると、ベネズエラ政府は事業税を上げた。一定の額を超えた収入を上げる会社は事業税を4割徴収とした。また、個人所得での変化も始まっていく。ベネズエラでは百名も居なかった高額所得者が500名を超えた。一定の収入を超えると、累進課税なので税収も増えてゆく。

税収が上がっても観光産業は儲かると見て、工場労働者や流通業従事者が引き抜かれて、観光サービス業へ移動し始めるようになってきた。その流れが顕著なものとなってくると、ベネズエラ政府は中米各国政府に要請して、数千人単位で人材の提供を求め、新たな段階へと進んでいった。増えた税収で公営住宅の建設をし、中米諸国からの人々のコミュニティ作りを始める。
中米諸国の人々の募集に当たり、悩んだのが賃金だった。平均月収が3ドル以下の人々に800ベネズエラペソ(=960USドル)と言ったベネズエラ人の平均月収を提供すると、おかしな事になってしまう。ベネズエラでの物価指数と照らし合わせて、初年度は450ドル、540ペソでの採用と決め、段階的にベネズエラの平均月収に上げていくと決めた。
公営住宅費は家電品が完備され、その住宅費を払っても、それでも十分手元に残り、各国への仕送りはそれなりの額になるだろうと、志乃経産大臣が中心となって決定した。

中米諸国からの労働者雇用により、工業製品の原価は維持され、利益は従来と変わらない。その一方で観光サービス業で個人事業を始めた人々、BlueStar製薬会社でMRとして歩合利益を得た人々が、車や不動産を購入していくと、輸出主導型だったベネズエラ経済が少しづつ変わる様相を見せてきた。ベネズエラに中流層なるものが生まれようとしていた。

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大勢の日本人観光客がやってきたので、少々頭に来たベネズエラ政府は、旅行者から更に巻き上げる為に、入国環境税なるものを突如として課した。70ペソ(84USドル=7560円)という、音速旅客機でやってくるような連中には痛くも痒くもないような値段だが、欧米から含めて年間の観光客が1000万人を超えるとAIが予測すると、穏やかでは居られなくなってきた。
人口2000万を僅かに越える国に、それだけの人々が年間で押し寄せる可能性が生じる。これは警戒すべき状況だった。観光庁・・といっても大統領府だが、国営ホテルの建設候補地を常に探し続ける状況になっていた。

日本人が押し寄せると、中国、ASEANの富裕層も南米諸国連合を目指すようになる。各国からの航空路線増便の申請がベネズエラ国交省に届き、大統領府が承認していった。
日本の航空会社もPB Air社から音速旅客機の調達をすると、北米、南米路線から投入していった。アジア各国では一旦、羽田入りして音速旅客機を使う傾向があった。

「本当に1000万人突破するかもしれない・・」大統領府はAIとスパコンの予測を信じ始めるようになった。12月だけで100万人近い観光客が訪れていたからだ。
それだけ、観光地だと認められたということなのだろう。ベネズエラ政府はとにかく環境保護には注意していた。自然環境自体が、最大の観光資源だと考えているからだ。この大前提だけは変えるつもりは無かった。

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南米諸国連合に観光客が集中し、それ以外の国に訪れる人が少ない原因は治安の悪化も一因とされる。中米・コロンビアで麻薬販売に携わっていた人々が、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ等に入っていった。メキシコ、グアテマラ産のケシが元となって出回るようになっていた。国境を接するアルゼンチン、ボリビアに持ち込もうと何度も試みるのだが、何故か全て摘発されてしまい、その都度、麻薬販売組織が摘発され、潰れた。
仕方がなく、「南米諸国連合外で」流通するようになっていた。
海外旅行者の富裕層が訪れるのは稀となり、バックパッカーがスリルを求めて、遊び半分でやってくる程度だった。観光収入で大きく水を開けられ、工業品輸出でも大きな差が生まれ、南米諸国連合は中米諸国とパイプを太くしようとしていた。
車やバイクの照明、ライト、ランプ、ワイパー等のゴム部品、シート類といった部品工場がホンジュラス、ニカラグア、エルサルバドル等に出来上がり、製造を始めていた。
南米諸国連合以外の野党議員達は、本来ならば我が国で請け負いたいと考えていた産業が中米諸国で生産されてしまう。しかも、鉱物資源は南米諸国連合から供給される。隣国との壁が一層高いものとなりつつあった。

ブラジルの人々は、ベネズエラが中米諸国から人材の招集を始めたと聞き、アメリカへ向かおうと考えた。パラグアイ、ウルグアイ、チリが視野に入れたのが、移民国家アルゼンチンだ。同じスペイン語圏内で言葉の問題も少ないと考えた。
ブラジルにすれば、アルゼンチンは敵性国家なので選択肢からは外れていた。ブラジル日系人だけがベネズエラに注目する。彼等が移民したがる理由も分からないでもなかった。

(つづく)


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