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(8)平時の方が、やるべきことが増える・・・のかもしれない

皇居で任命式を済ませた新閣僚たちが、首相官邸に帰って来る。
新任大臣の先頭役を担ったのが官房長官から外務大臣に転じた、モリ・ホタルだった。
各メディアが新外相は2度目の任命式と伝えているが、実は何度も何度も経験していて、回数も忘れてしまっている。また、実の名の頃の選挙区と明らかに異なるのに、
「またしても、当選2回目の2世議員からの異例の大抜擢」と、世襲制を踏襲したかの様に表現するのは、発行部数減少の一途を辿る古株の新聞社だった。
ワイドショー番組では「新外相のお嬢さんがフィリピンで新党を立ち上げて、上院議員に就任しました。これで3代続く女系政治の一族となりました」とフィリピンのテレビ局の映像を引用して、これ見よがしに煽る。しかし、モリ・ホタルは外野の騒ぎに動じない。

嘗て首相に就任した際に身に着けた夏季用ドレスを、箪笥につるしっぱなしにしているのに気が付いて引きずり出した。9年の首相就任期間で夏季に就任式を行ったのは一度だけで、春か冬がほとんどだった。一度袖を通しただけというのも勿体無いと、余り考えずに着用したのだが、どこで調べてきたのか「母の首相就任時の形見のドレスを纏って、新外相は陛下に謁見した。モリ・ホタル氏の決意と想いを強く感じた」という記事を見て、心が若干ささくれだった。「私は遂に故人になっちゃったんだ・・」と一瞬たそがれてから、プッと噴き出した。
「あのままカリブの無人島に居ても、きっと生きてるんだろうな」と確信している自分に気が付く。何気に、逞しくもあり、しぶとくなっちゃったもんだと思って噴いてしまった。

一方、海外メディアの方は現実的な論調になる。お涙頂戴の感情論や、無駄な表現で紙面を使わない。「これで次の首相候補の最右翼は、外相になった」と持ち上げていた。

だが、「世界でも珍しい日本人や日本産」を探したがり、「日本サイコー、日本がイチバン」と求めたがるのが日本人だ。「ベネズエラと日本と、異なる国でリーダーを務めた夫婦は存在しない」と、今まで無かったモノを求めるかのような記事が書かれていた・・らしい。

新任大臣の到着を官邸で待ち構えていた番記者が、最初に現れた新外相を囲んで問いただす。

「夫婦で国の首長を受けたケースは未だ皆無なのだそうです。ところで、外相は首相の座を目指していらっしゃいますか?」

外相の周囲に集まって来た各メディアの政治部の記者たちは、揃いも揃って、外相と幹事長が愛用している息子や孫たちのカジュアルブランド製のスーツを纏っている。
「迎合する箇所はソコじゃないでしょう?」と呆れてしまう。
同時に「いや待てよ。質問に苛ついているから、どうでも良いモノが鼻についただけなのかもしれない」と「やや冷静モード」へ心象は転じた。

「外相に就任したばかりで私の頭は不安でいっぱいなのに、なんてキツい質問から始まるんでしょう・・。あのですね、宜しいですか?阪本首相の後釜なんて考えた事もないのに、マスコミの皆さんが勝手に書かれるものですから、同僚たちから冷やかされて凄く迷惑してるんです。いい機会なのでお伝えしておきます。皆さん、お願いですから私達夫婦をパンダとか絶滅危惧種の動物のつがいのように見ないで下さいませんでしょうか。事実上、日本とベネズエラで別居状態の、名ばかりの夫婦なのですから。
極端な例えですが、国名を勝手に使って申し訳ありませんが、仮にフィンランドの首相が女性だとします。お隣のスウェーデンが男性首長だったとして、2人が会談を重ねるうちに盛り上がって婚姻したとします。隣国同士とは言え、国を跨いだ首脳カップルが成立します。
夫婦がたまたま別の国の首長になる。もしくは首長同士が結婚する。確かに可能性は共にゼロではないかもしれません。
それでも、有り得ない話だと思うのです。国家の首長という役職は激務です。主人と母を隣で見てきた私はその過酷さと責任感の重さを理解しているつもりです。お互いが常時多忙を極めるので、例え隣国であっても恐らく別居状態になってしまうと思うのです。
当事者には何のメリットも無い話なんですよ、首長同士の婚姻なんて。正直、私は耐えられないでしょうね。こうして主人と離れて生活しているだけで辛いのですから、これ以上の負荷を負うなんて考えたくもありません。
政治家だって人間です。我々が公僕なので、国民の皆様、記者の皆さんの観察対象になるのは理解しているのですが、人並の生活を享受する権利は政治家にもあってしかるべきだと思うんです。帰宅して、夫や子供達に慰められ、甚われる場が政治家にだって必要なんです。記者の皆さんにあることないこと書かれて、議会では議員たちから野次られ、罵り合う毎日なんです。そこに外務省と大臣、副大臣は外国の方々と相対する必要が有ります。私の場合は子供たちも独立してますから、家に帰れば一人なんです。おまけに別居中の夫は、隣国なんて距離感じゃなくて地球の裏側の大統領なんです。時差のお陰で気軽に電話もできません。今頃は寝てるでしょうし・・。まかり間違って、日本で首相になろうもんなら、夫婦間のすれ違いは日常茶飯事、仮面夫婦へのハイウェイまっしぐらです。ホントに勘弁してほしい・・あ、いけない。愚痴みたいになっちゃった」

と、正妻である娘の気持ちになって語り始めるとスラスラと言葉が出てきたので、記者達の笑いを誘う事に成功する。就任した最初の会見で、記者を遣り込めても仕方がない。程よい初回ぶら下がり会見となったのでは?と自らに及第点を付けた。

ーーー
第三次となる阪本改造内閣の集合写真を撮り終えると、新体制となった政府が稼働し始める。
副官房長官から官房長官職に再び任命された柳井太朗は、今年度GDP比率0.3%に縮小した防衛予算を、2041年度も継続して防衛費を減額すると開口一番で述べた。
一方で、減価償却した兵器と防衛省財テク部門である出納チームのファンド資金を投じて、防衛体制の質の向上を目指すとも述べた。

留任となった財務大臣は、防衛大臣就任の挨拶に訪れた太朗の異父弟である治郎を、大臣室に出迎えると治郎に最大級の賛辞を防衛省に送り、握手した手をいつまでも離さなかった、という。

新政権の仕事は防衛体制改変から始まった。

前々から明かされてはいたが、海上自衛隊が所有していたヘリ空母、小型空母、イージス艦など計7隻をプルシアンブルー社へ売却し、中南米海軍の太平洋艦隊旗艦・大和、MAX600機の航空機を搭載可能な空母・信濃、80機のフライングユニットを搭載する潜水空母・甲斐駒の3隻をベネズエラ・プレアデス社よりレンタルし、8月の敗戦記念日の翌日から横須賀基地にテスト配備している。
艦船のメンテナンスは沖縄、佐世保、真鶴、秋田、函館そして横須賀のプルシアンブルー・マリン社が請け負う保守管理委託契約をプレアデス社と交わし、他船舶と同様の維持管理とする。巨艦が入港可能な国内の基地間を移動可能となる。

新たに報じられたのが、プルシアンブルー社はベネズエラのプレアデス社の事業を真似て、兵器や大型建機、大型農機などのレンタルを事業とする子会社を設立した。
今回は自衛隊が所有するプルシアンブルー社製ロボットを買い取って、陸海空の各自衛隊に再度レンタル契約を交わした上で提供する。平時下では各自衛隊の訓練と警備に必要な台数を確保しつつ、通常余剰となっているロボットを農業などの一次産業や建設業などの民間企業にレンタルし活用する。万が一、地震や水害などのレスキュー用途や、万が一有事となれば各自衛隊にレンタル会社から緊急配備する。レンタル会社は対象となる余剰ロボットを潤沢に用意しておく必要が有り、過剰在庫を防止する為にベネズエラ側と在庫の共有を行う。
2社体制となれば、日本とベネズエラ双方のメリットとなる。

早速日本の防衛省は、ミニ空母とイージス艦、自衛隊所有ロボットの余剰売却益で、各自衛隊新兵器の調達もしくはレンタル追加を行いたいと表明し、閣議決定後、国会で採決、承認された。
具体的な新兵器として、シリア・イラクでの復興事業と警備で使われたベネズエラ製のパワードスーツを陸自の自衛官用に新たに配布し、災害復旧作業や訓練で用いられる。
また、キプロス島の国連軍で使われた日本製の5m丈のモビルスーツ・アースウォーカーを海自の主要艦の甲板や自衛隊各基地に配置・配備した。

アースウォーカーにはベネズエラ製の小型レールガン砲とバズーガ砲が複数装備されている。レールガン砲の有効射程圏内半径500㎞を受けて、迎撃ミサイルを除く陸海からの防衛・迎撃範囲が大幅に拡張された。アースウォーカーを各艦の甲板に配備することで、古い艦であっても、既存の自衛隊基地も一撃必殺の強力高射砲を得て、防衛能力が向上する。
防衛機密に該当するので、詳細な数値やデータ類など具体的な内容に関しては明かされなかったが、それ故に防衛費7割減という無茶をしても新装備が追加され、内容と質が向上する。

ーーー

官房長官から外相への転任を事前に公表していたモリ・ホタル(実態は金森 鮎 元首相)は、外相就任前から民主ロシア、台湾、ベトナム、フィリピンを立て続けに訪問し、自衛隊の事実関係を理解して頂くゴールを掲げて日本の防衛力は劣化しないと各国に説明して廻った。

「槍と矛」となる中南米の太平洋方面軍、インド洋方面軍の2部隊による「赤壁」により、盤石な中国包囲網が形成されているとは言え、盾役となる後方支援部隊としての台湾軍、フィリピン軍を統括し、最終防衛ラインを形成する自衛隊は必須戦力と各国から考えられていた。

後方支援の中身は燃料・食料などの戦略物資の兵站力となる。とりわけ、自衛隊の輸送力が極めて高く評価されている。ベネズエラ製の超音速輸送機や哨戒機、偵察機を持つ部隊は自衛隊と新設される北朝鮮軍しか所有を認められていないからだ。

後方支援の受け皿となる自衛隊各基地の地位的優位性を同盟各国も重要視しているために、防衛費の大幅な減額が堅牢であった自衛隊基地の整備が劣化したり、日本連合の強固な迎撃能力が、日本列島分だけ著しく低下するやもしれない、などの懸念を払拭する必要があった。
周辺国の市民レベルでは日本の防衛費の大幅な縮小は歓迎されるものの、国の安全保障を担う政治家・国防関係者からは実は心配されていた、というオチとなる。

日本の防衛力低下はあってはならないとする意見が大勢を占める時代となったのも、与党・北前社会党と政権による先の大戦への反省を繰り返してきた成果が実り始めたと考えられる。植民地支配、戦争被害を被った国々に受け入れられる傾向が、ようやく見受けられるようになった。
モリと、フィリピン政界に転じた旧姓、杜 翔子、架空のベネズエラ人と再婚したショウコ・イグレシアスの2人が描いたシナリオによる検証の一環だった。日本の国会をリトマス試験紙のように扱い、日本の防衛政策を世界がどう見るのか、大国と呼ばれる各国の国防にどのような影響を及ぼすのか、果たして赤く染まるのか、それとも青く染まるのか・・というテスト、言わば壮大な「紙芝居」だった。

米中英仏を手玉に取るのが主な狙いとしただけの事はあって、東アジア、東南アジアの同盟国も防衛費減額の国会での議論を聞いて不安視するようになる。不安を抱く理由として、防衛政策が紆余曲折した経緯が多分に影響したようだ。

国会での議論を二分するために、議員を自衛隊廃止と自衛隊存続の2チームに分けて激論を交わしているかのように仕向けた事実は、50年後まで国家機密の扱いとして伏せられる。
日本の国会内で自衛隊廃止に関して喧々諤々と議論を重ねていた経緯を、周辺国メディアがかなりの時間と紙面を割いて日本の国会の論戦を詳細に報じていたので、日本の議員たちの胸中には心苦しいものが少なからずあった。

「自衛隊を廃止し、中南米軍に国防を委託する方向で纏まるのではないか」とする報道が盛んに取り上げられていたのも、狙った通りの展開とは言え、やはり胸が痛んだ。
各メディアが、「中南米軍という同盟軍があるからこそ、出来うるジャッジメント」と見做しており、「ビジネスライクな営利追求型の姿勢を好む社会党政権が、維持管理を含めたコスト面を捉えて、巨大な組織となった自衛隊を解体する可能性は極めて高い」といった、なんとなく説得力を帯びた論調で賑わっていた。

メディアだけではない。土地と人口はケタ違いの隣国は頭を抱えて「自衛隊廃止=中南米軍の日本駐留=専守防衛の形骸化」のXデーを探っていた。仮想敵国の対象が自衛隊から、軍隊に変わり、且つ、軍事的な勝敗は決した格好となるからだ。
地球の真裏にある連合国の筈なのに、日々包囲される軍隊に相対するのだから、国防の前提条件が大きく変わる。

決断のタイミングが近づくにつれ、急に閣僚たちから自衛隊存続の発言が飛び出して来る。

「旧日本軍から自衛隊を経由して長年培ってきた能力・ノウハウと防衛装備が一旦断ち切られてしまうと、再び独自に防衛体制を復活させようとすれば、自衛隊をゼロから立ち上げる工数は尋常なレベルでは済まない」
「防衛、軍事のプロ育成もさることながら、自衛隊が培ってきた災害対応や支援体制も維持しなければならない」等の現実論の声が膨れ上がり、自衛隊解体の言い出しっぺの首相とベネズエラ大統領の周辺からも「自衛隊廃止はすべきではない」といった否定的な意見が出てくると、議論は立ち消えとなった。
実際は、欧米・中国の経済の急減速が進行しており、独走状態にあると見做されていた日本連合経済圏からの経済支援要請が高まっていた頃でもある。
経済が低迷していた各国が財政再建を論ずる上で、真っ先に矢面になるのが国防費の扱いであり、日本がドラスティックに自衛隊廃止を議論していれば、各国は自ずと軍備縮小、国防費の減額に計らずも検討をせざるを得なくなる、と画策した。謂わば、国際世論誘導策だ。地球上の地域によっては軍事衝突が残ってはいたが、世界的にはデタントの流れが続いており、国防費縮小は判断しやすかった。

また、自衛隊存続の意見が高まった場合と、次年度2040年の防衛予算を1/3にする仮定の議論も重ねていた。自衛隊廃止か、防衛費縮小かといった議論を盟主となりつつある日本が実際に論じあっていた影響が、各国に知らず知らずのうちに及んでゆく。

各国への「牽制」「揺さぶり」だけが狙いであり、自衛隊廃止など端からするつもりはなく、フリでしかなかった。最終的には閣議決定で自衛隊の存続を決断し、国会での論戦を止めたのだが、茶番劇であることは伏せたまま、建前上の判断と紆余曲折した経緯を再度各国に説明して廻っていた。

北前社会党が政権与党であり続ける限り、自衛隊はGDP1%内の防衛予算を堅持し、動力源を除く核を保有しないと書かれた首相の親書を渡した。

金森元首相がフィリピンを最後の訪問地とした理由は、先月の同国の選挙で上院議員・下院議員に当選したモリ家の関係者7名の、国会初招集を見届ける為だった。
6人を束ねる役割を担うリーダーは、ホタルの娘であるアユミ・コナーズ(実態は杜 蛍 本人)で、議員初登庁を祝って母娘がマニラの議事堂前で固く抱擁しあう映像が繰り返し流れた。

アユミ・コナーズ上院議員は、立候補前の役職はベネズエラのプレアデス社CEOであり、ピナツボ火山噴火後のルソン島西部3都市へ進出すると、噴火後の復興事業と経済開発による成果から、スービック市の名誉市民となった。生まれた日本国籍を捨てて、婚姻後のベネズエラ国籍に続く第二国籍、フィリピン国籍を取得する。
生粋の日本人でありながら、フィリピン国籍を得るジャッジを、親会社Gray Equipment社CEOのショウコ・イグレシアス上院議員と共に取得した。

モリの国際的な知名度とルソン島復興事業の成果で、圧倒的な優位を維持したまま2人は議席を勝ち取る。
アユミ上院議長は、野党フィリピン社会党の初代党首としての任を得た。
この新党が日本とベネズエラ両政府から潤沢な支援が得られるのは容易に想像でき、自身を含む新人候補7名が最多得票で当選する。

周辺国が注目したのは、党首よりも親党の参謀役となるショウコ上院議員だった。モリの政策ブレーンとも言われているショウコ・イグレシアスが、政策立案の中心を担うと党も公言している。他党の議員たちは翔子が議会でどんな提言をし、論戦を挑んでくるのか構えているし、メディアはどんな政策を掲げて、経済変革を促すか手腕に注目してしまう。本人は公言してはいないが、pacific bankを立ち上げて旧満州はおろか、ベルギー、オランダ、ドイツ、イタリア、スペイン、ポルトガルへの経済進出が成功しつつある。このプランをネッたのが、ショウコ・イグレシアスだと言われていた。メディアは旧満州の成長の背景を説明して、フィリピンで何が起きるのかを予測する。

旧満州では日本、北朝鮮、ベネズエラのみならず、台湾資本を取り込んで、北京政府を脅かしながらの経済変革まっただなかにある。旧満州の山東省、黒竜江省 両省政府が公開する緻密なデータは、日本人新知事が就任して僅か数ヶ月しか経過していないにも関わらず、その他の中国各省を凌駕する数値を叩き出している。

公に出来ないのだが、中国政府にとっては実に皮肉な話でもある。世界中の誰もが旧満州の経済成長の恩恵を受けている中国を羨んでいる。前出した欧州の国々がコンセプトを踏襲し始めたのも、北京政府を羨んだからだ。
中国は秘匿しているのだが、山東省と黒竜江省は実は中国領ではない。それ故に、人々が羨むような旧満州からの「恩恵」なるものは一切手にしていない。公言できない理由も中国側にあるので致し方がないのだが。       

旧満州と同様の動きが早晩フィリピンでも起きると人々が縋ったが故の、選挙戦大勝利だった。
台湾、日本、北朝鮮、ベネズエラの資本が更に流入するのだろうと、期待値だけが勝手に膨れ上がっていた。

ルソン島 西部で当選したアユミとショウコに注目が集まりがちだが、ミンダナオ島選挙区で当選した上院議員1名、下院議員の4名も錚々たる面々を投入していた。
昨年から就航した、フィリピン各島の国内路線と、ベトナム、香港、マレーシア、ブルネイを結ぶ国際路線で「海上新幹線」と呼ばれているPleiades sea-lane社のホバークラフトが盛況だ。台北にいる同社CEOの志木マクシミリアン優実が、敢えて下院議員に立候補して当選した。

ミンダナオ島のアメリカ資本のプランテーションを次々と買収し、バナナやグアバ等の単一栽培から野菜栽培、食料供給地への転換を計るVenezuela agri社のCEOとCFOでベネズエラ政府で報道官と大統領秘書官を務めた経験のあるスーザンとスザンヌのアジェット家の姉妹が、下院議員となった。

4人目はモリの養女の一人、杜サーバント綾乃が当選した。
中南米軍サンボアンガ基地の周辺で、軍向け、月面基地向けの食料製造供給公社を立ち上げて軌道に乗せると、同僚達と同じくCEOを辞任して立候補した。

ルソン島西部での宇宙センターと国際都市の開発だけでなく、運輸、金融、食料生産でフィリピン経済に成果を齎している4人が下院の議員に収まった。

最後の一人はミンダナオ島の選挙区で上院議員に当選した、アヤノ下院議員の叔母でもある 志乃・ガートラントだ。

昨年までベネズエラ政府で経済産業大臣を7年間務めて、ベネズエラ経済を急成長させた実績のある立役者である。最貧国だったベネズエラを先進国入りし、軍事大国に引き上げた実績を掲げて、フィリピン政界に殴りこんできた図式となる。

他国の大臣経験者が立候補出来たのも、フィリピン経済に多大なる貢献をもたらしており、市民権を得たからで、この国の選挙制度上の問題は無かった。
現在、中南米軍が貸与しているサンボアンガ基地の貸与交渉時に、昨年当時は次期大統領だったモリと共にベネズエラ経産相としてフィリピン入りした。
中南米軍がミンダナオ島に駐留し始めると、島内の米国資本プランテーションの農地買収やサンボアンガ基地周辺の開発プランを作成し、軌道に乗せていった。下院議員4名がCEOとして活躍した食品会社、農場、海上新幹線事業も、志乃・ガートラント元大臣の発案と指示によるものだった。

シノ上院議員は選挙期間中、ミンダナオ島、ルソン島西部以外の島の経済活性策を部分開示して、選挙中の対立候補者のみならず、大統領・副大統領候補者の政策もやんわりと否定し続けていた。結果的に、消去法でシノが「ベター」と判断した大統領と副大統領が当選し、フィリピンの選挙を根底から変えたとも言われている。

フィリピンの大統領は再任できないので、自分の後継者を後任に据えて院政を敷くのが通例のようになっているが、今回の選挙では前大統領の閣僚経験者全員が落選し、政権与党から少数政党に没落した。フィリピン内の大地主や財閥の支援が実を結ばなかった結果を受けて、軍によるクーデターが画策されているという噂も拡がったが、新党のバックにはルソン島のスービック海軍基地とクラーク空軍基地、ミンダナオ島のサンボアンガ陸海空軍基地に中南米軍が駐留しており、事を起こせば返り討ちに会うのは必至とも言われている。

「タガログ語も話せない2重国籍者を、議員にしても良いのか?」という落選した大統領候補者からの度重なる批判が尻すぼみになったのも、ルソン島西部3市とミンダナオ島の開発実績と、中南米軍の駐留だ。対外的には弱小とされるフィリピン軍も、国内では政治を左右するだけの力を持つ組織だったが、世界最強の中南米軍との呉越同舟状態となった今では、どうしても霞んでしまう。 

新党の候補者7名がフィリピン経済活性化策を掲げて国の将来性を淡々と説くだけで雌雄は決してしまう。そもそもが日本、北朝鮮、旧満州、そしてベネズエラ、中南米、アフリカ諸国で実践してきたことばかりなので、説得力があるからだ。「私達の政策には絵に描いた餅の類は一切含まれておりません!」と社会党候補者の7人が度々口にするだけで、聴衆から歓声が上がり、拳が空に向かって掲げられた。

演説場所はサッカー場や野球場、音楽ホール等の大型会場を確保して、モリ大統領が名ばかり参加している「薯(IMO)」と、和訳名・深い森「maderas profundas」の、大統領を除くバンドメンバーが演説前に大音量で演奏する。

世界中で売れている2つのバンドの演奏がタダで見られるのだから、演説会場はどこも立ち見、満員盛況となってしまう。

しかも、各所での動画をつなぎ合わせると、何故かコンサート並みの楽曲数となるように仕組まれていた。コンサート数の少ないバンドなので、世界に向けて動画配信されると、程よいPRにもなる。
動画の再生回数がフィリピン国外でもケタ違いなものとなるのは想定した通りで、会場使用料と舞台装飾程度しか掛からない選挙資金も、回収どころか大幅な黒字となる。
歌手やバンドを客寄せパンダとして使うフィリピンの選挙に準拠したのだが、結果的に他陣営の選挙活動を逆手に取ったような形となってしまい、莫大な動画収益と、格安の選挙資金の収支報告を党のHPでさり気なく開示して見せる。
バンドメンバーのギャラなど費やした経費以外の収益は、全額フィリピンのカトリック教会に寄付して、クリスチャンが大勢を占めるフィリピンの人々の支持を集める。7人がベネズエラの首都カラカスでモリ大統領と共に洗礼を受けたクリスチャンである事実を、誰もが思い出す。寄付に訪れたマニラ大聖堂での7人の礼拝の映像は、敬虔な信徒であることを証明していた。2重国籍所有者であり、国語であるタガログ語が話せないという批判を、軽々とはねのけた格好となる。

フィリピン経済のみならず、政界までモリの関係者達が関与することになり、7人の候補者の対立候補の選挙活動へ資金援助していた陣営は、巨額の費用をドブに捨てたようになった。「日本の選挙費用は格段に安い」という話が7人の議員の収支報告書で明らかとなり、説得力を帯びたものになった。
海外メディアも含めて、7人の当選者ばかりに注目が集まる事態を最も憂いていたのは、他ならぬ中国でありアメリカだった。

両国が最も注力していた大統領候補者まで落選してしまい、結果的に中国と米国はフィリピン政界に影響力を持ち続ける思惑は霧散した。中国は海洋進出の道を完全に閉ざされ、米国はかつての植民地を永久に手放した。厳しい財政事情の最中で、捻出した軍資金は何の役にも立たなかったとただ項垂れるしかなかった。

ーーーーーーー

8月を持って、北前社会党幹事長の職を杜 里子 前外相に託した柳井純子は、ベネズエラ政府顧問への就任前に平壌を訪れていた。カラカスから毎週のようにやって来るモリに合流する為だ。与党と日本政府は、柳井の渡航用の航空費でさえケチ臭く浮かそうと考えたようだ。

「その提案を出してきたのはAIだよ」と首相の阪本が笑ったが、「そんな判断をAIに仰ぐはずないでしょう!」と阪本に食って掛かってみたのだが、覆る事も無かった。

何でもかんでもAIに依存していないのに、政府内では「AIのせいにする」「AIになすり付ける」風潮が蔓延しているのも事実だ。あとで長男の太朗の仕業だと分かったのだが。   

「幸乃さん、ベネズエラの大統領府では、AIの扱いってどうなってるの?」

柳井純子は帯同するベネズエラ大臣経験者で、モリの主治医でもある杜 幸乃に尋ねる。

「AIを一番使ってるのは大統領です。私たちは、人型ロボットをアシスタントや運転手のように使う程度でしたが、彼は施策を考案する際も対話相手としてのAIと議論を重ねています。しかし、AIと対話中の彼を見たものは誰もいません。蛍さんも鮎先生も、実の娘であるあゆみに知られるのは一番警戒しているようです。あの子はAIの開発には欠かせないエンジニアの一人でしたから・・」

主治医の幸乃ですら知らされていないのだと、今更ながらに思う。

ベネズエラ資本の全ての日本工場を買収しただけでは、プルシアンブルー社のエンジニアたちでも把握できなかったのだ・・。幸乃が続けて自論を口にする。

「ベネズエラ製のAIが良い方向へ進化しているのは、彼との関係性、パートナーシップのようなものが、AI側にも確立しているのかもしれません・・あ、いけない。国連からやって来られた、いまの大統領府のスタッフさん達が何処までAIを使いこなしているのか、私は分かっていません。入れ替わりのようになってしまったので彼らと接点が無いんです・・。  でも、国連や世界銀行では日本連合のAIは使っていないので、スタッフさんの中にAIのヘビーユーザーは居ないだろうと思いますが」

確かに各省庁の職員が使いこなしている日本に比べれば、職員数の少ないベネズエラ大統領府がAIを自在に使いこなしているとも思えない。

日本製AIを開発したプルシアンブルー社の疑問点が、ベネズエラ製AIの中身そのものだった。堅牢性が極めて高く、同社のエンジニア達が解析に挑んでいるが未だに内部構造が分かっていない。唯一判明しているのは、同社の社長でありエンジニアの、幸乃の長女のサチが開発した、日本製AI用のワクチンプログラムをベネズエラ製AIでは採用していない。
AIが人間社会の情報を習得する上でどうしても避けられない、ヒトにはあまり好ましくない思考や情報から、AIがおかしな感情を抱いて想定外の成長をする可能性がある。所謂、「システムの暴走」と呼ばれる危険なもので、欧米と中国製のAIはディープラーニングの過程でシステムが破綻してしまうのが通例となっている。日本製AIのレベルが破綻もせずに向上し続けている理由の一つが、「悪しき感情」「邪な思想」を検知して排除するプログラムを持っている為と言われている。                    モリは明確にワクチンプログラムを使っていないと公言している。そうは言っても世界中の誰も、ベネズエラAIの正体を知らない。システムへのハッキングも誰も成功していない。
幸乃の娘のサチが寝物語でも探ってはいるが、競合会社の社長には国家機密は明かせないと伝えているらしい。 

首相経験者としてモリを支援するのと、ベネズエラ政府の方針を詳細まで把握して、日本に報告するのが柳井純子に課せられた建前上のミッションなのだが、阪本首相も、そしてプルシアンブルー社会長のサミアも含めて、ベネズエラ製AIの情報を探るように要請してきた。

阪本からは、「私から彼を奪って、太朗を身籠った関係を復活なさい」と真顔で言われたが、今更、よりを戻すにしても自分は使い物にならない。それで幸乃が同行者として選ばれたのだが、正妻や娘たちにまで開かなさいのなら、難しいのかもしれない。幸乃にしても、サチと綾乃の娘でもダメだったのだから、簡単ではないと分かっている。

そうこうしているうちに、漢江の広大な河口が眼下に飛び込んできた。いつの間にか日航機は高度を下げていたらしい。一昔前の機体は高度の変化や気圧の変化を受けて、揺れたものだが、日本製の航空機は殆ど揺れを感じなくなった。AI補正のなせる技で、戦闘機パイロットの肉体への負荷を軽減する技術を、民間機に取り入れたものというのは分かっているが、柳井にはよく分からない技術だ。だが、飛行機嫌いの人が減少したとも聞くし、ー乗客としても歓迎出来る話でもある。

「日本の航空会社にしか提供しないAIのオプション機能って、この揺れない快適仕様以外にもあるんでしたっけ?」

AI絡みの話題として、幸乃に話を振ってみる。「どうして同行者なのに腹の探り合いをしようとするんだろう」と自分の性格を呪いながら。

「それなんですけど、PBエア社の社長がゴードンさんに泣きついたらしいんです。グレイ社が民間向けの航空機製造の検討を始めたんですって。それでゴードンさんに、モリをなんとか止めるように説得して来てくれって、頼んだらしいです」

「それは・・避けられないでしょうね。ボーイング社とエアバス社のシェアを奪ってきたんだもの・・」柳井の発言に、幸乃が強張った笑いを返してくる。

工業製品の全てを日本が独占する状況が好ましくはないのも、理解しては居るのだがそれでも寂しさは覚える。モリが買収して育てた企業がシェアを落とすかもしれない話だ。当の本人の方が感慨深く思っているかもしれない。

ベネズエラ製AIの優位点はブラックボックス扱いされるだけの堅牢性だ。だからこそ、技術情報の漏洩や拡散を心配する必要が無い。だからこそ、機内の搭乗者が揺れを感じないテクノロジーも、ベネズエラ企業であればオプション機能とせずに堂々と標準装備にするだろう。やはり勝ち目は無いかもしれない・・。

ーーーー

入国審査の手前で、同じ機に搭乗していた女性二人が柳井と幸乃を見つけて近寄ってきた。自衛隊の特殊部隊隊員で2人の護衛役を勤めるのだが、女優かモデルかと言う様なルックスをしている。幸乃には言えないのだが、柳井が防衛省に打診した「ハニートラップ」専門スキルを持つ隊員たちで、モリの寝所に潜り込むミッションを担ってもらう。

柳井も写真と動画を何度も見て、この2人なら可能性はあると判断した。

本日、羽田で初対面となった幸乃も「彼がその気になっちゃうかも」と警戒するほどだった。昔の男に女を斡旋しようとしている自分に、後ろめたさを感じながらも「これも世のため、人のため」と思いながら、柳井純子は微笑んだ。

(つづく)


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