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(3) 奇策のオンパレード その2


 原発建設時の問題は、それぞれが根が深い話となっていた。調査チームの活動は当分続く状況で、全容の解明まで時間が掛かる。政治家が絡んできたので検察も動き始めており、犯罪者の最終的な処分が下されるのも先となる。先日モリが記者達を引き連れて、渦中の政治家が入院している病院へ出向き、議員への面会を求めた。その一部始終が報じられたのだが、国民の怒りが増幅した事で、検察も動き安くなったのかもしれない。

右手には横須賀の果物屋で買ってきた果物のカゴがあった。受付の人を困らせたくはなかったので、面会謝絶の理由を主治医から伺いたいと伝えて、暫く待った。医者と病院側は困った。既に本人は自宅へ戻っているからだ。空きベッドには既に他の人が入居している。入院患者のリストを要求されたら終わりだった。正直に言うしかなかった。

「回復されたので、先日退院されました・・」

「そうですか・・驚きました。実際、議員は病気だったのでしょうか?」

「いえ、検査の結果、異常は認められませんでした」

「分かりました。ご足労おかけ致しました。国会で報告させて頂きます」そこでマイクが拾えないように耳打ちして、受付に寄って「皆さんで召し上がって下さい」と見舞い品を置いて帰っていった。医者と職員に伝えたのは、「議員が苦情を言ってきたら連絡が欲しい。国が病院を守ります」だった。

各党は国会対策委員会で協議して、原発関連の審議を一時中止し、国会の期間延長で協議継続する方向で話が進んでいた。何れにしても「真っ黒」なので原発廃止、という決着となるだろう。
そんな見通しが記事になると、各地の電力会社の株価は最安値を更新し、電力各社の上層部は問題全容解明後に一斉退陣すると表明した。NPO法人から、プルシアンブルーの一部門となったエレキング社は、電力供給会社として国から認可を受け、各自治体・市庁舎内に支店を置くと発表した。
また、送電事業にも乗り出すと表明した。全国の鉄道、高速道路、主要国道に送電ケーブルを這わせて全国へ電力を供給する。
電力会社の送電線網を使わずに送電するという発表は、電力会社にとっては大打撃となった。今まで、電力会社が各家庭や事業者から電力を購入して、各家庭へ供給していた。電力の買取価格をいかようにでも変更できた。原発を再稼働させるために購入価格を下げるなどの圧力を加え、自分達の都合のいいように利用してきた。これが自然エネルギーが国内で成長しない要因でもある。ここに、日本政府が国民感情を汲み取ってメスを入れた。国土交通大臣が国交省に指示を出し、全国の交通網に送電ケーブルを這わせるガイドラインを作成させていた。技術的な課題は特になかった。鉄道であれば路線保守員は電気技師の資格があるし、国道、高速道路にも交通電光表示版や信号機があるので、資格のある作業員がいるからだ。

既得権益に慢心していた電力会社は、足元を攫われた格好となった。プルシアンブルーは全国の自然エネルギー業者、屋根で自家発電をしている個人向けに、8月から電力買取を始めると報じた。横須賀事業所の東電職員は申し合わせたように転職を決めていた。立候補者のHPのリンクにある電力事業の求人情報に、ジョブエントリーが可能となる選挙日が来るのを待っていた。

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投票日となる日曜、新三浦市長の誕生は電力企業労働者の離反を促した。元々、東電横須賀の各事業所の部署ごとの人数を把握していたので、同じ人数分の採用枠を用意していた。
追加されていた項目にこんな一文を見つけた。「他電力会社から依頼受けて、作業を請負う想定をしております。市民向けに安定した電力を供給する為ですので、ご理解願います」エントリーした人たちは、目頭を押さえた。
変則的とは言え、事業継続の配慮もされ、人的セーフティネットも予め考慮されていたのである。

月曜日、三浦市役所の一角に、エレキング社とPBエンジニアリング社の社員達がやってきた。市役所の会議室を一つを借りると、そこで採用面接を始めた。市役所の向かいの空きビルを借りて、エレキング社の三浦事業所が立ち上がる事になる。

高投票率で、しかも圧倒的な支持を集めて新市長となった橘 由紀は、定形業務を行いながら公約実現に向けて即日から動き出した。プルシアンブルー社から臨時職員として30名を受け入れ、公務員減らしの波を受けて人材が不足していた部署に配属させた。30名の費用は北前新党が対応してくれるので、市の負担は無かった。小さな市役所なので、30名の人員増は日々の業務が円滑に進んだ。何故か全員が役所の仕事に詳しかった。市の職員が教えたのは、どこの店が美味しいとか、どの店で買い物した方がいいといった生活情報ばかりだった。「これをやって下さい」と言うと「分かりました」と作業を始めてしまう。「一体どこで役所仕事を覚えたの?」市の職員が聞くと、富山市役所だと言う。30人は約3ヶ月の実習を終わらせてやってきたのだ。
その日の市役所の仕事は定時で終わった。新市長の株がいきなり上がったのは言うまでもない。

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新市長が齎した新しい風は記事となり、ニュースとなって、広まっていく。神奈川県下の市町村は驚いていた。圧倒的な選挙選が行われ、しかも初日から新しくスタッフが加わり、教育もせずに業務を始めたという。政令指定都市である横浜、川崎の選挙では一体何が行われるのだろうと噂し合った。人員が増えると聞いて、人を減らされる一方の職員達は喜んでいた。しかし、週末に選挙を控えた横須賀市長や、年内に選挙が行われる横浜、川崎の両市長にすれば、全ての情報が死刑宣告に等しかった。
今から準備を始めても、到底間に合わなかった。それに、市長個人の給料では、そもそも何も出来やしない。

県知事選、市長選は一定期間でやってくる。県議・市議選もそうだ。
ある記者が気がついた。政府は「5年で自然エネルギーの比率を50%に上げる」と公言している。各地方で選挙公約として太陽光発電を掲げて、電力料金を下げますと言い続けて、選挙をし続けていれば、その位になるのではないか?と思い至った。そこで選挙スケジュールを見ながら分析を始めた。選挙と電力事業を対にして公約として提示されると、他の候補者は太刀打ちできないだろう。しかも、この新電力は国会で満場一致で承認されようとしている・・こんなの誰も止められないだろう・・記者は、呆然とした。

新電力の勢いは、経済界にも明るいニュースを齎した。

「太陽光発電パネルを製造するPanason/cはSh・rp社と業務提携を結びました。増産が続く太陽光パネルの製造を委託する為、S/arp社とライセンス契約を取り交わしました。これで更なる受注に応えることが出来ると・・」
Sha/p社はいまや台湾資本の企業だ。この提携も、台湾の親会社との接点作りとなるのは言うまでもない。

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都議会選挙も月曜日から選挙活動が始まった。
北前新党の候補者とスタッフは、共産党候補者の応援活動を始めた。北前新党が1月の衆院選で全国で利用した中古車300台を全国から集めて、共産党の事務所にバラ撒いた。北前新党の都議内定者は、共産党候補のタスキを付けて、共産党の候補者になりきって選挙区内を走り回っていた。当然、都民はあれは候補者だと錯覚する。性別もしっかり同一にしていた。

北前新党の候補者は選挙事務所を最初から借りていなかった。使った費用はポスター代だけだ。北前新党は、共産党候補者の事務所費総額の半額を負担し、候補者に各所で応援演説を行なわせた。この連携活動の破壊力は凄まじかった。共産党候補者の立候補している選挙区は賑わっていた。候補者同士で予めペアもしくはトリオを組み、作戦が事前に講じられていた。共産党と北前新党の選挙スタッフがそれぞれの候補者をサポートしながら、選挙らしい選挙活動を繰り広げていた。冷静に考えれば、実に卑怯なやり口だった。

他党は臍を噛んだ。北前新党との直接対決を避け全勢力を傾けているが、残りの選挙区では共産党候補者に次第に制圧されつつあった。候補者も北前新党が変化球を出してくると読んで、対立候補になるのを避けたつもりが、完全に術中に嵌った。共産党の車が走り回り、あちこちで演説会が行われている。都民には演説中は美味しいコーヒーやお茶が振る舞われると評判だった。国会開催中なので全国の議員も居る。北前新党と共産党の議員が夕刻に都内各所の演説に駆けつけるだけで、どの会場も盛況となった。

またモリにしてヤラれた、と他党は項垂れた。国会協力を申し出た野党も、為す術がなかった。よせばいいのに、モリはもう一枚のカードを切った。
「やる時は徹底的にやる!」と言うのがモリの信条だった。次なるカードは与党のイメージ戦略でもある。

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選挙参謀を除いて、三浦市の選挙スタッフの全員が、横須賀の選挙事務所入りをしていた。漁港・漁業組合・JAが公然と北前新党の候補者の支援を始めていた。もう一つ残っていたのが商業だ。国道16号沿いの商店街は駅の商店街でもあるのだが、廃れていく一方だった。どうしても郊外の大型店や横浜まで人々が足を伸ばしてしまう。コロナの影響もあって、シャッターを閉める店も少なくなかった。
そこへ朗報が齎された。横須賀、三浦の両市民18歳以上の方々向けに、クーポンを発行すると三浦市長が発表した。横須賀、三浦市の個人商店限定で利用できるクーポンで、コンビニ、ファミレス、居酒屋等のチェーン店では利用できない。市民一人あたり毎月1度、千円が使える。アプリで提供するので事前の登録が必要となった。市民はクーポンを家庭、もしくはコンビニ等で印刷して、店舗での支払いの際にクーポンとして提示した。

来年の5月までの一年間で、市民一人あたり1万2千円の支援金となる。コロナで困窮した個人商店への活性化策と新市長は明言した。財源は少々先取りとなるが、太陽光発電事業の市の受取費用から捻出するとしていた。海上利用料のような位置づけだ。地上で発電事業をすれば家賃や固定資産税が生じる。海上発電ではほぼ同額を市に収める、これが市の財源の一部となる。 このクーポンを市場に投じて効果を見極め、分析すると三浦市長は述べた。

三浦市民に早速クーポンが渡され、近隣の商店街で買い物する人達が現れた。取り分け飲食店にはプラスとなったようだ。三浦市役所にはクーポン券の精算にやってきたお店の人たちが居た。そこで市の職員は交換に訪れた店にそれぞれID番号を付けた。市役所ではそのクーポンを店別に管理し、1年間を通じて統計を取ろうとしていた。
クーポン券には市民それぞれのQRコードがついていて、スキャンすると表示され、今月であれば「6月利用」と履歴が残る。そしてクーポンを利用した店名をIDと紐つけて、3ヶ月毎に検査していく。クーポンが使われる頻度の少ない店舗や利用度の無かった店舗を市の商工課の職員が訪問し、経営状態を調査し、必要であれば市が経営の支援をする等、救済策を講じる。例えば飲食店であれば、北前新党とほっくりっく社の連合で、無償コンサルを請負うといったメニューも用意していた。それを必要とするかも含めて、市長と商工課の判断とされていた。

いずれも三浦、横須賀といった人口が限られ、商店の数も対応できる数の市だから出来る話で、横浜、川崎のような政令指定都市では到底不可能な話だ。それでも全国には横須賀市、三浦市のような規模の市はゴマンとある。この地域クーポンのニュースは、全国を駆け巡って行くことになる。

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横須賀市長への自・党から供給された選挙資金は物凄い金額だったらしい。
自・党市議も全員が街へ出て、現職市長の支援を訴えた。しかし、お隣の三浦市での初日からの成果が漏れ聞こえ、三浦市民が横須賀市内でクーポンを使い始めると、商店街は一斉に北前新党に靡いてしまった。そもそも構図的にも悪かった。2世議員が環境大臣になる前に、地元に誘致した火力発電所と、新設される太陽光発電の戦いのように市民には映っていた。
火力発電所を誘致しても、市民には何一つ還元されなかった。しかし、太陽光発電は電力料金が安くなるばかりか、クーポンまで支給される。農協、漁協も大喜びで、商店街も潤う。
何をやっても、何を言っても駄目だった。それならばと「内緒ですよ」と金をバラ撒いた市会議員が複数出た。選挙日を待たずして勝利は決してしまった。広島の選挙バラマキ事件程ではなかったが、市民を巻き込んだ公職選挙法違反となり、数名の横須賀市会議員が辞職して行くことになる。

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日曜日、開票と同時に当確が出ると、大人数による万歳三唱が起こった。
よせばいいのに、この2人の同じ学年の同窓生が同窓会のように集まっていた。当然、事務所内に入り切らないので、外にもワヤワヤ居た。
これから同窓会なのだと聞いて驚く。確かに、20時なので悪くはないが、同窓生の当選で同窓会というのは斬新だった。ミク衆議院議員さまも国会から駆けつけていた。

新三浦市長も演台に立って居た。ミクと3人で並んで写真に収まっている。元生徒達に事務所の外に引き釣り出されて胴上げされた。夜の胴上げは怖い。背中から落ちていく暗闇の胴上げはとっても危険だ。ここ数年経験していなかった冷や汗をかいた・・「先生、待ってるからねー」「来てねー」と生徒達はゾロゾロと同窓会会場へ移動していった。誰が行くかと思う、名前すら覚えてないのに・・

選挙事務所に入ると、記者に囲まれる。
「幹事長、見事な選挙選でした。勝因をお聞かせください」

「勝因ですか、そうですね・・・あの子達の若さですかね・・」

「宜しければ、今回の戦略を教えて頂きたいのですが」

「戦略、そうですね・・・若さによる勢いとでもいいましょうか・・」

「三浦市に引続き、太陽光発電事業や研修生の支援を公約として掲げられましたが、実施まではどの位で実現するのでしょうか」

「はい、来月末には発電準備に取り掛かれると考えております。研修生は宿舎が完成次第となりますし、養殖は、涼しくなってからと想定しています」

「改めて、この2つの市で勝った意義をどう考えていらっしゃいますか?」

「意義ですか・・選挙だけすと、来週は都議会選挙となります。今度は都内全域が対象となりますので、横須賀、三浦とは異なる・・そうですね、全く違う選挙になると考えています」

「全く違う選挙と言いますと・・」

「極めて普通の選挙です・・」
ボケてみたのに突っ込んでこなかった。インタビューアーが神奈川新報の人なので都の事など関係ないのかもしれない。

「どうもありがとうございました・・」

会釈をして、そのまま帰ろうとしたら捕まった。

「幹事長、3人との写真が欲しいので壇上にお願いします」

見ると、新市長2人とミク衆議院議員さまが手招きしている。あなた達を候補者に選んだのはミクなんだけどな・・仕方がないので壇上に上がると、フラッシュの一斉攻撃をくらった。 目がいつまでもチカチカと瞬いていた。

(つづく)


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