見出し画像

11章 宿命 (1) 習慣が災いを呼ぶ

雨季の間隙を縫って、順番の最後となった大統領府の引越し作業がおこなわれていた。

カラカス市内の議事堂の敷地内に合同庁舎が完成した。既に他のフロアには各省庁が転居を済ませており、国家として稼働し始めている。大統領府だけが一斉に転居できずに部門別、担当者ごとに旧大統領府からの異動を終えていなかった。

最上階の11階が大統領府となる。首相と外相のボクシッチ夫妻と官房長官のチームが真っ先に入居して、ベネズエラ政府として最低限稼働できる体制を整えたのだが、他の大臣は日頃の業務に追われてスケジュール通りに引っ越しが出来ずにいた。

モリが大統領に就任した7年前、文書管理は全てデジタル化され、それ以前の資料保存庫も、破棄と保存の分別が随時行われ、業務上、紙のデータを参照する必要が無くなった。それ故に、極端だが自宅であろうが外出先でも仕事が出来てしまう。ただ、オフィス以外の場所で業務を遂行する際には、情報検索時の情報漏えい防止の観点と、個人個人の残業時間の把握が難しくなるので、AIの特別監視下に置かれる。オフィス以外の場所での業務が度重なると、「警告」が上司と本人宛に届く様になっている。情報管理だけでなく、予算や部門の経費に至るカネまで監視下にあるので、悪いことは出来ないと誰もが思う。

新しい合同庁舎では机や椅子等を含めた全ての装備が一新されるので、閣僚やスタッフの個人所有物だけ、梱包箱に仕舞えば事足りる、ラクなものなのだが、私物の整理が出来ていない大臣やスタッフほど遅れたようだ。
大臣は各セクションの最上位なので、何処で仕事をしようが、残業を何十時間しようが咎められない。各省庁の事務次官・担当者達にすれば、自分達の大臣が早いところ合同庁舎に移動してくれた方が、報告、連絡事項がエレベーターを上下するだけで済むので助かるのだが、移動していなければ従来通りに旧大統領府まで日参する必要がある。
これも世の中の「あるある」だが、日頃の業務に追われて「明日にしよう」「今度こそやろう」という前日の堅い決意が脆くも崩れ去る日々が続いて、大臣達は遅延しまくっていた。

ベネズエラの大臣は、指示する事が仕事だと思っている米国式、旧日本政府的な封建的政治とは異なり、各自が汗をかく「忙しいもの」という自負、実感があった。
にも関わらず、「各自、素早く移動してください」と急かしていた大統領が何時になっても動こうとしない。
本人は艦長にでもなったツモリで最後に艦を離れようと考えていたのだが、説明不足だったのか誤解されていたようだ。
ドラガン首相とタニア外相兼国防相の2人が早々に移動済なので、大統領は慌てる必要が無かった。そもそも、大統領まで移転する必要性をモリは感じていなかったので、アクションしようともしない。「中古品で充分」と常日頃から思っている人間なので「勿体無いなぁ」と思っていた。

「誰かに任せればいいでしょう?」と引越し作業に及び腰で居ると、周囲からはそう言われていたのだが、3名居た大統領秘書官が全員異動してしまったので、人に任せるの申し訳ないと思いながら、ズルズルと日々が過ぎ去っていった。

新たに大統領顧問となった柳井元首相と元ベネズエラ厚労大臣の杜 幸乃が、カラカス入りをしたのだが、大統領が引っ越ししていなかったので、2人もガランと人がほぼ居ない旧大統領府に留まったまま、身動きできずにいた。仕事に取り掛かる以前に、殆どが新庁舎に移動してしまったので、着任の挨拶すら出来ていない。
新たな大統領補佐官として日本からやってきた玲子とあゆみが「コレは流石にマズイ」と思い、ベネズエラ入りしてからモノを一切片付けずにいる「勿体無いオバケ」と呼ばれている大統領の私物を、全て梱包してしまった。
更に大統領補佐官たちは策をめぐらし、大統領の強制排除に乗り出す。テレビ局に連絡して、「大統領の引っ越しの模様を取材できます。宜しかったら旧大統領府までお越しください」とタラシ込んでしまう。翌朝、モリが電動バイクでノコノコ出勤してくると、テレビ局の車が何台も停まっている。門の前でカメラが自分に向けられているのが分かると、「台湾での活動がバレたのか?」と焦った。
執務小屋に入ると、ダンボール箱が積み上がっており、全ての荷物が梱包されているのを知る。「やられた・・」と項垂れていると。ノックの音がして答える間もなく娘が入ってきた。その後方にはテレビ局の皆さんが見える。

「さぁ、こちらです。搬出作業から撮影して頂きます」と あゆみが言い、玲子が各局のカメラマンの撮影ポジションを指示している。

「あの・・ロボットは何処にいったの?」
モリが恐る恐る尋ねると、
「新オフィスで入居前の清掃をしてもらってます。閣下もその格好なのですから、一緒にダンボール運んでください。軽トラは玄関まで回しておきましたから」と、あゆみが記者たちを意識して他人行儀に言う。
母親そっくりだと改めて思い、盛大な溜息をつく。引くに引けなくなったモリは、仕方なく作業に取り掛かる。午前中で引っ越しを終わらせたい。仕事のto do Listが消化出来ない恐れに囚われると焦ったように動き出す。

ダンボールを運びながら、「新任の」大統領補佐官たちに規律を再度刷り込まねばならないと強く決意していた。どうやら家庭の感覚を大統領府に持ち込んでしまっている。
元はといえば、引っ越しをしなかった自分にも否はあるのだが、危機管理という点では甚だお粗末な展開となってしまった。

まさかメディアに声を掛けているとは思わず、バイクでの通勤と銃を保持している点を記者たちに知られてしまった。フルフェイスのヘルメットをしているとは言え、着ているものは今と同じ、白シャツとワークパンツにスニーカーだ。

入室時にハンガー類もダンボールに仕舞われているので、銃のストラップを隠すために着用していたサバイバルベストを脱いで、机の上に無造作に乗せていた。白シャツの上のストラップホルダーが露わになっている時に、娘がズカズカと部屋に入ってきてしまった。ノックもしないので銃を隠すタイミングを逸し、記者とカメラマンに見られてしまう。ベスト着用が銃実装の偽装を兼ねていたのがバレてしまった。

大国になった国が必ず辿るものの一つとして、テロに遭遇する確率が上昇し、各国のゲリラ活動のターゲットになる可能性が高くなる。
先日、軍の合同葬儀でそうスピーチしたばかりだった。秘書官2人が着任する前だったのもあるのだが。

アメリカもソ連も東西の横綱時代に苦しめられ、国家衰退の原因の一つとなった。テロやゲリラ活動をする側のコストが安価なのに対して、攻撃対象となる国家側の警戒は厳重なものとなり、対策費のコストはキリがなくなる。今回の台湾での事件のように、一度攻撃対象となると、人質救出のための作戦費用は多額なものとなる。今回で言えば台北市内を2箇所爆弾で破壊され、台湾警察と中南米軍人で4人死亡、プラス、救出作戦で部隊を展開したコストが生じた。片や犯行グループの投資コストはコマンド隊員4名の人件費と2つのプラスチック爆弾と、警官所有の銃を奪取するためのスタンガン4式と台湾までの渡航費だ。
今回の事件だけで何十倍ものコスト比となる。
テロやゲリラ活動はコスパが良いという特徴がある。立て続き攻撃されると、対象となった側の損失と支出が跳ね上がってゆく。ベトナムとアフガニスタンで米ソが負け、アルカイダとISが一時成功したのはそういう背景もある。

これは余談だが、警察組織を自衛隊配下に位置づけて警備体制を刷新した理由がそこにある。
社会党政権前、要人警備で事件が頻発に生じたが、拙い警備マニュアルに基づいて、生温い訓練といい加減な警備で満足していたのが発覚した。共に政治家が狙われ、警察は機能しなかったのだが何故か大きな問題とはならなかった。

犯人はいずれもプロではなく、ずぶの素人、アマチュアの日本人だった点を誰も指摘しない。つまり、警察のままであれば、プロの手に掛かれば、かなりの確率で殺されるという話だ。
警察に任せたままでいいのか?という問題意識を、マスコミも世論も誰も指摘せず、故人を追悼する光景だけを垂れ流す。政治家も輪をかけて愚かさを露呈する。危機管理の欠如よりも、政敵が突然居なくなった喜びを隠して、派閥の次のリーダー争いに奔走する。被害者であるはずの政党にとっては、警備体制の見直しを警察に指示するだけで、選挙対策と支持率を優先する。殺害された政治家の一周忌を大々的に執り行って、半ば強制的に集められた著名な参列者達にカメラを向けることで故人を偲んでいるフリを演じさせる。視聴者は相応の肩書のある人物にも哀悼される対象なのだとして、故人を過大評価対象に持ち上げる。海外に金をバラマキ、未曾有の借金大国にして国をマイナス成長に導き、脱先進国の道を突き進んだ首長なのだが、それでもこれだけ多くの(マ。ケな)人々が挙って献花して、故人の死を悲しんでいる映像を垂れ流す。
潰れた国営放送は、犯人に犯行動機を求める手紙を送り続けていたという。犯行動機を知って、どんな対策が講じられると思っているのだろうか?と首を傾げてしまった。
犯人は逮捕時に動機を公言している。「邪教に関与していたから殺した」と。それが何故か歪曲され「邪教に近い存在だと思っていた」とまるで犯人が勘違いしていたかのような表現に修正する警察だった。共に政権寄りの組織なので仕方がないのだが、潰れた国営放送を始めとする国内メディアは、警察が改竄した情報をそのまま垂れ流していた。スポンサーでもある故人を汚してはいけないとでも思っていたのか、日本は忖度が蔓延する発展途上国だった。

日本の警察の特徴は、組織の発足からして政権の手足としての役割を担っている。主な取締の対象は与党に敵対する組織や団体となる。戦前から、体制を維持する役割を担っていたので、レッドパージを特高が主導し、サヨク陣営を最大の標的としてきた。思想犯として検挙し、投獄して痛ぶるノウハウに特化していたので、どうしても偏った組織となる。入管で外国人が虐待を受けていたのも、旧日本軍や警察のコンセプトが引き継がれているが故だ。
時代が進んで世界が混沌さを増す中で、警察は進化できなかった。そもそも、政治家の目が外を向いていなかったから尚更だ。国内特化型の陰湿な取締組織となった警察は、知能的なテロ組織や暗殺のプロ集団などの手練に、全く対応できない。第2次経済成長を経た日本がスパイ天国と呼ばれる程、甘々な国だったのが証明している。

日本の警察の検挙率は比較的高いと言われてきたが、暴力団や新興宗教、政治家とその周辺人物、ザイニチ米軍の犯罪行為を犯罪の分母数にカウントしていないので、高くなって当たり前だ。スパイを捕まえもせず放置して、邪教を悪だと認めず、居場所が特定されている暴力団や暴走族を、見逃し続ける。警察が何故か「犯罪」として位置づけず、いつまで経っても取り締まらないので、巨悪は存続し続けた。

政権交代後、内向きの警察を揶揄する意味も含めて、国連軍に自衛隊を参加させ、幹部から末端の自衛官に至るまで世界の現状を認識させるプロセスを経て、自衛隊配下に警察を据えた。
これまで警察が全く関与しなかった犯罪を「悪」として当たり前に取り締まる為だった。
テロへの備え、要人保護、警備体制に関しては世界基準となった自衛隊に依存したほうが手っ取り早い。警察は空き巣や盗難事件等の犯罪でも追っていれば良かった。直きに余剰人員がリストアップされてゆく。
国が成長に転じていたのだから、内向きに特化した組織にテコ入れするのは当然だった。

新任大使が拉致された事態に関して言えば、台湾警察と同じような過ちを、日本の警察もしていた可能性がある。犯人グループが交番を襲撃して、拳銃を奪われる事件は、昭和平成の日本でも度々起きていたからだ。日本の場合は銃を奪った相手が一般人だったが、プロが相手ともなれば、銃の活用方法はいかようにでも拡がってしまう。

経済成長を続けて世界の中での役割が増す中で、競争に敗れた相手や組織から日本連合が疎まれ、狙われる対象となるのは誰もが想定していた。結果として、2人の護衛の命を奪われた事で、関係者はショックを受ける。
これまでは機能していた要人保護のマニュアルの不備が発覚し、全面的な見直しを始めている。特に、渡航先や海外で狙われる可能性に関して、中身を徹底的に修正する必要がある。

そんな事件の後なのに「ベネズエラ国内だから」といった気の緩みがあったと反省している。
これまで大統領を始めとする政府関係者のその日の予定は安全性の観点から公開してこなかった。それ故に、ある程度の自由が半ば容認されていた。自身で言えばサラリーマンというか、自営業者のような感覚で居たのも事実だ。警備用のドローンが頭上を飛んでいるし、偵察衛星の監視下にある。バイク通勤、軽トラ通勤してもフルフェイスのヘルメットを被り、窓ガラスにはスモークを施しているので「大統領」とはバレていなかった。
しかし、「雨が降っていなければバイク通勤」「大統領は銃を携帯している」「大統領の軽トラのナンバープレート」といった情報がマスコミに流出してしまった。

大統領秘書に身内を据えた自分の責任でもあるのだが、危機管理に不備が生じた状況を憂いた。メディアが報じる内容が、たとえ政府に好意的なもので、大統領寄りだったとしても、記者やカメラマンが、会話の中でバイク通勤や銃の保持を口にして、何処まで話が拡がるか、計り知れないものがある。悪意を持った者にとっては、貴重な情報となる可能性もある。例えば、ミニバイクごと、大型乗用車で轢き殺すのは誰にでも出来る・・。


「大統領の引越し」がその日の夜のニュースで報道された。大統領自身が軽トラに段ボールを20箱ほど積んで、自分で運転して新事務所まで移動させて、新しい執務室で一人で梱包を明けて、私物やらファイルを収納している映像が流れた。因みに、カメラが廻っている間はウィッグを被り、薄っすらと生えて来た眉毛は、違和感の無いように娘に描いてもらっている。パスポートなんて持っていなかったので台湾に密入国し、武蔵に乗艦していたのは極秘扱いするしかない。

ダンボールの中のものが分かるように、箱の開閉部にマジックで「トレーニング機器」「ガンプラ」などとワザとスペイン語で書かれていたので、映像に取られてしまう。

「これ、開けないのですか?」とテレビ局の記者から追求される。トレーニング機器の方は、嘗て使っていた女性を喜ばせる目的の道具類が入っているとマズイので、仕方がなく「ガンプラ」と書かれた箱を開けて、プラモデルを戸棚に並べてゆく。

「孫達が、「このモビルスーツを作って」って送ってくれたものなんです。捨てられないので、溜まっていく一方なんです。アニメと現実は違うんだって彼らに説明したところで、孫達にはまだ理解できないんですけどね・・あ、コレとこレは、自分で購入して組み立てました・・」

「デザート仕様のザクとジェガンですね。あぁ、細かい塗装まで忠実に再現されていますねぇ」カメラマンがズームアップして、キャメル塗装されたプラモデルを捉える。

「はい。この2機には思い入れがあるものですから、完成までちょっと時間を掛けました。あっ、執務中は作ってませんよ。時々、気分転換で眺めるだけです」

この報道では何も起きないだろうと思っていたのだが、その後想定外の事案が生じる。世界中からガンプラがドカドカと送られてくるようになる。「是非、量産化してほしい」「休日にでも作ってください」というのが半々だった・・。


話は前後するが、台湾内で違法行動していた事実は伏せている。犯人グループを拿捕したのは台湾警察で、中南米軍と自衛隊の関与も全て伏せている。警察が基隆港の埠頭に追い込み「包囲し、犯人グループを逮捕して、人質を開放した」事になっている。逃走車両をハックして海中に突っ込ませた下りも公表していない。
犯行グループはマレーシアとフィリピンの海境に拡がるスールー諸島を拠点とするジェミー・イスラムで、シリア・イランに巣食っていたIS/イスラム国の掃討作戦の報復を狙ったものだった。
逮捕した犯人からの自白に基づき、フィリピンに駐留している中南米軍がジェミー イスラムに奇襲を行い、幹部達を逮捕、組織を壊滅したのだが、これも公開していない。
フィリピン政府は「マレーシアの組織」という認識だったし、マレーシアは「フィリピンの組織」と公言して、どっち付かずの宙ぶらりん組織だったので。
組織のアジトと幹部の住居からは、フィリピン政財界のバックアップを得ていた情報も入手しており、対象となる政治家と財閥の内偵に取り掛かっている真っ最中だ。

犯行グループの計画自体は失敗したが、台湾とベネズエラ政府に多額の出費を強いた成果は、事実として残る。ベネズエラが米ソとは異なり、豊富な財源があるのでビクともしない額面だとは言え、今後も永遠に狙われるのであれば、対処できるという補償はない。

中南米はカソリックの国だ。イスラム急進派との抗争はエンドレスになるやもしれない。
ーーー

大統領執務室の左右に、顧問室と大統領補佐官室が有り、柳井元首相と 元ベネズエラ厚労大臣省の杜 幸乃が顧問室の自分の机に座って、支給されたPCやモバイル機器のネットワーク設定を行っていた。今回の事件で遺児となってしまったミカエルとあゆみの次女の翠が、ロボットと共に部屋にやってきて、コーヒーと菓子を柳井と幸乃に提供してゆく。
「ありがとう〜」柳井純子がお礼を伝え、幸乃が子供たちの頭を撫でる。2人が鼻の穴を膨らませてから、ニッコリと笑う。トレイを持っているロボットに付いてきただけなのだが。

今までの大統領府は迎賓館機能を拡充して、海外からの要人は迎賓館に、スタッフ達に大統領府に宿泊いただく。ベネズエラにやって来るのは同盟国だけなので、施設を遊ばせないために、政府関係者の宴会場と、予算制定など繁忙期の関係者宿泊施設として使う。
合同庁舎に各省庁の入居が終わると、官庁街にあった今までの省庁の建物はリフォーム作業に入った。来年、新たに各省の配下に設置する警視庁、文化庁等の庁舎として利用する。

ーーー

9ヶ月ぶりにベネズエラ政府の一員となって「随分変わったなぁ」と厚労大臣だった幸乃は実感していた。モリ政権というより、国連執行部の様相に見える。執務の主な内容は中南米諸国なのだが、中南米軍が世界中に展開しているので、政権内で協議されている事案が海外案件ばかりとなる。以前のベネズエラ政権以上であるのは、間違いなかった。モリが手掛けたからこそ、国内問題の大半は処理された、とも言えるのだが。

モリの主治医である者として、事後の案件処理に大統領が殆ど携わる必要がなくなったので、仕事量が減った事は喜ばしく、安堵していた。仕事をこなすのを趣味のようにしている男なので常時キャパオーバー状態なのだが、ボクシッチ夫妻を始めとする閣僚達が実に有能で、大統領にラクをさせようと絶えず気を配っているのが見て取れる。

モリのお眼鏡にかなった人材を集めているだけあって、個々人の能力や特性は傑出したレベルにある。第2次モリ政権がスタートダッシュに成功し、ペースを落とさずに維持出来ている理由は、新体制と刷新されたスタッフによるものだと分かって、疎ましく感じている自分にも気がついた。昨年までは日本政府の閣僚経験者と議員達で構成されたベネズエラ政府を、閣僚とスタッフを国連出身者に一新し、日本政府的なやり方を捨て去っただけでなのだが、文句のつけようがない。
「事務総長だった頃と何も変わりません」大統領府の面々が懐かしさを滲ませながらも親しみを込めて言うのでヤキモチすら抱く。継続採用しているベネズエラ人スタッフとの共存関係も極めて良好だ。

だからこそ、台湾での事件を重大な過失として全員が受け止めており、閣僚レベルの警護体制の刷新を迅速に決めていった。
閣僚大使レベルの護衛体制の見直しを保護要員SP2人から、ロボットとSPのコンビに変更する。中南米軍のドローンの飛行許可が出ない国や首都などのエリアであっても、例外としてでも認めなければ、閣僚が訪問しない旨を明記したと聞く。

ーーー

午後はパナマシティにある中南米諸国連合の庁舎に向かう。明日の定期集会に各国の首長が集うので、柳井純子と幸乃のベネズエラ政府、就任挨拶を兼ねる。

11階から、地下にある専用駅に降りてゆく。閣僚、官僚達は空港と港までの専用地下鉄を利用できる。1両サイズの列車が乗客を乗せると発車する。

「ね、このビル、地下50階まであるって本当?」柳井元首相がモリに尋ねる。

モリがこちらを向いたので、慌てて首を振る。「私は言ってないよ・・」と。

「あ、私が知ったのは鮎先生が大阪で立候補した時だった。公示前に幸乃さんの実家に滞在させていただいた時だった。食事中に鮎先生から、カラカスの新庁舎は完成したか聞かれた。日本政府は何も聞いていなかったから先生が教えてくれたの。低層階のビルだけど、シェルター機能を持ってるって」

「実際は60階にしました。プラス10階分は冷凍倉庫や冷蔵倉庫の機能ですけどね」

「食糧は蓄えてるの?」

「冷凍庫には入ってます。冷蔵庫は状況次第で使います。冷凍庫の食材の賞味期限で職員食堂で消費されます。カレーやポトフが続いたら、冷凍肉だって疑った方がいいかも・・です」

「ふーん、そうなんだ・・」

柳井は相変わらず、モリの顔を見て話そうとしない。2人とも車両の窓に写っている相手を見て話している。何か思い出でもあるのだろうか?

「あのミカエルって子は、あなたが引き取ったの?」
「ええ。パメラと僕の養子にしました」

「いい子よね、笑顔が自然に出来るんだから、芯の強い子なんでしょうね」

「玲子とあゆみの子たちのお陰かもしれません。早速、兄弟認定したみたいですから」

「そっか。包容力高そうだもんね、あの子達・・」

昔から2人はこんな会話をしていたのだろうか、と幸乃は思う。複雑な関係だと改めて実感する。30年以上離れ離れだったが、今では共通の子と孫が居て、血の繋がりの無い柳井の次男は、モリの舎弟のような存在でもある。

車両が空港地下に到着すると、3人は車両を降りる。勝手を知らない柳井と共にモリについて行く。政府関係者専用の部屋に入ると、タニア外相と外務省のスタッフがおり、入室したモリを起立して出迎える。

日本人閣僚だった第一次政権時とは明らかに違う。彼はスタッフ全員から敬われているのだ。

(つづく)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?