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Googleがデジタル広告で市場支配力を獲得した方法と競争復活策としての“共通利用者ID”

デジタル広告の分野では、世界的にGoogleが圧倒的な力を持つことにより、競争環境が歪められているとされており、日本を含む各国でこの問題に対応するための対策が検討されています。

EUでは、欧州委員会(EUの政府に当たります)が設立した“オンライン・プラットフォーム経済監視委員会”の専門家グループが、2021年2月26日に報告書を公表し、この問題についての分析を行っています。報告書では、“共通利用者ID(common consumer ID)”の仕組みを導入することなどで、様々な事業者/サービスの間での“相互運用性(interoperability)”を実現することが有力な解決策として示されています。そもそもGoogleはどのようにして圧倒的な力を獲得したのか、なぜこれが解決策になるのかといったことについて、報告書のポイントを紹介してみます。

1. デジタル広告にはどのようなものがあるのか

大前提として、デジタル広告には下の図のとおりいくつかの種類があります。実際には様々な分類が考えられるのですが、ここでは報告書に従って分類しています。そして、報告書ではこれらのうち“オープンディスプレイ広告”を対象にした分析をしています。“オープンディスプレイ広告”とは、例えば新聞社のニュースサイトに載せる広告が該当します。

2. オープンディスプレイ広告を支えるアドテク事業者

オープンディスプレイ広告では、Webサイト(アプリも含みます)を訪れた人や時間などによって、載せる広告が変わります。どの広告をどのような条件で載せるかといったことは、アドテク事業者と呼ばれる様々な仲介事業者がやり取りすることによって決定されます。下の図はオープンディスプレイ広告というビジネスに参加する事業者などとそのつながりを示したものですが、赤字のものがアドテク事業者です。

広告枠は、リアルタイムの入札により売買されます。広告枠を売る側について見てみると、まず、“パブリッシャー”とは、Webサイト上に広告枠を用意している人で、Webサイトの運営者が該当します。次に、“パブリッシャーアドサーバー”というのは、広告枠を管理したり、どの広告を載せるかを判断するルールを決めたりする機能を持つものです。そして、“SSP(Supply Side Platform:供給側プラットフォーム)は、入札により広告枠を販売する機能を提供するとともに、実際に入札を主催する事業者です。後者は昔“アドエクスチェンジ”として別のものでしたが、今では一体化しています。

広告枠を買う側について見てみると、まず、“広告主”とは、広告を出す企業などです。次に、“広告主アドサーバー”というのは、載せる広告のデータを保管しておき、パブリッシャーに渡すとともに、どのぐらい広告が見られたかといったことを追跡するものです。そして、“DSP(Demand Side Platform:需要側プラットフォーム)は、SSPが主催する入札に参加する機能を提供するとともに、実際に入札に参加する事業者です。

ユーザーがアクセスした広告主のWebサイトに広告が表示されるまでの流れを見ると、次のとおりです。

ここで、様々な課題や問題があります。まず、SSPとDSPが別の事業者である場合、それぞれが把握しているユーザーの同一性を判断するために、クッキーを使ったマッチング“クッキーシンク”といいます)が必要となりますが、約30%は失敗するとのことです。また、広告主が複数のDSPを使っている場合、Webサイトにアクセスするユーザーは、それぞれのDSPで別人としてカウントされるため、広告主は、そのユーザーに対してトータルで何回広告が表示されたかが分からず、必要以上に広告を見せてしまうといったことが起こります。このような課題や問題は、4.で書くとおりGoogleの市場支配力の獲得につながっています。

3. Googleの市場支配力の現状と本来あるべき市場の姿

さて、ここからが本題のGoogleのお話です。Googleは、2007年4月にDoubleClickを買収したことをはじめとして、様々なアドテク事業者を買収しています。その結果、Googleは各アドテクの分野で市場を支配する地位になったとされています。下の図は、報告書で触れられている英国におけるアドテク分野のGoogleのシェアを示したものです。

広告を載せるための入札に当たっては、様々なアドテク事業者がやり取りをすることは先に書いたとおりですが、このような現状では、入札がGoogle内部で処理されているケースが非常に多いということになります。そして、英国の試算では、広告主が広告を載せてもらうために支払うお金のうち、少なくとも35%がアドテク事業者の取り分とされており、これらの大部分がGoogleに行くということになっています。

GoogleがDoubleClickを買収した2007年当時、オープンディスプレイ広告の市場はこのような状況ではありませんでした。すなわち、アドテク事業者間の“相互運用性”が確保されており、多数のアドテク事業者が活発に競争していたとされています。“相互運用性”とは、様々な事業者/サービスを組み合わせた場合でも、1つの事業者/サービスを使う場合と同じようにスムーズに使うことができる状態を指します。

また、当時の契約では、アドテク事業者が集めたデータはあくまでもパブリッシャーや広告主のものであり、アドテク事業者が勝手に使うことや、データを組み合わせることができなかったという点も重要です。すなわち、Googleがアドテク事業者として集めた様々なユーザーのデータや、検索/ブラウザ/Youtubeといった他の自社サービスで集めたユーザーのデータを組み合わせ、ユーザーの好みや人物像などを詳細に把握するといったことはできませんでした。

報告書は、このようにオープンディスプレイ広告の市場で活発な競争が行われていれば、本来はパブリッシャーが最大の分け前にあずかるはずだとしています。

少し難しい競争政策の理論の話をすると、広告主が狙ったタイミングで狙ったユーザーにリーチする唯一の方法は、そのユーザーがパブリッシャーのWebサイトを訪問している時にそのWebサイトに広告を載せることであることから、そのパブリッシャーのWebサイトは“競争的ボトルネック(competitive bottleneck)であるとされています。このような“競争的ボトルネック”を持つパブリッシャーは、広告主に対して優位な立場に立つことになります。

そして、パブリッシャーは最大の分け前にあずかりつつ、なるべく多くのユーザーにWebサイトを訪問してもらうため、儲けた分をより良いコンテンツ作りに費やします。このことが、最終的にはWebサイトを訪問するユーザーの利益になります。これが活発な競争が行われているオープンディスプレイ広告市場の本来あるべき理想の姿ということになります。

4. Googleはどのようにして市場支配力を獲得し、競争を歪めているとされているのか

それでは、Googleはどのようにして現在の市場支配力を獲得し、また、競争を歪めているとされているのでしょうか。報告書に取り上げられている例からいくつか紹介しておきます。

(1) 利用者IDのハッシュ化

報告書はまず、Googleが「利用者IDのハッシュ化(=匿名化)」を始めたことによる効果を指摘しています。これは、アドテク事業者間でユーザーのデータをやり取りするに当たり、Googleは様々な自社サービスで共通の利用者IDを使う一方で、他のアドテク事業者に対しては、それぞれ別のハッシュ化されたIDを渡すというものです。

その結果、他のアドテク事業者は、2.で書いた課題や問題に直面します。つまり、ハッシュ化された様々なIDから同一ユーザーを特定するためにクッキーシンクが必要になりますが、約30%は失敗してしまいます。また、広告主が複数のDSPを使うと、同一ユーザーであってもそれぞれのDSPが異なるIDとして認識しているため、広告主は、ある1人のユーザーに対してトータルで何回広告が表示されたかが分からず、結果的にDSPを1つに絞るということになってしまいます。

他方、あらゆる自社サービスで共通の利用者IDを使っているGoogleは、これらの課題や問題を気にする必要がないため、他のアドテク事業者に対して有利な立場に立つことができます。そして、広告主がDSPを1つに絞る場合、Googleを選ぶことが得策ということになります。

(2) 様々なユーザーのデータの組合せ

3.で書いた2007年のGoogleによるDoubleClickの買収当時、DoubleClickの契約では、DoubleClickはターゲティングの精度を上げるためにユーザーのデータを組み合わせることを自ら禁止していました。Googleも、この方針を引き継ぐとともに、自社の他のサービスで得たデータとも組み合わせないという意向を示していました。

ところが、2012年にGoogleは契約内容を変更し、データの組合せを解禁したのです。これにより、Googleは圧倒的に質の高いユーザーのデータをオープンディスプレイ広告に使うことができるようになりました。

(3) Youtubeに広告を載せる場合のDSPの指定

Googleは2015年、広告主がYoutubeに広告を載せるに当たっては、GoogleのDSPを使うことを条件にしました。例えば英国では、オープンディスプレイ広告の15~20%はYoutubeが占めているとされており、Youtubeは広告主にとって大変重要な広告枠となっています。

このため、広告主はGoogleのDSPを使わざるを得ない状況となりました。このことが、(1)で書いたDSPをGoogle1社に絞った方が得策という状況を、更に強化しています。

(4) “内部相互補助”による安い料金でのパブリッシャーアドサーバーの提供

3.で書いたとおり、オープンディスプレイ広告市場では、本来パブリッシャー側が広告主側よりも優位な立場に立つことから、パブリッシャーアドサーバーを押さえることが大変重要になってきます。

Googleは、パブリッシャーアドサーバーの料金を大幅に値下げし、競合する事業者が対抗できないようにしたとされています。Googleにこのような値下げが可能なのは、他のアドテク分野で儲けたお金をつぎ込むことができるためであり、これを“内部相互補助(cross-subsidization)といいます。

(5) 入札の通信スピードの優位性

SSPとDSPの間でリアルタイムで行われる入札においては、SSPとDSPのやり取りに当たっての通信スピードも重要です。SSPがDSPに対して入札参加の依頼をしてから100~160ミリ秒以内に応札しなければ、DSPは入札から閉め出されると言われています。

GoogleのSSPが入札を主催する場合、GoogleのDSPはSSPと近い場所にありますので、応札に遅れずに済むとともに、他のDSPに比べてより精緻な計算をする時間が取れます。加えて、他のDSPはクッキーシンクに時間がかかってしまってしまうというハンディもあります。

(6) 自社の優遇

3.で書いたとおり、Googleは、様々なアドテク分野でサービスを提供していますが、アドテク事業者間のやり取りの中で、他のアドテク事業者に比べて自社を優遇しているのではないかということも言われています。つまり、GoogleのSSPが入札を主催するときに、Google自身のDSPからの応札を優先的に選ぶといったものです。

(7) AMPを使うことの実質的な強制

報告書では、Googleはパブリッシャーに対してAMP(Acceralated Mobile Pages)という標準を使ってコンテンツを作ることを実質的に強制しているということを指摘しています。AMPはモバイルでのページの表示を速くする技術ですが、Googleは検索結果でAMPを使っている記事を優先的に表示しているとされています。

このAMPは、オープンディスプレイ広告とどのように関係しているのでしょうか。

まず、APMを使っているコンテンツはGoogleにキャッシュされるため、Googleがコンテンツを閲覧するユーザーのブラウジングに関する情報を集めることができるということが挙げられています。そしてより重要なこととして、APMはJavaScriptの使用を制限するため、“ヘッダービディング”と呼ばれるパブリッシャーが複数のSSPをリアルタイムで競争させる仕組みを成り立たせなくすることが挙げられています。

5. 競争を復活させるための“共通利用者ID”導入の提案

このように、報告書はGoogleが様々な仕掛けを組み合わせることで市場支配力を獲得し、競争を歪めているとしています。そして、重要なメカニズムとして、オープンディスプレイ広告市場に“間接ネットワーク効果”が働くことが、よりGoogleを強くすることを強調しています。

“間接ネットワーク効果”については以前の記事で書きましたが、パブリッシャーはなるべく多くの広告主にリーチできるアドテク事業者を、広告主はなるべく多くのパブリッシャーにリーチできるアドテク事業者を選ぶ中で、その相乗効果により、強いアドテク事業者がより強くなり、独占に向かっていくという仕組みです。

それでは、どうすれば競争を復活させることができるのでしょうか。上の記事の中で、“ネットワーク効果”が独占につながることを防ぐためには、相互運用性とオープン・アクセスが重要ということを書きました。報告書も、まさにこの点に注目しています。

報告書では、問題の解決策を示すことはこの報告書のスコープ外と断りつつ、アドテク分野で公正な競争環境を作るための考察として、“共通利用者ID”の仕組みを導入することにより、様々な事業者/サービスの間での相互運用性を実現することを提案しています。つまり、今はGoogleが自社のあらゆるサービスに閉じた形で“共通利用者ID”を使っており、そのことがGoogleの優位な立場につながっているのですが、あらゆるアドテク事業者が“共通利用者ID”を使うことにすれば、少なくともその点でのGoogleの優位性を解消することができ、「様々な事業者/サービスを組み合わせた場合でも、1つの事業者/サービスを使う場合と同じように使える」という相互運用性が実現することになります。

同時に、オープンディスプレイ広告市場の透明性を高める必要性についても指摘しています。様々なアドテク事業者によるやり取りで成り立っているオープンディスプレイ広告市場は、非常に複雑な仕組みになっていることから、広告主はDSPに対していくら支払ったかは分かっても、最終的にパブリッシャーがどれだけ受け取ったのかは分かりません。その逆も同じで、パブリッシャーはそもそも広告主が広告を掲載するためにいくら支払っているかは分かりません。このように透明性が低い状況の中で、間に入っているアドテク事業者が不当に儲けすぎているのではないかという疑念が持たれているものの、実態はよく分からないのが現状です。

デジタル広告の分野は、GoogleがChromeでのサードパーティークッキーを廃止する方針を打ち出したことで、今後大きな変化が見込まれています。このような動きと、EUを中心とする各国の政策・規制の動向は、日本で効果的な政策を打ち出していく観点からも、引き続き要注目です。

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