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膝の声を聴け

なんだか、村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」みたいな響きだ。
登場人物が風の歌を聴くような描写はないが、作中に出てくる小説の中では、風が彼に囁いている。

「あと25万年で太陽は爆発するよ。パチン・・・・・・OFFさ。25万年。たいした時間じゃないがね。」風が彼に向ってそう囁いた。
「私のことは気にしなくていい。ただの風さ。もし君がそう呼びたければ火星人と呼んでもいい。悪い響きじゃないよ。もっとも、言葉なんて私には意味はないがね。」
「でも、しゃべってる。」
「私が?しゃべってるのは君さ。私は君の心にヒントを与えているだけだよ。」 
「太陽はどうしたんだ、一体?」
「年老いたんだ。死にかけてる。私にも君にもどうしようもないさ。」
「何故急に…?」
「急にじゃないよ。君が井戸を抜ける間に約5億年という歳月が流れた。君たちの諺にあるように、光陰矢の如しさ。君の抜けてきた井戸は時の歪みに沿って掘られているんだ。つまり我々は時の間を彷徨っているわけさ。宇宙の創生から死までをね。だから我々には生もなければ死もない。風だ。」 

村上春樹「風の歌を聴け」(文庫P122)より

この様な壮大な話ではないが、風のように私の体から私の心にヒントを与えられたらどんなに素晴らしいことか。

その風が、膝だとしたら膝は私たちの心にどのように囁き、ヒントを与えてくれるだろうか。


患者さんとこんな会話をしたことがある。

「なんだか最近膝がいたくなったので鍛えなきゃいけないと思いまして、運動を始めたんです。」
60代女性のその患者さんは、初回のリハビリでこう話し始めた。
「それは良いことですね。」「どのような運動をはじめたのですか?」と聞き返すと、
「散歩を始めたんです。」「そしたら、ますます痛くなってしまって受診しました。」

現場ではよく聞く話だ。
一部の治療家は、実体験から膝の痛みは、散歩やヨガや太極拳などで治るという。私はヨガも太極拳もするが、治療という面では不向きだとしか思えない。これらも、結局は運動やスポーツの一種であり、応用動作が多い。いずれも膝を痛めた状態でやってしまうと、悪化するか他の部位をケガすることがほとんどだ。実際にそんな患者さんがリハビリに訪れることがある。治せるのは一部の運動能力が高くて、自分の筋肉動きを感じることに長けている人か、よっぽど軽い症状な人だけだろう。普通の人にはおススメできない。

多くの人は、膝が痛いまま運動を始めると悪化するのだ。

なぜ痛いまま運動をしてしまうと悪化するのかというと、これは膝が持つ防御作用に由来する。

ここで、膝の声を聴いてみたい。

「いやいや、そんなこと出来るわけない」という声が先に聴こえてきそうだが、以下を試してみてほしい。

まず、椅子に座って膝をピーンと伸ばしてみる。

すると腿の筋肉(大腿四頭筋)の力こぶを確認することができる。

写真の様に?
そして、よ~く力の入り方を感じでみる。

すると、
痛みや弱さがある方の腿の近い腿の内側の力こぶが小さく、力が入らないことに気が付くはず。
目で見て確認すると、痛くない方の脚と比べて、痛い方の脚の腿に内側の力こぶが小さいのがわかる。

痛めた膝はこの時、こんなヒントを囁いている。

「あともう少し動いたら完全に壊れるよ。パチン・・・・・・OFFさ。それは、たいした時間じゃないがね。」
風が彼に向ってそう囁いた。
「私のことは気にしなくていい。ただの風さ。もし君がそう呼びたければ膝と呼んでもいい。悪い響きじゃないよ。もっとも、言葉なんて私には意味はないがね。」
「でも、しゃべってる。」
「私が?しゃべってるのは君さ。私は君の心にヒントを与えているだけだよ。」 
「膝はどうしたんだ、一体?」
「動きたくないんだ。壊れかけてる。私にも君にもどうしようもないさ。」「何故急に…?」
「急にじゃないよ。君が膝を酷使し続けて約60年という歳月が流れた。君たちの諺にあるように、光陰矢の如しさ。だから君が動けないように膝の内側の筋肉を弱くしたというわけさ」
「それでも運動を続けるというのであれば、痛みを抱える時間を彷徨うことになる」

実際に、膝は防御作用として反射的に膝の筋肉を弱くすると言われていて、この過程は、多数の医学論文でも報告されいる。

膝に何らかの損傷があり、関節内に炎症が生じると、関節水症(膝に水がたまる)が生じる。そうすると、腿の筋肉である大腿四頭筋、中でも腿の内側に位置する内側広筋という筋肉に対して、神経的抑制回路が形成され、筋委縮が引き起こされる。

つまり、膝を痛めたらその膝を使わせないように反射的に筋肉を小さくなる。それによって膝の力を発揮できなくすることで、無理やり動けないようにするということだ。

この抑制回路のことを、関節原性抑制という。膝損傷に伴うこの大腿四頭筋委縮は自己防衛的な反射性筋委縮として考えられる。

「さあ、この状態で運動してみましょう。」

膝がぐらぐらして、まともに運動できないことは
容易に想像がつくと思う。

身体は動かさないための反応が起こっているのに、それでも動かしてしまうと関節への物理的な負荷が増える上に。痛い膝を温存して動かさなければならないので、他の元気な筋肉や関節を酷使して、患部以外の部位に二次被害が起こり始めるのだ。

この様に、守るために行われている体の反応を無視してしまうと、余計に悪化させてしまい。治療に難渋することがある。

では、膝が痛くなったら何もできないのかというとそんなことはない。
やれることは三つある。

➀膝の安静
安静にして、炎症が収まるのを待つ。
薬や湿布に頼るのも一つの方法だ。

②痛い膝以外の運動
膝を守るためには、足関節や股関節、体幹の動きが重要だ。膝の回復に備え、膝への負荷を減らすため、他の関節や筋肉の運動をしておく。

③アイソメトリックトレーニング

膝下にしいたタオルを押しつぶすように膝に力をいれる運動


これは、関節運動を伴わないトレーニングで、筋肉にギューッと力を入れて踏ん張るような運動になる。血圧が高めの人は注意が必要だが、痛みや炎症が起こっている関節であっても痛みなくトレーニングできることが多い。
もし、痛みがあったら即座に中止してほしい。

とは言え、やっぱり自分でやるのは難しいので、痛くなったら一度整形外科を受診した方が良いと思う。

あなたの膝はいかがだろうか。
特に、前述した内側広筋というのは、他の脚の筋肉と比べて主張が少なく静かか筋肉なので、よ~く声に耳を傾けないと答えてくれないので頑張ってみてほしい。

さて、私も膝の声を聴いてみる。
「20年前スノーボードで左膝内側側副靭帯を損傷したときに、膝の内側を弱くしておいたのさ。」と言っている。たしかに、左膝の内側広筋が小さくて他の筋肉が頑張っている!

私のリハビリも、まだまだ続く。

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