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短編小説

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TAGOが執筆した小説作品。ホラー、SF、恋愛、青春、ヒューマンドラマ、紀行文などいろいろ。完全無料。(113作品 ※2022/10/1時点) ※発表する作品は全てフィクションで… もっと読む
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『渇いた器』(短編小説)

涙は、道具だ。 四方八方から鼻をすする音が聞こえる映画館の真ん中で、僕はそう思った。スクリーンに映し出された映画はクライマックスを迎え、女優が涙の洪水を披露していた。役に入り込んでいるからこそ虚構の世界でも涙が落ちるのだ。 「映画、感動しなかったの?」 「感動したよ」 「ほんとに?」 「うん。なんで?」 「純ちゃんってさ、たまにわかんないんだよね」 「何が?」 「いつも冷静すぎるっていうか・・・」 「・・・」 妻の浩子が何を含んで言っているのかはわかっ

自選短編集(1)

noteで書いた短編小説がちょうど50編になりました。 仕事もnoteも含めて、これだけ毎日のようになにかを書いていると、「書く」という行為から距離を置きたくなる瞬間が頻繁にあります。小説の場合だと、書きたいテーマもないのに無理に絞り出そうとしてまで書きたくないと思うこともありました。でもここでの粘りが「書く力」のスタミナになっていく気もするんですよね。 22時過ぎても書くテーマが見当たらない時は焦ってくるわけです。「毎日note」というハッシュタグを使っている以上は、途

『幼馴染』(超短編小説)

「ずっとずっと紗英ちゃんと友達だからねっ!」 「うんっ、ずーっと、ずーーーーーっと、由佳里ちゃんと友達だよ」 私は「ずっと」の部分に精一杯の力を込めて言った。幼なじみの由佳里ちゃんが遠いところに転校する。引越のトラックから手を振る由佳里ちゃんは泣いていた。いつも強くて逞しくて、男子にも負けなくて、私のことを守ってくれていたあの由佳里ちゃんが目に涙を浮かべていた。一緒に手を振るかのように、道ばたに咲いた菜の花が風に揺れていた。 転校によって、9歳と9歳の友達関係

『妄想恋愛作家』(短編小説)

恋は、選ばれた一部の人間だけのものではない。 街に行けば、手をつないで歩いているカップルなんてざらにいる。恋はそんな珍しいものではなく、誰もに平等に訪れるありふれた人生のイベントだ。夢や憧れのような遠い存在ではなく、すぐそばに転がっている大衆的なもののはずだ。少なくとも、あの頃の自分はそういうふうに思っていた。 しかし、自分のまわりに恋なんてものはどこにも落ちてなかった。一人で勝手に恋い焦がれることが恋なのなら、僕は世界一の恋の達人だろう。だが、僕が望ん

『迷子のほのか』(短編小説)

水曜日は迷子になる。ほのかは、そう決めていた。 放課後は、いつも一緒に下校している仲良しの友達にバイバイと手を振って、先に一人で教室を出ていった。 校門をくぐり、いつもとは逆の方向に向かって歩き始めた。知っている道を歩いていても迷子にはなれないから、知らない道に行かないといけないのだ。コンクリートの道をどんどん行くと、また分かれ道に出た。まっすぐ行けば桜花公園で、左に行けば田んぼや果物園が広がる道だ。ちょっと迷って桜花公園の方に行くことにした。

『ロンドンの犬小屋』(短編小説)

ロンドンまではまだ10時間もある。私のような大男にはエコノミークラスの座席はあまりにも窮屈で、到着まで果たして耐えられるだろうかと不安でいっぱいだった。右隣りの席には私より大きなヘビー級のサラリーマンが座っていて私をいっそう憂鬱にさせた。唯一の救いは左隣りに座っているのが10歳くらいの小さな女の子だったことだ。急きょ頼まれた仕事の出張なので、通路側の席をとれなかったのはまあ仕方ない。 前回ロンドンを訪れた時は新婚旅行だった。郊外にあるコッツウォルズの絵本のような

『余韻』(短編小説)

海の見える草っぱらで、肩を並べるように座っていた。 岡さんとは今日知り合ったばかりだ。民宿の食堂でたまたま席が隣りになって仲良くなった。 * 「ここ気持ちいいですね」 「でしょ?」 「海が目の前にあって開放的で」 「ここに人を連れてきたのは、島田さんが初めてかな」 「えっ、そうなんですか」 「しかし、東京から1泊2日ってかなりハードですね」 「そうだね。ま、慣れたけど」 「本当はもっとゆっくりしたいですよね」 「それがそうでもないんだなあ」 「どうしてですか

『鬼』(超短編小説)

「欠席」として返送するべきだった。こんなことになるのなら。 もちろん、友人の結婚を心からお祝いしたい気持ちはある。でも二次会パーティーに出席しているゲストの中に私の知り合いなど一人もいなかった。中学時代の仲間のグループ、高校時代の部活のグループ、勤め先の会社のグループなど、会場内は不自然なくらいにキレイに島ができていて、どの島にも上陸できない私は、一人孤独に海の真ん中をゆらゆらしていた。 友人の新郎はというと、今日は主役という立場なので、100人近く出席

『コンテスト』(超短編小説)

これまでの人生、特に日の目を見たことはない。自分は取り柄のないどこにでもいる人間だと思って生きてきた。 そんな私が今、とある写真コンテストでグランプリを受賞してカメラフラッシュを浴びている。いろいろな人が入れ替わり立ち替わり私を褒めまくっている。すでに、一生分の「おめでとう」をもらっただろう。 日本で最も規模の大きなコンテストの一つらしい。歴代のグランプリ受賞者には錚々たる顔ぶれが並んでいて、誰もがその名を知っている大御所カメラマンがいれば、女優と浮き名

『パパのママレード』(超短編小説)

今でもはっきり覚えている。 病気で母が入院していたあの日、父がつくってくれたおやつのこと。私がまだ8歳で、父が30代後半だった頃の話だ。 母が入院している間は、父が家のことを全部やっていた。食事の用意も、洗濯も、掃除も、私の世話も。父は、小学校の下校時間あたりに、会社を早退して急いで家に帰ってくる毎日を送っていた。今思えばかなり大変だったに違いない。 母が入院してから3日ほど経った日の夜。皿洗いをしている父の前で、私は急に泣き出した。母がいないこ

『エロカフェ』(超短編小説)

閉店はいつだって何の前触れもなく起こる。 会社とアパートのあいだにある、私の第三の居場所「デテールカフェ◎◎駅前店」がなくなっていた。 開店もいつだって何の前触れもなく起こる。 そのテナントには、さっそく新しいカフェがオープンしていた。 「エロカフェ」 一瞬、自分の目を疑った。間違いなく看板にはそう書いてある。電柱の影からしばらく様子をうかがう。店は入口の階段を下りた地下1階にあるため、店内の様子はうかがい知れない。 この街に新しい

『無気力なトースト』(超短編小説)

朝目覚めると、たいへんがっかりした。 もう朝が来たのかと。早すぎやしないだろうか。昨夜からだいたい7時間くらいは寝ていたのに、感覚的には1時間くらいしか経っていない。 またいつもの今日が始まる。つまり仕事が始まるということだ。「今日」と「仕事」がイコールだなんて、なんて残念な人生だろう。 朝に部屋のカーテンを開ける行為は、さわやかな今日が始まる記号としてドラマや映画でよく用いられるけれど、カーテンを開けてもまぶしいだけである。 顔をさっと

『脱落』(短編小説)

家に帰ると、妻の千夏が鼻歌を歌いながら、手際よくコロッケを揚げていた。妻が不自然に機嫌がいい時は決まって何かイヤなことがあった時である。 「ただいま」 「あら秀ちゃん、おかえりなさい」 「いいにおいするな」 「もうすぐ肉じゃがコロッケできあがるよ」 「了解。風呂入ってくるね」 「わかった」 風呂から出ると、タイミングよくお腹がなった。リビングの食卓はすでに妻の手料理で彩られていた。 「おいしそう。今日は豪勢だな」 「なんだか今日はちょっとはりきっちゃったの」

『叔父曰く 純情編』(超短編小説)

「要するに、お前は恋をしたんだよ」 「いやいや・・・」 「だって気になってるんだろう」 「そういう意味ではないので・・・」 「断言してやる。お前は恋をした」 「なんでそんなふうに言い切れるんですか?」 「んなもん、お前の顔みたらわかるよ」 「そんな顔してませんよ」 「それじゃあ、逆に質問するけどな、お前なんで今日ここに来た」 「ちょっとした相談で」 「恋の相談だろ」 「違う違う、自分は相手の態度の意味が知りたかっただけで・・・」 「俺のところに相談に来るという行動を起こしてい