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28時間のバレンタインデー~77歳になる夫と『裸の言葉』で~

2023年 2月14日。
午前中、 統合失調症の 症状が出て パニックを起こし、 布団に入っていた私が 起きてきた バレンタインデーの午後1時から28時間に及ぶお父さんとの時間は、いわば二日続きのバレンタインデーだった。

言葉にするのがもったいなくて、 誰かに言うのももったいなくて、 そして 幸せすぎて、 どんな言葉も見つからなかった。

私の訪問看護の時間だけ お父さんは仮眠し、 私も2時間だけ仮眠し、もうずっと べったりとくっついて、 ずっと喋りっぱなしだったのだ。

もちろん、 ブッチューしたり、 お父さんの頭の匂いを嗅いだり、 おでことおでこをくっつけたり、 スキンシップもした。

だけどもっともっと それ以上に、 裸の言葉で お互い真っ向から向き合い、 命と命 をぶつけ合い、 命と命を 慈しむような、 そんな会話ばかり お父さんとし続けた。

私が37歳、歩道橋から飛び降りた時。

搬送された病院で、 顔面が スイカのように 膨れ上がり、 そのスイカを 割ったみたいに 真っ赤な血液が 溶岩みたいに 吹き出して、 全くの 地獄絵図だった と、 お父さんはつぶやいた。

「 あの時 あれを見た時、 感情が浮かぶとか、 助かってくれとか そういった言葉が 浮かぶとか、 全くそういった余裕なんかなかった。
ただ 頭に浮かんだのは、『 神』 それだけだった。 どこのどんな『 神』 でもいい、 命だけはと、 生まれて初めて 神に すがったよ」

お父さんは、 半分怒ったように、 だけど静かに、 目に涙を溜めながら、 そう邂逅した。

「お父さん。 本当にごめんね。 ありがとう。
実は あの時、 私は 死後の世界を見たよ。
自分の肉体が死んでいくのがわかった。
真っ暗な 中に、静かな 意識だけがあって、 細胞がひとつずつ 死んでいくの が分かるんだ。 その先は 全くの『無』。
静かに 静かに しかし確実に、 肉体がどんどん 死んでいくのがわかる。
細胞レベルでわかるんだ。
肉体は宇宙だと思った。
本当にミクロ の単位で死んでいくんだ。
『 ああこれは死ぬな』
そう思った時、 長年格闘してきた『 実録閉鎖病棟』、 あれを描かずに 死ねるか と思ったんだ。
『 描く! 描かずに死ねるか!!』
全身の、 細胞という細胞に 意識を張り巡らして、 思いっきり力を入れて、 意識をうんと強く持って、 何と言うか、 ぐわーっと 起きない体を起こすように、 自分の意識を覚醒させたんだ。
『無』 の 真っ暗闇から、 体をひっぺがすように。
そこで自分の意識が鮮明になって、 肉体の輪郭の感覚が戻って、 自分が今病院にいることまでわかった。
あの世から帰ってこれた」

「あなたはちょっと不思議な 感覚を持った人だから、 多分その臨死体験も 冷静に感じられたし、 漫画を描くと言う 執念で、 その『無』 の中から 戻ってこれたんだろうな…。
なあ、 死ぬ時って、 そんなふうに自分が死んでいくことを、 冷静に自覚できる ものなのか?」

「 少なくても私の経験だと、 さっき話したみたいに、 肉体が細胞レベルで死んでいくのは ちゃんと自覚できるよ。 そこに恐怖があるかと言うと、 恐怖はないんだ。 ただ静かに冷静に 肉体が死んでいくことは ちゃんとわかる。
どうしても 描いておきたい 漫画がなかったら、 それを思い出さなかったら、 死んでたかもしれない」

お父さんは、 この話を興味深げに聞いていた。
そしてあれこれと 静かに、 『死』 というものについて 考え込んでいた。

ジャーナリストの 立花隆 の 癌についてのドキュメンタリー番組を一緒に見た。

「 生きているたった今も、 いつかは死ぬことも、 まったく不思議なもんだなあ」

お父さんと語り明かした。

色んな事を語った。

『 生』 という奇跡と、『 死』 という自然現象。

お父さんとこういったことを 深く話し合えたのは、 これからの私とお父さんの、 大きな 支えになっていくだろう。

いろんなことを、 しゃべりっぱなしだった 28時間だった。

お互いが子供の頃、 どんな やんちゃな遊びをしたかとか。
他の小学校の 悪ガキどもとの、 喧嘩をした時の お互いの武勇伝。
今の政治や世界情勢について、お互い思うこと。
子供の頃よく食べたもの。干しいもや焼き芋が高級品になってしまったこと。
激化するウクライナへのロシアの進攻とその悲劇。
トルコの地震、シリアの人々。それに関するお互いの感情の吐露。

話題は尽きなくて、 時には男の子のように べらんめえで 語り明かし、 時には亭主と女房になって 甘えたり甘えられたり。
小学生みたいになって話し合ったり、 自分たちのやんちゃぶりの 反省会をしてみたり。

大人になったり子供になったり、 男になったり女になったり、 いろんな風になって とにかく語り明かした。

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