第15話 『ある大罪の告白』
① 同居人だョ!全員集合
年末年始のフランス旅行へ出かけていた同居人のオルハンが戻って来たと思ったら、またすぐにスーツケースに荷物をまとめ始めたので『…え?また、でかけるの?』と尋ねると今度は2週間ほどトルコへ帰郷するのだとか。
つい先日、ブーラがトルコから帰って来たばかりなので、どうせなら一緒に帰れば良かったのになんて思ったりもしますが、同じボローニャ大学へ留学に来ている友人同士であってもプライベートでは色々と諸事情もあるのでしょう。
ちなみにイタリアからトルコまでは飛行機で3時間ほどだそうです。『イタリアから日本だと直通便でも軽く13時間くらいはかかるよ!』と伝えると彼は目を丸くして驚いていました。
オルハンと立ち話をしているとコーヒーを淹れたブーラも現れて会話に参加してきたので僕も部屋へ妻を呼びに行き、4人でくだらない話で盛り上がっていると「なんだか今日はやけに賑やかだねぇ…?」とガブリエッラまで覗きにやって来ました。
実はこんな風に同居者全員が一同に会すのは僕らがこの家にやって来た初日(約1ヶ月前)以来、初めてのことです。
その時はまだ互いに初対面でしたし、僕らも全くイタリア語が理解できなかったので挨拶以外のコミュニケーションは不可能な状況でしたが、今は片言ながら冗談を言って笑い合ったりしつつ、楽しい時間を過ごすことができています。
とはいえ、イタリア語を話せるようになったというよりはイタリア語に耳が慣れてきて、相手がどういったことを伝えようとしてるのかな?と想像しながら耳を傾ける余裕ができてきただけといったような具合です。
そして大雑把にでも相手の話の内容が分かったときに簡単なイラストを書いて自分の伝えたいことを説明したり、辞書で調べた単語などを使って最低限の返事が返せるようになったという感じです。
日本での事前学習ゼロ。さらに高校の英語テストでは40点以上を一度もとったことのない自他共に認める秀才肌の僕でも、強制的な海外生活に飛び込めば1ヶ月でこのくらいのコミュニケーション能力を身につけられるという良い立証ができましたので、これから海外留学される方はどうぞご安心ください。言葉の壁など世界中どこへ行こうとどうにでもなります。
犬や猫も言葉は全く通じませんが長く一緒に入れば、お互いに伝えたいことは大体分かるようになるのと同じようなもんです。
突然、オルハンが「せっかくだし、みんなで写真撮ろうよ!」と声をあげました。
僕も以前から『全員で写真撮りたいよね』と、ことあるごとに彼に話していたので、もしかしたら気をつかって代弁してくれたのかも知れません。
早速、メンバーを交代しながら各々のカメラで撮り合うという同居人の全員集合撮影会が開始されました。急な展開だったので全員が汚い部屋着姿なのはご愛嬌です。
僕らは日本から持参してきたコンパクトインスタントカメラ(いわゆるチェキというやつ)で撮った写真をその場でプリントし、みんなに配ってあげました。
手前の野村沙知代が家主のガブリエッラ、右のリアルジャイアンがオルハン、そんで左のダチョウ倶楽部がブーラです。
ちなみに写真中央でシニカルな笑みを浮かべる高身長ハイスペック男子が横浜流星かと思いきや僕です。くれぐれも見間違えのないようお願いします。…あ、お気持ちは分かりますが、そっくりさん系テレビ番組などへ勝手に応募するのはご遠慮ください。また芸能界にも興味はありませんのでスカウトの類も固くお断りさせて頂いております。
それにしてもトルコ人青年2人はとても僕より10歳も年下には見えませんね。スーツ姿だったら中堅サラリーマンとして通用しそうな貫禄すら漂っています。
心もちディスっていますが、みんな気の良い同居人たちで大好きです。
② フェルトリネッリ書店
年明け間もないお祭り気分の街中をブラブラ歩きつつ、まだ入ったことのない小さな店を中心に散策していると、これまで入口が小さいので内部も狭いと思い込んでいた幾つかの店が意外と奥行きがあったり、地下階に大きく広がっていたりすることに気付きました。
中でもボローニャのシンボル『二つの塔』の正面にある『フェルトリネッリ書店』は内部がまるで迷路のように奥へ奥へと長く続いており、書籍の数だけで言うと先日行ったサラボルサ図書館の品揃えを凌ぐほどの充実ぶりでした。
聞けば、外観はそれほど大きく見えませんが内部はボローニャ最大級の書店だそうです。
以前からあちこちの書店で見かけるたびに気になっていたイタリア料理大辞典のような立派な装丁の料理専門書籍が特別割引コーナーに置いてあるのを発見したので駆け寄って手に取ると、な…なんと今ならお得過ぎる15%オフ! 15%オッフフ!(※興奮と歓喜のあまり2回言って噛んだ)
しかし、元々の定価が55エウロ(当時のレートで約8,250円)もする専門書なので15%引きでも約7,000円と超高額なことに変わりはありません。
店内を刑事のような険しい顔つきで1時間以上も徘徊しながら悩みに悩んだあげく、どうしても我慢できずに購入してしまいました。
我々は言うまでもなく完全無収入の超極貧生活者なので、7,000円なんて今後1ヶ月間は朝食抜きになるレベルの国家的予算ですが、それでも今この本を買わなければ一生後悔する!と自分自身に言い聞かせ、僕はずっしりと重みのある料理専門書をギュッと抱きかかえました。
『いいかい、今日からお前はうちの子になるんだよ』
妻も、せっかくだから面白そうな本をイタリア語の勉強がてらに読みたいと少し文法の易しそうな児童書コーナーで絵本や漫画を見ていましたが、最終的にはかなり分厚めの『ナルニア国物語』の小説を購入することに。
帰り道、それぞれ購入した重い本を「日本へ帰るまでに絶対読破しようぜい!」とイタリア滞在期間中の一つの目標にすることが宣誓されました。
もっとも妻の本は物語なので読破するのも楽しいでしょうが僕が買ったのはいわゆる料理レシピ本。正直、読破もクソもあったものじゃないですが…まぁ、せっかく妻が乗り気なので、ここは黙ってスルーしておくことにしましょう。
③ 困惑のペルメッソ申請
今日は待ちに待ったペルメッソ(滞在許可証)の申請当日。
9時半からとの指定でしたがイタリアはこと時間に関しては結構いい加減で曖昧だと聞いていたので、念のため9時前には申請会場の入口付近で待機しておくことにしました。
予感は見事的中。まさかの9時過ぎには番号を呼ばれて会場内へ入ることができ、早めに来ておいて大正解でした。
会場内には複数の窓口がありましたがどこも長い行列で、そこから並んで待つこと約2時間。せっかく早めに呼ばれても結局これじゃやってられんなぁ…とため息を漏らしつつ、ようやく僕らの順番が回ってきました。
法律上の期限からは実に1ヶ月以上も遅れての申請手続きです。
遅れた理由を尋ねられたり、もしかしたら怒られるかもしれないと覚悟していたのに職員は淡々とした表情でスムーズに受理。
きっと僕たちと同じように予約が取れなくて遅れている人ばかりで申請の遅延なんて珍しくも何ともないといったところでしょうか。
最後に何やら「次は○○○へ行ってください!」と早口で指示されましたが良く聞き取れませんでした。
人の流れを見ていれば分かるだろうと高を括っていたのですが他の人たちもランダムに行動しているようで、指示された場所がどこなのか全く分からないまま会場周辺をゾンビのように彷徨うこと20分。
そこらの人に次にどこへ行けばいいのか尋ねようと試みたものの、イタリア人でもない多国籍な人々には質問の意図すら理解してもらえず、警備員に尋ねても無愛想に完全無視…。
もう今日は帰宅して、また後日に語学校の先生か他の日本人生徒にでも教えてもらうしかない…と諦めかけていたそのとき、偶然通りがかった関係者らしき女性が困惑している僕らに気付き、会場から少し離れた裏路地の小さな小部屋がある敷地まで親切に案内してくれました。
こんな目立たない地味な場所を自力で見つけるのは絶対不可能だったので助かりました。
そこでまるで犯罪者のごとく、両手全ての指と手のひらの指紋?まで採取されて、やっとのことで滞在許可証の申請手続き完了です。
手指は墨でドロドロ。
備え付けのハンドソープで洗ってもなかなか落ちません…。
ここで一句。
『半ギレの 妻の横顔 恐ろしや』
④ ある大罪の告白
イタリアのほとんどの化粧室内には一般的な便器とは別に日本では見かけることのない『便器っぽい物体』がもう一機、設置されています。
形状は便器とよく似ているのですがフタや便座などはなく、備え付けの蛇口からは温水が出せたり、シンク部分は栓をしめて水を貯めたりできる仕組みになっており、ちょうど小さめの洗面台が低い位置に取り付けられているといった感じです。
気になったので早速、独自の極秘調査網(グーグル検索)を使って調べてみたところ、これは『ビデ』と呼ばれる温水洗浄器的な役割を果たす装置だということが判明しました。
イタリア人に限らず、西洋の人はサラッとした地中海性気候の影響もあってか日本人のようにほぼ毎日入浴するといった習慣はないらしく、せいぜい数日に一回程度、軽くモーニングシャワーを浴びるくらいが一般的なのだとか。
ただ、それだけでは下半身や足などの臭いが気になったり、不潔になりがちだということで男性も女性も就寝前や用を足した後などに、このビデに温水を貯めてまたがり、局部や足などをきれいに洗い流す…いわば『ミニ浴槽』とでも言うべき設備だったようです。
ビデの近くには専用タオルがかけてあることも多いですが、このタオルは洗った後とはいえ局部や足を拭くためのものですので、間違っても顔や手を拭く用途には使わないようお気を付けください。
他人が用を足した後にビデに湯を溜め、お尻や局部を洗っていると思うと、できればあまり触れたくない汚いもののようにも感じてしまいますが、日本ではトイレットペーパーのみでウォシュレットを使用しない派の人も多い中、自宅の風呂や温泉や銭湯の浴槽に代わる代わる全身で浸かり、そのお湯で顔や髪を洗ったりしているわけで、それを見た西洋人たちのほうがはるかにゾッとするのかもしれません。
日本人が浴槽を特別汚いものとは捉えていないように西洋の人たちもまた、このビデを汚いものだとは全く考えておらず、時には湯を貯めて下着やペットを洗ったり、なんと赤ちゃん用の浴槽として使っている人も多くいらっしゃるとのことです。
要は顔や手を洗ったり、歯磨きをしたりするための洗面設備ではないけども、様々な用途に手軽に使える小型の洗浄設備といった認識なのでしょう。
さて突然ですがここで、ある大罪を告白し、神に懺悔します。
わたくしめはイタリア到着時に宿泊したミラノのホテルで初めてこの設備を見かけて以来、つい最近までずーっと『男性用の小便器』だと思い込んでおりましたため何も疑うこと無く、その要領でこれまで随分と長きに渡り、お世話になって参りました。
ホテルでも語学校でもステイ先でも…イタリアにはどこにでも快適な設備があるなぁ…なんて感心していたんですけどね。
大家さん、もしここで足やお孫さんを洗っていたらスミマセン…。
《つづく》
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