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月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚 第二話 タイコたたきの夢
オルランド公国南端―― エンヒェンブルグ
ぴかぴかに磨かれ、胴が真っ赤に塗られた太鼓《ドラム》を抱えた軍楽隊が、何列も縦隊を組んで行進していった。
綺譚蒐集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツはソファに座りパイプを吹かしながら、ホテルのバルコニーから軍事パレードを眺めていた。
「あれだけ綺麗に揃って演奏するために、どれだけ時間が費やされたのかな」
「そりゃ、練習は熱心にやってるんだろうさ。
月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚 第一話 蜘蛛
ルナ・ペルッツは『綺譚蒐集者』だ。世界各地を巡って、奇妙な話、面白い話=綺譚を集めて回っている。
月のごとくまんまるまるな顔にきらりと光るモノクル。長いマントと外套の下に、改造したフロックコート。いつもパイプを手に持っている。
彼女には噂があった。
素晴らしい話を提供した者の願いを一つだけ叶えてくれる。
――という。
オルランド公国南端ボッシュ――
首は町を見おろすかたちで、
神銃(かみじゅう)~六つの弾丸~
馬鹿じぇねえのってつぶやいたらさ言葉がそのまま尖端がヘラのように拡がった小山金属の鑿みたく皮膚に突き刺さってきて抉れてくることこの上なしで痛え痛てえよ痛てえのなんのってよ肌を斑縞の尾っぽが蜷局を巻いたスジオナメラっぽく匍いやがるんだよなあたしは眼底がチカチカしてきてよほら疲れたとき飛蚊症っぽく光の筋が水晶体のなかを縦横無尽に走るのを知ってるだろそんな感じだよ辛くって辛くってさずいぶん我慢してきたね
もっとみるミス・カーライルの猿
ミス・カーライルが猿を連れてきた時、研究員一同は皆、顔を歪めて彼女を見た。
その優美な細い手には長めの鎖が握られて、猿の首に嵌められた輪へと繋がっていた。
彼女は扉を開き、ヒールで床を叩きながら、会議室の円卓を周り、ゆっくりと自分の席に向かって歩いてきただけだったが、緊張の余り、部屋の温度が一度ばかり冷めたかのような錯覚を皆は覚えていた。
幾ら動物の生態を観測する研究所であっても、会議の席
懐柔 第五回創元SF短篇賞日下三蔵賞受賞作品
朝まだき、閨房の寝台の上に、化粧着を纏って、小さく踞っている女があった。
白々明けである。光が、上下の開閉を別に出来る形の窓枠を縁取っていた。
両掌で顔に蓋をして、女は泣き続けている。しかもそれは随分と古錆びた泣き方であった。悲哀は常態だった。
「奥様、お茶が入りました」何刻か過ぎて、下女の徳江が入ってきた。両手には盆が握られていた。サモワアルから紅茶を入れたポットで、可憐な花模様が描か