見出し画像

緊急事態宣言解除後の都市と創造性

緊急事態宣言が解除された今、私たちは以前のように街に繰り出すのでしょうか。在宅勤務にも慣れてしまうと、意外と効率よく仕事ができています。一方、予防医学者・石川善樹さんがよりよく生きるための時間の使い方を論じた著書『フルライフ』と照らし合わせると、それだけでは大切な創造性が失われてしまう気もするのです。

 東京の緊急事態宣言が解除された。4月7日以来、実に49日ぶりのこと。コンビニに並ぶ雑誌『GINZA』は、もう待ちきれんとばかりに東京の街を特集していた。写真家の奥山由之氏は、いつまで経っても工事の終わらない渋谷を写し、「中途半端な(仮)の空間」だとしつつも、「それは同時に、パワフルさの象徴でもある」と言い充てる。そしてこの街に「愛着が湧いてきている」とも。緊急事態宣言発令前のスクランブル交差点の写真には、大勢の人の波があった。

 小池百合子都知事は、5月22日の定例記者会見の中で、「この後、宣言が解除されて、また通勤が普通に戻ってしまうというのはもったいないですよ」と発言されている。「せっかくこれだけリモートで仕事ができるようになったわけですから」と。実際、日本生産性本部の調査によれば、6割以上の人が引き続きテレワークを望んでいるという。2016年の都知事選の公約の一つに「満員電車ゼロ」を掲げていた小池氏だから、7月の選挙を前に、まだこれを諦めてはいないだろう。渋谷ストリームの22フロアを貸し切るGoogleのように、すでに年内の在宅勤務継続を決めている企業もある。

 出勤する人の少なくなった東京の街は、どこに向かうのだろうか。グローバルで見れば1日あたりの感染者数がまだ10万人を超える中、外国人観光客が戻ってくるまでにもおそらく数年が掛かる。ウィルスとの共存を果たす都市は、活気を失わざるを得ないのだ。その影響を最も受けるのは飲食店や小売店だろう。平日日中のテレワークが終わった後にわざわざ都心に出向くとは考えにくいのだから、オフィスワーカーのランチタイムやアフター6需要に彩られていた街は様変わりする。

 緊急事態宣言下、一時的なデリバリーやオンライン販売によって堪え忍んできた企業は、いつそれを止めるべきなのか、果たして平常運転に戻すことができるのか、判断に苦労している。もちろん、今そこにしかないない価値を提供すれば人は集められるだろう。しかし、人を集めることが正解なのかと言うジレンマもある。ミシュランの一つ星レストラン「sio」は、すっかり話題となったテイクアウト販売をしばらくは継続するというし、東京ディズニーリゾートは今更ながらに、施設内でしか買うことのできない商品のオンライン販売を始めた。

 主にクリエイター向けのソフトウェアを提供しているAdobe社は、東京を「世界で最もクリエイティブだと評される都市」としてレポートする。その源泉を、ここに集まる人と、集まる人同士の交流に見出すのであれば、今後、活気とともに創造性が失われることも危惧される。

 予防医学者・石川善樹氏は著者『フルライフ』にて、創造性の重心は「大局観」にあると論じられた。大局観とはコンセプトを生み出す能力であり、具体と抽象の往来によって育まれるという。日常生活を「一人でいる時間」、「一人でする時間」、「みんなでいる時間」、「みんなでする時間」の4象限に区分すれば、「一人でする時間」と「みんなでいる時間」がそれぞれ具体と抽象。この二つの時間の繰り返しが重要なのだ。前者が資料を作成したり、読書をしたりと、外出自粛の中で必然的に増えた時間である一方、後者は飲み会やスポーツ、雑談など、今まさに奪われてしまった時間の使い方だ。人の集まれない都市はクリエイティビティが低下する。

 先の日本生産性本部の調査しかり、テレワークに対しては仕事の効率性ばかりに目が行きがちだ。オンライン会議の充実によって、オフラインと変わらない感覚でミーティングもプレゼンテーションも実施できていると言われるかもしれない。しかしそれらは「みんなでする時間」でしかない。「みんなでいる時間」の減少は、長期の視点で捉えたときに創造性の低下という弊害をもたらすだろう。

 もちろん、満員電車に詰め込まれる生活には戻りたくはない。ソーシャルディスタンスを確保した上で、バランスを模索していきたいのだ。Rhizomatiksの真鍋大度氏は、GINZAに有栖川宮記念公園を紹介する。東京には密にならずに「みんなでいる時間」を過ごす場所がたくさんあるのだ。

つながりと隔たりをテーマとした拙著『さよならセキュリティ』では、「12章 心と身体 ー無意識のセキュリティ」において、セキュリティの都市への広がりについて触れております。是非、お手にとっていただけますと幸いです。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?