見出し画像

フリーランスのサポーターになる|ポスト資本主義の欲望

noteのメンバーシップ制度が始まる以前から、個人の発行されているメーリングリストをいくつか有料購読しています。これらはすべてを読みこなせる訳でもなく、どちらかというと書き手の活動を支援させていただきたいという気持ちの上に成り立っています。ポスト資本主義はそんなところに始まるのではないでしょうか。

 クリエイティブ・コンサルタント市川渚氏がサポーターを募集されていると知って、すぐに応募させていただきた。テクノロジーの業界にいてもなかなかキャッチアップが追いつかない魅力的なガジェットのことを、こまめに紹介してくださる市川氏のSNSやテキストはとても面白い。かつて読者モデルや海外ブランドの広報を務められていたほどの知識とこだわり(これをセンスと呼びたい)をもって、機能性やデザイン性、ファッション性をバランス良く評価されている点が特徴だ。クレジット表記こそないものの、Apple社の公式サイトにもその姿を見ることができる。しかし、いわゆるフリーランスである氏のサポーターとはいかなるものなのだろうか。

 サポーターには「レギュラープラン」と「プレミアムプラン」の2種類がある。それぞれ月額約800円と1,980円。ともに当面の「サポーターメンバーへのお返し」はメールマガジンに限られるという。今後は別の形での限定コンテンツなどが提供されるのかも知れないけれど、今のところは誰にも分からない。そう、メンバーは皆、何らかの見返りを求めてサポーターになっている訳ではないのだ。市川氏のこれまでの活動に感謝して、これからの活動を応援したくて、僅かばかりの会費を払う。しかし氏はきっとこれからも変わらず、上質なテキストや動画を無償で公開してくださることだろう。

 具体的な価値を示さずに費用を受け取る。経済的な「交換」よりもむしろ「贈与」を思わせる行為は、寄付を募ることに近く、特に日本ではなかなか進んでいなかった。ところがクラウド・ファンディングが一般化し、コロナ禍においてはリターンを目的としない使われ方も増えると、個人への少額な投げ銭も含めて、一定の経済性を纏うようになったと言えるだろう。これが今後、フリーランスの収入の一端を担うかも知れないと思うと、これからの経済のあり方、すなわちポスト資本主義が垣間見れるようで興味深い。

 『資本主義リアリズム』(堀之内出版、2018)の著者として有名な批評家マーク・フィッシャー(Mark Fisher)氏が、亡くなる直前まで行っていたロンドン大学ゴールドスミス・カレッジでの講義をまとめた書籍『ポスト資本主義の欲望』(左右社、2022)。これを読めば、経済の基本的法則である「あらゆるものが不足している」状態からの変化が資本主義に矛盾をもたらしたことに気付く。すなわち、限りある資源ではななく、複製可能な「情報」が価値を持った時から、独占と非効率が満ちた世界が始まったと言われている。それは直接的な価値を生み出すエンジニアやライターよりも、彼らを管理する中間管理職の方が収入を得やすい社会を意味し、中でも立場の弱いフリーランスは搾取される可能性が高いだろう。

 封建社会の終わりとともに、社会階級は失われても階級意識は残されている。しかしフィッシャー氏は支配者集団ですら搾取され、抑圧されているという。資本主義というイデオロギーは人間の能力を「疎外」し、ひたすらに資本を増やし続ける。つまり「終わりなきドライブ」だというのだ。それは例えば、迫り来る経済危機を誰も止めることができないことに裏付けられている。

 そうなると、ポスト資本主義は私たち皆が自分のやりたいことで生計を立てられる仕組みでなければならないだろう。すでに私たちは必ずしも高い収入を得るためだけに働く訳ではない。ビートルズが一生分の富を築いた後にいくつもの名曲を生み出しているという具体例に頷かされる。ここで提案されるユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)もかつての社会主義やコミュニズムを想起させることから、事態はそう単純ではないようだ。全15回を予定されていた講義は残念ながら5回しか開催されず、フィッシャー氏が他にどんなアイデアを議論されようとしていたのかは分からない。しかし、今のディストピア的な資本主義から抜け出そうとすれば、大手資本を頼らない資金の流れを作る必要があるだろう。フリーランスに対するサポーター制度はその解の一つとなるに違いない。

 同じような仕組みとして、数年前からオンライン・サロンが話題になっている。情報の希少性に着目してクローズドな関係の中に価値を作りこもうとするサロンはこれまでの資本主義そのものである。ゆえに資本家にさらなる資金が集まるだけという課題も指摘されている。この延長にある実業家・前澤友作氏が7月末に立ち上げられたMZDAOという分散型自律組織(DAO)を謳う新たな取り組みも、参加者にトークンを発行する予定はないとのことで、いまいち実態が見えてこない。月額500円。僅か1日で10万人もの会員を集めたと言われるけれど、奇しくも一部の宗教団体の問題が明らかにされつつあるこのタイミングである。本来必要な方に必要な資金が行き渡るような社会を目指して、私たちはお金の使い方を考えなけえればいけないと思うのだ。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?