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本当を知りたい?

〝ever fallen in Love〟
彼女のアイコンの
ハートに囲まれたその一文に
今だに、私の心がザワついて。


                      𓂃◌𓈒𓐍◌𓈒 𓈒◌𓐍𓈒◌𓂃

天気が良くて、春らしい日差しいっぱいのベランダには、盛大に布団が干してあって。
二人並んでそこから、裏庭で子犬のようにじゃれあってあそぶ子どもたちを見ていた。

太っちょの白黒猫のサスケが日向ぼっこをしている、あたたかでうららかな日だった。

そのベランダから、部屋へ戻るその瞬間。
明るい外から急に室内へ目を向けて、目が眩んだのとほとんど同時に、どうにも胸に懐かしい、不思議な既視感を憶えた。
なんだろう、この感じ。知ってる。
確かに、初めての場所で、彼女とは最近になって話すようになったばかりなのに。

かすかに思い当ったのは、小さな頃の隣に住む家の赤ちゃんを見に行ったときのシーン。赤ちゃんのいる家独特の、甘いような、清潔ないい匂いの、素朴であたたかな記憶。

他人ひとの家だけれど、その陽だまりの安心感に、とても懐かしく、胸の奥の方にふっと暖かいものが灯った。

小さい頃住んでいた家の、隣の奥さん、カヨちゃんは専業主婦で、いつも洗濯物を干したりたたんだりして、若くほんわかした人だった。

母はそんなカヨちゃんを
「なんでもやってもらって育った人だから…」
と、世間知らずな若妻みたいな揶揄めいたことを言いながらも、放っておけず、よく世話をやいていた。

そのカヨちゃんに、二人目の男の子が産まれた時の写真を─どんぐり頭の私と、お兄ちゃんになったばかりの男の子とが、明るい部屋のベビーベッドの脇でキョトンと並んで写った写真を─思い出していた。
あの写真みたいな明るさの、甘い幸福感。


「ごめんね、カレーの匂いするでしょ」

急に旦那がお昼ご飯に帰ってきたから、さっき慌ててカレーをしたところなの、と言いながら、「どうぞ」と彼女は、丁寧な仕草でお茶を出してくれた。
家庭的で、ほんわかした彼女のことを、知り合って間もないのに(子ども同士が仲良くなって初めて家におじゃましただけなのに)、幼なじみや姉のようにちかしく感じていた。

思えばこの時すでに、私は恋に落ちていたのだと思う。

                       
                     𓂃◌𓈒𓐍◌𓈒 𓈒◌𓐍𓈒◌𓂃

可愛らしい顔をして、面白い人だった。

子どもたちを連れて大勢で公園へ遊びに行く時のおやつを、長崎カステラ一本とナイフで、その場の人数分を切り分けるような、大胆な人だった。巨大なボウルいっぱいに、手作りわらびもちを作ってくる人だった。

「柊ちゃんが行くなら私も行く」

と、よく隣にいるようになって、よく笑って話は尽きず、メッセージのやりとりも終わり方がわからないほどで。
彼女のことを、特別に思うようになって、それは彼女も同じようだった。

                       ☆:。・:*:・゚' ☆,。・:*:

その年の七夕は、雲が星も月も隠していた。

─織姫と彦星は会えただろうか?

─きっと、雲の上で、誰にもじゃまされずに 会えてるよ。

─そうだね、雲の上で二人イチャイチャしてるかもね。

─誰にも見られたくなかったんだね。

そんなやりとりをしていたから。
織姫と彦星に、便乗してしまいたくなって。

─大好きだよ。
─私も、柊ちゃんのこと、大好きだよ。
─付き合っちゃおうか?
─うん、柊ちゃんとなら。

どこまで本気だかわからない彼女の返信に、ふわふわと、ただ浮かれて。
それから、二人で会うようになった。

彼女の家で映画を観たあとの帰り際、夜も深く月の下で、両手を広げると彼女はそこにすっぽりおさまった。私よりも少し小さな彼女をギューッと抱きしめると、まるでパズルのピースのようにぴったりと隙間なくハマった気がした。

そのまま、キスをしようとしたけれど、「ん?ホントにするの?」
と、唇をさけ彼女は戸惑って、

「ダメ?」

と聞くと、それは
「付き合ったら“別れ”がくるかもしれないでしょ?そうなったら悲しい、私は、柊ちゃんとずっと一緒にいたい」
という思いからだった。

「“別れ”なきゃいいんじゃない?それか、もしそうなったら、“友達”になれば。
私の“大好き”って、そういう・・・・覚悟だよ」

「わかった。“別れ”たくない。」

そう言って彼女は、目を閉じて、
月の下で「約束」みたいなキスをした。

立ち止まるなら、
引き返すなら、
戻れるのなら、

きっとあの夜かもしれない。

                   
                   ☆。.:*・゜☆。.:*・゜

ただそばにいたいだけ。
ただ一緒にいたいだけ。

そんなシンプルな思いだったのに。

お互いの呼び名が呼び捨てになって、唇を重ね、身体を重ね、想いを募らせていくうちに、罪悪感や背徳感や嫉妬や理想や欲が粗野に育ち、現実と割り切れず、入り交じり、そばにいることさえ難しくなるようになった。

シャレになんない。


厄介なことに、
私は後にも先にも、彼女以上に好きな人は現れないことに、気付いてしまっていた。

そして、これもまた厄介なことに、
私は私の家族がとても大切で、それは、彼女にしてみても同じなのは明らかだった。

だから、彼女の夫の失業に泣く彼女に、実家へ引越すよう勧めたのだ。子どもたちにとっても、彼女にとっても、自分の親のそばの方が何かと心強いから、と。

『友達』として応援する、と背中を押した。
それは本心で、精一杯の強がりで。

おそろいのピアスも、キーホルダーも、パジャマも捨てて、出掛けたカフェもハンバーグも観た映画も、全部、思い出にしまった。

全部。

私がもっと器用なら、
もっとうまくやれたろうか。

                            

                                 •*¨*•.¸¸☆*・゚


あれから。

年に一度くらいに気まぐれに、
彼女からメッセージが届く。

2ターンくらいの当たり障りないやりとり、
けれど、お互い呼び名は二人のあの頃の呼び捨てなままで。その度に、動揺を隠しきれなくて「友達」がいまだにむずかしい私だ。

                             

                                  ☆。.:*・゜


本当に聞きたいことを聞くことが出来ない。

“ever fallen in Love”

彼女のアイコンの、 

その一文の意味を。

ずるくても、曖昧に揺蕩っていようとする。

本当を知るのはこわい。

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