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まさに再エネのDXがカーボンニュートラルのカギ(前編)

本稿(前後編を予定)では「再エネのDXがカーボンニュートラル実現のカギであること」を数学と物理の視点で解説してみようと思います。エネルギー業界では、再エネは同期化力や慣性力をもたないことが電力の安定供給を妨げる要因として指摘されています。一方で「同期化力」や「慣性力」という用語そのものが、定義が曖昧なままバズワード化してしまっていると私は感じています。これらが言わんとする再エネのデメリットを正しく理解することは、再エネを主力電源化する未来を考えるために不可欠だと思います

この前編では、公開資料で見かける同期化力や慣性力の説明の曖昧さを具体的に見ていきたいと思います。つづく後編では、従来型の発電機と比べた場合に再エネの何が問題であるかを私なりの言葉で説明した上で、物理特性の違いを補って再エネを電力システムに調和させていくための疑似同期発電機化やスマートインバータが、カーボンニュートラルに向けたキーテクノロジーとなり得ることを解説したいと思います。

■ 「慣性力」はバズワード?

まず「慣性力」という言葉がバズワード化していると私が考える理由を説明したいと思います。

送配電協議会による慣性力の説明の疑問点

2021年4月1日に設立された新組織である送配電網協議会の資料では、つぎのように説明されています。

送配電網協議会『同期電源の減少に起因する技術的課題』P.5

同期電源というのは、従来型の火力発電機や原子力発電機などを指しています。この資料での説明の通り、従来型の発電機はタービンを回転させて発電していることや再エネはタービンを回転させずに発電していることは事実です。一方で「タービンが回転して運動エネルギーをもつこと」と「慣性力をもつこと」の関係はどうでしょうか? 少なくともこのページで明確に説明されているようには見えません。

質量をもつ物体が回転していれば「慣性」をもつだろうとなんとなく想像できるかもしれません。実際、1つ前のページを見てみると慣性力の説明がつぎのようにあります。

慣性力:円盤の重さに相当し、これが重いと、ハンドルを回す力やおもりの大きさが変わっても、一定の間は同じ速度で回り続けようとする力が生じます。

送配電網協議会『同期電源の減少に起因する技術的課題』P.4から引用

やはり慣性の話のようです。ただし、これを「慣性力」と呼ぶことは少なくとも私には違和感がありますWikipediaにも書かれているように、物理における慣性の法則とは「物体に外力が働かなければ等速直線運動を続ける」というものです。また「外力に対して速度変化が小さく運動を継続する性質が強いこと」を俗に「慣性が大きい」とも表現します。しかし、慣性の本来の定義では、運動を継続する「力が働く」などとは言っていません

一方で、同じWikipediaのページには「慣性力」も説明されています。物理における慣性力とは、例えば電車が急発進したときに、進行方向とは逆向きに感じる「見かけの力」です。もう少し正確には「電車という加減速する座標系に乗っている人が感じる見かけの力」です。これは上記の資料が言うところの慣性力とは明らかに違うはずです。加減速しているタービンの回転座標系などから物体の運動を観測しているわけではありません

OCCTOによる慣性力の説明の疑問点

曖昧な説明が上の資料だけではないことを確認するために、OCCTO(電力広域的運営推進機関)の資料も見てみましょう。


OCCTO『「再エネ主力電源化」に向けた技術的課題及びその対応策の検討状況について』p.6

この資料には「同期電源は自ら回転エネルギーを持ち、いわゆる慣性力・同期化力を維持する」とありますが、少なくとも私には「慣性力を維持する」の意味がよくわかりません。具体的には、タービンが回転エネルギーをもつことで、どのような「力」が働くのかがわかりませんし、その力が「維持される」のかも不明です。ちなみに、同じ資料内にはつぎのようにも書かれています。

慣性力:定格周波数で系統連系している回転軸に蓄えられている運動エネルギーの総和

OCCTO『「再エネ主力電源化」に向けた技術的課題及びその対応策の検討状況について』p.24

この定義によると、慣性力は「運動エネルギーの総和」のようです。当然ながら物理的な観点では、力とエネルギーは文字通り「別次元」の量であって単位も違います。この定義を6枚目の説明に代入すると「同期電源は自ら回転エネルギーを持ち、いわゆる”運動エネルギーの総和”を維持する」となってしまいます。余計に意味がわかりません。

同様の説明は、省庁の資料などでも散見されます。また、文脈によって様々な意味で「慣性力」という言葉が使われているようにも見えます。これが私がバズワードだと考える理由です。

こういった資料を読んでいて疑問に感じるのが「再エネ普及に向けた技術課題は本当に正しく共有共有されているのか?」という点です。悲しいかな私には政府機関などの会議に参加するような地位がないので実態はわかりません。。

■ 「同期化力」もバズワード?

同様に「同期化力」もバズワード化していると考える理由を説明します。

送配電協議会やOCCTOによる同期化力の説明の疑問点

上で引用した2つの資料からは「従来型の発電機はタービンの回転による運動エネルギーをもつために同期化力をもつが、再エネは運動エネルギーをもたないために同期化力をもたない」と読めます。しかし、数学と物理の観点では「運動エネルギーをもつこと」と「発電機が同期すること」に直接的な関係はありません。え?という感じですよね。

その理由を説明しましょう。以前の記事で、発電機集団の周波数が同期する現象の原理を非線形科学の蔵本モデルに基づいて解説しました:

蔵本モデルは、発電機の原初的な数理モデルから「慣性を除いた形式」で定義される微分方程式系です。詳しくは続編で解説しようと思いますが、この蔵本モデルという振動子系にはポテンシャルエネルギーは存在しますが、運動エネルギーは存在しません。逆に、慣性をもつ発電機の数理モデルには、ポテンシャルエネルギーと運動エネルギーの両方が存在します。

運動エネルギーをもたない蔵本モデルによって周波数の同期現象が説明できるのですから、運動エネルギーをもつという事実が、周波数の同期現象を説明する直接的な理由にはならないことは明らかです。では、同期化力とはいったい何なのでしょうか? OCCTOの資料では、つぎのように説明されています。

OCCTO『「再エネ主力電源化」に向けた技術的課題及びその対応策の検討状況について』p.14

この資料で説明されているように、電力系統工学における「同期化力係数」は、上記の$${P}$$を$${\delta}$$の関数としてプロットした場合の傾きとして定義されます。ここで、$${P}$$は発電機から電力系統に供給される有効電力、$${\delta}$$は発電機が接続されている母線電圧の位相と発電機の回転子偏角の差です。電力の用語だとわかりにくいのですが、同期化力係数は「バネの硬さ」だと考えるとわかりやすいです

普通のバネでは、上図のように自然長からの伸び$${\delta}$$に関わらずバネの硬さ$${k}$$は一定です。一方の発電機では、自然長からの伸び$${\delta}$$が大きくなるほどバネの硬さが徐々に小さくなるような非線形なバネとして理解できます。具体的には、$${\delta=0}$$のときに最も硬いバネ定数$${k}$$をもち、$${\delta=\tfrac{\pi}{2}}$$(90度)のときにバネ定数$${k}$$は$${0}$$となります。

高校物理になじみのある方はお気づきかもしれませんが、バネ定数$${\boldsymbol{k}}$$は弾性エネルギー(ポテンシャルエネルギー)の定義に現れますが、運動エネルギーの定義には現れません。実際、電力システムのポテンシャルエネルギーは、上記の非線形バネに基づいて定義できます。詳しくは下記の記事で解説しています。

そもそも発電機1つだけで同期を議論することに疑問がある

上で説明した同期化力係数の定義は、電力システム工学の標準的な教科書にも書かれています。一見すると数式を使って数学的に同期化力を説明しているようにも見えるかもしれません。しかし、私の感覚からすれば「動かないカベに質点1つが繋がっている状況」を前提にして「発電機集団に対する周波数の同期現象を議論する」ということ自体に疑問があります

電力システム工学では「動かないカベに質点1つが繋がっている状況」を表す数理モデルのことを「一機無限大母線系統モデル」と呼びます。上のOCCTOの資料でも一機無限大母線系統モデルを使って同期化力が説明されています。この場合には質点の運動速度が発電機の周波数偏差(タービンの回転速度のズレ)に対応することになります。しかし「カベに繋がれた質点1つの運動速度が0になることが発電機集団の同期原理である」と説明されても腑に落ちないのは私だけではないと思います。

なお、私の知識が浅薄なのかもしれませんが、発電機集団に対する同期化力係数を定義して同期現象を議論している文献は、少なくとも邦文では見たことがありません。数学的に考えれば、複数の発電機の有効電力を複数の発電機の回転子偏角で微分した係数は、複数のバネ定数で構成される「バネ定数行列」となります。

同期化力の意味が曖昧なので同期や非同期の意味も曖昧

上のOCCTOの資料では、発電機は同期電源、再エネは非同期電源と説明されています。しかし、再エネは電力系統の周波数と同期した電力を供給するという意味で「非同期」ではありません。え?と思いますよね。実は最初に引用した送配電網協議会の資料ではこの点が少し説明されています。読みやすさのために同じものを再掲します。

(再掲)送配電網協議会『同期電源の減少に起因する技術的課題』P.5

太陽光や風力発電などの再エネ電源は直流の電力を出力するため、交流で送電する電力系統に接続するときには「インバータ」と呼ばれる機器を挟みます。インバータが出力する電力の周波数は、再エネが接続されている母線電圧の周波数に合わせるように調整されます。送配電網協議会の資料では、このことを「系統に追従」という言葉で説明しています。でも系統に追従するように周波数を調整しているから「同期化力がない」とも説明されています。理解が難しいですね。

一方で、発電機側を見てみると「電圧・周波数を確立し、同期化力で系統と並列」と説明されています。しかし、私にはまず「周波数を確立」の意味がよくわかりません。各発電機の周波数は、他の発電機が供給する電力やシステム全体で消費される電力の需給バランスによって上下します。この点は以下の記事でも解説しています。

したがって、発電機単体が電力系統の周波数を確立しているわけではありません。また、上で説明したように同期化力(正確には同期化力係数)は、バネの硬さに相当するものであって「同期化力で結合」という説明の意味も曖昧です。同じ資料の15枚目には「同期化力」として$${\delta}$$のコサイン関数で表される非線形のバネ定数が書かれています。しかし、そもそも複数発電機の集団に対する同期化力の定義がされていないので「発電機は同期化力をもつが再エネは同期化力をもたない」の意味も明確ではないと思います

■ 「再エネが電力の安定供給を妨げること」の真意

グリッドフォーミング vs グリッドフォロイング

今回の前編では、国内の公開資料でなされている同期化力や慣性力の説明が曖昧であることを確認しました。一方で海外では、発電機と再エネの特性の違いは「グリッドフォーミング(Grid Forming)」と「グリッドフォロイング(Grid Following)」という用語で区別されるのが主流のようです。私もこちらの用語の方が現象の実態に合っていると感じます。

後編への準備として、グリッドフォーミングとグリッドフォロイングの違いを簡単に説明してから今回は終わりにしようと思います。現在の電力システムでも、発電機はグリッドをフォーミングする(電力系統を構成する)役割を担っています。具体的には、送電網で繋がっている発電機集団は一心同体となって消費電力の変化に対応するような物理特性をもっています。

電力システムのエネルギーの観点でいうと、消費電力の変化はポテンシャルエネルギーの変化であり、発電機の周波数の変化は運動エネルギーの変化です。高校物理で習う単振動では、運動エネルギーとポテンシャルエネルギーが交互に入れ替わるプロセスとして物体の振動現象を理解するのと同様に、発電機の周波数の振動現象も理解できます。

具体的には、発電機集団の慣性モーメントが小さいと、同じ量のポテンシャルエネルギーの変化に対して、より大きな回転速度の変化が生じます。なお各発電機の周波数は自動的に同期する物理特性をもつため「発電機集団の慣性モーメント」は「各発電機の慣性モーメントの和」として近似的に考えられます。端的にいえば、ポテンシャルエネルギーの変化として現れる需給電力の変化をグリッドフォーミングする発電機集団の総運動エネルギーで受け止めるような振動現象が生じます

一方で、グリッドフォーミングしている発電機集団の立場から見ると、グリッドにフォロイングする(電力系統に追従する)だけの再エネは、電力の供給源であっても電力の消費と同じ特性しかもたない異分子です。したがって、再エネの普及と同時に従来型の発電機の数を削減していくと「各発電機の慣性モーメントの和」が減少して、ポテンシャルエネルギーの変化(需給電力の変化)に対する周波数の変動が大きくなってしまいます。これが「再エネが電力の安定供給を妨げる」と言われる理由です。

期待のデジタル制御技術:グリッドフォーミングインバータ

この課題を解決するためのアプローチの1つが「疑似同期発電機化」と呼ばれるデジタル制御技術です。再エネのグリッドフォーミングインバータとも呼ばれています。簡単に言えば、デジタル制御技術を活用して、再エネをグリッドフォーミングする従来型の発電機の「仮想的な仲間」にデジタルトランスフォームしてやろうというものです。まさに再エネのDXといえます。詳しくは下記の後編にて。

▼引き続き関連記事をマガジンに投稿予定です


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