まさに再エネのDXがカーボンニュートラルのカギ(後編)
前後編を予定と書いておきながら前編からなんと2年以上経過してしまいました。。
後編では再エネのDXとも言えるグリッドフォーミングインバータの基本的なアイディアと周波数同期との関係を解説したいと思います。
■ 再エネの増加が電力の安定供給を脅かす
はじめに再エネ導入が進むであろう近未来にどのような問題が生じ得るのかを説明したいと思います。
「グリッドフォーミング」とは?
これまでの電力系統は、火力や原子力などの従来型の同期発電機によって私たちの電力需要(電力消費)が賄われていました。基本的に需要が増加すると発電機内で回っているタービンの回転速度が下がります。逆に需要が減少するとタービンの回転速度は上がります。
ここで重要な性質が「同期」です。下記の記事で説明しているように、送電網で繋がっているすべての発電機の回転速度は、発電機の物理的な特性によって送電網で繋がっているだけで「勝手」に同期します。
すべての発電機が同期することは「すべての発電機が一心同体の仲間となってすべての需要変動を分担する」ということを意味しています。例えば、東京で大きな需要変動が生じた場合にも、関東の発電機だけが対応するのではなく、東北や遠く離れた新潟の発電機までもが東京の需要変動に自動的に対応することになります。
そのような協調動作が発電機の物理特性によって自動的に実現されるという点が、従来型の同期発電機がもつ非常に有用な特長です。すべての発電機で需要変動が分担されることで、一つひとつの発電機の回転速度の変化は小さくなります。そのため電力系統全体の交流電圧や交流電流の周波数変動も小さく抑えられます。この協調動作がグリッドをフォーミングする(電力系統を構成する)ということの意味です。
通常の再エネはグリッドフォーミングしない
現在導入が進んでいる再エネ(太陽光発電や風力発電など)は、同期発電機と違ってグリッドフォーミングをしません。具体的には、電力系統に需要変動が生じたとしても、その変動を従来型の同期発電機たちと分担するような協調動作を再エネは行いません。そもそも再エネには回転させるタービンがないので、回転速度が同期するという概念がありません。
電力系統における再エネの物理特性は、同期発電機と異なるだけでなく、むしろ電力を消費する機器(電力需要)に近いものです。図に表すと以下のようなイメージです。
再エネはグリッドをフォーミングする発電機たちの仲間ではなく、電力需要と同様に電力系統にぶら下がって負担をかける存在と言えます。加えて、再エネ導入が進む近未来には電力を余らせないように同期発電機を削減していくことになるため、需要変動を分担する仲間も減ってしまいます。これにより、需要変動に対する電力系統全体の周波数変動が増大することになります。
「グリッドフォロイング」とは?
通常の再エネは「インバータ」と呼ばれる機器によって、自然エネルギーで生み出した直流の電力を電力系統と同じ交流の電力に変換します。このときに、再エネの交流電力の周波数が電力系統の周波数に従うようにインバータが動作します。この動作をグリッドフォロイングと呼びます。
周波数が同期するという点では同期発電機と似ているように感じますが、あくまでも再エネは同期発電機の回転速度(電力系統の交流周波数)を参照して、それにフォローするように交流電力の周波数を揃えているだけなので、同期発電機のような自動的な協調動作は実現されません。
関連する話題は下記の記事でも解説しています。
■ 再エネのDX:グリッドフォーミングインバータ
デジタル制御によって再エネを同期発電機の仲間に
通常の再エネは電力系統にぶら下がる電力需要の仲間に近いのに対して、デジタル技術を駆使してインバータをスマートに制御することによって、同期発電機の仲間として再エネを導入しようというアイディアがグリッドフォーミングインバータです。下図がそのイメージです。
もちろんインバータの内部で物理的にタービンを回転させるわけにはいかないので、デジタル技術によるインバータ制御によって、他の同期発電機から見るとあたかもタービンの回転による物理特性を備えた機器であるように再エネを振る舞わせることを考えます。具体的には、送電線で繋がっているだけで発電機も再エネも「勝手」に同期するように、インバータのデジタル制御アルゴリズムを組みます。インバータ内部では仮想的なタービンの回転をデジタルデータとして計算します。
グリッドフォーミングインバータの実現に向けて
そんな都合の良いデジタル制御が可能なのでしょうか?
ハードウェアとして少なくとも必要となるのはバッテリー等の蓄エネルギーデバイスです。電力系統から見て同期発電機のように再エネを振る舞わせるためには、同期発電機を模倣するように電力系統との接続点における電流や電圧をリアルタイムに調整することが求められます。
そのためには、太陽光などで発電した電力をいったんバッテリーに貯め込んで、バッテリーの適切な充放電によって電力を整形することが必要です。基本的にバッテリーがなければ、天候に依存して変動する再エネの電力を思い通りに整形することはできません。ちなみに、最近ではバッテリーに代わるエネルギー貯蔵媒体として水素やアンモニアも注目されています。
具体的な電気回路によるグリッドフォーミングインバータの実現方法も活発に研究されています。私の研究室では下記を参考にしています。
アメリカの国立エネルギー研究所が出版しているロードマップ(Research Roadmap on Grid-Forming Inverters)も非常に参考になります。このロードマップには多くの研究課題が挙げられています。例えば
電力系統において、従来型の同期発電機とグリッドフォーミングインバータ機器はどれくらいの割合であるべきか
同期発電機とグリッドフォーミングインバータ機器が混在する場合に、想定した通りに電力系統の安定性が維持されるのか
などです。私の研究室では、これらの未解決課題に関連して、力学的エネルギーに基づく安定性解析手法の開発などの数理学的な研究に力を入れています。下記の記事で学術的な基礎を解説しています。
■ おわりに
前後編に渡って「再エネのDXがカーボンニュートラル実現のカギであること」を数学と物理の視点で解説してきました。カーボンニュートラルの実現に向けて、再エネ導入を加速していくことが不可欠であるのは確かです。
一方で、電力供給の安定性という観点では、再エネをどのように電力系統に接続するかを熟慮することも非常に重要です。ゼロエミッション火力(温室効果ガスを排出しない火力による同期発電機)の開発も「グリッドフォーミング」の観点で注目度が高くなっていくことでしょう。
▼引き続き関連記事をマガジンに投稿予定です
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