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システム制御で考究する電力系統の数理学


■ 私が考える数理学

私が主宰する研究室では、数理学の立場からスマートグリッドの研究開発を推進しています。数理学とは「学でモノやコトを解するための問」です。私は、特に「理解する」という点を重視して数理学という言葉を使うようにしています。

「数理学」は「数学」とは似て非なる概念であると私は考えています。数理学の真骨頂は、物事や現象の裏を貫く真理や原理、構造を数学的に見通すことです。それは、数式を闇雲に展開したり近似したりして、論旨を煙に巻くような粗い数学とは異なります。さらには、もっともらしい命題を恣意的に設定して、形式的な証明を与えることとも異なります。数理学を成すために証明を試みる命題は、対象とする物事や現象の深い理解につながるような、本質を射抜いた事実であるべきです。

■ 電力系統の数理モデル

電力系統の数理学として、私の研究室で実施している研究の一端を紹介したいと思います。動的システム理論(微分方程式に関する数学理論)の観点では、電力系統モデルの基礎は複数の質点が非線形ばねで結合されたネットワーク系として解釈できます。

ここでは説明を簡単化するために、巨大な系統を背にして一台の発電機が接続されている状況を考えます。これは一つの質点が壁に連結されているものと解釈できます。古典発電機モデルと呼ばれる最も単純な発電機モデルを採用する場合には、システムの振る舞いを表す微分方程式は

$$
M\frac{d^2x}{dt^2}=P-D\frac{dx}{dt}-K\sin x \qquad {\rm(1)}
$$

と表せます。ここで、$${x}$$は発電機の回転子偏角を表す時間依存の変数です。また、$${M}$$は慣性定数、$${D}$$はダンパ係数、$${K}$$は結合係数、$${P}$$は有効電力の指令値を表す定数です。発電機から系統に供給される有効電力は、$${K\sin x}$$の非線形項で表されています。

この非線形ばね系の理解を深めるために、工学分野の基礎教養として学習する線形ばね系と対比してみましょう。微分方程式は

$$
M\frac{d^2x}{dt^2}=F-D\frac{dx}{dt}-Kx \qquad {\rm(2)}
$$

です。ここで、 $${x}$$はばねの偏位を表す変数、 $${F}$$は外力を表す定数です。また、最後の$${Kx}$$は、ばねの復元力を表します。その他の定数は非線形ばね系と同様です。式(1)と式(2)の違いは、復元力に相当する最後の項が線形ばねか非線形ばねかという点のみです。

■ 力学的エネルギーに基づく数学的な安定性解析

以下では、これらのシステムに関して「何らかの変動が状態変数に生じた状況を想定して、時間の経過とともにその変動が減衰するかどうか」という意味での安定性を考えます。この安定性解析に有用な概念の一つが「力学的エネルギー」です。線形ばね系の場合には、基礎教養で学習する標準的な運動エネルギーと歪みエネルギーによって力学的エネルギーが構成されます。具体的には、それぞれ

$$
T(\dot{x})=\frac{1}{2}M\dot{x}^2, \quad
U_{x^{\star}}(x)=\frac{1}{2}K(x-x^{\star})^2
$$

です。ただし、 $${\dot{x}}$$は の時間微分(速度)であり、 $${x^{\star}=\frac{F}{K}}$$はつり合いの位置を表します。これらにより、つり合いの位置を基準とするシステムの力学的エネルギーが

$$
L_{x^{\star}}(\dot{x},x) = T(\dot{x}) + U_{x^{\star}}(x)
$$

と与えられます。直感的にも想像できるように、この力学的エネルギーは時間の経過とともに単調減少することが数学的な帰結として導かれます。具体的には、微分の連鎖律を用いて

$$
\frac{d L_{x^{\star}}(\dot{x}(t),x(t) )}{dt}
=
\frac{\partial T(\dot{x})}{\partial \dot{x}} \frac{d \dot{x}(t)}{ dt}
+
\frac{\partial U_{x^{\star}}(x) }{\partial x} \frac{d x(t)}{ dt} \
= -D \dot{x}^2(t) \leq 0
\qquad {\rm(3)}
$$

と計算できます。すなわち、システムの力学的エネルギーは、ダンパ(動摩擦)の影響によって速度の二乗に比例する量だけ時々刻々と減少していきます。最終的には、つり合いの位置に収束します。

同じ考え方が非線形ばね系にも適用できます。両者を結ぶ数学的なカギは、「つり合いの位置を基準とする歪みエネルギー」を「自然長の位置を基準とする歪みエネルギーを尺度に用いたブレグマン距離」として捉え直すことにあります。これが本稿で紹介する電力系統の数理学における最重要ポイントです。数式で表せば

$$
U_{x^{\star}}(x) = U(x) - \left\{ U(x^{\star})+ \frac{d U}{d x}(x^{\star}) (x-x^{\star}) \right\}
\qquad {\rm(4)}
$$

となります。ただし、自然長の位置を基準とした歪みエネルギーを

$$
U(x)=\int Kx dx = \frac{1}{2}Kx^2
\qquad {\rm(5)}
$$

と表しています。式(4)は一見すると複雑ですが、波括弧で表されている項は、 $${x^{\star}}$$の点で引いた関数$${U(x)}$$の接線の方程式となっています。したがって、関数$${U_{x^{\star}}(x)}$$は、自然長の位置を基準とする歪みエネルギーの値から、つり合いの位置$${x^{\star}}$$で引いた接線の値を差し引いた関数として理解できます。

関数$${U_{x^{\star}}(x)}$$が非負の値をもつことは、尺度に用いる$${U(x)}$$が凸関数となる定義域に$${x}$$と$${x^{\star}}$$が存在することと等価です。この事実は凸関数の接線の性質から導かれます。このことから、自然長の位置を基準とする歪みエネルギーの凸性が、つり合いの位置を基準とする歪みエネルギーの物理的な合理性に関わることがわかります。なお、線形ばね系に対する式(5)は二次関数であるため、大域的に凸です。すなわち、ばねをどれだけ大きく引き伸ばしても(この数学的表現のもとでは)歪みエネルギーは物理的に合理性を保ちます。

一方で、非線形ばね系に対する自然長の位置を基準とする歪みエネルギーは

$$
U(x)=\int K\sin x dx = - K \cos x
\qquad {\rm(6)}
$$

となります。興味深いことに、この関数を尺度に用いたブレグマン距離によってつり合いの位置を基準とする歪みエネルギーを定義すると、非線形ばね系も線形ばね系と同様に解析ができます。具体的には

$$
U_{x^{\star}}(x) = -K \cos x +K \cos x^{\star}
-K(x-x^{\star}) \sin x^{\star}
$$

と定義すれば、式(3)の不等式が同様に導かれます。ただし、$${x^{\star}=\sin^{-1} \frac{P}{K}}$$はつり合いの位置を表します。

このとき、$${U(x)}$$が凸関数となる定義域には、線形ばね系と非線形ばね系で異なることに注意が必要です。非線形ばね系では、式(6)が凸関数となる定義域は

$$
-\frac{\pi}{2} < x < \frac{\pi}{2}
\qquad {\rm(7)}
$$

です。線形ばね系では、どのような$${x}$$や$${x^{\star}}$$でも歪みエネルギーが物理的な合理性をもちましたが、非線形ばね系では、式(7)のように範囲が限定されます。この範囲外では、復元力である$${K\sin x}$$の向きが反転するため、システムの安定性が損なわれます。

■ 数学的アナロジーによるさらなる飛躍

以上の議論では、ごく単純な非線形ばね系を対象としてきました。しかし、数理学が本領を発揮するのは、この議論を出発点としてさらなる飛躍に臨む場合です。本稿では紙幅の都合により全容を説明することは不可能ですが、上記の力学的エネルギーに基づく安定性解析は、多数の発電機がネットワーク結合する場合にもそのまま適用が可能です。また、単純化された古典発電機モデルに限らず、2軸発電機モデルと呼ばれる遥かに複雑で表現力の高いモデルでも同様です。さらには、再生可能エネルギーの主力電源化に向けて活躍が期待されているグリッドフォーミングインバータが混在する場合にも、同じ枠組みの解析や設計の理論が展開できます。これらの応用展開の原点は、上述のように、つり合いの位置を基準とする歪みエネルギーを自然長の位置を基準とする歪みエネルギーを尺度に用いたブレグマン距離として捉え直すことにあります。

数理学の真価は、本質を射抜いた単純化による数学的アナロジーから、より複雑な物事にも深い理解が得られることにあります。このような「数学的アナロジー」は「概念的メタファー」とは異なります。例えば、電力系統の需給バランスや安定供給の説明では、紐で結ばれたおもりを回転盤で引き上げる描写やロープで繋がれた荷車を複数の馬で引く描写がしばしば用いられます。これらの描写は、初学者の直感的な理解を助ける観点では非常に有用です。しかし、このような概念的メタファーに依拠して、より複雑な物事に向けて視界を拡げようとすることは、一般に合理的ではありません。数学的アナロジーを見出すことは、物事や現象の裏を貫く真理や原理、構造を数学的に見通すことの好例です。

■ 研究者としての私のポリシー

数理学はモノやコトを単純化して理解するための道具や作法とも言えますが、実学はともすると「単純化」に批判的です。現実世界は確かに複雑であり、単純化とは相容れないように見えます。実際、御都合主義の単純化に特段の価値はないとも思います。しかし、数理学には、巧く援用してやれば複雑な物事も単純な物事の相似形として見通す眼力があることを私は実感しています。慣例を慣例として盲目的にならず、数理学の眼で原理や原則から見つめ直すことも変革の現代を考える術の一つとして重要であると信じています。この信念のもと、これからも自分らしい研究に邁進していきたいと思います。

▼引き続き関連記事をマガジンに投稿予定です

(本記事は東電記念財団の許可をいただいて、財団ニュースに掲載された研究紹介の記事を加筆修正して転載しています。)


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