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紐緖部長とぼくの話 11

割引あり

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      11

 一夜明け、文化祭2日目が訪れた。
 客は相変わらずまばらだ。何も変わらない。
 いや、変わったことが一つある。
 紐緖部長の出してきた課題、その回答期限が刻一刻と迫っているということだ。それなのに、ぼくはその回答はおろか聞かれている内容、その暗号を解くことすらできない。ただただ焦るばかりだ。
(ヒントって言ったって……)
 一体あのちょっとした会話のどこにヒントが隠されていたのだろうか。
 それらしいキーワードをピックアップしてみる。
(『映画』? 『配信サイト』? そのまた『アマゾンプライム』とか? いや、それとも『バイレンスアクション』とか?)
 どれもしっくりこない……。
 思考は堂々巡りを繰り返す。
 そうしている内に時刻はお昼を回った。
 それでもまだ答えに至ることができない。
 余談だけど、昨日よりもさらに過激な格好をしていたり、ずっと年上の男性に色目をを使って歩いてる女子がやたらと目につくような気がした。まあ、一日ずっと電脳部に引きこもっているぼくらには関係ない話なんだけど。

 ◇

 ぼくのような凡人にも、必死こいて頭を使い続けていると天啓が降りてくる瞬間というものはある。
 きっかけは午後、例によってお昼休みにはちょっぴり遅めな時間帯。
 昨日と同様に空腹を抱え、何を食べようか悩みながら模擬店を見て回っていたとき、ぼくの目に止まったのものがあった。
 マスカルポーネと生クリーム、それにメレンゲを混ぜ合わせカットしたイチゴを添えた、作るのにちょっと手間がかかる高級デザート。名前をロマノフという。大人気につきもう売り切れ寸前、最後の2皿というのでつい買ってしまった。一皿800円もした。
 ちょっとオシャレにカモミールティーなんか用意して、部長と一緒につまんだ日には憂鬱な午後もまるで天使の調べの中にいるかのように甘くてハッピーな気分で過ごせるだろう。部長も涙なんか流して感激しちゃうかも。
 そう思って電脳部へ戻ろうとしていた道すがらのことだ。
(2、3、5、7……37、39……いや違う。41、43……。素数を、素数を数えて落ち着くんだ……)
 そういえば後からしまったと思ったのだが、ぼくは昨日、部長にほんの小さな嘘をついた。いや、喋った時点では嘘とさえ認識していなかった、本当に小さな事だ。
 動画サイトの話だ。
 昨日は部長に、うちではアマプラ一択ですねと答えた。しかし、改めて思い返してみるとそういえば別のサイトに浮気しそうになった時期があったことを思い出した。
 去年くらいのこと。まだ中学生だったころの話だ。愛読している漫画がアニメ化するというニュースが飛び込んできたが、地上波放送はやらず、配信先はネトフリ独占だというのだ。せめてアマプラにしてくれよと思ったものだ。こういうのがたまにあるから困る。
 当時親にはアマプラに加えネトフリも入れないかせがんでみたが、やむなく却下された。そんなエピソードだ。
 ぼくが困ったり悩んだりしたときに素数を数えて落ち着こうとするのも、ロマノフが凄く美味しそうに見えたりするのも、その漫画の影響だった。
(そういえば部長の出してきた暗号問題、あれにも素数がよく出てくるよな。83、19……それに47も素数かな?)
 いや、待て。よく出てくるどころじゃあないぞ。ひょっとしてあの暗号文って、全て素数で構成されているんじゃないのか?
「素数から何か意味のある言葉に変換する……50音? アルファベット? ……あっ!?」
 解けた。解けてしまった。部長の暗号……。
 しかし、部長の問いはそれ自体がぼくにとってひどくショッキングな事実を突きつけるものだった。
 その残酷な事実に気づいたとき、ぼくはせっかく買ったロマノフを取り落としたことにも気づかず、無我夢中でひとり駆け出していた。

 ◇

「んんん……、もうこんな時間か……」
 辺りは既に暗くなっていた。
 ショックのあまり駆け出したぼくは、保健室のベッドで布団にくるまっていた。そのまま眠りこけてしまい、気づいたら日が落ちていたというわけである。外では文化祭の〆、後夜祭のキャンプファイヤーが行われている。
(可能性は万が一、億が一だったかもしれないけれど……)
 部長と二人、肩を寄せあってあの炎を眺める未来を夢見ていたが、そんな期待はすること自体が間違いであった。可能性は最初からなかったのである。
 だって、部長は……。
「あら、やっとお目覚め? 随分な重役待遇ね」
「うぉわぁあーっ!? ぶっ、部長おっ!?」
「何を驚いてるの。なかなか戻ってこないから探したのよ。やっと見つけたと思ったらグーグー寝てるじゃない。無理矢理起こしたら悪いと思って、起きるまで待っててあげたのに。この私を待たせたのよ、少しは申し訳なく思いなさい」
「す、すみません……」
「ところで安院くん、出してた問題は分かったの? もう模擬店の営業時間は終わっちゃったけど、それなら特別に許してあげる」
「部長……」
 情けなくも、ぼくは捨てられた子犬のように身を震わせるのを止めることができなかった。
「どうしたっていうのよ、まったく……」
「部長はヒドい人です。ぼくを……ぼくのことをからかってあざ笑っていたんですね?」
「ハァ?」
「暗号、分かりました。解けましたよ。タネが割れさえすれば簡単。素数とアルファベットがそれぞれ順番に、一対一で対応してるんですよね。つまり、2=A、3B、5=C、7=Dって……。ヒントの意味は、prime number、すなわち素数ってことだったんですね」
「素晴らしいわ。よくそこまで分かったわね」
「素晴らしくなんてないですよっ! 部長の問いかけ『831947  71474731  4197  792361172343237197』を翻訳すると、つまり『Who took my virginity?(私の処女を奪ったのは、だあれ?)』って事じゃないですか! ぼくの事なんてずっとからかって弄んでいたんですね。どこの誰だか知りませんけど、自分は他に、し……処女まで捧げた彼氏がいるっていうのにっ!」
「安院くん……」
 ぼくは部長に背を向け、枕を頭からかぶって布団に潜り込んだ。涙と嗚咽を止めることができない。この瞬間、ぼくの純情な恋心は無惨にも砕け散っていたのだから。
「部長のことなんてもう知りません! とっとと帰って、その彼氏だかなんだかとよろしくすればいいじゃないですかっ!」
「安院くん」
「なんですかもう……はうっ!?」  
 言葉を失った。
 ぼくが籠る布団の中に、紐緖部長が身をねじ込ませてきたからだ。
 
 ◇

 汗くさかった布団の中が、一瞬で甘い匂いへと変化していた。背中には柔らかな感触、人肌の温かみと共に━━。
 これが恋人同士の睦みあいというのならともかく、今のぼくはただ彼氏持ちの女子にからかわれているだけというのが悲しいところだ。
 これ以上密着されると股間が熱くなってしまう。そう考え布団から這い出ようとしたが、背中から抱きついてくる部長がそれを許さない。
「部長、お願いですからこれ以上ぼくの事をバカにしてからかうのは止めてくださいっ! あなたにはバージンあげちゃうくらい好きな人がいるんでしょう? 付き合ってる人がいるんでしょ?」
「んふふ、そうね。付き合ってはいないけれど、好きで処女をあげた事には変わりないわ。よかったら聞かせてあげましょうか? そのときの話」
 うわっ、この人どんだけドSなんだよ。と、ぼくの中の誰かが言う。
 しかも付き合ってはいない?
 部長みたいなお人を惚れさせ、しかもちゃんと付き合いやしない男って、いったいどんな奴なんだ。
 文化祭でそんな光景をよく見たからか、なんとなく女の扱いに小慣れたスマートな中年紳士が思い起こされた。
 もしこの世に生き地獄ランキングというものがあるとして、好きな人が別の誰かに処女を捧げたときの話を無理矢理聞かされるって、かなりの高ランクに位置するんじゃなかろうか?
「あれはね、何日前だったかしら……」
「ちょ……わりと最近ってことじゃないですか!?」
「……そう。最近ね。時間にしておよそ1日と20時間前ってところかしら」
「聞きたくないっ! やめてください! お願いですからっ! 大好きな部長が他の人とセックスしてる話なんて、聞きたいわけないじゃないですかっ!」
「呆れた。まだ気づかないの?」
「えっ」
「その相手の名前なんだけど」
(やめてくださいっ! お願いしますっ! 後生ですからそんなこと言わないでくださいっ!)
 ぼくには部長の口が次の言葉を紡ぐまで、ただ息を呑むことしかできなかった。
「安院……愁太郎っていうのよ」
 心臓が、口から飛び出た。
 いやそんなことはないのだけれど、その瞬間はそう錯覚するくらい強烈な鼓動を刻んでいた。まさか同姓同名……じゃないよな。
(嘘だろ……。いや、まさか……。だってあのときは……) 
 なにか言いたかったけれど、何も言葉を発することができない。身震いしながら体を入れ替え、部長の方へ向き直る。
「ぶ、部長……!」
 切れ長の瞳で射すくめるように見つめてくる。ぼくは布団から身を出していたけれど、部長の顔は布団にほとんど埋まっていたので、瞳だけが妖しく光って見える。 
「おととい、文化祭の前日よ。最初はそんなつもりは無かったの。ちょっと忘れ物を取りに戻ろうとしたら、あなたがあんなフザけた事してるんだもの」
「そ、それは……すみません」
「最初は、悪ノリには悪ノリし返してあげようって思ってただけなのよ。適当なタイミングでネタバラシして、安院くんのこと、笑ってあげるつもりだった」
 やっぱりドSじゃないか。
「でも念入りにオマ○コいじってくるし、必死な顔して腰をぐいぐい擦り付けてくるし、もう後には引けない感じだったじゃない?」
「そ、それは……! ご、ごめんなさい……」
「30秒くらい悩んだわ。本当にこのまま最後までさせちゃうのかって。でも、悩んでいるうちに結局最後は力ずくで押し切られた。本当に嫌な相手なら死ぬ気で抵抗してたんだろうけれど、安院くんならまあいいかなって思ったわ。ま、本当のトコを言っちゃうとね、カラダに引きずられて、気持ちの方は後から追い付いてたっていうのが正直なところ。あなたにこうして話しているのも、結構熟慮を重ねた結果だってこと、分かって欲しいわね」
「ぶ、部長……」
 目の前には瑞々しい唇が差し出されている。ぼくは唇を尖らせて部長の方へ近付けていった。
 だが━━。
「な、なんで……?」
 あと少し、あとほんの1センチでキスを成就できるというところで、部長は唇をさっと引っ込めた。
「この先に進みたいなら、まずは言うべきことがあるんじゃないの?」
 息を呑んだ。部長はぼくを試している。
 この問いにケアレスミスは許されない。
「ぶ、部長……」
「うん」 
「あ、あなたのことが……好きです。愛してます。ぶちょ……あ、いや……結奈……さん」
「ふぅ……んぁあぁっ……!」 
 返事を待たず、抱き締めて唇を重ねた。
「んっ……ぷぁ……」
 強く熱い抱擁で言葉を制した。正否なんて聞いていられなかった。何か言おうとするたびに何度もキスで唇を塞ぐ。
「もう……!」
 部長はせつなげに眉根を寄せながら、ハァハァと息を弾ませる。
 黒髪にざっくりと指を入れる。類い稀な頭脳の持ち主のはずなのに小さな頭をしており、それゆえに顔も小さかった。猛烈に撫で回しながら、舌を口中に侵入させていった。 
「うぅんんっ……!」
 熱っぽく見つめる。視線が絡みあう。夢中になって舌を吸った。
 そうしつつぼくは太ももへ手を伸ばした。むちむちした手触りに興奮を覚えながらも、次第に内腿へと手指を這わせていった。


◇おまけ◇
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