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「迷いのない介護」が支える「業務日課」至上主義 介護施設の課題Ⅱ-4


1.思考実験「迷いのない介護」

 「業務日課」至上主義を支えているのは、「迷いのない介護」を行う者たちです。「業務日課」至上主義を遂行しようとすれば、介護をするときに、迷ったりしていてはダメなのです。
 迷いのない介護職員は、介護する時に一々考えたりしませんし、自らの介護を疑わず、自分の介護を見直すこともしません。自らの介護を疑わないのですから、当然、自信を持つこともできます。
 この「迷いのない介護」は、一方的な介護、スピード重視の効率的介護、倫理の欠如した介護へとつながっていくのです。
「業務日課」至上主義は「迷いのない介護」を推奨し、職員たちを自信たっぷりで、倫理の欠如した者たちへと整形していくのです。

 典型的で極端な「迷いのない介護」についての思考実験をすることで、「業務日課」至上主義が介護及び介護職員に対してどのような影響を与えるのかが明確になるかもしれません。
 もちろん、実際には純粋な「迷いのない介護」を行う者から、迷いながら葛藤しながら介護する者までのグラデーション(さまざまな段階)があるのでしょう。

2.迷いのない介護は一方的介護

 「迷いのない介護」は、迷いながら、考えながら、その都度、手探りで、より良い介護(相互行為)を模索していくことを省略・スキップします。
 何故なら、そのようなことをしていたら、業務がとどこおり、業務の効率化を図れないからです。

 上野千鶴子(社会学者)さんは介護には次のことが要求されているといいます。

「関係の個別性と、場面の固有性、そのもとにおける介護する者と介護される者との相互行為を重視するならば、その都度、手探りで相手との間合いを計っていく繊細な感度とコミュニケーション能力とが要求されている。」

上野千鶴子(2011)『ケアの社会学』太田出版P183

 迷いのない介護職員は、その都度、手探りで相手との間合いを計っていく繊細な感度とコミュニケーションを放棄してしまいます。
 介護が相互行為であるということを忘れ去り、介護される入居者とのコミュニケーションもスキップしてしまいます。
 もちろん、当事者(入居者)の要望に耳を傾けたりはしません。また、「声がけ」などという面倒なこともしません。迷わないためには入居者とのコミュニケーションをシャットダウン(shutdown)、停止、中止する必要があるのです。無言で粛々しゅくしゅくと業務を遂行するのみです。

 コミュニケーションをシャットダウンする方法には二種類あります。

 一つは入居者を無視する方法。これは、明らかなネグレクト(neglect)、abuse/虐待です。
 もう一つの方法は、入居者に対して一方的に指導、指示、指図さしずして入居者を管理監督する方法です。この指導、指示、指図は一方的に介護者の意思を当事者に伝えるもの、命令するもので、権力的、抑圧的、暴力的な方法といえます。

 どちらの方法にしても、お年寄りの尊厳など眼中にありません。相互行為としての介護を一方的、一方通行の介護にしてしまっては、それはもはや本来の意味での介護ではありません。

3.迷いのない介護は高速介護

 「迷いのない介護」は、当然、高速介護です。迷いがないのですから高速介護が可能になるのです。迷いのない介護は、業務を速く遂行できる高速介護なのです。
 高速介護を支える幾つかの裏技を紹介してみます。

  • 食事介助は嚥下反射を活用してえさを与えるように行うので速い。

  • 入浴介助も汚れが取れたかどうかなんか気にしないから速い。

  • 入浴では、もちろん、入居者にゆっくり湯に浸かってもらおうなんて考えてはいけない。

  • 一定のスピードを保つのが最も難しいのはトイレ誘導・介助です。特に、下剤を飲ませた後や浣腸の後などは便が水様便でゆっくりとポタポタしか出なくてトイレ介助がなかなか終わりそうもない場合があります。こんな状態でも高速介護では、便がまだポタポタと出ていても躊躇ちゅうちょなく、さっさとリハビリパンツを上げてしまい介助終了。こうすれば、当事者の状態と関係なく速くトイレ介助を済ますことができるのです。入居者のお尻が汚れて褥瘡になっても仕方ありません。

  • また、オムツを外す入居者に対してはオムツのテープが当事者の臀部に来るようにオムツの前後を逆に着けたりする裏技を使ったりします。

  • 夜勤時のオムツ交換など省略・スキップして記録だけするという超省力化の裏技もあったりして。

  • 入居者にナースコールを鳴らさせないために、ナースコールを手の届かない位置に置くという技もあります。

  • さらに酷いのは、移乗介助などを円滑に素早く楽に行うために、入居者の食事制限をして入居者の体重を減少させるというブラックな計画だってあります。

  • 看取り介護ということで、息がまだあるのに霊安室に冷暖房も入れずに放置し、介護自体を放棄する究極のターミナルケアもありです。

 などなど、高速介護の引き出しには裏技がぎっしり詰まっているのです。

 迷いのない介護職員のおかげで日々の業務がとどこおりなく進むので、リーダーも主任も施設長も大満足!迷いのない高速介護ができる介護職員は上司からは信頼され、頼りにされ、評価も高く、「業務日課」至上主義の推進者となっているのです。
 彼ら・彼女らこそ厚生労働省や大手介護事業者が推し進めようとしている介護業務の効率化の優秀な担い手、推進者なのでしょう。

4.高速介護はない介護

 高速介護を支えるシステムがあります。それはない介護システムです。私は、介護職員は本来的には当事者(入居者)を客観的、科学的に観る専門家だと思います。

 しかし、近年の迷いのない介護では、業務の効率化、スピードアップを図るために、入居者を観るのではなく定点チェックをもちいた監視・コントロール技術で入居者を監視(見守り)するようになってきています。
 このようにすれば、介護業務の効率化は飛躍的に良くなるのです。

 この定点チェックを用いたコントロール技術について、國分功一郎(哲学者)さんは次のように紹介しています。

『監視によって人々に行為させるのではなく、人が行為したり移動したりするその間にチェック・ポイントを設け、基準を満たした人間だけを先に進めるのが「コントロール社会」の作動様式だ。』

引用:國分功一郎2013「ドゥルーズの哲学原理」岩波現代全書p216

 最近の介護分野では、定点的な入居者のバイタルチェック、食事量・水分摂取量のチェック、排尿・排便のチェック、体重チェック、口腔の状態チェック、栄養状態のチェック、ADLのチェックなどを基にAIによる科学的評価・指導で、当事者への適切な介護(行為)を決めることができると信じられているのです。

 視線を入居者に向けることさえしなくなれば、職員にとって入居者は単なるデータとしてしか存在しないことになってしまうのでしょう。
 怖ろしいことが起きつつあるようです。



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