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【短編小説】汝赤口、入滅せよ

汝赤口、入滅せよ
 寝起きの悪いSDRは五回目のキックでようやく不機嫌な欠伸をした。
「お前、そんなに低血圧だったか?」
 チョークを引いて濃いめになった混合比率は社外製のチャンバーを通して白い煙になる。
 カストロールの甘い香りが漂う。
 クラッチを切る。シフトペダルを踏む。
 アクセルを開く。
 SDRは、やはり不機嫌な声で応える。
「グズるなって、俺も働きたくなんか無いんだから」
 SDRは仕方なしに動き出す。
 お前が調子の良い時を教えてくれ。


 駐車場の清掃夫たちが道を開ける。
 恐らく全員が何らかの疾患持ちだ。そのうち一人はレックリングハウゼン。俺と同じだ。病状は俺の方がマシだ。
 あそこまで酷くなったら、と考える。
 俺なら死ぬ。耐えられない。
 拾う希望や喜びよりも、突きつけられる絶望の方が多いはずだ。
 それとも練炭を焚く気力すら無くしちまうんだろうか。
 それこそ絶望だ。
 耐えられない。
 飛び降り、飛び込み、首吊り、練炭、入水、明、イカ焼き風呂なんでもこい。
 死を持ってこい。
 それだけが最後の救いだ。
 それだけが最後の希望だ。


 要するに俺は俺の死を死にたい。
 惜しまれながら死んで行く英雄に憧れて窓を開ける。
 豚の安心があるなら欲しい。
 コンビニで買えるならそれに越したことは無い。一番旨いラーメンがカップ麺でも構わない。
 狼の不安。俺からは程遠く、だが不安。
 メキシコのプロレスラーみたいなマスクをして生活するのもアリか。
 それともイスラム教徒みたいに目元以外を布で隠すか。
 そうまでして生きたい人生かどうかも分からないのにな。
 なるべく小さな幸せとなるべく小さな不幸せをなるべく沢山集めて、全てを千切って真っ赤な夕焼けの海に棄てる。


 それはイメージの問題だ。
 結局は死ぬ。
 それは現実の問題だ。
 カーブを曲がる気すら無くして事故死するか、病死をするか、耐えきれずに狂死するか。
「先生、自死は狂死にはいりますか?」
「カーブを曲がらないのも含まれます」
「それが病気由来の成分なら病死では」
「関連性が認められません」
 SDRは真っ直ぐ伸びたその道を走る。
 120km/8500回転。
 警告灯。
 赤信号。
 嘘だ。
 割れたピストンシリンダー。
 最大馬力なんてもう出ない。


 内臓疾患がマシなのか表皮疾患がマシかのかは知らない。
 食えない事の絶望を俺は知らないし、脳みそが上手くやれない絶望を俺は知らない。
 俺が知ってるのは17th-NF1のバグだけだ。
 後戻りはできない。
 そして未来も無い。
 SDRにバックギアは無い。
 ガソリンも足りない。
 ウインカー。
 曲がり角。
 俺はハンドルから手を。


 フードコートで子連れファミリーを見た時に俺は絶望と疎外を感じたりしない。
 そんな未来は早々に棄てた。
 孤発性じゃなかったら俺は今ごろ塀の向こう側だ。
 いや、練炭を抱えて風呂場で眠っていたはずだ。
 子守唄をまだ決めていなかった。
 まどは開けないでくれ。
 暗い風呂場に虹は出ない。
 
 
 人生の正午を探してる。

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