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Re: 【短編小説】七夕短冊イタコ芸大爆発party Night

 夜風に煽られた笹の葉が掠れ合う音は、まるで大河の豪流、または岩肌に叩きつける鬼波のように快感と恐怖を渦巻かせていた。
 その笹に吊るされた願いや吹き流しが大きく揺れる。
「案外と今夜あたりかもな」
 男は思わず独り言を漏らした自分に驚いた。
 自分が無口だと言われているのは知っているし、そう言う自認もあった。
 久しぶりに自分の声を聞いた気すらした。

 男がバイクに跨り、キーをひねると、メーター類の小さな電飾が点った。
 2ストロークの重いキックを蹴り抜くと、鉄の獣は目を醒ました。
 そして低く、だが力強く吼えた。
 それに呼応するように、暗闇に次々と鉄の獣が目を光らせては低い声で吼え始めた。
 無数のスズキGT750が奏でるひび割れて乾いたエンジンコール。

 男は目覚めた獣の背を下りて、果てしなく響きわたる鉄の獣たちの咆哮の中を悠然と歩いていく。
 汚れひとつ無い純白の作業着に、金糸銀糸の絢爛な刺繍が施されていた。
 背中には大きく「不倶戴天」「五代目 緋虎崩死」「銀河上等」と記してある。
 そのほかに腕章、鉢待ちなどを身につけた男が集団の前に出ると、スズキGT750と言う名前の獣の咆哮(エンジンコール)はよりいっそう大きく響いた。

 その咆哮は男がすっと片手を上げるとぴたりと鎮まり、まるで真夏に訪れた夜の凪も似た脆弱が現れた。
 先頭に立った男は両手を後ろに組み、背を反らせながら叫ぶようにして
「これよりィー!!初代彦星のォー!!追悼集会をォー!!始めるゥゥゥ!!」
 再び凄まじい咆哮(エンジンコール)が鳴り響き、GT750たちの集団はひとつの巨大な生き物の様にゆっくりと動き出した。

 丘の上で、その巨大な光の生き物を眺めている女がいた。
 やたらとスパンコールのついたジャージのポケットを漁ってため息をつく。
 悪い癖だ。周りには低血圧だの、いつも不満気だのと言われているようだ。
 その女の背後から、伺うようにして声をかける女が現れた。
「姉御、そろそろ」
 姉御と呼ばれた女は気怠そうに立ち上がった。
 そしてSDRのキックをかけると、200ccのエンジンは機嫌の悪そうな猫に似た頼りなさそうな声で吠えた。

 肩を出して羽織ったスパンコールジャージの女たちは、続いてSDRのキックをかけてから、その鉄の猫たちの光る眼に照らされる姉御と呼ばれた女を黙って見ていた。
 姉御と呼ばれた女は、全員がSDRのキックをかけ終わった事を確認すると
「じゃあ、行こうか」
 と小さく言って、坂道を一気に降っていった。

 2ストロークの煙を吐きながらGT750たちは走った。真っ暗な夜の中を無数のGT750たちが切り裂いて走る様は、巨大な龍のようにも見えた。
 だが先頭を走る男は異変に気づいていた。
 GT750の凄まじい加速力を活かして集団を引き離した。後続の男たちも慌てて加速したが、先頭を行った男に追いつくことはできなかった。

 引きちぎられて間伸びした巨大な光龍の間を埋める様に、丘の上から急降下していったSDRの女たちは華麗なオーリーで飛翔すると、次々に光龍の隙間を埋めていった。
 GT750とSDRが合わさった巨大な光龍が身を翻すように飛翔し始めた。
 「特攻壱号機」と書かれた腕章の男が隣を爆走するスパンコールジャージの女に言った。
「族長ァ” 先頭”に”存在”るぜ?」

 女は姉御と呼ばれた女だった。
 姉御と呼ばれた女はSDRを全開にして飛ばした。それはまるで流れ星の様な加速で音を置き去りにして行った。

 姉御と呼ばれた女は、族長のGT750に追いついた。
「今日は初代の追悼集会だ……」
 やはり、来たか。
 男はそう思った。
「知ってるよ」
 姉御は笑った。
 意外だった。自分も笑うのだな、と思った。この瞬間が楽しく、自分はその速度を愉しんでいた。
 冷たいアスファルトを噛むタイヤの感触も、油の中を泳ぐように重たい空気の感触も、重力の裏側を走るようなカーブも、全てが美しく感じられた。


 巨大な光龍から遠く離れた二つの光が、夜の闇の中を並んで走る。
 背後からのヘッドライトを受けて、族長が着る特攻服の刺繍や姉御の羽織るスパンコールが光った。
 姉御は族長を見ずに訊いた。
「初代たちもこうしてたのかな」
「サァね……少なくとも俺たちァー……こうして”爆走”ってるンだが……」
 族長も前を見たまま答えた。


 その時だった。
 この世の光を全て奪われたように果てしなく暗い空に、一羽の巨大な折り鶴が現れたのを全員が見た。
 重く鈍い光を放つその折り鶴は、この世を覆うかと思えるほどに大きかった。
 音もなく近づいた折り鶴は鋭い翼を広げてて長い首を動かすと風もなく空を舞い、八百万の鎖を断ち切って回った。
 すると雷鳴の様な轟音が辺りに響き渡り、地に溢れた光が吸い上げられたよう空が割れ、ありとあらゆるものに光が満ちた。

 布団に入って眠ろうとした男児は、いっそう目を輝かせて続きを待った。
「それで?族長と姉御はどうなったの?」
 俺は硬い表紙の本を閉じると
「二人は光の渦に飲み込まれていったのさ」 
 と答えたが、息子は不満げな顔をした。
「早く寝なよ、続きは明日だ」
「えぇ、もっと聞きたい」
 しぶしぶと布団を被った男児は仕方なしに目を閉じた。

 俺はその男児の頭を撫でながら呟いた。
「呪縛から解き放たれた二人は、割れた空に飲み込まれて、世界の願いそのものになったんだよ」
 ハンガーに掛けられた特攻服はまだ白く視線の先にはスパンコールのジャージを羽織った妻が台所で食器を洗っていた。

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にじむラ
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