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「認知の歪み」 とは

認知の歪み

認知の歪み(cognitive distortion)とは、

誇張的で非合理的な思考パターンであり、これらは精神病理状態、とりわけ抑うつや不安を永続化させ得るもの。個人が現実を不正確に認識する原因となる思考

です。アーロン・T・ベック( Aaron T. Beck)が、その基礎を築き、彼の弟子のデビッド・D・バーンズ(David D. Burns)が、その研究を引き継いだ概念です。最も有名なのは、バーンズが1989年に著した『Feeling Good: The New Mood Therapy』であり、これらの認知パターンを学び、かつ除去する方法を紹介しています。

デビッド・D・バーンズ著『Feeling Good: The New Mood Therapy』


認知の歪みは、わたしたちに現実を不正確に認識させ、ネガティブな思考や感情の負のスパイラルに陥らせるものです。気分や感情は事実ではなく、逆に「歪んだ考え方がマイナスの気分を生み出す」と述べています。

認知の歪み

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(1)全か無かの思考/スプリッティング (Splitting)
全か無かの思考。 人間の思考において、自己と他者の肯定的特質と否定的特質の両方をあわせ、現実的に、全体として捉えることの失敗。グレーがなく、物事の全てを白か黒かで認識します。少しでもミスがあれば完全な失敗だと考えます。真実でも、真実らしくもない場合でも、常に(always)、すべて(every)、決して(never)などの言葉を使うのが特徴です。


(2)~すべき思考 (Should statements)
他人に対し、その人が直面しているケースに関係なく、彼らは道徳的に「すべきである」「しなければならない」と期待すること。「誰にでも優しくしなければ!」とか「私は、全ての人に愛されなければならない」、「絶対にミスをしてはならない」など、自分で決めたルールに縛られまくる状態。


(3)行き過ぎた一般化 (Overgeneralization)
経験や根拠が不十分なまま早まった一般化を下すこと。ひとつの事例や、単一の証拠を元に、非常に幅広く一般化した結論を下すこと。たった一回の出来事だけで、その問題は何度も繰り返すと結論づけてしまう。
例1:「彼女は今日挨拶をしてくれなかった、きっと私を嫌っているに違いない

例2:若い女性が、1回目のデートに誘われたが、2回目は誘われなかった。彼女は取り乱して友人に「いつもこんなことが起こるのよね。私には愛が見つからないわ!」と友人に言って取り乱す。

例3:ある男性は孤独で、ほとんどの時間を家で過ごしています。友人は、時々彼を食事に誘ったり、新しい人たちと会わせようとしてくれます。彼は、努力しても無駄だと感じています。自分を好きになってくれる人なんていない。それに、どうせ人間なんてみんな同じで、ちっぽけで自分勝手なんだから」

この歪みに対抗するための一つの提案は、自分の状況を正確に分析して「証拠を吟味する」ことです。これは、自分の状況を誇張するのを避けるのに役立ちます。


(4)フィルタリング (Filtering)
物事全体のうち、悪い部分のほうへ目が行ってしまい、良い部分が除外されてしまうこと。

例1:「試験において100問中、17問も間違えた、自分は落第するに違いない」

例2: アンディは、仕事で行ったプレゼンテーションについて、そのほとんどについて褒め言葉やポジティブなフィードバックを受けましたが、同時に小さな批判も受けました。しかし、アンディは、1つのネガティブな反応にこだわり、自分が受けたポジティブな反応のすべてを忘れてしまっていました。

デビッド・D・バーンズは、著書『Feeling Good』のなかで、このフィルタリングを「ビーカーの水を変色させる一滴のインク」のようなものだと指摘しています。フィルタリングに対抗するための一つの提案は、費用対効果の分析です。この歪みを持つ人は、ポジティブなものをフィルタリングしてネガティブなものに焦点を当てることが、長期的に見て自分の助けになるのか、それとも害になるのかを、座って評価することが役に立つかもしれません。


(5)マイナス化思考 (Disqualifying the positive)
上手くいったら「これはまぐれだ」と思い、上手くいかなかったら「やっぱりそうなんだ」と考える傾向。これにより、人は、良い事があったことを無視してしまうばかりか、それを悪い方にすり替えてしまいます。バーンズによれば、認知障害の中でも最もたちが悪いそうです(※2)。

例:私はジェーンのように上手にはなれない

例2:誰でも同じようにできたはずだ"

例3:彼らは親切心で私を祝福しているだけだ


(6)結論の飛躍 (Jumping to conclusions)
少ない証拠で否定的な結論を出すこと。2種類あります。


1. 心の読みすぎ(Mind reading)
他人の行動や非言語的コミュニケーションから、ネガティブな可能性を推測すること。当人に尋ねることなく、論理的に起こりうる最悪のケースを推測し、その予防措置を取ったりすること。

例1:ある学生は、自分の論文の読者はそのテーマについてすでに考えを決めているので、論文を書くことは無意味であると仮定する。

例2:ケビンは、自分が昼食時に一人で座っているから、他のみんなは自分のことを負け犬だと思っているに違いないと思い込んでいる。(これは自己成就予言を促す可能性があり、ケビンは周囲の人々がすでに自分を否定的に認識していることを恐れて、社会的接触を始めないかもしれない)。

2. 先読みの誤り(Fortune-telling)
物事が悪い結果をもたらすと推測すること。悲劇的な結論に一足先にジャンプしてしまうこと。

例:うつ病の人は、自分は決して改善しない、一生うつ状態が続くだろうと自分に言い聞かせる。

この歪みに対抗する一つの方法は、「もしこれが本当なら、それは、私と彼らのどちらについてより多くのことを言っているだろうか」と問うこと。


(7)拡大解釈、過小解釈 (Magnification and minimization)
失敗、弱み、脅威について、実際よりも過大に受け取ったり、一方で成功、強み、チャンスについて実際よりも過小に考える傾向。「針小棒大(しんしょうぼうだい)に言う」ともされています。

関連:インポスターシンドローム

Catastrophizing:どんなに可能性が低くても、最悪の結果を重視したり、ただ不快なだけの状況を耐えられない、不可能なものとして経験したりすること。


(8)感情の理由づけ (Emotional reasoning)
単なる感情のみを根拠として、自分の考えが正しいと結論を下すこと。 感情移入が強くなると「感情移入ギャップ」という現象が現れ、 「合理的な理由付け」ができなくなる傾向がうまれます。

例 1:「私はバカだと思う、だから私はバカに違いない」

例2: 飛行機に乗ることに恐怖を感じ、飛行機は、危険な移動手段に違いないと結論づける。

例3:家の掃除をすることに圧倒され、掃除を始めることさえも絶望的だと結論づける

(9)レッテル貼り (Labeling)
(1)の「行き過ぎた一般化」のより深刻なケース。外因性のできごとであるのに、それを人の性格に帰属させて、ネガティブなレッテルを張ること。 間違った認知により、自他共に対して、誤った人物像を創作してしまうもの。単に「失敗した」ではなく、「自分は全くダメな人間だ」や、「あいつはろくでなしだ」と考えます。


(10)個人化 (persionalization) と非難(blaming)
「個人化」または「自己関連付け」は、自分がコントロールできないような結果が起こった時、それを自分の個人的責任として帰属させること。これは称賛的なものもあれば、非難的なものも含みます。例:「今日雨が降ったのは、私の責任だ」

関連した認知バイアスとして、「コントロール幻想」があります。

例1: 里子は、自分が採用されなかったのは "愛情が足りない "からだと思い込んでいる。

例2:成績の悪い子がいる。母親は、それは自分が十分な親になっていないからだと考える。

「非難」は、個人化の反対で、非難の対象が、自分ではなく他の人になります。このようにして、人は個人的な責任を取ることを避け、「被害者意識」の道を作ります。

例: 夫婦間の問題の責任をすべて自分の配偶者に押し付ける。


(11)「常に正しい(Always being right)」
この認知の歪みでは、自分が間違っているとは考えられなくなります。この認知の歪みでは、自分の行動や考えが正しいことを積極的に証明しようとしたり、時には他人の気持ちよりも自分の利益を優先したりすることが特徴です。


(12)変化の誤謬(Fallacy of change)
他人を協力させるために社会的制裁に頼ること。この思考スタイルの根本的な前提は、自分の幸福は他人の行動に依存するということです。変化の誤謬は、他人が自分の利益に合わせて自動的に変化すべきであること、他人に変化するよう圧力をかけることが公正であることを前提としています。これは、パートナーのお互いに対する「ビジョン」が、自分や相手が、自分を変えれば、幸福、愛、信頼、完璧が実現するという信念に結びついます。ほとんどの虐待的な関係に存在する可能性がある認知の歪みです。

(13)公平性の誤謬(Fallacy of fairnes)
公平性の誤謬とは、人生は公平であるべきだという信念です。人生が不公平であると認識されると、怒りの感情が生まれ、状況を修正しようとします。「普遍的な正義」をすべて3の状況に当てはめて考えます。

関連:公正世界仮説


(14)感謝の罠(Gratitude traps)
感謝の罠とは、通常、感謝の性質や実践に関する誤解から生じる認知の歪みの一つです。このことばは、2つの異なる思考パターンのうちの1つを指すことがあります。

① 罪悪感、恥ずかしさ、不満などの感情を伴う自己中心的な思考プロセス(「~すべき思考」に関連)

② 心理学者のエレン・ケナー(Ellen Kenner)が、定義した「多くの人間関係におけるとらえどころのない醜さ、相手に恩義を感じさせることを主な目的とした欺瞞的な『優しさ』」。


認知の歪みに関連した「自己愛的防衛(Narcissistic defense)」

自己愛性パーソナリティ障害と診断された人は、非現実的に自分を優れた存在と見なし、自分の長所を過剰に強調し、短所を控えめにする傾向があります。 ナルシストは、このように誇張と最小化を用いて、心理的な苦痛から自分を守る。


対策・応用

診察、診療が良いけれど、手軽に改善していくなら「直接的抽象化」

これらの認知の歪みは、総じて帰属のエラーという構造を持っています。失敗を自分に帰属させ、成功を自分以外に帰属させる。この改善に良いかも?というのが、「直接的抽象化(Directed abstraction)」(※4)。オハイオ州立大学の研究で、学生にスピーチをさせて、全員を褒め、それから2つのグループにわけて、以下の指示を出しました。

1. どのようにプレゼンを組みたてて、それを具体的にスピーチに落とし込んだのか考える

2. 「わたしは、スピーチをうまくやりとげた。なぜなら(    )だからだ」の括弧のなかを埋める

結果は、2を実行した学生たちのほうが二回目のスピーチが向上したそうです。推測される理由は、「具体的な手段より抽象的な理由のうが自分の能力に意識が向きやすくなる」というもの。具体的な方法や手段は、帰属がそちらに向かうが、抽象的な理由に帰属させると、それは自分の能力の肯定を促進させるのではないかということ。

これを繰り返して、認知の歪み、帰属のエラーを矯正していくのが良さそうです。

もうひとつ、これはわたしの考えなのですが、

自分を乗り物と考える

という方法。自分の乗る乗り物なので、そのスペックを評価するのに歪みが減る。他人も自分も観察対象にすると「わだかまり」がごっそり消えていきます。わたしも実行中なのですが、有効そうな感触があります。

根拠の吟味



関連した認知バイアスなど

•感情移入ギャップ (Empathy gap)
怒ったり恋愛したりしている時に、その感情を持たない視点で考える事ができない傾向。

•コントロール幻想 (Illusion of control)
実際には自分とは関係のない現象を、自分がコントロールしていると錯覚すること。(雨男など?)


認知バイアス

認知バイアスとは進化の過程で得た武器のバグの部分。紹介した認知バイアスは、スズキアキラの「認知バイアス大全」にまとめていきます。


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参照

※1:Cognitive distortion

※2:認知の歪み

※3:Burns, David D. (1989). The Feeling Good Handbook: Using the New Mood Therapy in Everyday Life. New York: W. Morrow.

※4:Directed abstraction: Encouraging broad, personal generalizations following a success experience

※5:Gratitude trap

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