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Tokyo Night ラプソディ


東京の夜景が光の川になって
後ろへ後ろへと流れていった。
車のウィンドウ越しの
しんとした立体駐車場や
灯りを落とした瀟酒なカフェが、
後戻りできないスピードで遠ざかる。
そしてまた次から次へと知らない街が
現れては消えていった。


知り合い宅での集まりを終えて、
私達は自分の家へと帰ろうとしていた。
ご馳走の載った皿が立てる
かちゃかちゃした音。
さざなみみたいな会話や笑い声。
通り過ぎてきた道路に
今日という過去をどんどん置いてゆく。
イルミネーションの点る街並みが
いつも以上に綺麗に見えたのは、
心の中がまだじんじんと温かいからなのだろう。


今年ももうすぐ終わりだね。
この時期になると交わされる
他愛もない決まり文句に、
私は大きく頷いて、
そうだねえ終わっちゃうねえ、
と、後部座席のヘッドレストに
頭をもたせかけ、
星のない明るいネオン夜空を
ぼんやり見上げながら答えるのだった。


そうそう、年賀状の印刷はどうするの?
違うよ年賀状じゃないよ
今年は喪中はがきを出すんでしょ。
おせちは食べてもいいの?
おめでたいものてんこ盛りだけれど。
さあどうだろう。
それよりクリスマスケーキよ。
早く予約しないと。
あーまた生クリームにするか
チョコレートにするかで
揉めるの嫌だからねすっぱり決めちゃってよ。
などと追い討ちをかける言葉に
はいはい、と適当に相槌をうつ。
私は街を眺めるのに忙しいのだ。


帰り道の夜の車の中では、
楽しい時間も徐々にしんみりしたものに
変わってゆく。
煌びやかなイルミネーションの光が
騒がしいみんなの瞳に映ったり消えたりすることさえ、心に刻まれる。
今年のクリスマスケーキは
生クリームとチョコレートの間をとって、
ピスタチオのフレジエにしなさい。
天啓が聴こえた気がした。




小腹が空いた私たちは
途中で何か食べようということになった。
ほとんどシャッターの閉まった寒い夜の中で、
黄色っぽいあかりの灯るうどん屋の暖簾に
救われた気持ちになった。
近くの駐車場に車を停めて
うどん屋の前まで歩いて行く間に、
コートの袖口からのぞく手首に
冷たい風が絡まった。
夜空にそびえる高層ビルの上階では、
まだオフィスの明かりが
ぽつりぽつりついたままだった。



「おじさん、歳とったよね。
すっかり小さくなっちゃってさ」

温かいうどんの湯気で眼鏡を曇らせながら
兄が言った。
目眩がしそうなほどはふはふと
うどんに息を吹きかける猫舌の私は、
兄の言葉に、たしかに。と
言ったきりになったけれど、
それは私も感じていたことだったので、
みんなも同じように
人知れずしんみりしていたのだと思うと、
ちょっと泣きそうになった。
さっきまでのテンションが嘘のように
突然じわりと目元が熱くなるのは、
つやりとしたうどんと澄んだ温かい出汁が、
慰めに似ているからだと思った。

つむじ風がうどん屋の引き戸を
ノックするものだから、
つゆまで飲み干した人から順番に
車へと戻った。
体の真ん中から温まり、
勇気をもらったように
強い気持ちになったので、
私達はお構いなしに
車のウィンドウを下げた。
すぐに夜の匂いが入り込んできた。
あまりにも風が冷たかった。
それでも今の空気を感じていたかった。



時なんてすぐに過ぎてゆく。
後ろに流れていった光の川のなかに、
どんな建物があったのか
もう思い出せない。
夢みたいな煌めきの中を走ってきた後は、
寂れた通りがやけに暗くて静かで
夜が深かった。
いつの日か、この時の会話を思い出すだろうか。
それがどれほど儚くて大切だったのかを、
痛いほど思い知らなくては
ならなくなるのだろうか。
それとも
もう二度と思い出すことなどないのだろうか。
後ろを振り返らないで前だけをみていると、
常に道が現れた。
私たちはどこかへ続いている道の上に
いつもいつもいて、
同じ場所にとどまることはなく進む車に
揺られていた。




スカイツリーが紫色から緑色に変わった。
大きなクリスマスツリーみたいだった。
たぶんこれからのひと月を、
励ますつもりなのだろう。




文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。