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手紙にかえて。【秋の読書感想文2021】

小林大輝様。

はじめまして。
植物癒しと蟹の物語を読んで、
私はどうしてもあなたに
手紙を書きたくてたまらなくなりました。
このようなかたちで手紙をしたためること、
どうかお許しください。


最近の私は
「何か良い本はないかな」
というのが口癖で、
本屋を回遊魚のように泳ぎまわっては
今の自分が求めている本を探していました。
出会いにはタイミングもあるようで、
私の心に響く本にはなかなか巡り会えない日々に
悶々としていました。
そんな中でこの本を手に取り
『今の私が求めている物語はここにある』と、
直感しました。
読み進めるうちに、
自分の勘が正しかったことがわかりました。
ここ最近で、もっとも心震える物語と
出会った瞬間でした。

最初にタイトルを見た時、
植物癒しと蟹、という組み合わせは、
少し奇妙だなと感じました。
奇妙だなんて言って、ごめんなさい。
でも蟹の理由を知った時、
ああそうだったのか、と胸が痛むほどに
腑に落ちました。
蟹と同じ名前の病。
そのことだったのですね。

✳︎


蟹は未来の時間をどんどん食べてゆく。
この先できるはずだと思っていたすべてのことが、
取りやめになる悲しさ。
絶望は未来を見ていることから
生まれてくるのだと思います。
でもお話の中の男性のように、
未来ではなく今までの道のりの中で、
自分はすでに
夢を叶えながら幸せと共にあったのだと
気づけたら。
悪くないと思えるのでしょう。
必ずしも時間の長さの中に
意味があるわけではないのです。
今をどう生きるか。
今までをどう生きてきたか。
それが大切なのだとわかりました。

実は私は
透明な蟹を背中にくくりつけて
生きていた時期がありました。
19歳のことです。
まだ未来はたっぷりあると信じて疑わない
若い学生でした。
この本を読んでいる間に、私は思い出したのです。
背中に蟹を背負っていた頃、
私はやりたいことに持てる力のすべてを注ぎ、
そうできる喜びでいっぱいな日々を
過ごしていました。

『今やりたいことや夢を叶えられて
痛快な人生だった!
ここで終わるのは淋しいけれど、
そんなに悲しくはないな。
やり切ったからな。』

と澄んだ心で思っていたのでした。
無我夢中すぎて周りが見えていなかった私に、
街の風景の愛おしさや
人の優しさを気づかせてくれた蟹のことを、
不思議と恨んでいないのです。
私はあの頃決して不幸ではなかったと思い出せて、ああ、よかった。

自らの宿命の悲しみを抱えながら
大好きな男性に寄り添い、
生き方を見守っている。
この物語に出てくる蟹のことも、
私はどうしても憎めないのです。

✳︎

生きるってなんだろう。
言葉にすらできない声が
誰かを傷つけ、
枯らしてしまうことになるなら、
何のためになぜ生きるのだろう。
頭の中でぐるぐる思いが駆け巡ります。

誰かの苦しさに寄り添う人が
その辛さを一身に引き受けてしまい、
自らのエネルギーを枯れさせてしまうことには
心が痛みます。
私の両親が、私以上に苦しかったように。
そんな時に植物癒しのような存在がいたら、
どれほど救われることでしょうか。
大きな慰めは要らない。
ただ話を聞いてほしい。
植物癒しの言うおひるねは、
とても優しい支えなのだと思いました。
眠ってしまえば、すべては夢。
夢を見ている間は、苦しくないのですから。

✳︎

透明になることは、無になることじゃない。
私はそう思いました。
かたちが見えないだけで、
本当はそこに在るのですね。
透明になって、
誰かの中に潜り込んで生きている
ということなのだと思いました。
蟹が男性の中にいたように、
透明になった男性もまた、
残された家族の心の中で生きてゆく。
植物癒しの猫は、
街の植物や車椅子の少年の中で。
少年は文章を書き残すことで、
誰かの心の中で生きるのだと思いました。
癒した誰かの中でほんのりと灯り、
決して消えたりしない。
そう確信しました。


おしまいの方で
透明な蟹と猫と少年が
みんなで話尽くそうとするところ、
とても光って見えました。
明るくて温かくて
希望がありました。
みんな夢みたいでした。
嬉しいのに切なくて
少し涙が出ました。


この本のタイトルに惹かれ
読んでみようと思った人は皆、
植物癒しの存在を求めているのでは
ないでしょうか。
だからこそ手に取ったのだと思います。
この物語そのものが
植物癒しのようなものとなり、
私も含めた読む人を
明るい方へ誘ってくれるのだと信じます。

何度も何度も読み返しました。
あなたは
たったひとりの人のために
この物語を書いたとおっしゃいました。
でも私は
私のために書かれたのではないこの本を読んで、
心に光を灯すことができました。

誰もがいつかは透明になってゆく。
できることならば
私は、
大切な人をやわらかく撫でる風になりたいと
思っています。
この本に出会えてうれしかったです。
ありがとうございました。

#読書の秋2021  #植物癒しと蟹の物語
#コトノハ  #小林大輝

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文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。