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寒い夜。

吐く息の白さを、夜道の電燈が浮かび上がらせる。
私の呼吸はどこへ行くのだろう。
頭上にはオリオン。
冬の星座をあたためるように、
夜空にむかって、はあぁっと息を吐く。
白いかたまりの輪郭は濃く、
しばらくゆらゆらと漂ったあと
闇に溶けた。

朝にはしていたはずのストールを、
仕事場に忘れてきてしまった。
肩をすくめながらの帰り道。
手首、足首、首の首。
三つの首をあたためるんだよと
あの人は口癖のように言ったものだった。
夜の星を撮りにゆく専門家は、
寒さ対策も万全だった。
そんなことを不意に思い出す。

✴︎


足早に帰宅して
寒さの鼻先でぴしゃりとドアを閉めると、
少し安心するのだった。
けれども
油断した私に、
フローリングの床はそっけなく冷たい。

明かりをつける。
ストーブに火を入れる。
分厚いウールのカーディガンを着て、
作りおきの参鶏湯を温め直す。
湯気の匂いに心もほぐれてゆく。
体の内からほっとしたところで
ふと窓を見やると、
薄い結露が夜をにじませていた。

✴︎


ストーブの燃える音だけが聞こえるなかで、
久しぶりに私はあの人に手紙を書いた。
年に一度の日。
あの人のいない世界になって
もう七年もたつことの薄情さに身震いする。
少しも色褪せない笑顔と、
変わってゆく私の間に横たわる、時間の川。
深い川ほどゆっくり流れるというように、
少しずつ少しずつ
時間は思い出を飲み込んでいこうとする。

書き出しはいつもこのかたちだ。
年数ばかりが積み重なる。

「お久しぶりです。
あなたが星になってから
早いものでもう七年もたちました。」


行き先など本当はないのに。
宛先も書かないまま。
私は夜中に手紙を出しに行くために、
再び寒さの中をひっそりと歩きだす。

赤いポストに星の影が映る。
差込口に手紙を入れると、
ことり、としずかな音がした。
宛先も
差出人の名前もない手紙。
誰にも届かないはずの言葉が、
寒い夜の底で眠りにつく。
たくさんの死んだ手紙が
白い雪のように、
私の中に積もってゆくのだ。







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