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「嘘と正典」を読んで。

今日は何日だか知っている?
そう、11月29日。
つまりは締切が明日となっているお題企画に、
間に合わせることができないということだ。

私は並行して何冊もの本を読み分ける。
そのやり方を今ほど後悔したことはない。
もっと早くこの本を読んでいれば。

感想を書くには最低でも二回は読みたい。
でも今日、今しがた
やっと一回目が読み終わったところなのだ。
とてもじゃないが、
この本を一度読んだだけで
感想をねっちりと書くことは出来ない。
私ごときの技量では無理なのだ。
しかし書かないと後悔する気がしたので、
書いてみようと思う。
書かなかった過去を悔やんでも変えられない。
書いてよかったと思える未来を過ごせるかどうかは、今の自分にかかっているのだ。




『嘘と正典』 小川 哲

本を読むとすぐに寝落ちしてしまう私が、
一度も寝落ちすることなく読んだ本。
それだけでこの本がタダモノではないと
分かるはずだ。(いや、わからないか)

ページをめくるのがもどかしいほど
次へ次へと心を持っていかれた。
先を読みたい衝動は、
競走馬に振り下ろされる鞭のように
私を追い立てた。



幾つかの短編で成る本で、
どのストーリーも面白かった。
中でも私が惹かれたのは

『時の扉』
『ムジカ・ムンダーナ』
『嘘と正典』

の三つだった。




『嘘と正典』について書こう。

変えることの出来ない過去や歴史が、
ある仕掛けによって違うものになっていたら。
もしかしたら今というのは、
未来の誰かによって変えられた世界
なのかもしれない。
そんな不安定な危うい気持ちになる。
時間の流れは一定方向、というのは
実は嘘なのではないかと
疑ったりしたくなる。

『嘘と正典』は、
自分の信念に基づいて歴史を変えようと
抵抗する人達と、
それを阻止しようとする人達が登場する。
実際の歴史に絡めた物語というのは、
もしかしたらあったかも、と
思わせるモノがありゾクリとさせられる。

過去に向かって
「その道を行ってはいけない」
と伝えることは、何を意味するのだろう。
もしそれに従って今とは違う道を
世界が歩んでいたとして、
その時この自分は
そこに存在しているのだろうか。
時間の流れがここに辿り着いたからこその
今があり、国があり、主義があり。

ソ連内の科学者とアメリカのCIAが、
時空を超えて過去にメッセージを送り、
共産主義をなきものにしようと画策する。
そのやりとりにハラハラさせられる。

歴史は変わるのか?
変えられるのか?
エンゲルスは有罪になるのか?

しかし実際の本当の歴史の流れを
守ろうとする力は強い。
もしここで歴史を変えることが
できたとしても、
ひとつの主義に対して別の考え方や主義は、
遅かれ早かれ立ち現れて来るものなのではないかと思う。
きっと実際の歴史《正典》を守るものは
歴史上のどこにでもひっそりと存在するのだ。
もしあの時こうだったら、
と考えることはできるけれど、
結局は厳然とした現在の、
動かし難い事実が横たわる。
それがどんなに華々しく美しい過去でも、
どんなに惨たらしい過去でも。
それは《正典の守護者》が
たしかにいる証拠になりはしないか。
しかし、もしかしたら、と考えることは
可能性を広げることにもなるのだと思う。



『ムジカ・ムンダーナ』

こちらもとても美しい話で私は好きだ。
こちらの感想まで書き始めると
長くなりすぎてしまうので、
涙を飲んで割愛させていただく。
ただひとつ言わせていただくと、
この短編を好きになる人は
多いのではないかと思う。

音楽を巡る、ある親子の物語だ。


『惑星とは一種の音楽である。
惑星たちはポリフォニーを歌っていて、
それぞれの惑星の声域は太陽からの距離で決まっているらしい。たとえば地球はアルトで、
火星はテノールだ。』


音楽は時に、言葉以上に言葉の役割を果たす。

太陽系を抜けて
遠い宇宙の果てへと旅立ったボイジャーには、
ゴールデンレコードが搭載されている。
この事実は私もよく知っている。
ゴールデンレコードには、
地球や人間の画像、
様々な言語での挨拶、
動物の鳴き声、
それから音楽が収められている。

宇宙人がこれを理解するのか?
どうやって再生するつもりなのか?

などと、
私はツッコミを入れたくなったものだが、
相当にロマンがあることは否めない。
音楽には人類だとか文化だとかを超えた
普遍性があり、
宇宙そのものだと考えた誰かが、
ゴールデンレコードに
バッハやモーツァルトを載せることを思いついたのではないかと記されている。
(話が若干逸れた)

スパルタ式の厳しいピアノ練習を
父親に課された主人公は、
コンクールで優勝した後
ピアノを破壊して訣別する。
自分の内面の気持ちとは
かけ離れているにもかかわらず、
そのテクニックと表現技法で聴衆を魅了しても、自分には何の価値も無い嘘っぱちだと
思ったのだろう。

でも
音楽が貨幣であり財産であり学問でもある、
ある部族の、
最高価値の音楽を探した果てに、
音楽の本当の意味を主人公は悟る。
音楽は宇宙。
自分の中に脈々と流れる音楽は
引き継がれていくもの。
あんなに反発した今は亡き父親が、
部族の最高音楽『ダイガ』と同じ名前を
息子につけたこと。
そこにはもう音楽という宇宙が
息子に刻印されているのだった。




割愛させていただくといいながら、
長々と書いてしまった。


締め切りを前にして書きたいだけ書けたので、
私はうれしい。

本は世界を開いてくれる。
今まで知らなかった作家の方の本を読めたのも、こうした企画のおかげだと思う。
これからもいろいろな本との
新しい出会いを期待する。
ああ、気持ちいいね。







文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。