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【生きづらいと感じている全ての人へ。連載⑨】家族

父の葬儀は父の親である私の祖父母が中心になって段取りをしてくれた。
また、弟が一緒に暮らしていた事からくる責任からか、私たちにはあまり頼らずに手続きを担ってくれたお陰で、私はあまり大変な思いはせず、ひたすら寂しい気持ちで、それを隠すように弟や妹、祖父母や叔父と笑って、時に涙しながら過ごした。

母も弟を心配し、細かい手続きについてしかるべき所に問い合わせたりと動いていたようだった。妹は末っ子らしく、周りに笑顔を向けて和ませてくれていた。
こうして、何年かバラバラだった家族が、一人突然抜けた事でまた一つに集まり、協力していた。不思議な出来事だった。


通夜の前日、父の亡骸の横で、弟と妹と、これまでどんなふうに自分や家族の事で悩んでいたかを話した。
弟妹と本音を語り合う事なんて、いつぶりかも分からないし、初めてかもしれない。

弟と妹は、私と同じように考え方に癖があり、それによって人間関係に苦しんでいた。また、長年母の不機嫌を長女の私が受け止めていた事で、私は弟や妹を羨んで妬んでいたが、私が家を出てしまうと今度は二人が同じように母や父の不機嫌に悩まされて、苦しんでいた事が分かった。また、私と年の近い弟は、父や一緒に通っていた習い事の先生、学校の先生などに、私と比べられては同じようにできないと言われる事が苦痛だったと言う。私は周りにそのように言われた覚えがなく、むしろ反対に明るくて楽観的な弟の事が羨ましく、何より弟は母のお気に入りだったからずるいとさえ思っていた。だから、弟が私と同じように感じている事が信じられなかった。

弟は、今でも私と比べられては劣っていると言われた事が自己肯定感を下げる要因になっていて、それが社会に出てさらに複雑化し、精神が不安定になっているようだった。そして、私は私で友達や職場など、周りと比べて劣っているように感じてきた事を話すと、「お前はなんでそんなに自信がないんだ。器用になんでもできるのに。」と言ってくれた。妹も同意と言うように強く頷いていた。

私は正直、弟や妹の事を、見下している部分があった。
私が最初に産まれたから、2番目と3番目はツラい経験をしなくて済んでいるだけの事。順番が違えば、人生が変わっていたはず。この苦しい気持ちを味あわせたい…。なぜ私だけ。
恨みのような感情さえあったと思う。

それが、蓋を開けてみれば同じように近くで苦しんでいた私より2つ、7つ下の弟妹たち。

私がずっと、誰かに支えて欲しい、助けてほしい、見つけてほしい、と願っていた事を二人も心の中で同じように願っていたのかもしれない。


その後、父の葬儀は親類のみで小さく行われた。

最後のお別れはとても寂しかった。
妹が初めて泣いた。

弟はその前から泣き崩れていた。

姉として何もできなかった。

火葬するために、何人かの人に支えられて狭い部屋に入れられる父。
もうこれで形が変わってしまうんだ。
もう、父の姿が無くなってしまう。
どうしてそんな事するのだろうか。
焼いて骨にして、意味があるのだろうか。
それで父は幸せになれるのだろうか。
天国にいけるのか。楽になれるのか。
やめてほしい。

火葬自体を憎む気持ちにもなってきて、非人道的な事をしている気分だった。

それでも、取り乱すような事は無く、よく分からない笑顔を作りながら、泣きながら、ようやく父の葬儀を終えた。


弟と妹は、葬儀の間中、自分達より周りを尊重して気を配り続けていた。
なるべく笑顔で、毅然に振る舞うようにしていた。

祖父母の事、葬儀の段取りの事、叔父叔母の事。

いままで私は二人の事を見ていなかった事に気づく。
自分ばかりが不幸だと思っていた。

同じ環境で育ち生活してきた唯一の存在なのに。


それに気づいてから、少しずつ何年もかけて、私のひたすらに塗り固めて、強く強くしなくてはならなかった自己が、ふわふわと綿飴が空気に溶けていくように、薄く柔い存在になっていった。

私の父は亡くなってしまって、それはとても寂しい事だけど、母と弟と妹という、血の繋がった家族が居るという変わり様のない事実にとても安心感を覚えた。

この人たちはきっと私の味方だと。

そして、私もこの血の繋がった人たちの、そうゆう安心できる存在になりたいと思った。

(つづく)


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