「お母さん」を言い訳にしない。 産後ケアで出合った私の幸せの弾ませ方
時間が止まってくれればいいのに。
秒針を目で追いながら、ふとそんなことを思った。
保育園のお迎え時間が迫っているのに、ソファから起き上がれない。動かなきゃいけないのに、体が動いてくれない。今日もだらけてしまった、ダメなわたし。
生まれたばかりの下の子の寝顔を見つめる。子どもはかわいい。生まれてきてくれて嬉しいはずなのに、思い通りにならない自分の心と体にイライラする。もっとわかってよ、このしんどさ。もっとやってよ、なんで気づかないの。
届きはしないと思いながら、誰かに向かって心の中で叫び声をあげる。
仕方ないよね。
だって、お母さんなんだから、わたしがちゃんとやらなきゃ。うん、わかってる。でもね、ひとりじゃもう無理なの。わたしだけじゃできないの。
笑顔でいたいのに、できないの。
*
これは産後のわたし。
そして、もうすぐ1歳になる息子さんの活発な動きを見守りながら、ニコニコと笑顔で語るSATOさんの過去でもある。
喉元過ぎれば熱さ忘れるわけで、今のわたしは産後直後のしんどさをどう乗り越えたのかが、断片的な記憶になってる。
一方、SATOさんは現在進行形。産後のしんどさをただの苦労話にしないために、周りの人たちに自分と同じ苦しさ、孤独感を味わわせないために、一歩踏み出すことを決めた。
2020年に2人目を出産したSATOさん。産後、体を休めないといけないことは分かっていたけど、真っ先に頭に浮かんだのは上の子のケアだった。
「自分のできる範囲で、上の娘のケアをしてあげたいと思ってました。保育士という専門的な知識があるからこそ、自分で自分を苦しめていたのかもしれません」
寂しい想いをさせちゃいけない。保育士なんだから、ちゃんと子どもに寄り添ってあげないといけない。そう思えば思うほど、心と体がチグハグした。忘れっぽい、言いたいことが言えないといった、産後脳も経験した。旦那さんに買い物を頼もうとしても、何を買ってきてほしいのか分からない。伝えたいことは頭に浮かぶのに、口からは出てこない。
「ほんとに、心も体もボロボロでした。旦那さんは家事や育児にも積極的に関わってくれたし、近くに住む義両親も『何でも言ってね』と優しい言葉をかけてくれて、たくさん手伝いもしてくれました。でもすごくしんどかったのは、私が私自身のことを分かってなかったから。自分でできる範囲を超えて、やろうとしてたからだって気づきました」
産後のしんどさは当たり前だと気づかせてくれたのが、産後トータルケアクラスだった。SATOさんはやりたい気持ちを応援してくれる旦那さんと義両親に感謝しながら、産後指導士に向けての勉強を進めている。頼ってもいい、委ねてもいいと自分にOKを出せるようになったSATOさんの幸せの弾ませ方を聞いた。
だらけてるんじゃなくて、体力不足
産後ケアの必要性を語るSATOさんの目は真剣だった。
「産後ケアは一言でいえば産後のリハビリ。しんどいなと感じたときに、心と体の両面から自分をメンテナンスする方法です」
産後の体は交通事故並の損傷を受けている。その状態でスタートする育児。頻回授乳による慢性的な睡眠不足や貧血。いつも疲れている体。基盤となる体が整ってないのだから、何かをしようとする気力は湧かないし、誰かのことを思いやったり、自分がどう感じているかを言葉で伝えることすら、めんどくさく感じる。
「産後トータルケアクラスでは、まず体力をつけることを重要視していました。産後の体のことを知って、動けないのはだらけてるんじゃない、体力不足なんだと分かったんです」
体力とは、身体つまり心と体を動かすエネルギーのこと。体力があれば気力ややる気も湧いてくる。相手の気持ちを想像する余裕や、集中力もついてくる。
産後トータルケアクラスで出合ったバランスボールは、SATOさんの体力回復のよき相棒となった。
「隙間時間にボールひとつで、弾む、筋トレ、ストレッチ、子どもとの触れ合いや赤ちゃんの寝かしつけまでできちゃう。一石二鳥どころか、四鳥くらいのお得感があるから続けられてます」
自分がしたいことを、旦那さんと話し合えるようになったとき「体力がついた」と感じられたSATOさん。上の子が保育園を休みたいといえば受け止められる心の余裕もでき、保育園帰りに公園に付き合う日も増えていった。
体力がついて、動ける体になったことで、自分自身のことも、家族のことと同じくらい大切に考えられるようになった。
SATOさんが考えるお母さんの役割とはどんなものだろう。
お母さんの笑顔は家庭の潤滑油
「お母さんが家族の中心という家庭は多いと思うんです。お母さんの気分や体調で家庭の雰囲気が変わる。夕飯のメニューでお母さんのごきげんバロメーターは測れるかもしれませんね(笑)」
料理やお菓子作りが得意なわけではない、と前置きしつつも、基本的に家でご飯を作るのはSATOさんだそう。やる気が起きないときは、インスタントに頼ることも。
「多少の罪悪感は感じてしまうかな。ごめんねって言いながら、インスタント食品を食卓に並べることがあります。でも旦那さんと娘は喜んで食べてくれるし、今はその笑顔や楽しんで食べる時間を優先したいと思ってます。無理しすぎないことも大事かなと」
無理をしすぎず、自分のごきげんを自分でとるために、何かしていることはあるのだろうか。
「おいしいものを誰かと食べることかな。お友達とおいしいランチを食べて、たくさんしゃべって発散した日は、子どものちょっとした粗相や機嫌の悪さも受け止められちゃう。自分が満たされてるから、家族に質のいい接待ができる(笑)お母さんは家族の潤滑油だから、良い循環が生まれると思います」
お母さんの心と体を満たすことの重要性。自分のことを、ほんの少し大切に扱ってあげることが、周りの人を笑顔にするのかもしれない。家族のことを第一優先に考えすぎて、我慢する良いお母さんよりも、いつもニコニコとごきげんなお母さんの方がいい気がする。勝手に作り上げた理想のお母さん像に、自分を当てはめる必要なんてないのかもしれない。
「心身が安定していると頭が働くんです。アイデアが浮かぶ脳みそに生まれ変わります」
産後ケアの重要性に気づき、もっと学びを深めたいと感じたSATOさん。そのためには家族の協力が不可欠になってくる。
学びの時間に誰が子どもたちの面倒を見るか、お願いするための段取りや時間のやりくりなど、考えるべきことはたくさんある。それらをそびえ立つ壁と感じるか、工夫次第で乗り越えられる程度のハードルと感じるか。体力がついてクリアな思考を手に入れたSATOさんは「お母さんだから」とあきらめずに、工夫を続けてきた。
「お母さんでもやりたいことはあります。だって1人の人間だから。家族は他人が集まった集合体。それぞれやりたいことは違う。自分と、旦那さんや子どもは違う人、別の人格っていう前提が大事だなって思うんです。家族だからこそ、いい意味での距離感が必要というか。誰もが自分の思い通りにしたらいけないけど、言いなりになるのも違う。じゃあどうするって、毎回考えて話し合っていくようにしてます」
それぞれの「やりたい」に対して、どう優先順位をつけていくか。
「今までは私が我慢すれば良いと思っていたけど、後でシワ寄せがくることに気づいて。自分のやりたい気持ちを抑えて解決するのではなく『立ち位置』を変えることが大切だと思います」
四角にしか見えなかった物事が、相手と話すうちに、円にもなるって気づけるかもしれない。こんなやり方はどうかと提案できるかもしれない。100%相手の立場になることはできない。でも歩み寄る姿勢があれば、相手の気持ちを想像できる。
「相手の考えを無理矢理変えることはできないけど、話し合うことで、お互い歩み寄ることができると感じてます。相手のことを考えながら自分がしてほしいことを伝える過程で、感謝の気持ちも生まれてくる。そんな風に話し合いをしながらお互いが望む形を見つけていきたいなって思います」
産後ケアを広める拠点になりたい
SATOさんが住む石川県能美市にも、休息に重点をおいた産後ケア事業はあるが、「自分で積極的にリハビリをする産後ケア」を広めたいとSATOさんは考えている。
「すごくためになるよ!って周りのママ友や妊娠中の友人に話をしつつも、少し離れた金沢市まで通うのはちょっと大変でした。産後の体で小さな赤ちゃんを連れての外出はやっぱり負担になる。私の家の近くにもあればいいのにって思ってて。じゃあ、私がその拠点になれたらと思ったんです。今まで周りの人にたくさん助けられて過ごしてきたから、その恩返しというか、自分ができることをしたいなって」
好きな言葉は「適材適所」だというSATOさん。
「得意な人が得意なことをやればいい。誰でも必ず輝ける場所があると思うから、今自分ができることで、近くにいる人たちの負担を軽く出来たら嬉しいです。私は知ることで楽になれた。産後のしんどさを経験して、今も育児真っ最中の私だからこそ、できることがあると思うんです」
私にしかできないこと。私だからできること。
私の経験は、私だけのもの。でもそれはきっと誰かの役に立つ。
ほんの少し、声をあげる。ほんの少し、行動してみる。
そうすることで、同じような気持ちを抱えていた人の救いになる。しんどいのは自分だけじゃない。悩んでるのは自分だけじゃないって、気づけたときの安堵感。気持ちを交換し合える喜びが湧いてくる。
「おいしいものは1人じゃなくて誰かと食べたいし、おいしいね、楽しいねっていう時間を共有したい。そう思える人が周りにたくさんいるんです。だから私の住んでいる場所を居心地のいい、笑顔あふれる場所にしたい。おこがましいけど自分がその拠点になれたらいいなって思ってます」
抱えられるものを増やしたいと、息子くんを抱っこしながら、笑顔で語るSATOさん。大木のように、たくさんの葉をつけるイメージだろうか。
「私1人でできることは限られているから、仲間を増やしたいと思っています。手を繋いで大木になっていくイメージですかね。それぞれが得意なことを持ち寄って、お母さんも、お父さんも、子どもも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、全世代で心と体を整えて、私が住んでいる能美市を元気にしたい。産後トータルケアクラスを受けてる最中は、産前の私に戻りたいって思ってました。でも体力がついたら産前よりパワーアップしていて、スポーツレギンス履いて、まさかのお腹まで出してレッスンしちゃってます(笑)そんな私も大好き。やりたいことがあるって本当に幸せ。毎日楽しくって時間が足りないです」
軽やかに、でも確実に、目標に向かって階段を登っていくSATOさんの話を聞きながら、自分にも問いかけていた。
家族のこと、大切にしたい周りの友人のこと、そして自分自身のこと。
きっとこれからも、何度も立ち止まって問いかけるのだろう。
今自分はどうしたい?これからどうなりたい?どんな風に繋がっていきたい?って。
そのときに「お母さんだから」を言い訳にしないでおこうと、自分の心に約束した。
「お母さん」であることは事実だけど、それは障壁じゃない。
「お母さん」はステップであり、これからの未来への階段だから。
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