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鮨の真髄No.012 鮨の生命線:シャリ(酢飯、鮨飯)について3

本記事は「鮨の真髄」の連載12回目です。筆者が2023年12月末に始めた、アメリカのSubstackで連載している"Spirits of Sushi"の完全日本向けバージョンです。筆者は本が大好きなので、書籍をイメージした構成でお届けします(最下部に目次を記載しています)。

本連載を読み終えたときには、必ず鮨通になっています!
ググってもSNSを開いても得られないような情報を盛り込んでいきます。

今回の記事は「鮨の生命線:シャリ、酢飯、鮨飯について」の3回目です。本記事では、鮨にとって最も重要な調味料について解説します。即ち、お酢です。


シャリのお酢について

  • お米と並んで鮨において重要な原材料が、お酢だ。シャリが「鮨の生命線」である以上、お酢は「シャリの血液」だと言える。日本の伝統的なお酢は、お米もしくは酒粕を原料としてアルコール発酵させた後、出来たお酒を酢酸発酵させて造る。お米が原材料のお酢が「米酢」で、酒粕で造るお酢が「赤酢」である。使用するお酢に無頓着な飲食店は未だ無数にあるが、本当に美味しい料理のためには良いお酢が必要不可欠だ。

低質なお酢で感動を呼ぶ鮨を作ることは不可能である。理由としては、鮨のためのお酢は酸っぱいだけでなく、旨味も有していないと駄目だからだ。良いお酢は、香りや酸度だけでなく旨味が違う。単に酸っぱいだけのお酢ではシャリが非常にチープな味わいとなり、下手すると鮨や酢が嫌いになる子どもすら生み出してしまう。「酢飯のツンとした臭いと酸味が嫌い」と言う方は子どもだけでなく大人にもいるだろう。そのような方こそ、美味しいお酢で作ったシャリを食べて頂きたい。本当に美味しいお酢であれば酸味だけでなく旨味があるため、砂糖は使わないか、ごく少量で十分に美味しいシャリとなる。低質なお酢だからこそ味を補うために砂糖を用いなければならず、これは大量消費時代の昭和の悪しき伝統だ。

ちなみに、「無頓着なお酢」の事例としては、京都の齋藤造酢店「玉姫酢」が有名だ。こちらは2021年に終売になった銘柄で、自ら「昔ながらの製法で作られた幻の酢」や「古い製造方法しか知らない本当に小さな酢蔵です」と謳っているためか、料理人や料理研究家、料理評論家、自然食品活動家などから絶大な支持を集めていた(facebookやネットで検索すればヒットする)。「自然な甘みのお酢」や「酸っぱくないので飲めるお酢」と絶賛されていた。しかし、原材料表示は「アルコール、酒粕」であった。原材料表記は使用量が多いものから書くのがルールで、ミツカンの穀物酢でも「穀類(小麦、米、コーン)、アルコール(国内製造)、酒かす」である。これが「玉姫酢」の「昔ながらの製法」であった。この事例からは、表層的なキャッチコピーに騙されるのではなく、原材料と実際の製法を確認すれば美味しいお酢に出会えることが分かる。美味しいお酢の原材料は、米酢の場合は「米(国産)」で、赤酢の場合は「米(国産)、酒かす」とシンプルだ。アルコールや調味料が入っていないお酢こそが、本当の「昔ながらの製法」である。

歴史的に見ても、江戸前鮨は美味しいお酢が発明されたことで江戸(東京)でブームとなったチャプター1をおさらいすると、そのお酢とは「三ツ判山吹」と言う商品名のお酢だ。現在はグローバル企業となっている株式会社Mizkan(ミツカン)の創業者である中埜又左衛門が生み出した、酒粕を原料として造る赤酢だ(従来のお酢はお米を原料として造られる米酢であった)。現在も東京の一流店や伝統的な老舗の多くが赤酢を使う理由は、江戸前鮨の原点だからだ。

その後、第二次世界大戦を経て、お酢の工業化が進んだ。その過程で、原料となる酒粕やお米を少量しか使わず、人工的なアルコールを加えて機械を用いて1日で発酵を終えさせてしまう速醸法(全面発酵)が主流になってしまった。本来のお酢造りはお酒の酢酸発酵に80日~120日、熟成に240日~300日かける「静置発酵」で行われるところ、速醸法は極端に短い期間で造る。残念ながら「静置発酵」を行う蔵、メーカーは非常に少なくなっている状況だが、幾つかの蔵は現存し、美味しいお酢を造り続けている。日本で美味しい本物のお酢を買うためのキーワードは「静置発酵」である。

美味しいお酢のキーワード「静置発酵」

「静置発酵」を行う蔵の中で、最も伝統的かつ先進的な試みをしている蔵は、京都府宮津にある飯尾醸造だ。

この蔵は、なんと、お酢のもととなる清酒(日本酒)を自前で造っている。

しかも、原料となるお米も無農薬で自家栽培あるいは契約栽培で育てている。

これらの点において、全国でも比類ない蔵である。「静置発酵」を行う前に清酒(酢もともろみ)造りに40日以上かけている蔵なんて、他に無い。また、江戸前鮨に使用される赤酢も造っており、熟成期間は10年~15年ほどに及ぶと言うので驚異的だ。全国に赤酢を造る蔵が点在しているところ、自社の酒粕100%で赤酢を造っているのは、飯尾醸造以外だと和歌山県の九重雜賀しか無い(九重雜賀は清酒も販売する酒蔵だ)。飯尾醸造のお酢のブランド名は「富士酢」なので、覚えておくと良いだろう。上質な調味料を揃えるスーパーや都市部の百貨店の地下食料品フロアで入手可能だ。なお、蔵について詳しく知りたい方は、筆者のサイトをご参照頂きたい。

他に、現在の江戸前鮨店で人気が高いお酢を造っている蔵については、横井醸造(東京都)、内堀醸造(岐阜県)、私市醸造(千葉県)などがある。また、米酢で「静置発酵」を行って造る素晴らしい醸造蔵としては、石川県の今川酢造、福井県の河原酢造、とば屋酢店、山梨県の戸塚醸造店、広島県の杉田与次兵衛商店、福岡県の庄分酢、佐賀県の右近酢などがある。

最近は、江戸前鮨が各県に広がる過程で、地元の醸造蔵のお酢を用いる鮨職人も増えている。伝統的な調味料は手間とコストがかかるので、一流の鮨職人が使用し、認知を高めて消費量を増やす行為は崇高と言えるのではないだろうか?全国には絶滅寸前の蔵もあるので、鮨職人が使用するようになれば蔵と伝統文化が生き残る結果となる。もともとは地産地消こそが日本の文化なので、今後もこの流れが促進する事を願っている。

次の記事では、塩や醤油、味醂など鮨において重要な調味料について解説する。日本特有の調味料の奥深さに魅了されるはずだ。

今後の目次構成

今後については、以下のとおり執筆していく予定です。

  1. スシの歴史

  2. スシの仕事と種類:江戸前寿司(握り鮓)、関西鮓などなど

  3. スシの用語: 鮨店を100%楽しむための重要用語集

  4. 鮨の生命線:シャリ、酢飯、鮨飯について

  5. 鮨種(タネ、ネタ)についてのマニアックすぎるガイド

  6. 鮨職人の技:包丁や鮨職人の道具について

  7. 日本が誇る魚文化: 築地から豊洲市場、そして各地へ

  8. 必訪の鮨レストラン: 東京から札幌、福岡、その他の地域まで

  9. 郷土寿司の世界: 日本の多様な寿司文化を探る

  10. 鮨と日本酒のペアリング

  11. 鮨の作法とテーブルマナー

  12. 家庭で美味しいスシを作るための必需品

  13. ポップカルチャーの中のスシ: マンガと映画

  14. スシの健康と持続可能性

  15. まとめ:スシの未来

なお、こちらがサブスタックの英語版記事になります。

それでは、今後ともよろしくお願いします!
励ましの「スキ」を頂けると、次のレシピを書く原動力になります!

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すしログ(大谷悠也)
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