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巧妙に仕掛けられたフェミエンタメ映画   「ラストナイト・イン・ソーホー」(ネタバレあり)

「ホラーでありミュージカルでもある不思議な映画!」という「たまむすび」の 町山さんの解説を聞き、ミュージカル映画を愛する私は
「ホラーミュージカルなんて新しい」と映画館へ。
そして拝見したら、あら?あらあらーー??なんとびっくり!
この映画、蓋を開けたら女性の性搾取とハラスメントを描いており、
自己実現したい女子に向けて強いメッセージが込められています。
『ホラー&ミュージカル風の娯楽作に見せかけたフェミ映画』というのが    「ラストナイト・イン・ソーホー」の正体でした。

(最後、ネタバレあり)

オープニングは60’Sナンバーと共に主人公のエロイーズが踊るご機嫌な始まり。
デザイナーを夢見る彼女はロンドンのデザインスクールに合格。いざ、列車に乗って上京。
しかし駅から寮に向かうタクシーの中で運転手がエロイーズにかける会話。
ここで初めて私は「おや?何だろう、この映画」という強烈な違和感を感じま  した。
『美人だな、デザイナーじゃなくてモデルやればいい』
『綺麗な脚だね』
『俺がストーカー第一号だね』
ホラーの恐怖ではなく、女性に不快感を感じさせる運転手のキモいセリフの数々。
このような嫌悪の恐怖は、女性だったら経験あるのではないでしょうか。
ここからエロイーズはめくるめくハラスメントゾーンへ入っていくわけですが、
その洗礼のようなリアリティある会話です。

ハラスメントをするのは男だけではありません。寮のシェアメイトは絶望的に
素行が悪く、部屋でキメセクしたり、パーティで知り合った馬鹿スケベ男に  「この子、そういうHなの好きよ」と売るような発言をします。
たまにいますよね、こういう置屋の婆アみたいな、同性を売る女。
「あの子、○カップなんだよー」みたいな情報を男子に言うスクールカースト上位女子。そういう絶妙に腹黒く嫌悪感を感じる女なのです。
この辺りもホラーの恐怖はなく、ハラスメントの「不快」「嫌悪」を積み上げて
いきます。

そこで寮を出て古いお屋敷に下宿を始めるエロイーズ。
すると夜になると不思議な夢を見始める。そこは60年代。歌手を目指している 金髪の美しいサンディが登場。クラブに行くと周囲はその美しさに注目の視線。 クラブのボーイ、ジャックと恋仲に。そんなサンディが、たまに自分の分身のようになり、夢の中でシンクロするエロイーズ。
最初は60’Sの映画のような夢に、ヒロイン気分を味わうエロイーズ。
しかし、蓋を開けるとそのクラブは売春クラブ。サンディはHな衣装を着て踊り、客を取らせられるという地獄。そんなサンディとシンクロして、おじさんにベッドで迫られる恐怖を味わうエロイーズ(ぐえー)
しかも、そのおじさん達が次から次に出てくる恐怖。

そう、このホラー映画の恐怖の対象は「性搾取するおじさん達」
「ハラスメントする男達」を亡霊として描いていたのです。
「ハラスメントをホラーとして描いた」
ここがこの映画の新しいところなのではないでしょうか。

(やや話は脱線しますが、
「格差」をホラーで描いたジョーダンピールの「アス」
「人種差別」をホラーで描いた同じくジョーダンピールの「ゲットアウト」
「家族の闇」をホラーで描いたアリアスターの「ヘレディタリー」
 ホラーは深刻なテーマをエンタメに昇華させる希望のジャンルなのかも
 しれません)

毎晩、ベッドで性搾取され、刃物で応戦して血みどろになるサンディの夢を見て しまうエロイーズは次第に現実と夢の区別がつかなくなり、警察へ。
きっと60’Sに実際にサンディという女の子がいて、同じ事件があったはず。
だって似た建物もあったし。
しかし、警察は彼女を「頭おかしい」「統合失調症の疑い」などと判断します。

よく活躍してたのに、突然消えてしまったり、引退してしまったり、
心身の調子を崩して長期休養、みたいな女優さんていますよね。それで周囲は
『彼女は心が弱かった」「神経が細かった」など言っている。でも、
実際はこの映画みたいなことで、誰も信じてくれず、まあ表向きは「心が弱い」という事にされて裏で抹殺されたのではないでしょうか。

しかし、エロイーズには、味方がいました。
デザインスクールのクラスメイトで、ジョンという黒人の男の子です。
彼のキャラクターがとにかくハラスメントゾーンの人々とは対照的。
エロイーズへの声のかけ方や気の使い方が押し付けがましくなくて
絶妙。
いい感じになってベッドで…って展開になるのですが、途中で
エロイーズがサンディの幻影を見ちゃって「ぎゃー!」となって、追い出されちゃうんですが
翌日も「俺に恥かかせやがって!」みたいな事を言いません。
彼はエロイーズをもちろん女性として好意を持っているけれど、
それ以上に彼女を「人間」として扱っているのです。
そして他の女の子達は流行を追っていますが、エロイーズは60’sのデザインを
愛する独特の個性を持っている。彼はそのセンスも好きなのです。
ラブストーリーに登場するかっこいい騎士ではありませんが、
守護天使のようにエロイーズを理解しようとし、守ってくれます。
自己実現を目指す女の子にはもってこいの男子なのです。
(男が皆、ハラスメントをするわけではない。中にはこんな奇跡的なフェミニスト男子もいて、運が良ければ遭遇できるのです)

(※ここからネタバレします)

なぜエロイーズがサンディの夢を見てしまうのか。
それは下宿している屋敷の一階に住む大家のお婆さんの若い頃がサンディだったのです。彼女は若い頃、歌手を目指していた。しかし夢を人質に娼婦のような事を させられ、その夢を男達に壊され、そして犯行に及んでいた訳です。
(そんな部屋に寝泊まりしてた恐怖)
秘密を知ってしまったエロイーズを大家のお婆さん(老サンディ)は手にかけようとします。助けに入ってきたジョンの事も。しかしその途中で屋敷に火が。。
エロイーズは自分を殺そうとしてきた老サンディを救おうとします。
だって幻影の中で、若サンディがどれだけ酷い目にあってきたか、目の当たりにしてきたから。その悲しさをエロイーズは同じ夢を持つ女として分かるから。
すると老サンディは観念しその場に残って死を選びます。そしてこう言ってエロイーズを逃すのです。
「自分を救うのよ。自分の男も」

そう、結局、自分を窮地から救うのは自分自身なのです。
自己実現を目指す女たるもの、その強さを持て!という強烈なメッセージ。
ハラスメントに対しても被害者にならず抗議して戦え!
男の力に頼るな。なんなら自分が男を救え!
まさかホラー映画を見ていて、こんな強いメッセージを貰うとは。
生き方を鼓舞されるとは。すごい手腕です。

脚本は監督のエドガーライトと、クリスティ・ウィルソン・ケアンズの共同脚本。
着想はエドガーライトとの事ですが(多分、主人公が60’Sの歌手の女の子と夢でシンクロして、その夢の女の子は下宿先の老婆、というアイデア)
それを「性搾取」で一本、筋を通してハラスメントで肉付けしていったのは、  クリスティ・ウィルソン・ケアンズの腕前と推測します。

ここ数年、Metooもあって優れたフェミ映画が作られています(『スキャンダル』『はちどり』『82年生まれ、キムジヨン』等々。邦画ではあまりないのが残念ですが)
しかし「フェミ」「女性映画」というワードで括られると、やはり男の観客は見る気をおこさないものです。(自分が責められるように感じる、自分達の既得権益を
やんやと非難される不快)
またハラスメントや性搾取の描き方によってはフラッシュバックを起こしてしまう女性の観客もいます。

つまり、フェミコンテンツって優れたものはあっても、そこまで爆発的に
儲からない。
(出資するおじさんは儲かるものが好きなのです)
そこで、これをいかにフェミとバレずにエンタメとして昇華させ、娯楽作としてみせるかがクリエーターとして腕の見せ所なのではないかと思います。

それを初めてやってのけたのは、30年前の「テルマ&ルイーズ」だと思っています。(脚本のカーリー・クーリはかなりの企みを抱きながら書いたのだと推測)
「ラストナイト・インソーホー」はそれを「テルマ&ルイーズ」以来、30年ぶりにやってのけた作品だと思います。しかもホラーというジャンルで。

何者かになるために上京してくる女の子には、信じられないくらいいろんな事が おこると思います。でも、この映画を是非、観てテキストにして欲しい。
そしてどうか負けないでほしい。闘ってほしい。大変だけど。
あなたの夢を救うのも守るのもあなた自身なのです。

(↓こちらは巧妙なハラスメントの縮図に翻弄された
 41歳の女性プロデューサーの話)

(他にこんなものを書いてます)


うまい棒とファミチキ買います