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ランニングは、関節軟骨を削らない

▼ 文献情報 と 抄録和訳

ランニングが下肢軟骨に及ぼす影響:システマティックレビューとメタアナリシス

Khan, Michaela, et al. "The influence of running on lower limb cartilage: a systematic review and meta-analysis." Sports Medicine (2021): 1-20.

[ハイパーリンク] DOI, PubMed, Google Scholar

✅ キーポイント
- 軟骨の形態や組成に短期的な変化があったとしても、持続することはない
- 膝、足首、足の軟骨は、1回のランニングでも長期のトレーニングプログラムでも、ランニングで受けた衝撃から回復する
- ランニングは、膝関節の新たな軟骨病変の形成を誘発しない

[背景・目的] ランニングは世界的に人気のあるスポーツである。ランニングが関節の健康にどのような影響を与えるかを理解することは、スポーツ医学の専門家やランナーに推奨するために重要である。定量的磁気共鳴画像法(MRI)を用いて、ランニングが下肢軟骨の形態および組成に及ぼす影響をまとめることを目的とした。

[方法] 研究方法ランニングの前後にMRIを用いて軟骨を評価した前向き反復測定研究を対象とした。データソースはPubmed、Embase、CINAHL、SportDiscus、Web of Science、Cochrane Central Registry of Controlled Trialsとした。定性的分析では、QualSystツールに基づく研究の数と方法論の質の評価を考慮し、エビデンスの強さ(強い、中程度、限定、非常に限定)に基づき推奨を行った。定量的分析ではメタ分析を行い、効果量はヘッジのg標準化平均差として算出した。結果43の論文が含まれ、7つのアウトカム(病変、体積、厚さ、グリコサミノグリカン含有量、T1ρ、T2、T2*緩和時間)が評価された。

[結果] 19の論文が高品質と評価され、24の論文が中程度の品質と評価され、低品質と評価された論文はなかった。定性的分析によると、ランニングは、膝軟骨の体積、厚み、およびT1ρとT2緩和時間の即時減少を引き起こす可能性があるが、これらの変化は持続しない。メタアナリシスでは、1回のランニングの直後、大腿骨内側と脛骨のT2緩和時間がそれぞれ小さく、中程度に減少することが明らかにされた。定性的分析によると、ランニングの反復暴露が軟骨の形態および組成に及ぼす影響は限定的であることが示された。既存の膝軟骨病変に関する矛盾するエビデンスがあるにもかかわらず、ランニングが新たな病変の形成につながらないことを示唆する中程度のエビデンスがあった。ランニングの反復暴露は、足と足首の軟骨の厚さや組成に変化を与えなかった。

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✅ 図. 定性的な結果のまとめ。色は証拠のレベルを表し、緑は強い、黒は中程度、オレンジは限定的、赤は非常に限定的であることを示している。「注意」記号は矛盾する証拠を示し、「いいえ」記号は利用できる情報がないことを示す。「↑」はベースラインからの増加を、「↓」はベースラインからの減少を、「=」記号はベースラインからの変化がないことを表す。なお、ある関節の部位によってエビデンスレベルが異なる場合、色はその中で最も低いレベルを表している。TF 脛骨大腿関節、PF 膝蓋大腿関節、P 膝蓋骨、TT 脛骨距骨関節、TC 距踵関節、TN 距骨頚部関節

[結論] ランニングに伴う下肢軟骨の変化は一過性である。軟骨の形態と組成に対する直接的な変化は、おそらく自然の流体力学を反映していると思われるが、持続せず、統計的にプールしても概して有意でなかった。この結果は、軟骨は1回のランニングからよく回復し、繰り返しさらされることに適応することを示唆している。ランニングが新たな病変を引き起こさないことを示す中程度のエビデンスがあることから、今後の試験は変形性関節症患者などの臨床集団に焦点を当てる必要がある。

▼ So What?:何が面白いと感じたか?

以前、変形性膝関節症者が歩行量を増やすことは人工関節置換術(TKA)リスクを増大するどころか、むしろ減少させるという文献を抄読した。

この文献は、膝OA者にたくさん歩かせたら「軟骨が削れそう」という直感的イメージを覆した。今回の論文は、これと似た構造を持っている。

ランニングをしすぎたら、「軟骨が削れそう」という直感的イメージが湧く。
だが、やはりこのイメージも覆され、「直後に起こる可塑的な変化である」という結論が導かれた。
これらの論文は、僕たちが思い描く力学的なイメージを超えた仕組みが人体には備わっていて、だからこそ、直感や思い込みで決断せず、よくよく検証・実験する必要性があることを突きつけている。

さて、今回考えてみたいのは、「でも、膝OAになる人は軟骨が削れて、発症するのだよね。その要因の仮説としては何が考えられるの?」ということだ。
まず、関節軟骨の特徴を以下に示す。

✅ 関節軟骨の特徴
- 関節軟骨は無血管、無神経である。
- 通常の硝子軟骨と異なり、関節軟骨は軟骨膜を欠く。
- 関節軟骨上の軟骨膜の欠如は、修復に使われる原子線維芽細胞様細胞の源がないという負の結果をもたらす。これが関節軟骨が、一旦削れると治らない理由である。
- 軟骨細胞は滑液を浴び、滑液から栄養をうける。観血的関節荷重時の表面変形のミルキング(milking)作用が栄養供給を促進する
- 関節軟骨で覆われる二面間の摩擦係数はきわめて小さく、膝では0.005〜0.02までである。
- これは氷と氷の間の係数0.01の5〜20倍も小さく、より滑りやすい。
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今回は、軟骨に加わる応力(ストレス)の視点から1つの仮説を提案する。
それは、「間欠的ストレスより持続的ストレスが軟骨を溶かす」である。
関節軟骨の栄養は、「ミルキング作用」によって得られる。
すなわち、牛の乳搾りよろしく、収縮・圧縮と弛緩によって栄養される。
そう考えると、歩行やランニングのような運動課題は、関節軟骨に栄養を「与える」課題だ。
一方、レジ打ちなどの「立ちっぱなし」課題は、持続的にストレスを与え続ける。
その場合、ミルキング作用は起こらず、関節軟骨は、褥瘡が起きるようなメカニズムで、異化しやすいのではないか?
このイメージでいくと、関節軟骨は「削れる」のではなく「溶ける」とか「代謝される」とかの表現が妥当になってくる。この場合、変形性関節症は、力学的な障害ではなく、代謝的な障害、ということになる。
この仮説が真ならば、変形性関節症の予防や運動指導の文化に大きな影響を与えるだろう。間欠的ストレス課題はむしろウェルカム、避けるべきは持続的ストレス課題である、というように。検証が待たれる。

当たり前だと思っていたことが、実は全然違った顔を持っている、かもしれない。
面白い。

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