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ロバート・エイクマン「スタア来臨」

それにしてもお出かけの人々の波を掻き分けて出勤するのはなんとも気分が乗らない。しかも今日は遅い時間に出動したために、グリーン車両ですら激混みという有様で、平日ならば履行されるある種の仁義が守られないために、阿鼻叫喚の様相だった。

当然ながら不安定なところに立つので、タブレットの私は画面を見ること能わず、今日ちょっと話したいなと思っていたロバート・エイクマンの「スタア来臨」を再読することで気持ちをやり過ごした。それはそれで心地の良い時間だったのかもしれない。

満員電車の中でスマートであろうとすれば、スマホをカバンにしまわなければならない。そして目を瞑り、耳を澄ませる。即興の「4分33秒」と自分に言いきかせる。鼻水を啜る音、咳払い、突然の奇声、そして、不規則な笑い声。リズムの不規則なノイズは、本当に気持ちをいらだたせる。

人流という気持ちの悪い言葉はあまり使いたくないが、私のどろついた血液のごとくに人が駅から吐き出されていく。途中で急に止まり、後ろを振り返る人。向こうから手をあげて、猛烈な勢いで人流をかきわけて走っていく人。横切ろうとして、いたるところでトラブルを起こしている人。明らかに何かを狙ってゆるゆると歩いている人。目的のヴィジョンが多すぎて、消化不良になる。それなら、量は多いが平日のそれなりに整然とした人流の方がまだましだ、と思いなす。

ロバート・エイクマンは、イギリスの怪奇作家として著名な人らしいが、私は読んだことがなかった。先輩が、マルセル・シュウォッブとかヴァーノン・リーだとか、色々言っていたので、まとめてそういった作家の小説を購入した中に、エイクマンがいた。

エイクマンの親父が結構なかわりもので、その影響をもろにうけちゃって、第二次世界大戦後、文筆志望だったのに、内陸運河協会の設立に関わったりと、ちょっと不思議な行動が多い。そんな不思議ちゃんが書いた小説が翻訳されたのが『奥の部屋 ロバート・エイクマン短編集』(ちくま文庫 2016)。

「スタア来臨」は、鉛や黒鉛の産業史を書きに、とある街で史料を読んでいるコーヴァンが主人公である。

コーヴァンは、この街の劇場支配人マルニクにその知性を気に入られ、ことあるごとに話をしにこられる。その中で、昔の大女優を呼んで、この街出身の夭折作家の脚本を演じてもらおうという企画を立てていることを話される。そんなの成功するのかなあ、なんて思いながらいたコーヴァン。

コーヴァンが宿泊しているホテルにその女優が泊まることになった。名前はミス・ロウクビー。来たらしい。そこに現れる奇妙なひいき筋であるスパーバス氏。この男の動きが、微妙で。無理に宿泊せがむから、奥の部屋を開けてやったのに、窓を開けっぱなしにして、一晩帰ってこない。

さて、ミス・ロウクビーは、劇場支配人のマルニクと話をすることになった。なぜか付き合わされるコーヴァン。夭折作家ネザースの書いた「コーネリア」をミス・ロウクビーが演じてくれるのかと思いきや、『お気に召すまま』は演るけど、「コーネリア」は演らないという始末。

マネージャーなのかなんなのかわからないお付きの女性のミュラ。ミス・ロウクビーはおかんむり。なぜならミュラを物置に泊らせようとしたからだという。コーヴァン、お部屋を代えてあげようと申し出る。喜ぶミュラとミス・ロウクビー。

しかし、ミス・ロウクビー、部屋を見るなり青ざめる。隣は姿を消していたスパーバス氏。物音がする。結局部屋交換はしなかったが、スパーバス氏の物音が夜中の間ずっと続いていた。いらだつ、コーヴァン。

結局、マルニクが演らせたがっていた「コーネリア」はお蔵になり、『一枚の紙きれ』なる演目が設定された。不機嫌になるマルニク。上演の初日はクリスマス・イヴになった。

ところがである。リハーサルの最中、古参の劇団員ラドロウが首をつって死んでいた。「コーネリア」が上演されたならば、ラドロウが出るはずだった。それがお蔵になったことで、出番がなくなったのだ。そんな首吊り死体を、ミス・ロウクビーは見ることはなかった。劇団員たちから、そんな話を興奮気味にコーヴァンは聞き出した。

コーヴァンは、上演までわずかになった日に、旧坑道の調査に出かけた。その途中、ミス・ロウクビーを見つける。声をかけると、一緒に行っていいかといわれ、仕方なく同行を認める。旧坑道奥深くに入る。ある程度まで行ったところで、ミス・ロウクビーが懐中電灯を滑らして、落としてしまう。

ゆっくりと暗くなった旧坑道をもどっていく。明かりが減った。でも、ミス・ロウクビーは動じていない。そして話し始める。

ミュラは誰なのか。スパーバス氏は誰なのか。そして、自分は誰なのか。ネザースの脚本「コーネリア」を演じたのは若い時。そして、ネザースは「除かれた」。そして、今回もラドロウが「除かれた」。「除いて」いるのは支援者。はっきりしたことはわからない。でも、人が死ぬ。

「さあ、どうでしょう。あの人の近くにいるといつも怖い感じがする。でも…わからないけど…もしあの人がいなければ、私はこんな坑道なんかに入らなかった」

旧坑道を出た後、ミス・ロウクビーは事務的な様子に戻った。どうでもいい興味のなさそうな質問を繰返す。

クリスマス・イブが来た。街は華やいでいる。演目が始まった。ミス・ロウクビーは名演技。観客も沸いている。でも、コーヴァンはちょっと飽きが来て、休憩していた。すると、報告が来た。

「コーヴァンさん!火事です。ミス・ロウクビーのお連れの方が窓から飛び降りました。重傷です。ミス・ロウクビーにお伝えいただけますか?」

ちなみに、スパーバス氏はすでにホテルから出発していた。

スタア来臨。ありふれたショートストーリー。noteじゃ賞もとれないだろう。それだけストーリーテリングの質が上がっているのか。それとも、キャラがそれを補強しないと輝けないのか。

ロバート・エイクマン。風変わりな作家。この話も、ミュラは何者?スパーバス氏は?色々疑問はある。でも、それが面白い。

休日出勤。不測の事態に備えて、ただいるだけ。

資料作りをしたり、企画を整えたり、メールをしたり、されたり。同じ、休日出勤者と、くだらない話をしたり。

飯山となんだか本当に久しぶりに同期トークをしたりした。何やかやで16年も一緒にいるのか。

帰りのコンコースも混んでいる。諸手をあげて走っている人もいる。そのスピードがあまりに速いので、みんなビビッて止まる。何を目的にしているんだろう。電車に遅れたくない!というスピードじゃない。まるで、人ごみをかき分けて走ることそのものに爽快感を抱いているような走り方だ。

ぶつかりそうになる。禿げたおっさんだ。不快感をあらわにされる。それはいい。どうして、禿げているのに人に文句を言えるのだろう?という理不尽な問いを空転させることで、いら立ちを逃がす。まあ、俺もデブがどうして歩いているのか?と思われていることだろう。至る所で、トラブルが起きている。文化の日。文化からは程遠いものが見える。

知らね。


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