志賀直哉「リズム」

なるほどAI脅威論がかまびすしいが、志賀直哉のエッセイである「リズム」こそ、その脅威に対する不安を緩和してくれるものではあるまいか。

「人間」が死ぬ、ということだが、すでにニーチェの時代に「神」は死に、バルトの時代に「人間」は死んだ。あとはテクノロジーの主人になるのか、協力しあえるバディになるのか、奴隷になるのかの3択に過ぎない。時間の問題である。

「リズム」は短いエッセイで、武者小路実篤の「二宮尊徳」という本を褒める意図で書かれたものらしいけれども、今の時代にそれは残っていない。全集の中で探せば見られるくらいか。しかし、「リズム」の方は、時代を超えて残っている。「リズム」の中で志賀が行なっている主張を実践できたのは、武者小路ではなく、志賀自身だった。歴史の皮肉である。

何が書いてあるのか。

芸術上で内容とか形式とかいう事がよく論ぜられるが、その響いて来るものはそんな悠長なものではない。そんなものを超絶したものだ。自分はリズムだと思う。響くという連想でいうわけではないがリズムだと思う。

『ちくま日本文学 志賀直哉』p.455

小説論だが、うまい小説は確かにうまいが響いてこない。人に響く小説とは、その人のリズムが現れた小説で、それは巧拙とは別のものであるという。

このリズムが弱いものは幾ら「うまく」出来ていても、幾ら偉らそうな内容を持ったものでも、本当のものでないから下らない。小説など読後の感じではっきり分る。作者の仕事をしている時の精神のリズムの強弱━問題はそれだけだ。

p.456

AIもうまい文章を書く。そして、サイバースペース内の情報が完備されればされるほど、オペレーションによってはきちんとしたエビデンスに基づくものを書いてくるだろう。しかし、リズムはどうだろうか。

マンネリズムがなぜ悪いか。本来ならば何度も同じ事を繰返していればだんだん「うまく」なるから、いいはずだが、悪いのは一方「うまく」なると同時にリズムが弱るからだ。精神のリズムが無くなってしまうからだ。「うまい」が「つまらない」と云う芸術品は皆それである。幾ら「うまく」ても作者のリズムが響いてこないからである。

p.456

最終的には習得してしまうかもしれない。しかし、それはまだ「こちらのもの」である期間がしばしあるように思われる。

谷崎潤一郎の『文章読本』にも、この志賀の「リズム」を相同的に指す言葉として「調子」とか「品格」というものがあったと思われる。

いわば語り手の「声」ではないか。

単に澱みなく上手であることが価値になるのではなく、今まで、その澱みなさや上手さを阻害する要素としての「抑揚」や「言い回し」や「タイミング」や「気の使い方」が、新たな価値として称揚されるのではないか。

広津君のいうように自分が「うまい」小説家かどうか分からないが、いわゆる「うまい」という事は小説家の目標にはならない。うまくなれば幾らでもうまい小説が書けるだろう。幾らでも書ければ作者自身にとって「うまい」という事は何の魅力もない。自身に魅力のない仕事を続けるという事、即ち行きづまりだ。既成作家が行きづまったという中にはうまくなり過ぎ、しかもリズムが衰えてきたという意味があるだろう。

p.457

私たちは、ただうまいだけのものにエンターテインメントを感じない。最初はいいかもしれないが、そのうち飽きてくる。そこを狙う(長期間ではないだろうが)のが肝要であろう。

ただ志賀はそうした小賢しい戦略なるものを嫌う。そのような小器用さから離れた場所で「ほんとうのこと」を行うのが良いと言う。それはすでに経済的なベースを気にしなくていい志賀だからではないか、と私は思う。まずは食えないと話にならない、と思う。

食うために「うまい」ものを書こうと修行すること。ある程度「うまさ」が生じて、「リズム」が弱まる。自己模倣になる。そこから離れた境地に至る。「リズム」を回復して、個性が生じる。そんなうまく行くのか、志賀だからできたんじゃないか。私もそう思ってしまう。

ただ、そう思っているうちは嫉妬であり、書くことよりも書いたものが評価されて、他人の上に立っていると評価されることを望んでいるに過ぎない、と志賀に思われてしまうかもしれない。

それは少し嫌である。

時代の流れに乗って仕事をする奴はその時、時代の流れがなければ何もしなかったかも知れぬ弱味がある。尊徳は時代の流れには没交渉な奴だった。むしろ時代の流れは尊徳には合わなかった。それでも尊徳は我流の一本槍で、これ日も足らず、捨身に進んでいかなる時代にも普遍である教えを身をもって残していった。実に強い。

p.460

「尊徳」ではなく、これはきっと「あなた」への文章である。

時代の流れに乗って仕事をする奴はその時、時代の流れがなければ何もしなかったかも知れぬ弱味がある。あなたは時代の流れには没交渉な奴だった。むしろ時代の流れはあなたには合わなかった。それでもあなたは我流の一本槍で、これ日も足らず、捨身に進んでいかなる時代にも普遍である教えを身をもって残していった。実に強い。

私からのエールである。

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