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私のための香水 

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#小説

100年前の ある挿話_7_世に放たれたNo.5  (完結回)

100年前の ある挿話_7_世に放たれたNo.5  (完結回)

1_彼女の希求100年前の ある挿話_1_彼女の希求|調香師 山人ラボ sunyataperfume (note.com)

2_化学者のジャスミン100年前の ある挿話_2_化学者のJasmine|調香師 山人ラボ sunyataperfume (note.com)

3_特別な香り100年前の ある挿話_3_特別な香り|調香師 山人ラボ sunyataperfume (note.com)

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100年前の ある挿話_2_化学者のJasmine

100年前の ある挿話_2_化学者のJasmine

なぜ、香りが精神に作用しうるのか。
謎解きのための、100年前の彼女の冒険。
100年後の今も、私たちはその香りに魅了されている。

1_彼女の希求100年前の ある挿話_1_彼女の希求|調香師 山人ラボ sunyataperfume (note.com)

2_化学者のジャスミン
第一次世界大戦の恐怖が過ぎ去った、パリ。

新しいものと古いものは、乱雑に混じり合っていた。
混沌の中、歓喜も、悲壮

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Short story_ある夏の蒼茫

Short story_ある夏の蒼茫

香りの持つイメージを、小さな物語に表す試み
この物語から、あなたはどんな香りがしましたか?

UNWINDER ESSENTIAL OIL_ JANESCE
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庭のレモンの木の前に立ち、目を凝らす。
葉脈だけを残した梢の先。
その先で、緑色の葉を縁から延々と齧り続けるのは、アゲハ蝶の幼虫だ。
ひとつに気が付くと、緑の葉の茂みの、そこにも、ここにも

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東京残香_渋谷

東京残香_渋谷

LUCIANO SOPRANI SOLO

(ルチアーノソプラルチアーノソプラーニSolo)

東京残香******************************

掻き消され失われていく、土地の香りを短編物語に残す試み。

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ビル陰を割って、アスファルトに細く伸びる朝陽。
光と影のモザイクの上を誰もが早足に踏み越えていく。

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Short story_摘み取られた果実

Short story_摘み取られた果実

Figue 香料原料 植物

物語から想起される香り 香りから生まれる物語

あなたはこの物語からどんな香りを感じますか

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今となっては、

私自身が実際にその風景の中にいたのかすら、朧気だ。
防音材の貼られた視聴覚室の黴臭さ。
風に揺れていた遮光カーテン。
色褪せた午後の陽射しを肩に受けながら、ピアノを弾いていたあいつ。
一度も整うことの無かった頭髪

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Short story_水鏡

Short story_水鏡

水鏡  MARIAGES FRÈRES flavor tea_Lotus

***

イメージを想起させる香りがある。香りを想起させる物語がある。
感覚的実体をもたない、個人のイメージに、香りという実体を与える試み。
あなたはこの物語からどんな香りを感じますか?

****

女は怖い。

いまやこの寺の名物、池に咲く満開の蓮の花の周りで、端末のカメラをかざしながら恥も忘れてヒステリックに騒いでい

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Short story_ Mykonos

Short story_ Mykonos

penhaligon's MALABAH

新たな感情やイメージに繋がる複雑な香水は、物語を沸き立たせる。
香りから沸き立つイメージよりも先に、香料原料や成分名、何の香りであるか、が思い浮かぶようなフレグランスでは調香の意味がない。
希少で上質な天然香料を敢えて混ぜ合わせる調香では、失敗すると「何も香らなくなる」。このとき、香りどうしが打ち消し合い、香り立ちはゼロになる。一方、香り立ちの強さや扱

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Short story_マチュアなひと

Short story_マチュアなひと

Antianti vintage perfume White Gardenia, 2018, composed by MACOTT

実験*****香りからイメージへ、イメージから生まれる香り****

久しく忘れていた「伏魔殿」という言葉を思い出した。

富士山を望む美しい植栽のある敷地の庭、ペールグレーの躯体にガラス張りのシックな建物。
このフォトジェニックな佇まいは、美術館かギャラリーのよう

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玉手箱

玉手箱

Pleasures ESTEE LAUDER by Annie Buzantian and Alberto Morllias, in Firmenich

この香りを纏うようになって、四半世紀が経った。

そんな事実が、まるで他人事のように思える。だって私はまだあの頃と変わらず同じ電車に乗り、ファッションやメイクに興味を持ち、次の冬の旅行の計画や、美容院の予約、週末には友達と新しいビストロに行く約

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fifteen

fifteen

特別な懐かしさのある音楽の心地の良さに酔っているうちに、過去の奈落に引きずり込まれている。これまでに創り散らかしてきた幾つもの世界の断片。完成を見なかったそれらを無理に押し込んだ闇の底。時折、好きだった世界の記憶を拾い上げては口に含み、その感覚をこっそり味わっている分には問題無かった。戻り方を忘れて、意識が闇に混ざれば戻れなくなる。噴き出す悲しみや不安、不満。それらはもはや過去のもの、過ぎ去ったも

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Short story_亡姿実在

Short story_亡姿実在

ミルラ_調香原料

「お父様はね、姿は無くなってしまったけれど、魂は雄太の近くにいつもついていてくださっているのだからね。」

その日初めて会った、チリチリパーマ頭のおばさんは、僕の手をぎゅっと握ってそう言った。お母さんは今まで見たことがないほど泣いていた。僕はずっと泣いているままのお母さんの腕を掴んで揺すって、なんとか顔を上げさせようとしてみたが、知らないおばさんにそれを止められた。その黒いワン

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秘境

秘境

香水:スニャータ(空) composed by Tokyo-Sanjin 東京山人

肌触りがよく手放せない服の幾つか。
履きなれたスニーカー。
革細工の小さなポシェット。
鮮やかな花が描かれたスカーフ。それは小学6年生の頃、雑誌に投稿した短編の原稿が掲載された時の景品。テーマは「夏の思い出」だったような。いつもお茶を淹れいる道具。この手で持ち運べるトランクのサイズはそれほど大くない。自分で運べな

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