横軸コングラ/ッチュレイション

すんどめは、人の結婚式や、その披露宴に参列するのが大好きである。
何故なら、めっちゃくちゃ面白いからだ。
何が面白いと言って、新郎新婦の親族を観察することほど面白くてたまらないことはない。
(おーっ、全員おんなじ顔だ!)
と、ひとり笑いをこらえることもあれば、
(ははー、なるヘソ。
この人はこういう家庭環境で育まれたのか。
なるヘソなるヘソ)
ひそかに合点しまくることもある。
興味ぶかいのは、親族の方々もまた、われわれ友人知人を一度に大勢見るのは初めてであるにもかかわらず、
「息子はこんな悪友どもとつきあっていたのか!!」
カンカンになって怒り狂うかと思いきや、案外そうでもなく、たいていはニコニコと笑って、
「うちの子は、みなさんみたいな温かい友達を持って幸せです」
などと言って、すぐに打ち解けてしまうところである。
こうした結婚式・結婚披露宴の面白さの本質を、今にして思えば見事に言い当てていた男がいる。
友人のアインシュタイン信者・兼・ミヒャエルエンデ信奉者・兼・谷村有美フリーク・兼・風の谷のナウシカ崇拝者である。
長いので、以下、〈風の谷村〉と呼ぼう。

風の谷村が結婚した時、その披露宴の新郎あいさつで、彼はダシヌケにこう言い放った。
「結婚とは、人間の縦の時間軸と横の時間軸とが交差する所にあるものだと思います」
ん?
なんだ急に?
「人間には、縦の時間軸と横の時間軸とがあります。
縦の軸とは、両親や祖父母といった、先祖の人たちが築いてくれたもの。
そして横の軸とは、友達や仲間と一緒に作っていくもの」
……はあ。
「これまで横のつながりでしかなかった2人が、ついに縦の軸をも共有し合うようになる。
その節目にあたるのが結婚という行事なのではないでしょうか」
おおおーっ、なるほど!
会場には、凄絶な納得の波が渦巻いた。
「そう考えると、結婚とは、とてもすばらしくて、素敵な行事なのだと思います」
やるな、風の谷村!
こんなスバラシいことを言うために、縦軸だの横軸だの、そんなムツカシいことを言わねばならなかったのか!

実は風の谷村、物理屋さんである。
少年のころからNHKスペシャル『アインシュタイン・ロマン』を観て物理学への憧憬を強く抱き、高校では学年1,2をあらそう優等生として活躍。
大学では晴れて物理学を専攻し、物理の修士号まで取った生粋の物理好きである。
「時間軸」なんて言葉をサッと持ち出すあたり、いかにも物理屋らしい。
なお『アインシュタイン・ロマン』は、すんどめも幼いころに観た。
すんどめ自身は内心面白いと思って観ていたのだが、パターソン家での評判はさんざんだった。
「ナニこれ、難しすぎてサーッパシ分からんのだわ」
「コングラが眩暈する!」
コングラとは、コンピュータ・グラフィックスのことである。
パターソン家では昔から決してCGと言わず、コングラと略すのであるが、近年NHK教育でCGの手法を解説する番組が『コングラ』という番組名を名乗ったため、やっと時代がパターソン家に追いついた。
あんまりみんながボロクソ言うので、すんどめもイマイチ楽しみ切れず、消化不良のまま観終えてしまった。
物理学に対する、少年のみずみずしい関心の芽を摘むような、こうしたパターソン家の家庭環境がなければ、すんどめだって後年、高校の物理の時間に毎回熟睡するような子には育たなかったノダ。
(などと、人のせいにしている時点でダメなのである。)
いっぽう風の谷村は、この『アインシュタイン・ロマン』をルーツに、相対性理論を完全におのれの血肉となし、高1のとき、すんどめに教えてくれたりした。
この説明がまた、すばらしく分かりやすかったものである(が、今ではそのすべてを忘れ去った)。

風の谷村の披露宴は、まだまだここからが佳境であった。
風の谷村の叔父さんという人が乾杯の音頭に立ち、
「縦軸と横軸の他に、斜めはないんですか?」
ひとくされ文句を垂らした後、
「エーそれでは、若い2人が、よいベクトルに向かうよう乾杯!」
えっ……!
ベ、ベクトル??
すんどめは驚愕を通り越して感動した。
(……なるヘソ! 
風の谷村の家は、物理屋さん一家なのね。
なるヘソなるヘソ!!)
あまりの興奮にすんどめは、そのときすんどめの隣に立っていた、新郎の友人代表あいさつを依頼されていた人物に話しかけた。
その名は人間シンクタンク(仮名)である。
「人間シンクタンク! 
友人代表あいさつのとき、人間シンクタンクも物理用語を使え!
『結婚とは、作用・反作用であります』
とかなんとか、ワケの分かんないこと言え!」
すると人間シンクタンクは即座に、
「……い、いや! 
そ、そんなアドリブはきかない!」
とても人間シンクタンクの言葉とも思えないことを叫び、すんどめをますます驚愕させた。

というのも人間シンクタンク、まさにその「アドリブ」を敢行する寸前だったからである。
当日の朝、すんどめは人間シンクタンクに電話をしたが、その段階で彼はこう言った。
「まだ原稿ができていない!」
さらに披露宴直前、会場にたどり着いたすんどめは、人間シンクタンクと、高校の放送局で局長をやっていた女の子が2人で受付をやっているのを見て、
(お? マイク・スタンド破壊事件の主犯と被害者代表が、一緒に受付やってるぞ?)
と思った。
というのも人間シンクタンクは高校時代、新入生歓迎会の部活紹介に出演した際、興奮のあまり放送局のマイク・スタンドを完膚なきまでに破壊しつくしたという恥ずべき前科を持つ。
すんどめは元放送局長に花をつけてもらいながら、人間シンクタンクに聞いてみた。
「原稿できた?」
「……ま、まだ!」
「何がそんなに難しいの?」
人間シンクタンクは額におびただしい汗を浮かべ、
「か、か、書けないことが多すぎる!」
「書けないこと? 
書けないことって、切れるとか離れるとか片思いとか、そういう禁句のことかい?
それって、そんなに厳しい制約なの?」
「い、いや、そうじゃねえ。
風の谷村のこれまでの恋愛事情を俺は知り過ぎていて、今となっては言えないことばっかしだ!」
せっぱつまった人間シンクタンクは、会場に来ていた風の谷村の小学校時代の友人や、大学時代の友人たちに果敢にアタック。
「スミマセン、小学校時代の彼はどんな人でしたか?」
「スミマセン、大学時代の彼はどんな人でしたか?」
ネタ集めに走り始めた。
本当に友人代表なのだろうか。
「おお、それ、いい話っすね! 
それ使えますよ。
そのネタ頂きっす!」
貴様は新聞記者か。
こうして人間シンクタンクのスピーチ原稿、否、取材メモは次々と更新されていった。
このあくなき取材活動が、本番の実に30秒前まで続いた。
これをアドリブと呼ばずして、なんと呼ぼう。

かくして迎えた、新郎友人代表あいさつ。
いざ始まってみると、人間シンクタンクは取材した内容をいっさい使わず、すべて自分の言葉で、正直にその思いを吐露した。
「わたしが風の谷村くんに最初に会いましたときの第一印象、それは、カリスマ。
カリスマであります」
に始まり、風の谷村の表の顔も裏の顔も、実に生き生きと描写しつくした。
そしてそれは、すんどめの言いたいこととマッタク同じであった。
これだ、これでこそ友人代表だ。
まさに我々の代弁者として、立派に舞台を終え……
終えようとしたそのとき、
「えー、風の谷村くんはミヒャエルエンデの愛読者であり、『風の谷のナウシカ』が大好きであり、そして歌手では谷村有美にぞっこん!!」
ま……、待った!
ちょっと待った人間シンクタンク!
それ以上やめとけ!
エンデもナウシカも谷村有美も非常によいのだが、3つ一緒に言われると、なにやら新郎、まるっきり変な人じゃないか。
花嫁側の関係者、軽くひくぞ!
帰ってこーい。

スピーチを終えて帰ってきた人間シンクタンクは、安心したのか、急にテンションがおかしくなり始めた。
「いや~、終わった終わった。
よかったよかった。
いや~終わった」
風の谷村の弟さんがビデオ・レターを撮影しに来た。
すると人間シンクタンク、カメラに向かって饒舌にまくしたて始めた。
「いや~、言いたいことはさっきぜんぶ言いましたけどねえ、でも彼は、けっこう弱いところもある人間なんすよ! 
ほんと弱い人間なんですよ彼は!」
カリスマと讃した先ほどと、言っていることがマッタク違うのであった。
すんどめはあきれて、
「なあ人間シンクタンク。
さっきのエンデとナウシカと谷村有美の3連発は、軽くひいたぞ」
「いや~、マジで彼は谷村有美にぞっこんなのだよ! 
あのぞっこんブリは大変なものだよ!」
「あれでもし、
『新郎はアインシュタイン・ロマンのマニアであり』
なーんて言い出したら、もう大変なことになってたぞ」
「ああ! 
アインシュタイン・ロマンは、言おうかどうかマジ迷った!」
すんどめは決心した。
すんどめが結婚するとしたら、友人代表あいさつは人間シンクタンクに頼まぬ。
風の谷村に頼もう。
そして、人間シンクタンクの結婚のとき、すんどめがしゃべってやる!
奴のすべてを暴露してくれる。
3人で、じゃんけんのように三つ巴にしてこそ美しい。
これがわれわれの、「横軸」である。

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