愚劣! マイク・スタンド破壊事件

今から述べられるのは、わが青春に悪名高き「マイク・スタンド破壊事件」の真相である。
テロや破壊が横行する現代。
真の暴挙とはなんであるかを世に問いたい。

あれは、すんどめとその友人「人間シンクタンク」の高校時代。
2人が母校の「世界征服クラブ(仮称)」に所属していたときのことだった。
わが母校では毎年4月、「新入生歓迎会」の中で「部活紹介」が行われる。
これに出演する部に対しては、生徒会執行部から「諸注意」が事前に配布される。
注意事項は10項目ほどあり、その中に2項だけ、横2倍角で強調されているものがあった。
もしかすると、今もそれら2項目は強調されているのかも知れない。
その2つとは……

・危険だから花火は使うな
・マイク等の機材は大切に扱え

の2つである。
なお、会場は体育館である。
屋内の施設で、あまりといえば当たり前なるこの2項目。
こんな幼稚園児でも分かるような注意が、一体なぜ強調されるに至ったのか……
その原因のうち、後者のほうのそれを作った真犯人こそが、何を隠そうすんどめと人間シンクタンクである。
すんどめは卒業後、数年たって母校を訪れたとき、たまたま最新版の「諸注意」を見てしまった。
するとそこには、あいも変わらず件の2項目だけが横2倍角で強調されていた。
歴史に名を、刻んでしまった。

正確に言えば、主犯はあくまでも人間シンクタンクである。
すんどめは共犯者である。
いや、教唆をしたものと言ってよい。
我々が高2の春。
世界征服クラブの部活紹介に出演して、新入部員を大いに獲得しようと意気込んだ我々であったが、ほかに協力者は1人もおらず、たった2人で大したアイディアも出ず、前日まで途方にくれながら夜な夜な部室で泣きそうな議論を、重ねに重ねた。
あげく、人間シンクタンクが最初に少ししゃべり、すんどめがたった1つの持ち芸である逆立ち歩きを披露する文脈を無理やり作り出すという、お粗末きわまる脚本ができあがった。
従って、主役はあくまでもすんどめであったはずだ。
それが……

当日、体育館ステージ上手の控え室に、出演順に各部が集合した。
練習を1回もしていない我々はガチガチにあがっていた。
とりわけ人間シンクタンクは、息を荒くして自分を落ち着かせるのに必死の形相。
かえってますます舞い上がっていくのが手に取るように分かった。
そんな我々のところへ生徒会長がやって来、次のようなことを言い出した。
「すみません。
今、ステージのマイクの調子がおかしいんですよ。
ふつうにしゃべれるんですが、マイク・スタンドから外すと、音が出ないみたいなんです。
なので、移動しながらしゃべる場合は、スタンドごと持って歩いて下さい」
ここですんどめは、人間シンクタンクの前で決して言ってはいけないことを言ってしまった。
「なるほど、要するにエルビス・プレスリーみたいにやればいいんですね」
ああ、わが青春最大の汚点。
取り返しのつかぬ大失言とは、これである。
世界中の音楽をむさぼり聴く人間シンクタンクの脳内は、この瞬間、エルビス一色に染められた。
奴の顔はアンクル・トリスのように、刻一刻と赤みを増していった。
こうして順番を待つ間、人間シンクタンクのボルテージは臨界点まで上がっていった。
しかし。
すんどめだって緊張していた。
そんな人間シンクタンクを冷静に戻すべきすんどめ自身、
「ああ、もう出番だ。
ダメだ、どうしよう。
人間シンクタンク、こうなりゃ派手にやれ」
「おう、やったるぜバッキャロウ」
「もうやぶれかぶれだ。
あとは野となれ山となれだ」
「やぶれかぶれだ。
何がどうなろうと知ったこっちゃねえ」
火に油を、注ぎに注いでしまった。
果たしてこの火の運命は!?

控え室で世界征服クラブの順番を待ちながら、顔を真っ赤にし、何やらブツブツと呟き続ける人間シンクタンクのところへ、ひとりの女性が、鳥が羽ばたくようにバサリバサリと身体を上下させながら、ニコニコと近寄って来た。
天才的なダンスと奇抜なファッションにより、当時不動のカリスマとなっていた、人呼んで「歩く芸術」である。
この日も歩く芸術は、何かの部のPRで出演予定となっていた。
いったい何部であったのか、よく考えてみればすんどめは知らない。
ともあれ彼女は鳥のように羽ばたきながら、
「落ち着いて。ね、落ち着いて。」
人間シンクタンクにニコニコと笑いかけ、真正面からどんどん近づいてキスせんばかりになった。
すると人間シンクタンクも、フゴーッ、フゴーッと不気味に息を荒げながら、
「落ち着いて。ヘイ落ち着いて。」
自分に言い聞かせつつ、歩く芸術へウツロなマナコを泳がせた。
それからしばらく歩く芸術と人間シンクタンクとの、
「落ち着いて。そう、落ち着いて。」
の大合唱が続いたのだが、言葉とは裏腹に人間シンクタンクの狂気はどこまでも上昇していくのだった。

ついに、我々の出番がきた。
「次は世界征服クラブです。
世界征服クラブのみなさん、お願いします」
放送の女声が、デス・マッチのゴングのように我々の耳へ轟いた……
その一瞬。
人間シンクタンクの全身は、1発の弾丸と化した。
すなわち、すんどめをステージの袖に残したまま、凄まじいスピードでステージに駆け上った、否、飛んだ。
おおっ……
どよめきが起こる。
すんどめは不意をつかれた。
演出上、走って登場する必要などマッタクなかったからだ。
が、驚いている場合ではない。
すんどめも大急ぎで後を追った。
そして、すんどめがやっとステージへ立ったときにはすでに……
人間シンクタンクはステージのど真ん中で、マイク・スタンドを高々と両手に持ち上げ、全校生徒を鬼のようににらみつけて、
「みなさんっ!!」

長いつき合いの中、あとにも先にもこのような人間シンクタンクの声をすんどめが聞いたことは、なかった。
「世界征服クラブに入って、大自然を満喫しようではありませんか!!」
奴はそのままネズミ花火のように高速で回転し始めた。
「ごらんなさい!! 
世界は美しい!!!」
それは、言語に絶する暴挙であった。
ステージ狭しと駆け回り、駆け回りながら回転し、マイク・スタンドをふり回し、叩きつけ、引きずり回した。
エルビスも、矢沢の永ちゃんも描き得なかった地獄絵図。
その日の夕方すんどめは、帰りの電車で一緒になった女の子の友達から、
「ちょっとすんどめ。あの人、大丈夫なの? 大丈夫な人なの?」
真剣に心配された。
いやまさに、人間業とは思えぬ狂気の沙汰。
そう、そうなのだ。
のちに人間シンクタンクはこう語っている。
「あのときの俺は、人間でない何かになろうとしていたんだよね」
そんなことを告白されても、リアクションに困っちゃうのである。
だが……
この人間シンクタンクの狂態を、恐怖と怒りのまなざしで凝視する人々がいた。
放送局の面々である。

放送局員は、ステージ袖の放送室にいて、式の進行を音響の面から支える。
その放送室すなわち袖から、ステージのようすを見ていた彼らにとって、人間シンクタンクの所業は、とつぜん襲ってきた理不尽きわまる「死活問題」であった。
事実このとき、放送局員で、人間シンクタンクの同級生でもある軍事マニアの男は、眼を血走らせてステージをねめつけ、
「人間シンクタンク……! 
ぶっ殺す!!」
凄絶にうめいたと、後に本人が語っている。
というのも、このとき人間シンクタンクがグチャグチャに床に叩きつけ、引きずり回していたマイク・スタンドは、放送局待望の新品で、2万円もする高級品だったのだ。
だが、時すでに遅し。
すんどめが一応逆立ち歩きを決行し、パフォーマンスが終わって、人間シンクタンクが伸びきったスタンドを元に戻そうとしたとき、すっかりそれは「く」の字型に曲がって、縮まなくなっていた。
「はてな? はてな?」
衆人環視の中、縮まないスタンドに翻弄される人間シンクタンク。
そこへ放送局の軍事マニアが、
「人間シンクタンク君、無茶しちゃダメだよ」
額に血管をピクピクさせながら、ニコニコ笑ってスタンドを回収に来た。
何がなんだか分からないままにステージを後にした我々。
生徒会副会長で友人の流体力学マニアが声をかけてきたのは、その直後だった。
なんでも、生徒会顧問の高○先生(仮名)が、我々ふたりを呼んでいるというのだった。

高○先生は、生徒会と男バレの顧問でダルビッシュばりに背の高い、いかにも高○って感じの先生である。
流体力学マニアに引っ立てられ、高○先生の御前にひかえた我々。
「君たち。
君たちのやったことは、放送局の人たちからすると、ものすごくショックなことだと思うよ」
瞳に静かな怒りをこめて、高○先生は我々を優しくたしなめられた。
この時すんどめは、そして恐らく人間シンクタンクも、あのマイク・スタンドが放送局の備品であることを初めて知ったのである。
思えば、アホだった。
なにしろ当時の我々は、学校内の設備はすべて天然物と同じに思っていた。
そして天然物は全て自分のものだと思っていた。
転がっている石ころを蹴飛ばして何が悪い。
それと同様、職員トイレのトイレット・ペーパーを盗み出し、身体にぐるぐる巻きつけてミイラ男と化し、卒業式に参列して何が悪い。
それはあくまで例だが、つまりはそんなふうにしか、考えていなかったのだ。
これをアホと言わずして、何をアホと言おう。

しかし率直に言って、高○先生の怒りようは、幸いにも彼のマジギレの3割ほどにも満たなかったと思われる。
というのも、その日の部活紹介では麻雀部(仮称)の巨漢が、全校生徒の前で全裸になるという果敢なパフォーマンスを見事に実現してくれたからである。
くり返す。
全裸である。
巨漢は麻雀部の出番になるや、のそりと舞台に現れ、ひとしきりしゃべった。
そのとき、ハプニングか仕込みか、
「ぬーげ、ぬーげ」
観客席から異様な脱げ脱げコールがわき起こった。
すると巨漢、何のためらいもなく衣類を派手に脱ぎ捨て、おまけにパンツまで下ろして見せたではないか。
全校生徒の悲鳴と歓声が、耳をつんざいた。
あのとき高○先生は、赤い竜の目でステージをにらみつけ、
「おい流体力学……! 
あいつ、……呼んで来い!!」
なんでいつも俺にイヤな役をさせるの、とぼやきつつ、流体力学マニアはステージ袖でパンツを穿いている途中の巨漢のところへ行き、
「あの……ごめん……君……。
ちょっと、高○が呼んでるんだけど……」
と言ったときには、死刑を宣告する判事の気分であったと、後に本人が語っている。
一方巨漢は、そのときステージ袖でパンツを穿いていたわけであるが、前述のごとくそこは放送室を兼ねた場所。
巨漢は舞台で全裸になった直後に放送室へ駆け込み、
「すみません! 
ちょっとここで服着させてもらえますか!」
こんなことを頼まれて、誰が断れるだろう。
「……あ、は、はい……どうぞ」
放送局の人々、よくよく不幸の星の下に生まれたと見える。
目のやり場にすっかり困った放送局の女性局長は、
「あのとき巨漢、全身真っ赤だったよ!
巨漢だって恥ずかしかったんだよ。
よく、恥ずかしいと顔が赤くなるって言うけど、ほんとは身体じゅうが赤くなるんだって、あのとき初めて知った!」
と、後にすんどめへ語っている。
それにしても局長、目のやり場に困りながらも、よく見ていたものだ。
こうして高○先生に呼び出された麻雀部の巨漢がどうなったか、誰も知らない。

高〇先生の主たる怒りは巨漢の全裸容疑へ向かい、我々ごときマイク・スタンド破壊活動は、幸か不幸かすっかりカスんだのであった。
それはよかったのだが、それにしても放送局の新品を破壊してしまうとは。
ああ、取り返しのつかないことをしてしまった。
人間シンクタンクのやらかしたことは、そんなにも重大だったのか。
そして人間シンクタンクをケシカケたのはすんどめだ。
すんどめはその後の、新入生歓迎会が終わるまでの時間、ずーんと重たくなった胸をかかえ、スタッフでもないのに舞台の袖に呆然と立ち続けた。
そして放課後、人間シンクタンクとふたりで放送局に詫びを入れに行った。
「本当に申し訳ありませんでした! 
あの、当然弁償させて頂く意向で考えてますんで……」
放送局の人たちは大変優しい、すばらしい人たちばかりで、ニコニコと笑って我々を責めるようすもなかった。
「ハイ、次から気をつけて下さいね」
すんどめと放送局との長年にわたる友情は、実にこのときに端を発する。
なにしろ卒業後、年月を経ても、放送局の飲み会にすんどめを呼んで下さるようになった。
それはなんでも、このときのすんどめの謝り方がたいそう気に入ってもらえたかららしい。
何度も頭を下げて平謝りに謝るすんどめの姿に、
(コイツは、ええ奴や……)
また、事件現場では、
「人間シンクタンク……! 
ぶっ殺す!!」
とまで怒り狂った軍事マニアも、そのすぐ後に世界征服クラブへ入部し、これまた長年にわたる交誼の始まりとなったのも嬉しい。

しかしだ。
言い訳するわけじゃあないが、学校のものを天然物と思い、天然物を自分のものと思っていたのは、何も我々だけじゃあない。
弓道部だってアーチェリー部だって、新入生の前で毎年矢を射て見せ、1発目は必ず外し、ステージの壁に穴を空けるのが伝統であった。
その年も生徒会長や流体力学マニアらが、弓道部やアーチェリー部の射的のたびに、
「うわーっ、今年も外した!!」
頭をかかえ、悲鳴を上げていたものだ。
すんどめはそれを袖で見て心の中で大笑いしていた。
だって、壁に穴を空けられて困るのなら、そのパフォーマンスをやめてくれというのが普通だろう。
しかしわが母校の生徒会執行部は、
「やめろ」
ではなく
「当てろ」
と言うのである。
また、このように学校の備品を備品とも思わぬ伝統は、すんどめの卒業後もちゃんと受け継がれたようだ。
卒業後数年たって母校を訪れたとき、
「最近プールの屋根に穴が空いた」
というウワサを聞いた。
なんでも、
「陸上部の槍が刺さった」
というのだ。
えっ、そんなに遠くまで飛ばせる槍投げの名選手がわが母校にいるのか?
と耳を疑ったすんどめがバカだった。
そうではなく、
「はじめから『刺してやろうぜ』とフザケて近寄って、せーので投げつけた」
というのが真相らしい。

いずれにせよ、これが人間シンクタンクによるマイク・スタンド破壊事件の全貌である。
これ以降、部活紹介に出る部への諸注意には、

・マイク等の機材は大切に扱え

が、

・危険だから花火は使うな

とともに強調されるようになってしまった。
まさに母校の汚点、それは我々である。
余談ながら、

・危険だから花火は使うな

は、我々ではない。
そっちは、おしくらまんじゅう部(仮称)である。
あれは、すんどめが入学した年の部活紹介であった。
会場のどこからともなくジョギングをしながら現れたおしくらまんじゅう部は、

がんばろ 1、2
声だそ 1、2

かけ声もそらぞらしく、ステージへ上がった。
そして中央の人物が、
「新入生のみなさんに、おしくらまんじゅう部からプレゼントがあります」
おもむろに〈ジッポ〉を取り出し、股間の前に構えたロケット花火に点火した。
その一瞬。
彼の股間から一条の光芒が、体育館の天井の中央めがけてほとばしり、そこに大輪の花が咲いて、おびただしい火の粉が、あわや新入生の頭上にふりかからんか……というところで空間に消えた。
「わっ! ビックリした!!」
会場のあちこちで声が上がった。
が、いちばんビックリしたのは、当のおしくらまんじゅう部自身であった。
彼らは、ドン! と言ったときには蜘蛛の子を散らすようにステージから四方八方へ飛び降り、そこかしこへ逃げ消えてしまった。
「危険ですので、花火は使用しないで下さい」
冷静かつマジメに言う司会の女の子の声に、
「すみませんでしたーっ!」
おしくらまんじゅう部の絶叫が、どこからともなく轟き渡った。
これを見て、当時純粋な15歳のすんどめは、
「高校生って、バカな人たちなんだなあ」
と思ったが、1年後そのバカに自分がなろうとは、このとき露ほども思っていなかった。

話を戻そう。
マイク・スタンドの弁償代は、2万円だった。
すんどめと人間シンクタンクは、ずしーん……という気持ちになり、世界征服クラブの部室へと帰った。
ああ、なんと言って怒られるだろう。
部費で弁償して下さいとは、とても言えない。
当然、小遣いをコツコツためて自分で弁償しますと言わねばなるまい。
人間シンクタンクだけでなく、この際すんどめも半分かぶろう。
それが責任というものだ。
ああ、それにしても高校生にとって1万円は高い……
それに、金だけの問題ではない。
部の先輩たちに、どうして許してもらおう。
ずしーん……
我々は首をうなだれながら、古びた部室のドアをぎっと開けた。
すると……

「やるなお前ら! よくやった!!」
「お前らもこれで男になった!」

大喝采とともに、もみくちゃになる我々であった。

ただ、1人だけ怒った先輩がいた。
当時すでに4年生(わが母校には4年生という学年が存在する。またの名を、予備校1年生とも言う)だった、世界征服クラブの元会計で、のちに自衛官となり、イスラエル・ゴラン高原で戦うこととなる人である。
その怒った理由というのが、
「てめえら、こんなときにナニ弁償事案発生させてんのよコラ。
世界征服クラブの財政事情、分かってんのかてめえら」
結局、金の問題だったようだ。

(完)

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