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学校に行かないという選択。「忍者修行で彼は何を得たのか。」

二男が忍者修行から戻って来て、2週間が経った。

二男が修行キャンプに行くことになった経緯はこちら。

二男の帰着に合わせ、家族で迎えに行き、「まだかな、まだかな」となんとなくソワソワしながら、バスの到着を待つ。

長男と末娘はうろうろと散歩し、「あけびを見つけたよ!」と各々の帽子に山盛りのあけびを入れて戻って来た。「甘い!」と皆で頬張っていると、
二男の乗ったバスが到着した。

大きな荷持を抱え、「ただいま~」とやや疲れた表情を浮かべてはいるものの、楽しかったからこその疲れなのだろう。


二男が、キャンプに行っている間、参加した団体から、随時InstagramやYou Tubeでキャンプの様子をお知らせします、と連絡が来ていた。う~ん、そういう時代なのね、しかしそういったことを保護者の方も求めているのだろうか、などと考える。

旅でもキャンプでも、家から我が子を送り出すということは、何かと気にはなる。


怪我や事故などないように、楽しめるといいな。

そういった気持ちはもちろんあるけれど、基本的には、送り出すと決めたときから、心配はしない。子ども自身が「大丈夫」と決め、出かけていくのだから、大丈夫なのだと、私は思っている。

Instagramで送られてくる写真や、一日の終りに配信される動画を家族でさらっと観たものの、なんとなく違和感を覚えていたことも事実だった。

〈二男から話を聞く楽しみが奪われたら嫌だな。〉

そんなことを思った。

私は、家族に提案した。

「あのさ、写真を観たこととか、動画で観たことを、〈あ、それ知ってるよ〉って二男が話すより先に言わない方がいい気がするんだよね。だから、二男が話してくれることを、遮らないようにしたいんだけど。」

夫は勿論、長男も末娘も、帰宅した二男が帰りの車の中で、ぽつりぽつりと話してくれるお土産話を遮ることはなかった。

夕食後、動画を観ながら二男がキャンプで起きた出来事を説明してくれるという動画上映会が開かれた。

忍者修行で忍者の覆面のかぶり方を教わったんだ。新聞紙で剣を作ったり、手裏剣つくったり、戦いもやったんだよ。

ご飯のメニューはね、量は多くなかったけど足りたよ。でもね、玉ねぎとブロッコリーのサラダが毎回出てきて、それは毎回残したんだ。

人数が多いから、先にご飯の班、お風呂の班と分かれてて、交代制だったそうだ。

お風呂の様子、班ごとに分かれていた部屋の様子、寝具はこんなのだった、キャンプファイヤーは室内で出来る設備があったから、雨でも大丈夫だった、自動販売機のアイスが人気だった、初日の夜は、夜中の1時まで眠れなかったんだ・・・でも、次の夜は早く眠くなった・・・などなど。

普段は言葉が多いタイプではない二男だが、私達がわかるようにとひとつひとつ丁寧に説明してくれた。自分の体験を共有したいと思ってくれているのが伝わる。

友達も、知り合いも誰もいない150人参加のキャンプに飛び込んだ二男。

皆で書き合ったメッセージカードには、同じ班の子によって「俺たち仲間。また会おうぜ。」と書かれていた。

きっと言葉にならない感覚、体験もたくさんあったのだろうと思う。
彼だけの経験と時間が刻まれたのだろう。

親が、すべてを把握することはできないし、そもそも把握する必要などない気がする。

私と子どもたちは、別々の人生を生きているのだから。

二男が突然、ひとりでキャンプに参加すると決めた時、あぁ、こうやって子どもは、親と離れる準備をしていき、親にもその準備をさせてくれるのだなと思った。

私にとっては突然に見えても、少しずつ 少しずつ、その準備が二男の中で進んでいたのだろう。

二男の中で、時が満ちたのだ。

皆で忍者になって撮った記念写真を、何度も何度も眺めている二男の顔は、
少し逞しくなったような気がした。

次の修行はどんなステージになるのだろう。
楽しみだ。





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