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【童話】ベニコの冒険

「ベニコのぼうけん」 


 ママが入院してからというもの、幼稚園児のベニコはひとりで家にいることが多くなりました。

 そんなある時、ベニコはふと思ったのです。


 「そうだ。ママにわたしがつくったお弁当をつくって届けてあげるのはどうかしら?」


 いつもはママがお料理する広いキッチンに向かいました。 


 ベニコはキッチンを見渡し、まずお弁当箱を見つけなくては、思いました。 


 お弁当箱はどこにあるんだろう? 


 扉や引き出しを開けていきます。 


 でもありません。 


 手の届かない高い場所にも扉はありました。 


  ベニコはその扉たちには何が入ってあるのだろう、とワクワクしました。 


 想像して胸が高まります。 


 ママにはその扉は届くはずなのに、ベニコには届きません。


 「きっと素敵なものがいっぱいつめこんであるにちがいないわ」 


 そうだ! ベニコは思いつきます。 


 お弁当にいるのはお弁当箱だけじゃないわ、とベニコはひとりごとを言いながら、次に冷蔵庫を開けました。 


 いろんな食材があります。 


 あれれ? 


 いつもは見慣れてる食材もいつもの食材には見えません。 


 なんだか魔法みたいに食材たちも笑い始めているように思います。 


 わはははは! 


 「どうしたの? どうして食べものさんたちがわらうの?」 


 でもベニコは負けません。 


 笑うトマトを、えい、取り出して扉を閉めました。 


 ふと笑い声が消えました。 


 あ、包丁はどこだろう、とまたベニコは探します。 


 もうその頃には家が秘密の遊び場のように思いました。 


 おうちって不思議だらけだわ。 


 ほんとうは不思議だらけなんだわ。 


 キッチンカウンターで包丁を探していたら、フライパンが見つかりました。 


 フライパン。。。 


 フライパンってこんなに重いの? 


 でもそうだ。 


 フライパンがあったということは卵だ。 


 冷蔵庫から卵をふたつ、えい、と取り出しました。 


 冷蔵庫はの扉にチャックがいつのまにかあります。 


 チャックが、じじじじ、と開くと、大きな口、が現れこう言います。


 「お前に卵が割れるのかな? わはははは!」


 「黙って! 割れるもの! 卵くらい割れるもの!」 


 ん?  私、冷蔵庫と喋ってる? 


 ベニコはもう冷蔵庫となんかお話するもんですか、とひとりごとを言いました。 


 でも卵ってうまく割れるかしら、ととても不安です。 


 困りました。 


 フライパンの隅でコンコンコンと卵を割ろうとしますが、なんだか怖い、ベニコでした。 


 えい、と思い切ってフライパンの角にぶつけると、卵の中身が床に散乱しました。 


 あー、やってしまったわ。 


 ゾウキン、ゾウキン。 


 ある場所がわかりません。 


 もしかしてバスルーム? 


 バスルームに走り、辺りを探します。 


 ない! 


 あれ? 何か聞こえるよ。 


 二階から何かが聞こえます。 


 耳をすませると呼吸の音です。 


 その呼吸がだんだん大きくなります。 


 どうしたの? 


 階段の下に走りベニコは耳を二階へと向けました。 


 すーはーすーはー。 


 きっと家が生きているんだわ、とベニコは思いました。 


 耳をすませると今度は家ぜんたいが呼吸しています。 


 すーはーすーはー。 


 生きている! 


 家がぐんにゃりと一瞬、大きく曲がったように見えたベニコです。


 でもベニコは負けません。 


 バスルームにあわてて戻るとタオルがありました。 


 でも綺麗なタオルを使うのはかわいそう。 


 まあ、散乱した卵の中身はそのままにしましょう。 


 すると家がまたぐんにゃりと揺れて、まるで怒られているみたいでした。


 静かになさい! 私の家! 


 おにぎりならつくれるわ。 


 ベニコは次に炊飯器を開けました。 


 からっぽ! 


 ごはんがそもそもない! 


 これは困りました。 


 じゃパンだ! サンドイッチだわ! 


でも食パンどこ? 


 今度は食パンが見つかりません。 


 ベニコは、ああ、もお、と天井を見上げます。


 すっかり家はぼうけんばかりだわ。 


 わっはっは、と家が大きく笑う声が聞こえてきました。 


 ベニコはそんな笑い声には負けません。 


 ベニコは、卵とトマトを両手に持って駆け出しました。 


 なんだか家に食べられてしまいそう。


 パクリ! 


 え? 


 ベニコは気がつくともう家という怪物の胃の中にいる気がします。 


 ベニコは怖くて泣きました。 


 涙があふれてあふれてとまりません。 


 ベニコは卵を左手に、トマトを右手に持って玄関へ駆け出しました。 


 すーはーすーはー。 


 ここは胃の中だったんだわ! 


 逃げ出さないと! 


 私はいなくなっちゃう! 


 食べられちゃう! 


 玄関から外に出て家を振り返りました。 


 夕暮れの空。 


 家は光の中で、まるでいつもの家とは思えません。 


 かいじゅう! 


 ベニコは駆け出すと、家がなんと追いかけてきます。 


 家に大きな足が生えて追いかけてくるのです。 

 

そんなわけない! 


 おうちから足が生えるなんて、どこまでも追いかけてくるなんて! 


 振り返ると家がぱっくりと割れ、大きな口を開けています。 


 食べものじゃない! 


 私は食べものじゃないの! 


 食べものをつくるはずが、私が食べものになってる! 


 家はその大きな口でベニコのスカートをくわえました。 


 ベニコをそのまま空へひょいと持ち上げられます。 


 空高く。 


 ああ、高い空! 


 街が見える! 


 私の街だ! 


 あ、ママの病院も見える! 


 気がつくと家に羽根が生え、パタパタとベニコを病院まで運んでくれます。 


 大空をスカートをくわえられたベニコと、足と大きな羽根の生えた家が旅をします。 


 いつのまにかベニコは夕暮れの病院の前にいます。


 おうちが運んでくれたんだ!


 おうちはかいじゅうしゃない! 


 私の味方をしてくれるいつものおうちだ! 


 夕暮れの空を見上げます。 


 ベニコのおうちがそんな夕暮れに染まった空高くパタパタと帰っていきます。 


 「ありがとう! 私のおうちさん!」 


 「いいえ! どういたしましてえ!」 


 空からお返事が聞こえ、ベニコは、わっはっは、大声で笑いました。 


 ママの病室につくと、ベニコは、ママに卵とトマトをあげました。 


 「はい、ママ。お弁当よ」 


 ママはベニコの涙を拭きながら、笑いました。


 「お弁当ありがとう、ベニコ」 


 「あのね、あのね」 


 ベニコは家でのぼうけんをママにお話ししたくてしようがありません。 


 「おうちには秘密がいっぱいあるの!」 とベニコの笑顔が輝きます。 


 ママの笑顔も輝きます。 


 ママにはベニコの笑顔がほんとうにほんとうに宝物でした。 


 あのね、あのね。 


 ベニコはニッコリ。 


 ママもニッコリ。 


 おうちももとの姿にもどってニッコリしていることでしょう。 


 (おわり)

 。 

 こなかりゆ「シャックリ」youtubeより



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