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ポストモダンの日本が担う立場とは?

 私が師事する立教大学文学部准教授の福嶋亮大氏とその友人(?)である香港中文大学の張彧暋(ちょう いくまん)氏による共著『辺境の思想』を読み終わった。

 今年の6月1日に文芸春秋から刊行されたかなり新しい本で、その表紙には、本文にもたびたび登場する2014年に香港で発生した「雨傘運動」の写真があしらわれている。

 この本は日本の福嶋氏と香港の張氏の間で交わされた14通の往復書簡という体をとっているが、互いに対する発言はもちろんのこと読者を意識した用語解説なども充実している。タイトル通り、辺境(西洋世界から見たかつての極東地域)におけるその地に根付いた思想や、政治についての話が中心なのだが、アメリカやイギリス、中国などのいわゆる大国に対する日本というありきたりな対比ではなく同じように文化的、地理的、言語的にも辺境と言われるような環境に属する日本と香港の対比を中心としていることがポイントである。

 また、最終回の書簡で福嶋氏が述べるように、香港在住の知識人である張氏が日本語で香港の政情や文化、または他者からみた日本像やそれに対する自らの思想とその展望を述べているという、日本では珍しい書籍となっていることも注目すべき点であった。

 本文は先に述べたように全14回の書簡の集成として構成されているため我々読者にとっても内容が整理しやすく読みやすかった。しかし、わかりやすいとはいえ内容自体が非常に抽象的で難解であったり、前提とされる知識がとても広範かつ高度であったりするため、そもそも読解が難しい場面が多々ある。これはただの僕の勉強不足であるが。

 また、所々で著者それぞれのバイアスのかかった個人的理想論を語ったりするので、鵜呑みにするのは少々危険であるとも感じた。

 難解であるとは述べたが、決して堅苦しい文章が並んだ学術書ふうの読みにくい文章ではなく、張氏が日本のアニメや漫画作品、アイドルに精通したいわゆる「オタク」であることからなのか、たびたび最近はやりの「Fate/stay night」や「機動戦艦ナデシコ」のネタが使われたりして僕ら世代が読んでもちょっと面白くなっている。

 さて、肝心の内容であるが、一つには一国二制度時代、文化のハブ、アジールとしてイギリスの統治下で急激に発展した都市である香港が、住民が既に香港人としてのアイデンティティを持っているにもかかわらず大陸からの中国化を強いられている状況に猛反発していること。もう一つのテーマは律令制を中国に倣い、民主主義を西洋社会に倣い、現代でもアメリカに模範を求めてきた日本が、昨今混迷を極める西洋に模範を見失い、これから先どのような役割を担っていくことが必要であるのか?ということが述べられている。

 細かな内容に関してはぜひ手に取って読んでいただきたいので割愛するが、非常に日本と地理的に近く観光地としても有名な香港の文化がどのような土壌で生まれ、その土地の人たちが現在どのような苦難にあっているか、日本を取り巻く国々の情勢がどのような背景によって動いているかを知ることができるので、一読の価値はある。

 また、僕がこの本を人に勧める理由はもう一つある。それは、書簡ごとに注釈がしっかりとつけられていることである。「~によれば~とある」という記述では興味を持った時に調べることが、大変困難な作業になるので厳しいが、この本では出典がかなり明示されているのでありがたい。

 そもそも知識人の知的な会話(語彙力がない)の応酬を読み、そこに出てくる研究者や学者の名前に沿って勉強するだけでも幅広い時代の社会思想に触れ、考えることが可能であると思った。自分用に思想家や学者のリストを書きだしたので夏休みの勉強以降の指針としたい。

100円でちょっとしたコーヒーが飲めます。