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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その33


この物語はフィクションです。
如何なる人物も実存しません。


33.   さっぱりわや


休日のある日。
早めの銭湯。


べたついた体を早くサッパリさせたかったのだ。
寝汗と自慰行為によるベタついた体をリセットだ。


それに早くビールが飲みたかった。


銭湯から出て足早にコンビニに向かおうとしたら
向こうから歩いてくる二人組に声を掛けられた。


「真田くんじゃん!もうお風呂?」


目が悪い私。
よく見たら志賀先輩とキャップを深く被って
下を向いている優子さんではないか。


「ホントだ。真田くんだ。サッパリしてるじゃん!」


「真田くんサッパリしてるじゃん!」ではなくて
「真田くんサッパリじゃん!」に頭の中で変えてみた。


私の全てがサッパリなような気がしてきた。
今からコンビニで大量にビールを買うのを見られたくない。


「もう何時だと思ってるんですか?良い子は寝る時間です!」

「ははは!真田くんって面白いね。ねえ、そこにお好み焼き屋さんあるの知ってる?」


以前チョッパー大野と来たことがある白ご飯と味噌汁が無いお店だ。


「一回食べにきましたよ。大野と。」

本人が居ないから呼び捨てにした。


「やっぱ大阪の人はお好み焼きには敏感なんだね。」

志賀先輩が言った。



「今から二人で行くんだけど、一緒にどう?」

優子さんが下を向いたまま低い声で言った。



「行きます!」


即答した。
缶ビールから生ビールに変更だ。
こんなに近い距離でビールが美味しく変更できる事に気が付いた。
いかに自分の視野が狭いかを思い知らされる。



「いらっしゃいませ」



なぜか私が先頭で暖簾をくぐった。


「3人です。」

「こちらへどうぞ!」


席についてようやく優子さんがキャップを脱いで
明るい顔を見せてくれた。
まるで海の底から浮かび上がってきたかのようだ。


「はー!よしっ!飲むぞ!あのくそ優!」


声がいつも通りの大きい声になった。
そして珍しく人の悪口を言っている。


まあ夫婦なら喧嘩もするものなのだな。
私の両親も仲が悪い。
いつでもポジティバーの優子さんでも
さすがに夫への不満はあるようだ。


「優さんと喧嘩でもしたんですか?」



「うん!飯まだか?飯まだか?ってうるさいんだよねー!
一食くらい食べなくたって死なないっつーの!」



「それで黙って家から抜け出して来たんだよねー!」


志賀先輩が説明してくれた。


「ゲッソリ痩せやがれ!なんてね!」

「一日で痩せないよ!あのデカさ!」


なるほど。
それで見つからないように
キャップを深く被って下を向いていたのか。
これはビールが進みそうだ。


「たまには息抜かないとね!すいませーん!
ミックス焼きがえーと3つでいい?あと生ビールが2つと烏龍茶1つと、
ジャガバタとシシトウとホタテとゲソと・・あと何食べる?
じゃんじゃん頼んでいいよ!」


大丈夫かな優子さん?


「志賀さんは飲まないんですか?」

「私、お酒飲めないんだよねー。」

「ははは!ホント飲めないんだよ、この子!
真田くん聞いて!この前ね・・・」


まだ飲んで無いのに盛り上がる我々。



「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」


私はつい反応して言ってしまった。


「あと、白いご飯と味噌汁ってありますか?」

意地悪な私が出た。いや、一応聞いて見たのだ。
もしかしたら新メニューで登場してるかも知れないから。


「は、えーと、少々お待ちください。」

店員さんは私の顔を見て思い出したようだ。
私はすぐ取り消した。


「あ、いや、やっぱりいいです。無くて大丈夫です。」


優子さんが言った。

「やっぱ大阪の人ってお好み焼きにご飯と味噌汁食べるんだね。
テレビでやってたよ。お好み焼きがご飯のおかずになるの?」


「完全におかずにしか見えませんけど。」


「なんでー?お酒のつまみでしょ?
イカ焼きとかたこ焼きとか焼鳥みたいに。」


「たこ焼きもおかずです。『おかん!ご飯は?』って家なら言いますね。」


「ハハハ!」


このテーブルだけ盛り上がっている。
我々のテーブルと椅子だけ昇降機能が付いているかのよう。
盛り上がればどんどん上に上がっていく気分。


店員さんが遥か足元から上を見上げて
ビールを渡してくれた。


「ねえねえ聞いて!この前ね、
しーちゃん(志賀先輩)がお酒を飲もうとして口だけ
近ずけて飲むのはやめたの。
でも匂いを思いっきり嗅いだじゃん?しーちゃんたら、
その後、酔っ払いみたいになってんの!匂いで酔ったんだよ!ハハハ!」


「いやぁ、ホンマやでぇ。」

志賀さんがイントネーションが滅茶苦茶な大阪弁風で答えた。


「またそれがコーク・ハイって言うやつ?もう見た目コーラじゃん!飲めるかなって思ったんだよねー。匂いでダメだった。ホントに頭痛くなったんだ。」


「へぇー。匂いだけで頭まで痛くなるなんてよっぽどですね!で、酔ったらどうなるんですか?先輩は。」


「ははは!ずっと笑ってんの!ずっとだよ!全然誰も話してないのにずっと笑ってんの!おもしろかった!」


「ハハハハハハ!あーまた笑いが止まんない!ハハハ!」


大きな瞳を片方だけ閉じて苦しそうに、でも楽しそうに笑っている。
見ているだけでこっちも笑ってしまう。


「何が面白いの?ハハハ!」

優子さんもつられて笑っている。


志賀さんってこんな人なのか。
もっと真面目な人かと思っていた。
明るくて楽しくて可愛らしい。
可愛らしい?
いかんいかん。彼氏がいるじゃないか。


「お待たせしましたー!」


「お、来ましたよ。ミックス焼き・・・って、
まだ笑ってるんですか?先輩。」



「ハハハ、なんで敬語なの?
同い年じゃん!真田!お前も笑え!ハハハ!」


やべえ。惚れちまいそうだ。
あっと言う間に心のドアを蹴り破って入って来られた感じがたまらない。


「ははははー!あー!お腹が苦しい!ホントに空気で酔った!」

「今度は空気かいな?」遠慮なく言ってみた私。

「空気というか、その場の雰囲気で酔えるんだねぇ私は。あー。」


だいぶ笑いが収まってきているようだ。


「美味しそうに飲むなぁ。匂わせて。」


私が飲んでいたビールを手を伸ばして持ち上げた。
まだ半分入っているビールのジョッキに小さな顔を入れて匂う志賀先輩。


「うえぇ〜。」

「うわっ、吐かないでくださいよ。先輩。」

「いいなぁー。お酒飲めて。」



「飲めなくても酔えるんだったら、その方が最高じゃん!」

さすが優子さん。良いこと言う!


「ところで真田くんってさ。好きな子とか彼女とかいないの?
いるんでしょ?大阪に置いてきた彼女とか。」


「いないです。」


一気に笑いが収まり、テーブルは元に位置へと降りきった。


「本城とかどうなの?可愛いでしょあの子。」


本城?あー。由紀ちゃんの苗字か。忘れてた。


お酒のせいで私の本心が現れた。


「僕には忘れられない人がいて、
とてもじゃないけど新しい恋なんて出来ません!
もう恋なんてしないなんて言います絶対に!」


「♪どんな時も〜どんな時も〜」
歌い出した志賀先輩の歌詞と曲は、ごちゃついた。


私達はだいぶ酔ってきたようだ。


優子さんがもう何杯目か分からないビールを飲み干してから言った。

「ねえ!だれ?どんな人?そんな彼女が居たんだね?まだ好きなんだぁ。
大阪にいるの?年は幾つなの?どんな感じの人?ねえねえ?誰に似てるの?」


「いや、まだ好きとかでは無・・・」返答につっかえた。


忘れていたのに思い出した瞬間に蘇ってきた恋心。
もう好きじゃないかと聞かれたら
まだ好きかもしれなかった。
いや忘れられないのとまだ好きなのとは違う。
昔好きだったゲームを思い出したら付いてきたその時の興奮。
でももう今そのゲームをしてもその感情はやって来ないだろう。
ぶつぶつぶつ。


しまった!ビールのせいで思考が絡まり過ぎて
もうどうでもよくなってきた。


この会話の内容の全てが目の前の二人の記憶という録音装置によって
記録されて由紀ちゃんに流されてしまうというのに!



でも、もう遅い。
そろそろ返答する時間だ。
まあ、少しくらい女の影があったほうが魅力も増すかもしれない。
私では無理かな?
やはりもう遅い。
言ってしまえー!
えいっ!


「北海道で知り合った湘南出身の3つ年上の女の人でショートカットで
目が大きくていつでも笑顔でそんな雰囲気は優子さんみたいで、
その人が忘れられていないのかもしれないから心に新しい風が・・・」


早口で言っている。
でも二人が同時に大きな声で言った。


「湘南?」
「湘南?」


それ以来、湘南の方面に彼女が居ることになってしまった。
事あるごとに冷やかされる。


「湘南の彼女は元気?」

「はい。元気です。」


いや、もう今は、
どうしているかも知らない人だ。


でも、私がもう何を言っても
私は「湘南の彼女」の彼氏だった。
もうどうでもいい。
話がどう進もうが私はもう「はい」としか言わなかった。


みんなにそれが浸透したある日、
お店で由紀ちゃんが言ってきた。


「湘南ってどこ?海の方だよね?サザンだよね?」

「神奈川県の下の方の海の方のサーフィンが盛んな街かな?」

「ふーん。」

「・・・」


なんで気まずいんだろう?


「海、行きたいね。」
由紀ちゃんが健気に言った。

「おー!海いいね!行こう!
レンタカー借りたらみんなで行けるぞ!」

「レンタカー?誰が運転するの?」

「わ・し」

「え?真田くんって免許持ってるの?」

「持ってる。親父の車を何回もぶつけたけどまだ持ってる。」

「マジ?やったー!」


なぜか喜んでくれる由紀ちゃん。無邪気だな。


「じゃあさ、ドライブ行けるやん!海行けるやん!やったー!」

「イエーイ!」


興奮して九州のイントネーションになっている由紀ちゃん。



「由紀ちゃん、お待たせ!」

お風呂の準備をした麻里ちゃんと千尋ちゃんが
二階から降りてきた。



「また計画しとくね!じゃあ!」


海か。
湘南か。
これはサザンのカセットテープでも作っておく必要がある。
もちろん120分テープで。


〜つづく〜


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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

いただいたサポートで缶ビールを買って飲みます! そして! その缶ビールを飲んでいる私の写真をセルフで撮影し それを返礼品として贈呈致します。 先に言います!ありがとうございます! 美味しかったです!ゲップ!