小さな本工房

スキマインタビュー:「満員電車で読める本を作った人」(後編)

さて、インタビュー前編では、休みの日はだいたい神保町にいるという鴫原さんの、「みんながやらないことをやる」「根っこの部分が好き」という軸で物事を選択する独自の視点について伺いました。

後編では、古書集めがどのように「小さな本工房」に生かされているのか?を具体的にお聞きしました。
そこには、「ないものをつくる」という基本精神がありました。

読むために語学を勉強し、勉強のために本を作り始めた

ーさて早速ですが、「満員電車で読める本を作った」とはどういうことでしょうか?

買い集めていたようなハーブに関する古い洋書の中には、高価な本もあって。そういう本がたくさんあるから、それを読みたくて、勉強しようって思ったんだよね。読めるようになってから買おうと思ってもダメなの。まずは資料を手元において、そこにあるからいつかは読みたいなと思える。20代のころからそういう本を集めているうちに、いつかハーブのことを本にまとめたいなと思いはじめたんだよね。

ーハーブの本を作りたかったんですね?

そう。でもそれを作る前に、その本を読むためには英語やドイツ語を勉強しないとと思って、先に自分のためのドイツ語の教科書を作ったの。

ーハーブの本を読むために語学の勉強をしたかった?

当時は満員電車で通勤しているような生活だったから、まとまった時間もとれないし、ちょっとしたスキマじかんで勉強したい。でもテキストって大きくて電車の中で広げられないから、そこで読めるようなサイズの本、「はん・ぶんこ」を作った。

ー「はん・ぶんこ」とは?

文字通り、文庫本のちょうど半分サイズの本なんだけど。製本だけじゃなく、自分でテキストを入力して、中身を作る作業も並行してやってた。たとえばテキストを作るにしても、1課からじゃなくいきなり5課から始めてもいいわけだし、好きなように編集できる。普通に本を持ち歩くと重いんだけど、持ち歩きたくなるっていう気持ちになれば、作った意味はある。自分の読みたい本がこのサイズになってることに意味があるんだよね。あとA4サイズの紙がまったく無駄なく使えるのもこのサイズなの。

背表紙のない本をつくっている

ーその仕様へのこだわりは?

最近の本は、ページの背を糊で固めた「無線綴じ」が主流で、180度平らに開かないでしょう?ある程度大きな本であればまだいいけど、「はん・ぶんこ」のサイズで、小さいのに開きにくい本では意味がないので、どのページでも平らに開くように、一本の糸でかがって綴じています。

糸でかがったあとも、製本の指南書などでは背表紙をつけるように書いてあるけど、自分にとっては力をかけなくてもどのページも平らに開きやすいものが作りたかったから、はん・ぶんこには背表紙をつけていないの。背を糊で固めて補強すると、経年劣化などで壊れた際に補修がしづらくなるのも理由のひとつかな。内容がわからないと困るなら、カバーをつければいいし。

見た目とか奇抜さとかそういう方向にいっちゃうと、本来の目的と違ってきてしまうんだよね。それは電車の中でスキマじかんに読むものではないわけ。あまり工芸的に立派に作っちゃうと書き込みもできないし。むしろ書き込みをするために平らに作ってるのに。

ないものをつくる、という発想

ー実は私も以前ワークショップに参加させていただいたのですが、道具にもかなりこだわりがあるように見えました。

以前ワークショップをした会場の近くで、ツゲの端材が売っているのを見つけて、それを紙やすりで整えて「折りベラ」をつくったんだよね。ふつうの製本で使うような折りベラは竹製でもっと大きいんだけど、はん・ぶんこぐらいの本ならこの大きさのほうが使いやすいかな、と思って自分の使いやすいサイズを作ったの。

つくる本のサイズが決まっているので、同じサイズの紙を裁ち落とすのにちょうどいい定規や、穴をあける位置のガイドとなるような道具を、アクリル板の加工をする業者に作ってもらったりもしました。

製本は糸でかがるので針は欠かせない道具なんだけど、この針刺しも自分で作ったもの。

インキ瓶にドライのセージというハーブを詰めています。セージにはさび止め効果もあるそうなので実に実用的でしょう?ラベンダーも少し入れているので、針を抜くと香りが立つんです。ワークショップでもいつも評判がいいんだよね(笑)。

製本を手作りでやっている以上、大量製品にはないクオリティが必要だと思っていて。機械で作られたものには敵わないにしても、ある程度の正確さ、美しさは追求したい。だから製本の工程で、効率よく、美しく仕上げるための道具も自分で作った。

紙をきれいに折ること、綴じ糸を美しく見せるようにかがること、表紙を効率よく作ること...などを実現するための道具はどうしたら手に入るんだろう?とか考える間に「ないものは作ってしまう」ほうが手っ取り早いよね。

それは自分の読みたい本が書店や図書館にないから自分でつくった、ということと根底は同じなんじゃないかなと思う。

2010年頃から鬼子母神手創り市へ

ー実は同じ時期からお互いに、同じ市に出展しはじめたんですよね。鴫原さんはいつもはんてん姿で出店しているから、すぐにわかります(笑)

そう、雑司が谷にある鬼子母神堂でやっている手創り市ね。はんてんは冬は家の中でも市でもユニフォームなの(笑)。出店しはじめたのは2010年くらいからかな。ほぼ同じ時期で、懐かしいねえ。本は、2007年から10年の間に結構つくってたかな。でも今はあまり残ってないの。全部1点もので、もともと本は売るために作ったわけでもなかった。そもそも売る気が無かったからね。

ー「売る気がない」けれど、出展しようと思ったのはなぜ?

誰かに興味もってもらえるかなとは思った。作ったものを買ってくれというより、「こういうことができるんだ」っていうことを伝えたかったのかも。こういうことをやる人が増えてもいいし、増えなくてもいいし(笑)。やりたい人がいたら教えるよ、というスタンスかな。

ーその活動が製本のワークショップにつながっているんでしょうか?

今でもイベントや、定例のワークショップもやっています。復習用のテキストや手順などををサイトなどでもアップしていて、ノウハウを公開しちゃうのは勿体無いんじゃない?と参加者の方からも言われるけど、自分としてはそこをあまり惜しまないつもり。やりたければどうぞ、知りたければ使ってくれという気持ちの方が大きいかもしれないね。

ー現在はどのような本を集めているんですか?

集めているものはまだまだたくさんあるけれど、洋書以外にも和書も集めていて、例えば主にドイツ語やフランス語の語学書かな。

ー古い語学書を集めているのはなぜ?

外国語の学び方にも興味があるし、昔の語学書には今にない学びが多いんだよね。例えばこれはフランス語のテキストを自分で作ったものなんだけど、これはふつうの辞書と何が違うかわかる?

ー(しばし考え…)なんでしょう…?

これは、頭の文字じゃなくて、お尻の文字の順番で並んでるの。「逆配列英単語速習」という本を参考にしたんだけど。昭和の語学書ってこういう画期的なところもあるし、あと巻頭の言葉が面白かったりするの。この本もこんな感じ。

アルファベティカルに並べてある英語の単語を、a, aback…などと、頭からがむしゃらに詰め込もうとするのは、おろかなことです。たとえ超人的な努力をしてみても、アカデミー(academy)までいけば立派なもので、たいていは修道院(abbey)のところまでも行き着けずに、放棄(abandon)してしまうのがオチでしょう。
このような非科学的な、電話帳のように味気ない単語集の類は、若い人たちに賽の河原のむだぼねを強いるばかりでなく、創造に富んだ頭脳を次第にむしばんでいきます。…(一部中略、以下略)

        郡司利男「逆配列英単語速習」より

ー制作者のアイディアとユーモアがすごい!(感動)

メッセージが強くて、情熱がすごいでしょう。こういう文章を集めた本を作りたいと思ってるくらい(笑)。最近の語学書は同じようなことばかり書いてあって、どういう気持ちで書いているかがわからないんだよね。

ー今後は何をつくりたいですか?

20代のときに、ハーブとか好きなものとかのスクラップブックを作っていて、だからハーブの民俗誌の本はずっと作りたいと思ってる。挿絵の多い図鑑というよりも、辞書的であり、文章で書かれているもの。いつまで経っても進まないけど・・できあがっちゃうと楽しくないしね。本の他にも、小さな本に合ったサイズの棚も木工でつくりたいし、本に合うカバーも革で…作りたいものは尽きないね(笑)。

もともとは「満員電車で読める本」をつくったところから始まった手製本。
でもその根底には、究極の「好き」と「情熱」と「意欲」が詰まっていました。

もはや鴫原さんにとって、ライフワークである、古書の蒐集(しゅうしゅう)。

そのなかから自分の欲しい内容を見つけ出し、ちょうどいいサイズで使い勝手のいい本にして、自分のスキマじかんに使いたい。果ては、それを実現するための道具も自分でつくる。

まさに究極の自給自足である鴫原さんの本づくり。

その活動は、「本って作れるんだ!」「こうやって自分なりの楽しみに生かせるんだ!」という新鮮な発見を与えてくれるものでもあります。

「ないものをつくる」徹底的なその姿勢に、ひたすら感服です。

本作りにまつわるご相談があるかたは、まずは一度「小さな本工房」さんのワークショップに参加して、その制作を学んでみては?

鴫原利夫(しぎはら としお):1969年福島県生まれ。「小さな本工房」という名前で、現在は製本ワークショップなどを中心に活動中。制作や本にまつわるこだわりが詰まったブログも読み応えがあります。
聞き手:絵はんこ作家「さくはんじょ」主宰のあまのさくや。誰かの「好き」からその人生を垣間見たい、表現したい。そういうものづくりをしています。

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