マガジンのカバー画像

短編小説集

14
2,000~5,000文字程度の短編小説をまとめています。
運営しているクリエイター

#小説

とある怪盗夫婦の日常

 「もしもし、俺だけど。ばあちゃん?」  ガチャリ。  小林はまた電話を切られていた。これで五百回目。振り込め詐欺対策の成果だろうか。最近はこんな詐欺に引っかかる人なんてほとんどいなくなった。  三百万円欲しいだけなのに、誰もくれやしない。  小林が静まり返った携帯電話を眺める。煙草に火をつけ、ため息を隠すように大きく息を吸い込んだ。  どっしりとソファーに腰かけ、仕方なく天井を見つめる。 「まあ、なるようにしかならねぇからな」  小林が俺の方を見て、困ったように笑っ

「お兄ちゃんが帰ってこない」 仕事帰り。チェーン店の居酒屋で同じ職場の彼女の話を聞いていると、ひどい眩暈がした。 「捜索願は、出したの?」 彼女は首を横に振ると、また視線を机の上に戻す。兄、慶次の部屋に置いてあったという手紙が、事件性のなさを証明していた。 「きっと……限界、だったんだと思う」 机の上に並べられた手紙は2通。母宛と、妹宛だ。 「お母さんに宛てた手紙には、しばらく探さないでくださいって書いてた。お母さんにはまだ渡してない……探し出すに決まってるし、警

はなむけ

「本当に呪いたい人がいたら、その人に自分の髪の毛が四本入ったお守りを渡すの。一番良いのは、おめでたい日にね」 「たとえば結婚式とか?」 「そゆこと。美希、呪いたい人いる?」 「いないよ! あ、でも理科の茂木先生は超ムカつく……」 きゃはは。 終業式の帰り道、私たちはおまじないとか呪いとか、最近得た知識を交換しあっていた。 呪いの話でジメジメした空気になったのを変えたのは、親友の真由子のほう。 「貝殻のおまじないって知ってる? 上は自分が、下は相手の筆箱に忍ばせるんだって。そ

お別れまであと五秒

この作品はPrologueの再掲です。 いつからだろう、彼が私を見てくれなくなったのは。気のせいかもしれない。もしかしたら見つめられているのかもしれない。でも、昔に比べて明らかに触れられる回数は減った。今では腕を伸ばしても、なんの反応も返ってこない。私に無関心なのだ。 「あ、この歌手懐かしいね。子供の頃好きだったなあ」 車のスピーカーから流れてくる曲を聴いて、わざと楽しそうに振る舞う。せっかくのドライブなのに、私のせいで険悪になってしまうのは良くない。彼は今そこまで怒っ

うろこ雲を纏って

この作品はPrologueに投稿したものの再掲です。 この部屋にはタカシと私の思い出が詰まっている。海に行って拾った貝殻、小樽で作ったオルゴール、青森のねぶたの前で撮った写真、島根で作った勾玉のネックレス。 私はテレビ台に並んだそれをぼんやり見つめ、右腕のジクジクとした痛みを逃す。カーペットの上に横たわって、新しく刻まれた丸い火傷の跡を眺めた。 以前タカシに言われるがままに、足首へ付き合った記念日と、天使の羽のタトゥーを彫った。 「自由とか、勇気って意味があるんすよ」 彫

武田先生はアイスがお好き

工場見学に来ていた生徒の手元にアイスが配られる。「わが社の人気アイスです」と言いながら、社長が直々に配りに来てくれたのだ。ザクザクチョコのたっぷりついた、みんな大好きアイスバー。 「あの、質問してもよろしいですか」 学級委員の田中くんが手を挙げた。社長はニコニコしながら田中くんに「どうぞ」と声をかける。 「僕は幸いアレルギーがないので、こういうアイスをよく食べるのですが……弟は乳成分にアレルギーがあってなかなか食べられません。武田製菓さんのアイスでは、アレルギーでも食べ

たったひとつの失恋

濡れたまつ毛をパタパタと、動かす。 彼女は動じなかった、動じないフリをした。唇についた髪の毛を一本ずつ丁寧に取る。ペタリ、ペタリ。塗りたての口紅が線になってほどけていく。 「わかった、今までありがとう」 拳をぎゅっと握りしめると、手のひらに爪が食い込む。これ以上涙が零れ落ちないように、痛みで悲しさを飲み込んだ。踵に血の滲む匂いがする。慣れないヒールを履いたせいで、どうやら靴擦れをしたようだ。こんなことになるのなら、おめかしなんてしなければよかったと、悲しみの中でぼんやり

姥捨山でピクニックをしよう

※この作品はPrologueに掲載していたものに加筆修正を加えています。 ばあちゃんが変になったのは、あのセールスマンが来てからだ。突然その辺で粗相したり、ご飯をブーっと口から噴き出したり、まるで赤ちゃんじゃないか。 「もう嫌よ、いくらあなたの母親でももう面倒見きれない!」 母さんは、ばあちゃんが変になってからずっと1人で介護していた。 「老人ホームにいれれば?」 思いついて言ってみたが、すぐ母さんのため息が返ってきた。 「どこもかしこも満杯なのよ」 がっくりと

優しい亀の子供

ユウゴは大声で歌を歌っていた。聞いたことのない歌、流行りの曲だろうか?部屋全体に響き渡る声で気持ち良さそうに熱唱している。なぜか俺もそれに続く。 「いい加減うるさいんだけど」 声を発したのは若い女、目の前にいる可愛らしい女性だ。黒いボブヘアがサラリと揺れている。俺の最愛の人だ。ちなみにユウゴも、変わらないくらい愛している。 「集中できない!気が散るし、やかましい。邪魔、出てって欲しいくらい」 彼女はギリギリと奥歯をすりつぶしてこちらを睨みつけてきた。 「そんなこと言

地球を救おうの会

※この作品はPrologueにも掲載しています。 「えー皆さんもご存知の通り、森崎高校は『地球を救おうの会』に参加している県内唯一の高校です。地球温暖化を救いたい、その一心で様々な活動をこれまでにやってまいりました。そしてこの修学旅行は、我々の大事な活動のひとつであります」 「校長先生の話ってなんでこんな長いんだろ」 「地球を救おう〜とか言って、まずあんたのハゲ救う方が先じゃない?って感じ」 「あはは、それ確かに」 うちの校長はハゲで有名だ。ずっとわざとらしいカツラを被

かわいいあの子とかわいくない私

恵梨香はモテる。だってかわいいから。顔もかわいい、中身もかわいい、ぜんぶかわいい。 ストレートの暗髪ボブで清楚なイメージを演出。すっぴん風のナチュラルメイクは男ウケ子ウケ抜群。服装は女子ウケもしやすいキレイめカジュアル。努力で「清楚でかわいい女の子」を作り続ける。これがモテるコツ。男子からも女子からも、「かわいい」って言われ続けるコツ。 「恵梨香、なんか今日良い香りする~」 親友のマリが恵梨香の首筋に顔を近づけながら問いかける。 茶色の長い髪をゆるく巻いて、キレイ目な

18歳の秘密基地

水色とピンクで可愛く彩られた小さな爪で、もこは器用に私の髪を編みこんでいく。小脇には、さっき百均で買ってきた小さな造花たち。 女子高生3人が、沈みかけた太陽を眺めながら小さなピクニックを楽しんでいた。昨日Amazonから届いた特大サイズのレジャーシート。「なんかオープンな秘密基地みたいじゃない?」と、まゆが呟いていた。 夏休み3日目とはいえ、夕方になるともう小学生の声はしない。町が見渡せるほどの丘の上にある広い公園で、ロケーションは最高だ。 まゆは、髪の毛を明るい茶色に

夢色のラブレター

「面白いんだけど、この展開がちょっと突飛過ぎるかな」 彼は原稿用紙の一部分を指して、私の方を見た。 病院の中庭のベンチに座り、四角い青空に見下ろされながら、私たちはかれこれ1時間会話している。男性にしては長い髪の毛を後ろで束ね、無精髭を生やした彼は、ここ最近毎日私の小説づくりに付き合ってくれている。 少しサイズの小さい水色の病院着と、皮が厚く乾燥した手。そんな職人の手が好きだった。 高校生の私と、25歳のお兄さん。私が父と主治医以外で、初めて心を開いた男性だ。 「なるほど

首に蛇を巻いた

※以前、投稿サイトに掲載していたものを加筆&再掲しています。 新しい人間関係を構築する時はいつも震える。もともと人付き合いもそれほどうまくないし、できれば一人で過ごしていたい。だけどそれじゃあこの先の学校生活をうまく過ごしていけないのをわかっているから、私は精一杯の笑顔で「コミュニケーション上手な女子」を演じる。 おかげでもうこんなに友達ができた。このクラスが今、入学式とは思えないような緊張感のなさを纏っているのは私のおかげであろう。 教室に入る人全てに挨拶をし、誰一人