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武田先生はアイスがお好き

工場見学に来ていた生徒の手元にアイスが配られる。「わが社の人気アイスです」と言いながら、社長が直々に配りに来てくれたのだ。ザクザクチョコのたっぷりついた、みんな大好きアイスバー。

「あの、質問してもよろしいですか」

学級委員の田中くんが手を挙げた。社長はニコニコしながら田中くんに「どうぞ」と声をかける。

「僕は幸いアレルギーがないので、こういうアイスをよく食べるのですが……弟は乳成分にアレルギーがあってなかなか食べられません。武田製菓さんのアイスでは、アレルギーでも食べられるものってありますか?」

「そうなんですね。わが社には乳成分を使用していないアイスも多く用意されています。たとえば、今ちょうどあちらのレーンで製造しているものとかどうでしょうか。皆さんも多分、コンビニで見かけたことがありますよ」

社長が指をさす方向を見る。そこには私の大好きな、イチゴの氷菓子が並んでいた。レーンの上を行儀正しく運ばれていくのを見て、「後でコンビニに買いに行こ」と思うのだった。

無我夢中でアイスを食べる生徒たち。そして、担任の武田先生もアイスを「うまいうまい」なんて言いながら食べていた。嘘つけ、この間部活で中村先生が買ってきたそのアイス「まずい」って言いながら食べてただろ。武田先生が顧問を務めるバスケ部の生徒たちは、目を見合わせてクスクスと笑う。自分と同じ名前の製菓会社なんだから、もうちょっと自慢とかしたらいいのに。何の愛着もないみたい。いっつもひねくれたことしか言わなくてあんまり褒めてくれない。すぐ怒るし、言葉遣い悪いし、あんまり好きじゃない。

「ところで、皆さんの中にアイスが苦手な方はいらっしゃいますか?って、食べてから聞いても遅いですね」

物腰の柔らかなおじいちゃん……社長を見た最初の印象はそんなところだ。見たとおりの優しい話し方で、ニコニコと生徒の質問に答えてくれる。たまに無茶な質問をしても「ユニークだね」と言ってくれるし、わけのわからない支離滅裂な質問でも「僕からも詳しく聞いていいかな」なんてうまい返しで答えてくれる。だから生徒たちの中では「かわいくて優しいおじいちゃん社長」だった。武田って同じ苗字なのに、正反対じゃないか。どうせ同じ武田なら、社長が先生だと良かったのにな。

「ねえ先生」

バスケ部の男子、松本くんが先生を呼ぶ。しかし少し離れていたのか、聞こえていないようだった。

「せんせー」

アイスにかぶりつく先生。木の棒に、半分溶けたアイス。落とすまいと必死に口を開け、食べようとする先生を生徒たちが見つめた。

「武田製菓のアイスがまずいってこの間文句を言ってた武田先生!」

ヒュッ、と喉から変な音がした。社長の前でそれを言うか?私の喉はアイスの冷たさと空気の冷たさでわけのわからない寒気を覚える。まるでお化けに出会ったときのようだ、この後どうするの?とふるふるしてしまう。

ビクビクしながら先生の方を見ると、真っ赤な顔で木の棒を持ち突っ立っていた。その先生のYシャツには、茶色い塊がベッタリ……チョコレートだ。甘くておいしそう。ではなくて、驚いた拍子に落としてしまったのだろう。

「な、なんですか……」

社長がその様子をじっくり眺めている。まだニコニコとした表情で。

「先生この前、アイスまずいって言ってたの?」

ほかの生徒が口を開く。バカ、空気読めって。いくら優しい社長でもそりゃあ怒るにきまってるでしょう。

「ぼ、僕はそりゃ、一度はあの高級アイスに浮気したこともありますよ。でもね、武田製菓と結婚したいなって思うくらいここのアイスを愛してますよ!」

「アイスだけに愛するってか、ぷーっ」

隣にいた男子、桜井くんが思わず口にして、その場がドッと沸く。ドキドキしながら行方を見守っていた私も手をたたいて笑った。

「桜井くん、僕に恥をかかせようとしてるんですか?」

「そんなわけないじゃないですか!でも先生、そんなところチョコでべっとり汚して赤ちゃんみたいですよ、ばぶばぶ~!」

「桜井くん~~~~!許しませんよ!先生に恥をかかせやがって!あんぽんたんですか!空気読めないんですか!」

先生の顔がみるみる真っ赤になっていく。さっき見たイチゴのかき氷よりうんと赤い。すると後ろで社長がポンポン、と手をたたいた。

「人それぞれ、好き嫌いがありますからね。先生も無理なさらないでください」

なんとお優しい。神様かな。目の前で思わぬ暴露が繰り広げられたのに眉ひとつ動かさない。ニッコリニコニコかわいいおじいちゃん。そりゃあ社員もついてくるわけだ。

「ぼ、僕は……っ!」

先生の様子は相変わらず変だ。ゆでだこのようである。

「好きですよ、武田製菓、ええ!自分も武田って名前ですからね?愛着しかないです、あなたの孫になりたいくらいだ!あはは!」

「ふむ」

ゆでだこみたいな先生をまっすぐ見つめる社長。だんだんその顔から笑顔が消えていった。

「それは、本心で言ってますか?」

「へ?」

笑い声で溢れていた生徒たちが静まり返る。何?どういう流れ?説教タイムでも始まるの?

「さとし、おじいちゃんのこと……覚えてないかな」

社長はゆっくりかけていた眼鏡をはずし、背広の内ポケットから写真を1枚取り出した。さとしというのは、武田先生のことだ。

「おじいちゃんだよ。さとし……ずっと迎えに行けなくて済まない……」

「お、おじいちゃん……?」

「さとしの両親が亡くなってから、私も妻も仕事が急に忙しくなり君を孤児院に預けるしかなくなってしまった。それで……迎えに行けなくなってしまったんだ」

「おじいちゃん、本当にぼくのおじいちゃんなの……?」

「ああそうだ、ごめんな、さとし……!」

武田先生、いやさとしくんと武田社長、いやおじいちゃんは力強い抱擁を交わした。社長の背広にベッタリとチョコがつくのも気にせず、二人は会えなかった時間を取り戻すように愛を伝えあう。ボロボロと涙を流しあい、おんおんと泣いている。

「え、これどういう流れ……?」

「映画?どっきり?何?」

生徒たちがざわざわとする中、学級委員の田中くんが拍手をし始める。ええ、ほんとに?と思う私たちをよそに、田中くんは眼鏡の奥からボロボロと涙を流した。

「美しい、家族愛だ!」

まじかぁと思いつつも、まあ付き合うかと拍手をする。気づけばほかのクラスの生徒や社員もやってきて、わぁわぁとその場が感動で包まれた。これがどっきりなんだとしたら、全く意図が分からない。

「ってかさぁ、感動のところ悪いんだけど、俺さっき先生にあんぽんたんって言われたわけじゃん?」

桜井くんが突然口を開いた。

「あれって侮辱罪とかじゃないの?先生、PTAに言うよ?」

口をとがらせ腕を組み、ムスッと武田先生を睨みつける桜井くん。

「まぁまぁ、あれはほら、その場の勢いっていうか」

「いくら孫でも、その場の勢いであの言葉は許せんな」

社長が身体を離し、眼鏡をかける。

「それに、やっぱりさっき『実はまずいって言ってた』っていうのがちょっと気になってるし」

「え?」

「そうだ、桜井くん、手を組もう。侮辱罪で訴えてやろう」

「待って待って待って、そんな簡単に訴えられないから!」

「孫よ、次は法廷で会おうじゃないか」

茶目っ気たっぷりに笑う社長を見て、またその場が笑いに包まれる。そんなぁと眉毛を下げる先生の姿が今はちょっとかわいく見えた。良かったね先生、おじいちゃんに会えて。今日の部活では、先生に優しくしてあげよ。


シノさんのツイートを元にお話にしてみました。普段はあんまり好かれていない人も、人間的な部分が垣間見えるとちょっとかわいく見える瞬間ってありますよね。そんな日常(?)のお話でした。


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